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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
SOD事件
13/51

潜入 2

 泉の周囲には生い茂った木々があるだけだ。

『俺達はいつでもOKだ。』

『こっちも予定のポイントに到着した。いつでも良いぜ!!』

『泉君…気を付けてね……』

 そう呟きながら刀に手を添え、魔力を循環させていく。泉は漆黒の粒子を纏っていく。

 循環速度を限界まで引き上げていく。身体から放出される粒子が刀に集中していく。次第に圧縮粒子が形取られて黒龍となって顕れる。

『斬影』

 空中に飛び上がると同時に刀を薙ぎ払う。

 グウウウゥゥ―――、という激しい風の唸りが聞こえ、雷の如き速度で地面に激突する。

 半径五十メートルの地面が陥没した。

 当然、泉の龍が巨大だといってもそれ程までのスケールだった訳ではない。精々、十メートル程度だろう。

 しかし、龍が地面に激突した瞬間に発生した衝撃波によって周囲の土砂が巻き上げられたのだ。


 基地の装甲は高圧力プレートを使用しており、並の魔法では傷付ける事さえ許さない。

 それどころか、基地が最低でも地下三十メートルの位置に存在するので、魔法の威力が障害によって激減されてしまい、破壊はより困難を極める事なる。

 しかし、泉はその常識を打ち破り、軽々と半径五十メートルの巨大な穴を開けた。

 蟻地獄の様に木や土砂が中央に吸い込まれていく。

 泉は、その流れに乗り臆する事なく次の手の準備を始めていた。

 このまま、中央にまで吸い込まれれば数トンクラスの圧力が泉を襲い、引き千切れるようにして見るに耐えない姿となるだろう。

 しかし、泉は刀を振り上げると漆黒の閃光周囲を包み込む。

刀を振り下ろし、地面に叩き付ける。

 瞬時に流されていた土砂が舞い上がり、泉は龍がこじ開けた入り口に飛び込む。

 身体を横に回転させる様にして受け身を取ると、反動を使って飛び起きる。

 無駄の無い動きは数瞬に襲い掛かって来るであろう、圧力から逃亡する為である。

 残り時間は一秒とない、全身に纏う粒子が意識を持ったかのように、一層に輝きを増す。

『瞬神進綱』

 まるで幻影でも作り出そうという程の速度で駆け抜ける。

 それでも、泉が吹き飛ばした木々は土砂崩れとなり、圧倒的な圧力を放ち背後から近づいて来る。

 こんな狭い廊下だ。当然、土砂崩れの速度は通常の何倍ものスピードになっている。徐々に背後の土砂が泉に近づいて来る。

 それでも、泉の表情には焦りは全く無かった。足場を侵略してきた土砂を避けるように重量に対抗して壁を走る。

 それでも、土砂が泉に触れようとした瞬間、土砂崩れの速度が格段に落ちる。もう、侵略を広げるだけの土砂が無いのだ。

 ホッ、と息を吐き出すと魔法を解き地面に降り立つ。

 泉は土砂崩れの大音量で聞こえてはいなかったが、当初の目的は十二分に達成出来た筈だ。

 ブオオォォ―――ン!!

 サイレンが鳴り響き、泉の危機感を高めていく。


 魔法を使用した事で魔力を探知され、直ぐにでも大量の戦闘員が襲い掛かって来るであろう。

「……この道は……駄目か………なら…」

 爆発音が響き、数十メートル先の壁までが破壊される。

 泉は数十メートル先の高圧力プレートでさえ破壊してみせたのだ。

 今更、目の前にある壁を破壊する事など造作も無い。

「なっ……!?」

 泉は驚愕の表情を浮かべる。目の前に百人単位のSOD戦闘員達の姿があった。

 敵側の戦闘員達もそれは同じで、泉が壁を破壊して来るとは思わなかったのだろう。

 完全に呆気に取られている。

「……くそっ!!」

 瞬間、泉の悪態が轟音に掻き消され、多種多様な閃光の雨が彼を中心として降り注ぐ。




 ゴオォォ―――ン!!

