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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
SOD事件
15/51

潜入 4

 焔が高速で弾け、ある一点を目掛けていく。数十、いや数百に及ぶ弾丸の雨は常人では耐えられる物ではなかった。焔の一つ一つが凄まじい重圧、力を発揮しており、焔の軌道を変更しようと刀で弾こうとしても逆にこちら側の刀が弾かれてしまう。


 焔の雨を潜り抜けながら、楊炎に近付こうとするが、相手に近付くに連れて焔の雨が勢いを増していく。

 一瞬でも隙を見せれば焔によって焼かれる。


 楊炎は乱射の如き速度で焔を圧縮したエネルギーを放射する。

 焔の壁が創り出され、又もや泉を飲み込もうと覆い被さってくる。泉は、前方に漆黒の粒子を放ちながら背後に飛び、距離を開ける。

 しかし、焔はそれを予測していたかの様に前後左右上下ありとあらゆる包囲を固め、一瞬にして泉を飲み込み、焔の球体を創り上げる。

「…ぁ…ぁぁあああ!!」

 突然に球体が膨張し、一筋の光を放出する。

 焔の内部から黒い刃が飛翔する。それは直線的に楊炎へと向かう。楊炎の周囲にあった焔が刃に襲い掛かり、次第に力を弱めていく。


 球体状の焔が煙を上げて蒸発する。

 シュゥッという刀が振り下ろされる音が鳴り響く。

「……勝てねぇよ……」

 泉がポツリと呟く。

「……あァ?」

「……仲間さえも拒絶したお前じゃ、俺には勝てねぇよ。」

 その言葉に周囲の空気が凍りつく。秋崎楊炎は燐と同様の焔化を持つ。また、その実力は世界的にも要注意人物とされている程である。

 泉は自分と楊炎の間には確かな壁が存在する事を理解している。ただ一介の学生如きが勝てる相手ではない事も、もしかしたら死ぬ可能性も否めない事も。

 けれども、泉は此処でこんな場所で引く訳にはいかなかった。考えや行動よりも想いが強く身体を動かした。

「……その意味分かって言っているのか?」

 楊炎は怒りを抑える様にして呟く。その言葉に一滴の冷や汗が滴る。

「……」

 泉は億して何も話せなくなっている訳ではない、また何か動きを起こしたという訳でもない。

 ただ、興味が無いとばかりに醒めた瞳で楊炎を眺めただけだ。

 たったそれだけで、楊炎を動かすには事足りた。

「それ程までに、殺されたいなら一瞬であの世に送ってやる!!」

 楊炎の魔法銃が焔を吹き出す。

 先程までとは段違いのエネルギーを吐き出し、泉の回避地点を事如く潰していく。

 泉は一瞬にして全方位の焔を薙ぎ払う。

『焔雨激流』

 以前、泉と真人が戦った偽物の綱炎が放った技と同じである。しかし、炎と焔の違い、焔化が加えられる事によって魔法は大きく変動した物へと変化する。

 全身から魔力が迸り、焔エネルギーとなって銃に送り込まれていく。

「……どうして、この魔法のイニシャルに雨という文字が刻まれているか知っているか?」

 楊炎の言葉は泉にも直ぐに視覚で確認する事が出来た。

「なっ!?」

 泉はあんぐりと口を開き、呆然とした表情になる。紅の焔が次第に雨に、蒼の焔へと変化していく。

 通常の紅の炎は酸素の量が足りない状態であり、そこに酸素供給量が多くなると蒼の炎へと変化する。

 色が変化した事で、温度が急激な上昇を遂げる。ガスバーナーでは最高3000℃近くまで温度が上昇する。

「…避けられると思うなよ…」

 拳銃から放出される蒼の焔は空高く舞い上がると、まるで雨の様に降り注ぎ、激流の様に泉に向かって来る。

 地面が一瞬にして溶け、ジュゥゥーという音が聴こえてくる。

「……化」

 紡がれた言葉と共に、泉は焔の激流に呑み込まれる。

 バチッという音と共に部屋の電源が落ち、楊炎が放った激流の如き焔が輝いている。

「…結局、口だけか……」

 楊炎は何も動じずに踵を返そうとした時、暴発が起こる。

 ゴオオオォォォ―――という咆哮がに響き、蒼の激流が黒竜によって吹き飛ばされ焔粉となり、周囲に散らばっていく。

「……その程度か…」

「この程度で終わるなよ…」

 例え、どれだけ奥深い闇さえも明るく感じる漆黒の鎧を纏い、泉は生死を司る戦いへと突入していく。



「…くそっ、骨が数本逝かれたな!!」

 ガタッ、とコンクリートの山が崩れ落ちて内部から綱炎が這い上がって来る。周囲を見渡すと、コンクリートの山が幾つも出来上がっており、廊下は所々焼けた後が残っている。

 綱炎は腰に提げて刀を確かめる。それは、先程燐が投げた物であり、それはSODが欲していた次元転移型魔道具である。

 実を言えば、浅海優も捕らえて置きたかったのだが、この状態ではまず戦闘になれば話にならない。

 そう判断し、綱炎は即座に戦線を離脱する。所々に鮮烈な痛みが走るが、そんな物はこの際どうでもいい。早く、この魔道具をボスに渡さなければならない。先程から部下に連絡を入れているが全く応答がない。いずれにせよ、奴等では足止め程度しか期待出来ない。この基地の結界が破壊されるのは時間の問題だ。そうなれば、この居場所が漏斗し、騎士隊が攻め込んで来る。