 凄まじい爆発音が基地を揺らし、二人は倒れ込むようにして床に手を付く。

「急ぐぞ、優さん!」

「う、うん!!」

 二人の目の前に魔力結界の制御室がある。

 この部屋の扉は人一倍大きく、二人同時にでも入れそうだ。

 しかし、この部屋の周囲には不法侵入を防ぐ為の強烈な電撃を駆け巡らせている。侵入するには扉の右横にある特殊な魔道具があり、唯一同時に精製された鍵が必要だ。その精製の難しさから、この部屋は基地内で最もセキュリティが高くなっている。

 しかし、国内で名高い、魔道研究室の天才魔道研究者である彼女ならばハッキングして開ける事は容易い。いや、彼女だからこそ出来る事なのかもしれない。

「燐くん、ちょっとDIVEするからその間だけお願い!!」

 DIVE、それが彼女を魔道研究室の一員にした原因だ。

 魔道具に思考を読み取り、解析する力。

 彼女もまた泉や燐と同じくして特異体質である。

 幼い頃から魔道具に触れる機会が多かった彼女は思考を魔道具と共有するという不可解な魔法を使用する事が出来る様になる。

 そんな常識を超越した魔法は彼女以外の誰にも行使出来ない事から、子供の戯言として実の両親以外はまともに取り扱ってくれなかった。

 けれどもある日、研究員達が見守る中、母親から渡された魔道具にDIVEした瞬間に彼女の世界が急変した。彼女がDIVEした魔道具は常識では考えられない程の力を発揮する事が可能である。

 理解不能な話ではあるが、彼女が言うには魔道具の奥底に存在する意思を引き出す事により潜在能力の活性化を促進するのだという。

 この事実が世間に露見すれば、浅海優は国家機関の実験室に送られ、それからの人生に影響するほどの様々なトラウマが植え付けられるであろう。

 彼女が使用する魔法理論さえ理解出来れば、この不安定な世界から脱却出来るかもしれない。しかし、当時六歳だった幼かった彼女に同情した研究室の職員は、彼女の才能を隠す程の魔道具に関する技術を身に付けさせていった。

 それが後に、九年の月日を経て世界を震撼させる魔道具を創り上げる事になるとは思いもせずに。


 優はDIVEしている間、彼女意識は肉体には存在せず、魔道具の中に存在する。

 当然、敵の攻撃を避ける事など出来ない。燐は周囲を見渡すが、SOD戦闘員は先程の爆発音の所に集まっている様だ。


 燐の気が抜けた瞬間、二人に一筋の閃光が弾ける。

 数メートルの距離をほぼ瞬きの如く駆け抜ける。

「―――っ!?」

 即座に焔の壁を創り出すが、即席の壁と閃光では密度に差があった様だ。閃光は焔の壁を軽々と突き抜ける。

 燐は右手のグローブで的確に閃光を喰い止めるが、部規則な動きをした後に暴風となり周囲に拡散する。

 燐は暴風を庇いながら、両手のグローブに焔を灯す。

 優は固定された魔道具の近く、DIVEの関係で半径五メートル以上距離を空ける訳にはいかない。

 庇いながら戦うしかない。敵はそれなりの手練れだ。もし、ただの戦闘員なら、燐はこれ程までに近付く事さえ許さなかっただろう。

 自分達の不運に唇を噛み締める。

「捕まったと聞いていたが……まさか、敵に付くとは…全く面白くてしょうがない。」

 ジャリジャリという鎖を引き摺る音が辺りに響き渡る。

 燐は五感を極限まで高め、即座に焔を握り締め、槍状の形に変形させると地面を高々と蹴り放つ。

 槍は数十メートルを駆け抜ける。

 バアァァァ―――ン!!

 焔が地獄の業火の如く燃え上がり、こちら側までも熱気が伝わって来る。

 焔の強さに地面が焦げ、ジリジリという音を立てている。


「危ないな~。まあ、どれだけ君が変化しようが、このグローブは人を殺す為の兵器でしか無いのだから仕方ないな!」

 何時の間にか、背後にいた男が燐の右腕を捻り上げる。

「ぐっ!!」

 燐は地面を蹴り、左の焔を軸に回転蹴りを叩き込む。何か硬い物を蹴った様な衝撃と共に右手が自由になる。

 着地と同時に右腕を、握り締めて感覚と制御魔法は掛けられてはいない事を確かめる。

 はっきりとした姿を見た訳では無いが、あの声は確かに綱炎だった。

 いや、燐の攻撃を避け気付かれる前に攻撃を仕掛けるなど綱炎以外にはあり得ない。

 先程の蹴りも止められていた。壁を蹴った様な感覚は綱炎が燐の攻撃をグローブで止め、炎の噴射で一瞬にして姿を隠した。


 閃光の如き炎が四方八方から一点に向けて放たれる。燐は今度こそ魔力を練り上げて焔の壁を創る。

 衝撃で床が揺れ動き、爆発による煙で視界が閉ざされる。

 突如、背後から強烈な炎を受けて地面をバウンドする様に数メートルを転がる。

 綱炎は同時に燐の真上に移動して膝を折る様にして急降下してくる。即座に燐は真横に焔を噴射して地面を滑る。

 廊下のコンクリートが破壊され、幾つかの小石が吹き飛んでくる。

 優を庇う様に前に立ち、小石を払い退ける。


 視線を前方に向けた瞬間、燐は全身が凍り付く様な衝撃を受ける。

「……ど…どうして!?」

 明らかに動揺している声に綱炎は笑いを堪える様に口を手で押さえている。

 どうして、こんな場所に居る!?

 彼女は病気で家にいた筈だ!!

 それとも、俺が裏切るのをSODは知っていたのか? いいや、違う。それならば俺達がここに辿り着く前に何か対処をしてくる筈だ。

 それなら、何故!?