 しかし、これさえあれば、この魔道具さえ使い熟せれば例え、騎士隊と全面戦争になろうとも一瞬にして決着が着く。世界を征服する事も容易である。

 だからこそ、急がなくてはならない。




「…ん……燐!!」

 自分を必死に呼ぶ声が聴こえてくる。

「っ…っく…!!」

 燐は眉を潜め、暗闇からその言葉を伝い抜け出る。

「良かった…」

 燐はゆっくりと重い瞼を広げると、目の前に泣きそう顔をした一人の少女が見えた。

「……御代…」

 燐は言葉を呟き、そっと少女の頬に手を伸ばす。

「……燐…」

 少女は少年の手を握ると、しっかりと両手で無くさない様に、離さない様に包み込む。燐の思考が徐々に明確な物に変化していく。

「…御代、大丈夫なのか!?」

 飛び上がる様にして起き上がると同時に御代の肩を掴む。御代は二日もの間、SODの連中に監禁されていた。その為、身体中のいたる所に傷があり、瞳も虚ろになっていた筈だ。

「…ははは、もう大袈裟だよ…傷はまだ痛むけど、大丈夫だよ。」

 そこには、先程までの虚ろな瞳は影もなく、心底嬉しそうに笑う御代の姿があった。

「良かった……」

 燐はホッと息を吐き出す。御代の傷口には魔法薬が塗られており、徐々に傷口が塞がっていく。

「…燐、本当にありがとう…」

 ギュッと抱き締められた感覚に燐の頬は真っ赤に染まっていく。


「はい、燐君もどうぞ!」

 優は自身が持っていた魔法薬の瓶を手渡す。瓶の中身は半分にまで減っていた。

「ありがとう、二人共。」

 あの時、燐が死を覚悟した時に電撃が駆け巡り、結界を創り出した。あれは、間違いなく優であった。

 その時、燐に届いた、たった一つの言葉が、戦意の焔を再び灯す事が出来た。

『絶対に負けないで!!』

 あの時は御代が生きているのを確認しただけで、十分だった。


「どうして…御代は助かったんだろ…?」

 フッとした拍子で疑問が上がってくる。

「…ん?」

 御代は何の事か理解が出来ていない様で首を傾げている。

「……あの時、確かに御代は炎で焼かれた筈だった。御代や優さんでは魔法が使えたとしても防ぐ方法は無い筈なのに…」

 それは、あの魔法を目の前で見た燐だからこそ言える。綱炎は確かに全力で御代を殺そうと炎を放射した筈だ。幹部組である彼の攻撃を防ぐなど二人には出来る筈がない。

「…泉君に感謝しなきゃね。」

 突然、優が呟いた言葉に、燐はクエスチョンマークを浮かべる。

「泉さんですか?」

「うん、泉君だよ。」

 燐は全く優が言いたい事が理解が出来ずに混乱してしまう。

「あの時ね、御代ちゃんが焔に焼かれる直前にこのカードから強烈な結界が生じたの。まるで泉君が纏う鎧の様な結界がね…御代ちゃんを護ったんだよ。」

 優は持っていたカード型魔道具を二人に見せる。泉が御代にハンカチを渡した時に泉は不穏な気配を感じハンカチを渡すと同時に自身の魔力を供給した結界自立魔道具を渡していた。