「……どうしてこんな所に居るんだ! 御代!!」




 凄まじい破壊音が廊下を伝い響き渡って来る。

「いくぞ!」

「うん!」

 二人は互いに頷き合い、同時に目の前の扉が吹き飛ぶ。

 魔道式爆弾。対象に貼り付け、遠隔操作用である本式に込めた魔力総量によって威力が変化する。

 爆風に混じりに飛んで来た複数のカードが真人の手のひらに収まる。

 それと同時に部屋に滑り込む様にして侵入する。

 人間は余り上手く出来てはいない。突然に爆発が起こり、即座に状況判断、そして行動を行うのはかなり熟練された戦闘員でなければまず不可能だ。

 その間の隙を狙い、真人は部屋にいる全員の数を把握する。

 十六人の情報員が部屋に居るのを確認して狙いを定め、鎖を放り投げる。

 シュュゥゥ―――という風を切り裂く音と共に鎖が曲線を描き、巨大な円を繋ぎ合わせる。

 真人は飛んで来た鎖を掴み取ると、両手をクロスに振る。

 鎖が波打ち、瞬く間に円の直径を縮める。対処が遅れた情報員は為す術も無く、鎖に縛りあげられていく。

「愛ピョンはそいつ等を見張って置いて」

 物凄く、ムカつく。後で、殴ってやろうかしらと考えている間に、真人は笑いを堪えながら、情報員の内の一人を連れて移動していく。

 中央に位置するメインコンピュータに移動して、男を座らせる。

「俺はこういった関係の事は大体、解る……もし、命令意外の行動を起こすつもりなら、殺す!!」

 先程までの明るさとは全く逆、明らかに殺意の篭った声に男は震え上がる。

 周囲の空気がヒリヒリと皮膚を焼く様な感覚だ。一介の学生にこんな物が出せるのか? 泉でもこれ程の殺気を出した事は無かった。

 いや、違うのかもしれない。泉は圧倒的なまでの力が殺気を隠してしまっているのだろう。

 待つ事、数分。

 厳重なセキュリティの壁を抜け、基地の管理者権限を手に入れる。

 その瞬間、真人は手刀で男を気絶させる。

 真人がそれまで男が座っていた席に座り、幾つかの数値、記号を打ち込み、立ち上がる。

 その瞬間、ブワァッという音が鳴り響き、基地の電撃が落ちる。

 暗闇に慣れなければ、周囲の状況は把握出来ない。そして、無理にでも動けば逆に不用意な物に触れ、騒ぎを起こす原因となる。

 暫く、ジッとしてい様とその場で周囲を見渡す。

 情報員の人達は未だに鎖に縛られたままだ。すぐ様、ここに敵が侵入して危険になるだろうが、真っ暗な暗闇は敵の動きも鈍くし、自分達が逃げる隙を与えてくれる。

 愛は不意に足音が自身に近付き、誰かに手を引かれる感覚を覚える。即座に手を抜き、正面を凝視する。

「誰…!?」

「何言っていんだよ……愛ピョン、俺に決まっているだろ?」

 そう言いながら、暗闇から一本の細い手が伸びる。

 愛はその手に自身の手を伸ばしていく。


「変なあだ名で呼ぶなぁ―――!!」

 絶叫が鳴り響き、声の主は警棒を取り出すと、刀を振るう様に叩き落とす。

 ガキッ、という音が聴こえて来る。

「愛、どうしたんだ!?」

 別の方向から真人の声が聴こえて来る。

 目も次第に暗闇に慣れ、数メートルまでの距離ならば認識出来る様になっていた。

 愛は声の方向に振り向くと、そこには特徴的な青髮を持つ真人の姿があった。

「―――えっ!? どうして、真人がそっちに……」

 確かに、先程の声は真人の声に違いなかった。そして、愛が打ち込んだ攻撃は確かに手応えがあった。

「そうだ! 愛、コレを付けておけ!!」

 そう言いながら、真人は何かを投げて来る。

 ナイトビジョン別名、暗視装置。赤外線の投光装置及び受像装置や光増幅管装置を用いる事により、夜間や暗所でも視界を確保する為の装置である。

 言われるがまま、装着して周囲を見渡す。真人の真似をして装着する。

「えっ?」

「何だ!?」

 二人は絶句した。先程までそこに縛られた情報員が姿形無く、消え去っていたのだ。その代わりに二人の人影が認視出来る。ただ、距離が離れていて表情までは見て取れないが、胸部の膨らみから女である事は間違いないだろう。

「真人…燐くんが言っていた…」

「あぁ……敵の幹部組には俺達の動きが読まれていた様だな…」

 この他者を見下す様な圧力、そして女であるという事は、幹部組の藤和楓と梨香に間違いないだろう。

 真人は静かに柄に触れると、ガチャッという音を上げる。

 彼女達はたった一つしか存在しない、出口を防ぐ様にして立っている。

 相手の実力も分からないまま、攻撃するのは危険を伴うが、このまま時間を喰えば敵の猛攻に晒される事になるだろう。

 瞬間、藤和楓と藤和梨香は二人の目の前にまで移動していた。

 ―――速すぎる!!