 彼女の周囲で強力な魔法が発動した時に彼女を護る結界を組織する一度きりの魔道具である。

「本当に泉君は凄いよ…」

「うん。かっこ良いよね、燐もそう思うでしょ?」

「うん。そうだなって……えっ…!?」

 御代の言葉に燐が驚きの声を上げていた。




「うっ…真人…どうして…こんな事に…」

 愛は泣きながら、真人の心臓の位置にに刺さったナイフを見ていた。真人は愛を勝利に導く為に、自分自身を犠牲にした。

 ナイフは深く入っており、間違いなく心臓を突き刺している筈だ。

 今から治癒魔法や、魔法薬で治療しようにもナイフを抜いた瞬間に血が溢れて死んでしまう可能性が高い。

 しかし、そうこうしている間にも血が流れていく。

「……私がやらなきゃいけないんだ!!」

 覚悟を決め、いざナイフを抜こうとした時。

「痛ってぇーな。本当に手加減って物を知らないな。」

 真人が悪態を尽きながら起き上がってきた。

「………えっ? え~!?」

 愛は驚きのあまり大声を上げる。

「どうして、生きているの!? っていうか、不死身設定とか!! 心臓が右側にあるとか!? そんな無茶な設定じゃ読者も置き去りだよ!!」

「はぁ~、読者? まあ、そんな無茶苦茶な設定はあり得ねーよ。ってか、吸血鬼かよ。俺は普通の人間だって。」

 慌てて様々な思考を始めた愛の頭をポカリと叩く。

「…痛たた…じゃあ、どうして? 心臓に刺さってない? そのナイフ…」

「あぁ、これはな……」

 真人はナイフを抜き、服の中を見て絶句する。というか、愛から目を逸らす。

「まあ、気にしないでいこう!! 何で生きてたのか? まあ、俺が凄いって事で、さっさと泉を助けに行かなきゃな!!」

「えー、何それ!?  突然、話を変えたでしょ。服の中に何隠してるの? 見せてよ!!」

「あっ!? ちょっと待っ………!?」

 そう言って、愛は真人の服を捲り上げる。


 中に隠してあったのはR―18指定のエロ本。


「いやエロ本じゃなくて…HERO本ダヨ!! ウソ? イヤイヤホントダッテ!! HEROガカツヤクスルホンナンダッテ!」

「あーあー。もう良いや。真人、帰って貰って良いですか?」

「愛、待って!! そんな嫌そうな目をしないで! 本当に役に立ったんだから、良いじゃん?」

「もう、暫く黙っていて!!」

「えー、もうそんなつれない事言って…さっきまで泣きそうにしていたのにこれだから、ツンデレは……って!? ごめんなさい。すみませんでした! 土下座しますから、二度と言いませんから許して!」

「もう、本当に要らないから帰ってくれて構わないよ!!」





 首を切り落とす勢いの、速度、精度で横一線に刀が薙ぎ払らわれる。

 突如、焔が現れ緩衝材となり速度が急激な低下をみせる。その隙を突く様に腰を屈め、腹部に拳銃を突き出す。

 魔法銃でオーソドックスな拳銃タイプでは遅くても、初速は秒速100メートルを弾き出す。また、魔力の質や総量の相性が良ければ通常出力の数倍近い力を発揮する。魔法銃には様々なタイプがあり、実弾用と魔力用がある。それらを戦闘の状況により、使い分けが出来る者と出来ない者では戦闘能力は天地の如き変化を遂げる。

 しかし、一概にもその能力に突出した者が強いとは限らない。

 魔力の量、戦術、危機察知力、洞察力、戦力、戦闘技術など数多くの物に支えられた上で強さを発揮するのだ。


 楊炎の愛用しているリボルバーの名は、スミスアンドウェッソン-M500ハンター・マグナムリボルバー。

 通称S&W M500は超大型の回転式拳銃である。銀色の輝きを放つフレームに鈍く淀んだ茶色のグリップ。

 実弾では熊も一撃で殺せるという程の性能を持つ。それ故に反動と魔力供給量が高く、扱える物は殆どいない。筋力の問題は魔力補正によりある程度余裕を取る事が出来る。結果、純粋に強い魔力を持つ者でなければ扱えないという訳だ。

 楊炎は対象まで零距離で圧縮した焔を放つ。焔は空気を切り裂きながら、泉との距離を縮める。

 ―――しかし。ガギッ。目の前にあった刀が進行方向を変更して焔を軌道から横に弾き出す。

 紙一重とさえ、思える技術に楊炎は瞳を見開く。

 通常の魔法銃戦闘は結界を敷き、大半を弾くか高速移動しながら銃弾を避けて反撃を伺うといった物である。

 例え、魔力による補正で動体視力や運動能力が向上しているからといって目前で放たれた秒速200メートルの速度を余裕で超越した世界―――銃弾を止めるなど常識的に考えて不可能である。それには、部規則に動く針の穴に糸を通す様な芸当と同じである。


 楊炎は連続に発砲音を鳴らし、右肩、心臓、首筋、左脚に狙いを定める。

しかし、またもや焔の銃弾は弾かれ、光の軌道を描きながら泉の背後に逸れていく。楊炎が放った焔の発砲の差はコンマ0.1秒近くしかない。それを一瞬にして弾き返すのは偶然では不可能の領域だ。

 この少年の認識を改める必要があると感じながら、牽制に銃弾を放ち距離を開ける。

 瞬間的に泉は距離を詰め、刀で横一線に払う。間一髪の所で刀は空を切り、楊炎の目前を通り過ぎる。

 泉は黒衣の鎧を纏っているだけで、刀には全くの殺傷能力はない。もし、泉が刀に粒子を圧縮した刃状態に変化していたなら楊炎の首の半分が飛んでいただろう。

「……この…クズがあぁぁぁぁ!!」

 その事を理解し、手を抜かれていると認識した楊炎は極限まで焔を圧縮し、リボルバーから無数に思えるエネルギーを吐き出す。

 泉は背後に滑る様に跳躍して焔を叩き落としていく。



 ようやく、コツが掴めてきた。あまりにも強い圧力を放っている焔は生半可な捌きでは逆にこちらが抑えられ、次々に襲い掛かる銃弾に対処出来ずに焔の質量で身動きの取れないままに殺される。

 未だに誰も気が付いた事は無いが元々、この魔法は敵の攻撃を防ぐ為の鎧ではないようだ。

 この魔法は発動と同時に半径100メートル近い範囲内に素粒子を撒き散らしている。それは自分自身の感覚と同化しており、目を閉じていようと敵の位置や攻撃が分かるといった物である。

 泉は幼少の頃より様々な戦闘訓練を数多くの師匠から技術や能力を受け継ついでいる。それに合わさり、黒衣の鎧を纏う事により自身の中の研ぎ澄まされ、圧倒的なまでの力を発揮する事が出来る。

 後は、自分自身が撒き散らした素粒子によって伝えられる感覚にそって動けば銃弾でも弾き返せるという訳だ。

 元々、動体視力だけでコレをやってのける自信は泉には無い。もし、こんな事を素でやる奴がいたら、まず、そいつには歯が立たないだろう。


 しかし、幾分状況が悪い。

 先程の攻撃で刀に粒子を圧縮した刃状態にしていなかったのは手を抜いた訳でも相手を激昂させるつもりも無かった。

 楊炎の攻撃範囲が広い所為と、焔の圧力によって移動速度が落ちない様に黒衣の鎧と索敵能力に粒子を使い過ぎた為だ。そのお陰で幾分、楊炎とは戦う事が出来るが、勝つ為の戦いには程遠い。

 そして、楊炎側もいつまでも戦っているつもりは無い筈だ。

 奴の力は燐から聞いた話では不可思議な現象を引き起こすらしい。例え、誰であっても近付く事すら不可能になる焔、そして奴の射撃能力があってこそ本領を発揮すると。

 しかし、この様子から察するにまだ本質を扱ってはいないのだろう。いや、扱いたくないのかもしれない。何かデメリットがあって、極力その力を使わなくて良い様にと考えているのかもしれない。

 もしくは、この状態が奴の本質なのか?

 それが一番有難いが、未だに油断は抜けない事に変わりはない。


 攻撃の威力が先程までと比べて格段に上がってきている。空気を切り開き、神速の如き速さで刀を振るう。

 しかし、幾分相手に分がある様で一点に留まり続けるのは危険だ。

 弾丸がまるで楊炎の思い通りに動く様に全方位から次々と降り注ぐ。

 次第に、刀の速度が全ての焔に対して完全な対処が出来ず、綻び始める。

 間一髪の所で焔が肩の真上を擦り抜ける。しかし、そちらに気を取られている内に前方から焔が近付く。

 それを切り払い、捌きの手を止める事なく右斜め上の焔を叩く。

 しかし、それもいつまでも続く訳ではなく。

「ぐぅっ!!」

 背中に焔が直撃した。焔による火傷は偶然にも背中に掛けてある長細い箱と耐熱性を兼ね備えているコートで防げたが、衝撃で地面に転がる。痛みに耐えながらも反動を利用して飛び上がる様にして立ち上がる。

 そして刀を構え様とした瞬間、違和感に気が付いた。焔の雨が止んでいる。実弾用ならば弾丸を込める時間もあり、少しばかりのタイムロスが発生する。けれども、魔力用の魔法銃術者の魔力総量が尽きない限りそういったタイムロスは有り得ない筈だ。

 先程からの連射を見る限り、間違いなく魔力用の魔法銃である。ならば、魔力総量が底を尽きたのか……。思考を巡らし即座に否定する。確かに、口径50ミリものリボルバーを使用するには威力を十分に引き出す為に大量の魔力を使用する。