 とても、目で追えた物ではない。気付いた時には目の前にいる様な感じである。

 二人は背中に吊るしていた剣を抜き取ると、まるで虫を殺す様に軽く振り下ろす。

 衝撃が身体を駆け巡り、痛みとなって返って来る。

 愛は両手で警棒を押さえ、必死に攻撃を喰い止める。

 衝撃による反動か、全身が思う様に動かず、回避行動も起こせない。

 楓の剣に魔力が集中していく。ただでさえ、あれ程までの重い攻撃だ。魔力による補正は辺り一面を無と化すだろう。

「くっ!!」

 愛は簡易結界を展開するが、これでは防ぐどころか、軽減にもならないだろう。

 身体に鎖が巻かれ、背後に惹かれる。瞬時に異変に気が付いた楓は追う様にして駆け抜ける。

 しかし、愛が通り抜けた場所に魔法陣が現れる。同時に楓は速度を落とせずに飛び込み、彼女を封じる様な檻が創り上げられる。

 愛はガシッと真人に抱き締められ、鎖を外される。

 瞬時に楓は一太刀で薙ぎ払い、檻は粒子となって空中に分解していく。

「相手は重力魔法を使っているのか……厄介だな……」

「この程度なら一撃で決めて遊ぶんじゃなかった!! 遊びにすらならないじゃないか!!」

「えっ……!? まさか、それって…」

 愛は何かに気が付き、驚愕した表情を浮かべる。

「あぁ。そうだよ、あの時の声は私だ! ただ、突然殴られるとは全く思っていなかったけどな。」

 確かに、愛自身も変なあだ名を付けられなければ彼女の作戦に気付かずに乗ってしまっていただろう。

 それにしても、真人と同じ声真似が出来るとは驚きだ。

 愛は警棒を構え直す。今の優先順位は彼女達を倒す事ではない。この場所からの離脱だ。隙あれば逃げ出す覚悟を決める。

 真人もそれを心に刻み付けていたのだろう。互いにアイコンタクトで頷き合うと、瞬時に地面を蹴り、走り抜ける。




 凄まじい連携だ。

 敵の猛攻は避ければ避ける程罠に嵌めていく様な物である。そして、最後に待っているのは死以外の何物でもない。

 泉は内心で苦笑いしながらも敵の攻撃を捌いていく。

 数百単位の戦闘員を配置していたという事から、今、泉が戦っているのはSODの総戦力という訳だろう。

 目が霞む程の閃光の中で自らの危険を減らす方法は幾つかある。

 一瞬して敵の目前から姿を消す高速移動。もしくは、結界魔法陣の発動。けれども、今回の泉の任務は陽動である。それ故に、戦線離脱により敵が分散されてしまい、その分だけ味方に被害が及ぶ。

 敵の確認できる範囲での移動しか出来ない。普通、結界魔方陣の発動には時間が掛かる。優の速度が常識を超越しているのだ。魔方陣とは複雑怪奇な公式を魔法文字に顕し、現実に呼び起こす物である。

 優は最高峰の魔道研究所に十歳から勤めている天才だ。その魔法公式を全て暗記し、多種多様な応用を効かせる事など朝飯前である。

 それに対して泉が創り出す魔法陣は、一撃専用の物ばかりで発動まで隙を作ってしまい、危険性が高くなる。


 泉は大量の魔力と不思議な魔法を使いこなす。それは、幹部に位置する時雨幻水でさえ打ち負かす物だ。

 けれども、彼の真髄は魔力や魔法などではない。もし、それだけの力しか持っていないのならば、これ程までの猛攻、戦力に太刀打ちする事無く、数という力に埋められてしまうだろう。


 多種多様な閃光が泉に襲い掛かる。

 彼が避ける事を踏まえた上で回避ポイントを予測してまで閃光の雨が降り注ぐ。


 泉は刀の中央を掴むと、グヴウゥゥ―――という音を響かせながら回転させ、円盾を創りあげる。

 閃光は刀に接触すると同時に霧散し、彼の周囲に煙を創り出す。

 それでも、猛攻は止む事を知らない。


 しかし、泉は相手の猛攻に怯む事無く突き進む。

 泉は刀の柄を掴むと、地面に刀を突き立てて、棒高跳びの容量で反動を受けながら空中に飛び上がる。

 回転しながらも、数メートルの位置にある壁を蹴り、圧縮粒子を先行させ、目的の数人を吹き飛ばす。

 泉は着地と同時に片手を地面に突き、軸として背後にいた男の顔面を地面に叩き付ける。

「テメェらァ! 邪魔だ、消えろ!!」

 聞き覚えのある声と共に、数百人単位の猛攻よりも凄まじい衝撃が泉を襲う。炎の渦が人の海を作りあげていく。

 泉は斜めに刀を振るい、渦を消滅させる。

「よォ、待っていたぜェ!! 南座ァ!」

 霧が消えさり、向こう側には積み重なった人の山を踏み台が認識できる。

 そこには、憎悪としか表現出来ないまでに顔を歪めた時雨幻水の姿があった。

「綱炎ッ!!」

 御代は起きているのか気絶しているのか分からない程に衰弱している。

 燐の心が怒りに支配される。

 一つは、御代を傷付けた事。二つは、この場所に彼女を連れて来ていた事。そして、最後はまるで物として扱われている事だ。まるで、自分の半身を削られた様な痛みを感じる。

 燐は絶叫しながら、急激に焔を強めていく。

 凄まじい圧力に身体が悲鳴を上げる。けれども、燐の頭にそんな些細な事は入って来ない。

 キッと綱炎を睨み付け、構えを取る。

「おっと、焔化を持つ奴と真剣に戦う気はないさ。こっちが殺られちまう。」

 綱炎は言葉とは裏腹に全く脅威に思っていないとしか取れない笑みを浮かべる。

「御代を人質にする気か……」

「そうそう。話が早くて助かるなぁ~。そこで寝ている娘の刀を寄越せって事だよ。それを渡せば御代ちゃんも解放してあげるよ。」

 名は次元転移型魔道具。見た目の強度の弱さからはっきりと理解出来ないが、現在世界最高峰と言える力を持つ魔道具である。

 燐は三日前にSODが魔道研究所を襲った理由、その実態を知っている。

 燐は泉に救われた。自分自身の事を理解した上で仲間になってくれた。だからこそ、この刀を渡す事は恩を仇で返す様な物だ。

 けれども、綱炎は燐が刀を渡さないと判断すれば 呆気なく御代を殺し、奪いに来るだろう。

 もし、燐が渡せばその後は悲劇の始まりだ。大量殺戮が行われ、誰も彼等を止める事は出来なくなる。

 全世界の人の命と目の前の命を天秤に掛ければ、誰もが前者を取るだろう。

 けれども、御代は一度、孤独に追いやられた燐を救ってくれた命の恩人だ。


 もし、泉ならこの状況でどんな判断をするだろう。

 大切な人を見殺しにする。いいや、泉は決してそんな事を許す訳がない。

 そして、敵に自らが守っている物を渡す事もないだろう。


 諦めない事が大切。


 もしかしたら、この言葉は今の状況を意味するのではないか?


 どちらか片方しか選べないなど誰が決めた!! それは、自分の醜い弱さだ。彼なら、泉ならばこんな状況、決して認めない筈だ。

 彼の仲間である俺が、俺だけがこんな所で諦める訳にはいかない。


「すまない……」

 燐は優の腰に刺さっている刀を抜くと、綱炎に本物である事を確かめる為に確認させる。

 黒光りするヒビの入った刀は今にも壊れそうな程に脆く映る。

「綱炎、御代を離せ!!」

「いいや、君が先にその刀を渡すべきだ。彼女を殺されたくはないだろう?」

 口を吊り上げ、不気味なまでの笑顔を浮かべる。

「いや、綱炎。御代を殺すつもりならこの刀を破壊する!! 研究所の魔法では破壊出来なかったようだが、俺は最高純の炎を持つ焔化だ。こんな物を破壊出来ない程に弱ってはいない。」

「壊せる物ならしてみると良いさ。もし、壊せたとしてもその娘を―――」

「浅海も同時に殺す!!」

 燐は刀を優の首筋に当てる。この刀には刃は付いてはいないが、燐の腕力ならば首を叩き折る事も造作ない事だろう。

「OKOK。なら、同時に投げるという事でどうだ?」

 御代を物扱いしている事に激しく怒りを覚えたが、表情には出さない様にと賢明に抑える。

「分かった。」

 燐は刀を回転させる様に投げ、真っ直ぐ綱炎に向かっていく。

「なら、はい。パース。」

 綱炎は軽い口調で、御代を放り投げる。彼女は弧を描きながら重力による力で地面に向かっていく。

 即座に燐はクローブの焔を灯し、地面の擦々で御代を抱き抱える。御代の身体に掛かる負担が最小限の衝撃で済むように高速移動の最中に地面にグローブを擦らせ、転がす様にして離す。

 燐は止まること無く綱炎に向かっていく。刀は未だに綱炎の手元には無く、空中で回転したままだ。一層に加速を上げる。

 瞬間、綱炎の右手が輝きを放ったかと思えば、凄まじい閃光が燐を襲う。

「無駄だ!!」

 燐と綱炎では魔法の性質が違う。あらゆる炎魔法中でもトップクラスに位置する焔化の威力は留まる事を知らない。

 不意打ちならば、勝機もあっただろうが、真っ向勝負では燐の速度、威力に敵う訳がない。

 右手を前方に翳し、膜状に焔を噴射する。全身を包んだ膜はまるで燐を守る結界の様であった。


 しかし、突如として閃光が進行方向を変える。燐を避ける様にして傍を通り抜ける。瞳は閃光の行く末を追う。

「なっ!?」

 綱炎が放った閃光は初めから燐を狙っていた訳ではなかった。彼の背後で気を失っている千崎御代を殺す為に放たれた物であった。


 燐は目を見開き、御代の元に戻ろうと前方に焔を噴射する。

 しかし、速度が落ちるまでの僅かな間に閃光は御代に急接近している。

「ああぁぁぁぁァ―――!!」

 絶叫しながら焔は大きさを強め、ジェットエンジンの様になる。

 ゴオオォォォォ―――ン!!