 しかし、裏ギルドのボスともあろう者が百発程度しか撃てないのならまず、ここまでこのギルドは巨大化しなかった筈だ。そして、騎士隊も手を焼く程でも無かったであろう。

 最後の可能性は楊炎が逃亡、或いは急を要する事により戦線を離脱したという物が挙げられる。

 様々な疑問点を抱え、それらを処理する為に、前方を見る。

「なっ!?」

 状況が理解出来なかった訳ではない。ただ、理解したくないとさえ思う程に強烈な魔力、雰囲気がそこにはあった。


「ボス…望みの物…持って来たぜ!!」

 そう呟かれ、綱炎から楊炎へと一本の黒い物体が手渡される。

「遅ェんだよ!!」

 楊炎は悪態をつきながら、その物体に手を伸ばし、長年探し求めていた物を見つけた様な表情を浮かべながら掴み取る。

「丁度良い実験台がそこに転がってるじゃないか?」

 俺は目を凝らし、その物体を眺める。全長70センチ程である刀には所々亀裂が入っている。その形状には見覚えがある。それは……次元転移型魔道具は優が持っていた筈だ。

 ―――という事は……まさか!? そこまで考えた上で最悪の予測を打ち消す様に首を振るう。

「…燐や優に何をした……」

 淡々とした口調に明らかな力が込められていた。

 刀を支えていた腕がぶらりと床を向く。黒衣の鎧が一瞬収縮するかの動きをみせる。

「ははは……俺が答えると思うかい? 南座…そう、泉くんだっけね?」

 綱炎はニタニタと他人を見下した笑みを浮かべる。

「…綱炎……!!」

 ―――刹那。

 泉の鎧が一層に出力を上昇させていく。まるで泉の想いに応えて加速度的な程に魔力を上昇させる。刀に漆黒の粒子が結合し、瞬く間に形状を刃にと変化させる。

 二人が体勢を整える隙など存在しなかった。気が付けば、十メートル近い距離を一瞬にして詰め、刀が振るわれていた。

 綱炎に寸前で楊炎からの補助が入る。鋼鉄の如き硬さを誇る魔法銃によって刀の軌道は止められていた。

 しかし、それを理解するよりも早く綱炎の懐に入り込むとバンッ!! という、衝撃音が鳴り響き掌底が叩き込まれる。身体が浮き上がるの感じ、そのまま数メートルの距離を吹き飛ばされる。

 楊炎は泉に照準を合わせてリボルバーを発砲準備が整っていた。乾いた音が数発鳴り響く。けれども、リボルバーから発砲された焔は泉に擦り傷さえ負わせる事は出来なかった。

 射撃までのコンマ何秒かに泉はリボルバーの射撃方向を自分自身ではなく、何もない空間に変えていた。

 ハンマーの部分に向かって神速の回転蹴りを放っていた。それでもリボルバーを取り落とさ無かったのはそれだけの実力と筋力を持ち合わせているからだろう。

 泉は視界に何か黒い影が無数に走るのを感じ、背後に飛び退く。

 今まで泉が立ち塞がっていた空間に無数の光が突き刺さる。

「……何っ!?」

 確かに、泉は楊炎の魔法銃を抑えていた。どうあっても、あの射撃方向では泉には当たらない筈だった。

 綱炎の支援かと予測を立てたが、未だに綱炎は瓦礫に埋もれたままである。


 その瞬間、楊炎の周囲に1幾つかの黒い塊が浮かび上がる。右手には愛用のS&W M500が、左手には柄から先が無い鋼鉄を握っていた。



『え~と、これはバラバラにならなきゃ使えないの!!』

 不意に三日前に粒いていた優の言葉が蘇ってくる。

 あれは、こういう意味だったんだ。

 あの魔道具は簡単に壊れそうな程に亀裂が幾つも入っていた。刀としては全く意味を成さない形状は転移を中心とした援護射撃用魔道具だ。

 それは、相手の居場所さえ分かっていれば、結界魔法など越び超えて襲い掛かってくる。

 元々、通常の転移魔法の真髄は量子化である。身体を一時的に粒子化させ、ある特定の場所で元に戻す。

 転移魔法は、実は途轍もない危険を伴う魔法で、失敗すれば身体が分裂または分解するなどの事故が相次ぐ。その為、この魔法は幼い、特に入学したての学生や一般科に教える事は禁止されているそれは、魔力のコントロールが幾分未熟だという事から来ているのだろう。

 戦闘班に所属している泉達でさえ、使える様になったのはそう遠い話ではない。二日前に聞いた話だが、優程の天才魔方陣の使い手でも転移魔法の習得にはかなりの時間を要したと言っていた。


 しかし、転移魔法を使い熟す事が出来れば、当然それを犯罪に企て様とする者が現れる。

 それを防ぐ為の結界魔法である。例え、粒子となろうともその人間はそこに実在する。つまり、抜け目の無い場所―――詳しくは術者の体積以上の隙間が無ければ転移する事は出来ない。

 また、結界が敷かれていようが結界内での転移は可能であるという。


 しかし、次元転移型魔道具はその常識を超越した存在である。あの黒色の塊達は転移時に次元の裂け目を通り移動しているのだ。例え、結界が敷き詰められていようが、別次元からの直接的な転移には効力を成さないという事だ。


 その夢物語を優は完成させたのだ。しかし、それを悪事の為に扱おうとする者達によって優は精神的にも肉体的にも追い詰められていった。


「―――ッチ!!」

 泉が楊炎に詰め寄ろうとした時、彼は自身の手の内にある魔道具を燃やしたのだ。優の話では研究所のどんな破壊魔法を放っても傷一つ付けられ無かったらしい。

 焔化による圧力、焔としての質は最高水準である。破壊出来たとしても可笑しくない。

 唖然としてその情景を見守る。

 ―――どういう事だ!?

「……お前等、よくも俺を馬鹿にしやがったな!! 元から、危険性が少しでも減る様に持って来る気は無いって事か!!」

 かららんと楊炎によって溶かされた魔道具が地面に転がる。

 泉を見据える瞳には今まで感じた事のない強烈な殺意が篭っていた。




 直線的に続いていく回廊を走り抜けながら五人はお互い情報を交換し、状況を判断していた。

「って事は、つまり楊炎に魔道具が渡されたかもしれないって事!?」

 愛の叫び声が数十メートル先にまで響いていく。その事に驚き、遅れて口を手で閉じる。

「あぁ、そうだ!」

「まあ、責めたてるなよ。女の子助ける為に頑張ったんだから。でも―――これは、ヤバイぞ…」

 燐達はあの後、結界魔方陣を破壊して一度無線で合流していた。

SOD基地の結界を破壊したという事は最低でもあと一時間以内に騎士隊の偵察機が来る可能性がある。

 これでもし、騎士隊と全面戦争になろうとも勝ち負けは分からない。

 実質的戦闘力では騎士隊の勝利は間違いない。しかし、次元を越える力を使い熟せれば、その戦力は底知れない。


「えーと、皆? 何、話しているの?」

「だから、優ちゃんの腰に提げていた、あの魔道具が綱炎の手に渡っちまって、それが楊炎の手に渡るかもしれないって話だろ!?」

「うん。その事、何だけど……」

「あっ!? 真人、見て…あそこ!!」

 愛の言葉が遮り、前方を指差す。壁や床が燃え、溶けて周囲にはSODの戦闘員らしき人達の姿がある。

 しかし、全員が全員、所々に傷を負いながら呻き声を上げ、苦しみながら悶えている。


「何だ!? これは…」

 部屋の中央に立つ紅の髪を持った男の周囲に焔が集まり、近付く物質全てを溶かしていた。

 ―――いや、違う。

 焔が自律的に敵を感知して焼き払っているのだ。これでは近付く事さえ出来ない。

「…っ!? 泉君!!」

 優が地面を駆け出そうとする直前で真人と愛が喰い止める。これ以上近付けば周囲の人間と同じ目に遭う筈だ。

 泉は地面にまるで屍の様に倒れている。微かに魔力が感知出来る事から死んではいないだろうが、重傷を負っているに違いない。

「あぁ、お前達か……」

 楊炎は普段から何かに付けて怒りを込めている。しかし、その言葉には怒りなどという愚直な感情は無かった。楊炎が扱う焔とは真逆なまでに冷血な瞳が五人を捉える。

「燐……お前のお陰で、腕一本逝っちまった」

 ―――何を言っているのだ!?

 先程まで燐と戦っていたのは綱炎であり、楊炎では無いのだ。それ以前に燐は楊炎とまともに戦えた経験がない。

「浅海優……あの魔道具を持って来たか?」

「何を言っていんだテメェ!? それはさっき綱炎がお前に持って行ったじゃねぇか!?」

 真人がそう答えると同時に楊炎の手がピクリと動く。

 無動作に焔が放射され、即座に鎖を敷き詰め結界を創り上げる。

 しかし、ぐにゃりと鎖が溶けていき焔は勢いを削る事なく真人に直撃する。

「俺はお前と話をしている訳じゃない。アレは俺達の瞳を誤魔化す為のフェイク……偽物だろう、浅海優?」

「えっ!?」

「優ちゃん、どういう事?」

「優さん……」

 周囲からの視線が優一人に集まる。

「そうだよ。私が持っていたのは偽物。貴方達が一番に私を狙って来るのか分かっていたから…それに、もし本物ならあんな風に溶けたりしないよ。」

 優が指差す方向には、黒い金属が原型を留める事なく液体の様に溶けていた。

「あぁ。そうだ。次元転移型魔道具は元々この世界の存在じゃない。だからこそ、この世界の理では決して破壊する事は叶わない。」

 楊炎は徐々にこちらに足を進めて近付いてくる。魔力による圧力だけではない、自分の心が折れてしまったかの様に指先さえ動かせない。

 あれ程までに強烈な戦闘能力を持っていた泉君でさえ、負けてしまったのだ。

 戦闘経験など皆無の自分がこんな所にいるのが可笑しいのだ。しかし、彼等を大切な仲間を危険に晒したのは自分だ。

 例え、自分が焼かれたとしても仲間が逃げられる隙をつくらなければならない。

 優は己の魔道具に震える手を沿える。


「……ぁぁ…」

 空気を伝わり、掠れ声が聞こえてくる。掠れ声は次第に力を増していく。

「ぐあああぁぁ……ぁぁぁ!!」

 滝の様な量の血が流れ溢れる。意識を保っているのだけでも奇跡というべきだろう。しかし、このまま動けば間違いなく泉の命はない。

 しかし、泉の瞳には死を直感した絶望感はなかった。まして、楊炎の様な冷血な瞳でもなく、殺意に囚われている訳でもなかった。ならば、なぜここまで強い力を瞳に灯す事が出来るのだろうか?

 優は何時の間にか震えていた手が静まっていた。

 あの時、手が無意識に震えたのは間違いなく恐怖だろう。泉君はそれを真っ向から受け止め、逆に半端し合っている。

「俺とお前の実力は天と地程の差がある。それを分かっていて尚、俺に立ち向かうのか?」

「……綱楊…仲間を拒絶した…お前…お前達に……分かる筈がない……」

 ―――綱楊とは誰だ? 目の前にいるのは確かにSOD最強の戦闘能力を持つ秋崎楊炎である。それに、先程の意味深な言葉の数々。

 多分、泉には全て分かっているのだろう。この不可思議な現象の正体も。


「そうか…言い残す言葉は済んだな」

 綱楊は焔を両手を軽く振るった。

 焔が神速の如き速さで泉に接近する。即座に焔に向けて刀を振るう。焔が裂けて焔粉となり、消えていく。

 しかし、それに気を取られている内に背後から槍状態の焔が泉を背中から貫く。

 ゴオオオォォォォ―――!!