 ―――非情にも爆発音が鳴り響き、御代の居た場所が獄炎に包まれる。

 燐の頬が火粉で焼ける。周囲五メートルが完全なマグマと化していた。

 気を失い、無防備な彼女はどんな方法を用いたとしても助かる確立は少ない。骨すらも残らないだろう。

「嘘だろ……」

 瞳に涙が溢れ出し、身体の中から大切な何かが抜けていく様な感覚に陥る。

「あーあ。殺っちゃった。弱いな、弱過ぎるよ。一捻りじゃないか、君達。」

 綱炎がワザとらしい演技をした後、憎たらしいまでの笑みを浮かべる。




 闇を切り開くかの様に連続した火花を散らす。藤和姉妹は流石に幹部組の称号を手にしているだけにあって、互いの魔道具を撃ち込み合う最中でもその技術を嫌という程に見せ付けてくる。重力魔法と共に放たれる斬撃によって受け止める事を許さず、全てを避けなければ無数の斬撃の餌食となり、直ぐにでも此方が潰されてしまう。

 愛は、楓の大剣をパリするのではなく、軌道を逸らすといった事しか出来ない程に余裕が無くなっているのを感じていた。

 真人は、変幻自在の攻防によって均衡を保っている。

 藤和梨香は鎖が付いた一本のナイフだけで全てを見切り、的確な処置を施していく。

 リーチが足りない場合は、ナイフを投げ、鎖を掴み取り周囲を薙ぎ払う様にして振るう。

 それと同時に真人も自身の鎖を放ち、互いの鎖を絡め縛り上げる。

「避けるぐらいなら虫にも出来るってか?」

 その瞬間、広範囲に渡る重力魔法が敷かれる。先程までの戦い方から斬撃と共に魔法を放つ物だと思い込んでいた愛は避ける術も無く、廊下に膝を付く。

 重力魔法とは、対象の重力を何倍にも増幅させる力であり、使用者の魔力によってその威力を変化させる。

 今、愛の身体には体重の何倍近い重力が掛けられている。

 魔力によってある程度は弾き返せるが、それでも戦闘に支障が出るのは間違いない。

「愛!!」

 真人が駆け寄ろうとするが、行く手を遮る様にして梨香が立ち塞がる。

 愛は警棒を杖代わりにして何とか立ち上がる。

「苦痛地味た顔は素敵だな。大丈夫、これからもっと威力を上げてやるから。」

 楓は大剣を振り回し、縦に回転させながらニタニタと笑う。即座に愛は横に移動して、重力魔法の範囲内から逃れ様とする。範囲内から逃れればまだ、勝機はある。一歩進む毎に、身体が悲鳴を上げ全身に痛みが広がる。

「そう簡単に逃がすと思うかい?」

 耳元で身震いする程に不気味な声が聞こえてくる。

「このっ!!」

 振り向き際に警棒を振り、間を開けようとする。


 ―――ガッ!!

 警棒が全く動かなくなった。いや、違う止められたのだと気付くまでに少しの時間を要した。

 魔力伝導率が星の数ある魔道具の中ではトップクラスの黒式警棒だ。当然、攻撃性や破壊力を考えても掴み、受け止める事は不可能の筈だ。

黒式警棒の威力は接触した物質の殆どを吹き飛ばす力があり、そこに愛の魔力補正が掛けられた筋力で増幅させられている。

「止められる訳が無い…まず、その自信がいけない。私達を誰だと思っているの? SODで四人しかいない幹部組よ。そんな魔道具の攻略なんて余裕よ。その物体に過大な重力を掛けて威力を零になるまで落としてやれば良いのよ。」

 その瞬間、楓は持っていた愛の警棒を握り潰す。

 グシャァッ!!

 警棒は幾つかの連結部分が潰れ、数個に分裂し、破壊される。

 愛の手のひらから警棒が為す術も無く、溢れ落ちる。

「さあもっと顔を歪めなさい。死に際の恐怖、それが楽しみなんだから。」


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