 叫び声が爆発音によって波を失った。




 楊炎が殺意に満ちた瞳で泉を睨んでいた。

「テメェを甘く見ていた様だ。こっちも本気を出さなきゃいけないようだな……」

 そう言い残すと、楊炎の背後にいた綱炎と楊炎の互いの姿が掠れ消え、一つの実体となっていく。魔法では無い事を泉は直感的に感じた。その証拠に魔方陣による術式や発光など無かった。

 二人は元々一つだったのだ。彼等もまた泉や優の様な特異な存在である。

 戦い方、口調が先程とは全く違った物に変化していた。

 楊炎の戦い方が直線的に圧力で押し付けて来るのに対してこいつの戦いは徐々に逃げ場を無くす精密な物であった。また、魔力が先程までと比べると格段に上昇している。

 彼等は互いの技術、経験、魔力を融合して戦っているのだ。

 燐が言っていた近付く事さえ許さないとはこの状態を指すのだろう。

 焔がまるで意思を持った様に彼の周囲に近付く物質を溶かし、遠距離攻撃手段である魔法銃で勝負を決める。

 泉は漆黒の粒子を楊炎に向けて放つ。漆黒の粒子は焔の壁に蝕まれ、駆逐される。

 近距離に近付くだけでも一苦労だ。黒衣の鎧が幾ら魔法に耐性があるといっても限度がある。多分、奴と接近戦に持ち込める機会は一度しかないだろう。

「この姿を見せたのも久しいな。せめてもの報いに、俺の本当の名を教えてやろう。」

 先程までとはとって変わった口調に泉は驚く。

「俺は秋崎綱楊…楊炎と綱炎の本質だ。南座泉、お前ならこの意味…理解出来るだろう…?」

「…禁忌か……」

 奴の本質は魔法などではない。魔法を超えた力、真術と呼ばれている。あの力、いや現象と呼ぶべき真術は精神合成だ。

 精神合成とは第三者と自分自身、二人の肉体と魂の融合によって膨大な総量の魔力、。

 しかし、精密な真術は失敗すれは魂が破壊され、永遠にこの世と死界の挟間を彷徨う事となる。その為、数年前に開発と同時に使用を禁じられ、術式は葬られた筈だ。

「どうして―――精神合成を!?」

「確かに、この真術である精神合成の実験体はいない筈だな。それが一般家庭ならば…」

 綱楊の言葉に引っ掛かりを覚える。

「俺は、親に捨てられた実験体だ。精神合成の研究を進めていた俺の両親は実験体に自分達の子供を選んだ。それはどうしようも無い事だ。研究の成果を得るためにはな。俺は恨んだよ。こんな身体にした両親を……そして、憎しみとなったこの感情のままに二人を殺した。その時の感覚は未だに忘れらないよ。恐怖に囚われ喘ぐ二人がゆっくりと死にゆく様は。その後も俺は殺しの快感を忘れる事なく道ゆく人。反発する奴を殺していった。俺の周囲に殺しを快感とする奴等が集まっていった。ある程度の勢力を整えてからは敵対勢力にも虐殺を仕掛けた。そして、騎士隊にも狙われる組織にまで勢力は拡大した。今日、俺達は騎士隊を潰し世界を殺戮とした物に変えてやるよ。お前もそれを心の何処かで望んでいるんじゃないか? 南座。お前の本質は周囲の者達に認められる物じゃない。口では何と言おうが、結局の所は恐怖の対象だ。そんな者達を守る価値があると思うのか?」

「確かに……燐はそうだった…存在を否定され、周囲との隔絶とした扱いを受ける。俺も学院で本質を出してしまったら同じ様な道を辿るしかないだろう。なら、燐はどうしてあそこまで頑張れる、自分を嫌う者達を守る為か? いや、違うだろ。自分の事を大切に思ってくれる人が居るからだろ!! 俺だって率先して人助けをした訳じゃない。お前達みたいな人殺しを快楽と思う腐った奴等に優が傷付けられるのを黙って見ていられなかった。あいつは、自分の人生が決められた物であると知っても負けずに運命に立ち向かったんだ。運命を呪い、途中で逃げ出す臆病者にあいつを傷付けさせやしない!!」

 綱楊は肩を落とす様にして落胆を示す。

「なら、ここで―――邪魔者は消すまでだ!!」

 そして、互いの本質を掛けた力がぶつかり合う。




「…結局、俺とお前の本質じゃ勝負ならない…勝機がない戦いに挑むのは勇気じゃない。ただ無謀なだけだ…」

 綱楊の言葉が爆発音に混じり微かに聞こえてくる。

「……あぁ…確かに、お前の言う通りだ。だけど、俺は一度たりとも勝機を捨てた覚えはない………」

 炎が泉を貫いた様に見えた焔が喰い止められている。

 それは、優が泉に手渡したケースであった。ケースは衝撃によって破壊されていた。しかし、焔の槍を内部に存在した黒い塊が火花を散らせながら削り取っていた。

「―――それは、まさか!?」

 ただの魔道具程度では綱楊の焔は止められない。いや、止める前に溶けてしまう。

 しかし、泉が知る内でその焔を止められる魔道具が一つだけある。黒いフォルムにヒビ割れた様な刃。

 ――次元転移型魔道具

 泉は自身の命を助けた魔道具を見詰め、真実を唯一知っていた優に視線を移す。

「――これって!?」

 優は自分が泉に貸した魔道具について詳しく話事はしなかった。ただ、預かっていて欲しいと頼んだだけだった。それは、自分自身がその魔道具を持つより泉君に託した方が敵に奪われる可能性が低いからだ。

 そして皆の目を誤魔化す為に元々、製造しておいた偽物を自分が持っている様に見せ付けた。


「敵を欺くなら、まずは味方から…確かに理に叶っているな。」

 愛に支えられた真人はそう呟く。優は黙っていた事に億しながらも真人達の方を振り向いた時、そこには泉君と最初に出会った時と同じ景色が蘇ってくる。

 あの時、優は泉の魔道具に気を取られて二人はお互いにぶつかり合った。けれども、彼に怒りの表情はなくただ、心配そうに手を差し伸べてくれた。

 今は、あの時とは圧倒的に状況は違う。

 けれども、そこには仲間を受け入れる暖かな輝きがあった。

 優は振り返り、泉君に最後の想いを託す。


「ありがとな、優。」

 泉はニッと微笑みを浮かべる。

「奇跡は一度きりだ!! 今度こそ、消えろ!!」

 綱楊の焔が強烈な力、輝きを放つ。リミッターが解除され、焔の壁が押し潰す様に泉を襲う。

 泉の数十倍の体積を持った焔は瞬く間に泉の目前にまで迫る。

 その瞬間、あれ程までに強烈な圧力を掛けていた焔が、魔力がバチッという音が響き、消えた。

綱楊は両目を見開き、その後に歯を喰い縛り吼える。

「はあああ…ああぁぁぁ!!」

 泉は右手には愛用の刀、左手には漆黒の柄を掴み取っていた。転移型魔道具は一体何処に消えたのだろうか?

 その疑問は直ぐに解消される。

 漆黒の刀が黒衣の鎧の上に黒い破片を纏っていた。

 数百に及ぶ破片は集合体として一つ意思を持つ様に刀の周囲で円を描いている。


 まるでこの魔道具が俺の思考を直接読み取ったかの様な動きだった。

 刀が分裂し、焔の津波を覆う様にして周囲に破片を配置する。その時、真っ暗な空間に焔が呑み込まれ消滅した。

 俺があまりの凄まじさに驚き、意識を取られている内に、百に及ぶ破片は俺の愛刀と同調していた。


 綱楊が吼え、俺に向かって大量の焔が飛翔する。地面を駆け、焔を蹴散らす様にして対処する。

 その姿はまるで黒い雷であった。

「うおおぉぉ…ぉぉぉ!!」

 目の前に迫った綱楊の焔の壁を突き破るべく俺は最大限の魔力を放出する。漆黒の欠片がこれ以上に分解して数千個までの数に増加する。

 漆黒の雷と殺意の焔は互いに反発し合い均衡を保つ。


 本当ならばこいつは、南座泉は立つ事すら叶わない傷を負っていた。それどころか、脳が自発的に気絶させようとする程に血が流れている。

 ならば、何故、こいつはこんなに不敵な目をしているのだろう。

 どうして、ここまで力強い表情を浮かべる事が出来るのだろう。

 どうして研究段階でさえ、刃を数個に分裂させーービットを意識して動かすのが限界と想定されていた筈だ。それなのに……何故、この死に損ないは欠片を数千個ものビットを動かせるのだろう。


 その迷いが勝敗を分けたのか定かではない。しかし、漆黒の雷が軋む音を上げて焔の壁を突き破る。

 俺は全身の筋肉、骨が悲鳴を上げるのを感じ、それを無視する。


 漆黒の一閃が空間を凪いだ。


 綱楊の全身を呑み込んだ一閃は数十メートル先まで吹き飛んでいく。綱楊は呻き声を上げて必死に粒子、いや空間を溶かそうとする。しかし、その度に空間は力強さを増していく。

「うああぁぁぁっ!!」

 綱楊は何とか這い出てこようと空間から顔を出した瞬間、再び、泉の刀が煌くと視界が黒く染められる。

 綱楊を中心に、十字に空間が切り裂ける。圧倒的な質量が泉の身体の中を循環し、魔道具から漆黒の力となり迸る。

「ぐあああぁぁぁぁっ!!」

 鋼陽の姿は、まるで今まで数多くの者達を虐げてきた罪を裁かれる罪人の様であった。

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