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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
SOD事件
12/51

潜入

 午前三時四十三分

 泉達は木の上に姿を隠していた。SODの基地は城咲区から数キロ離れた森の地下に存在する。城咲は比較的、他の街に比べて騎士隊に頼る事が少なく、学生達が問題を解決する事も多い。その為、騎士隊の数が少ない事が盲点となり、捜索網から逃れられたのだ。

 転移魔法は光の柱が迸り、居場所が割れ易い。敵の基地入り口から一キロ程離れた地点に転移して、森をに入り、今に至るという訳だ。

「あれが、門番だ。他に出入り口は無いから、上手く殺……いや、気絶させるしかないな。」

 数百メートル先に二人程の人員が確認出来る。

「じゃあ、俺はここで待機か……気を付けろよ!」

 泉は枝の太い木を選び、敵基地の入り口を見易い場所にと移動する。

「じゃあ、三人共はガスマスクを装着して置いてくれ。」

 その言葉と同時に燐はグローブに焔を灯し、空高くへと一本の柱の様に飛翔する。

 数百メートル離れた先からは転移魔法を発動したとしか映らない。それは、燐の焔化だからこその光の強さだろう。焔は徐々に姿を消して元の薄暗い暗闇を映し出す。

 三人は燐の言葉通り、用意して置いたガスマスクを装着する。

「行くぞ!!」

 真人の言葉通り、三人は予定通りに地面を駆け抜ける。魔力補正によって身体を強化しているからこそ百メートルいう距離を数秒で駆け抜ける。当然、音が荒立ち敵が何事かとばかりに周囲を見ようとする。

 しかし、上空から発煙弾が降下してくる。


「なっ!? 何事―――」

 即座に愛が首筋に強烈な手刀を打ち込み、一人を気絶させる。

「敵襲か―――」

 真人も同様にもう一人を気絶させ、その場に降ろす。

 敵の通信機器と魔道具を奪い、腰のポーチから縄を取り出し、慣れた手付きで縛り上げて置く。

「……愛ちゃん、すごい……ッ!?」

 真人が優が喋らない様に動作だけで、注意する。その予感は的中して、ザザサッ!! という雑音の後に通信機器の向こうから声が聴こえてくる。

「NO.14,NO.16応答せよ!!」

それ程の音を立てた訳ではないので、当然、向こうには敵襲とは思っていない筈だ。けれども、ここまま放置すれば直ぐにでも敵側の人員が来て敵が襲って来ているという事が暴露てしまう。

真人は軽く喉の調子を確かめる。

「こちら、NO.14,NO.16共に異常はありません。」

 真人はそこで気絶している男の声真似をして見せたのだ。たった一言聞いただけでこれ程までの真似を出来るという事に周囲は驚愕する。

「簡単な物さ。」

「真人君、何処でそんな技術を!?」

「いや、昔にちょっとね……」

 真人は言葉を濁しながら、燐に連れて中に入って行く。

「………」



 四人は大広間を抜け、廊下にいた。前方には二つの道があり、目標までの別れ道となっている。

「ここから二チームに別れて行動する筈だよな。気を付けろよ。」

「ああ。」

 優と燐は隠れる様にして廊下を突き進む。まだ、時間帯は早いので人が少なく、上手く避けて進んで行く事が出来た。

「待って、前から足音が聴こえてくる……」

 後ろに下がって一度、様子を見るか…。

 そう思い後ろ退さろうとするが、優は背後を見ていた様で気が付かず、ぶつかる。

「……どうかした!?」

「燐君、後ろからも人が来てる!」

「チッ!?」

 このままいけば、敵に見つかる事になる。両方を気絶させるという手もあるが、もし、予想外に敵の数が多かった場合は他の敵を倒している間に逃げられてしまう。

 扉は見当たらず、ただ、天井が高めになっているだけである。

「そうか! 上手くいけよ…優さん、ちょっと我慢して……」


「おう、もうお前達、起きているのかよ。」

「違ぇーよ。夜勤だよ、夜勤。もう、本当に眠いわ…」

「つか、お前は?」

「あぁ…時雨様から呼びたしを喰らってさ。」

「まあ、頑張れよ。」

「サンキュー」

 そう言いながら、男達は廊下を過ぎていく。


 男達の姿が消えた後、その場に突如として燐と優の姿が現れる。

 当然、結界が敷かれている為転移魔法を使用した訳ではない。ましては、透明マントなど持ち合わせてもいない。

 燐はあの時、廊下の天井が高い事に気が付き、廊下の壁を駆け上がり、天井近くにあるパイプを手で掴んでいたのだ。パイプの間から上によじ登り、 息を殺す様にして場を凌いだという訳だ。

 焔を使えば、光によって相手にこちらの位置が暴露てしまう。その為、魔法によって強化した身体能力一つで七メートル程の壁を登ったのだ。

「はぁ~、危なかった……」

 二人してため息を吐きながら、他の誰かが来ない内に先へと道を進める。




「真人君って本当に何者なの? 実力で言えば、不明な所が多いしさ。変な特技は持っているし…」

 それは、先程の声真似の事を指しているのだろう。

「まあ……気にしないでくれると…有難いんだけど……」

「泉君は知っているの?」

 二人は親友と言っても、悪友と言っても良いぐらい仲が良い。真人君は見た目は良いので、黙っていればモテる。

 泉君の場合は、性格の良さが人を惹きつける魅力になっている。そんな二人は大抵の事件、一緒にいる事が多い。そんな彼なら話している可能性を、考えたからだ。

「……いや、あいつには話していない。いや、あいつだけには話せないんだ……本当に悪い…」

 真人の目には普段の明るさは無く、ただ深刻な表情を浮かべているだけだ。

 愛は喉が詰まる様な感覚を覚え、それ以上、追求できなくなる。

 親友の仲である二人には前々から色々な噂があった。学院ので行われる班別トーナメントで上位入賞したと思えば次のトーナメントでは予選落ち、集合演習ではそれ程目立つ様な活躍をする訳ではない。

 今でも、真人君は何かを隠し通している。それは、泉君も同じで、本当の彼等は何処にいるのだろう? そう、考える事が多々ある。

 けれども、今回勇気を出して一緒にチームを組んだ事によって解った事もある。泉君は普段は誰にでも優しい。それは時として何者にも負けない動力源となる。

 真人君はバカな事ばかりしているが、普段の彼からは想像も出来ない程に感心してしまう真面目な一面を持ち合わせている。

「愛ちゃん……?」

 真人君は心配そうに愛の表情を窺っていた。

「ごめん……ちょっと考えていて……」

「一応、敵の基地に侵入しているから……余り気を抜かない方が良いと思うよ……」

 真人君の言う通りだ。今、私達は危険を顧みずに潜入作戦の途中なのだ。ぼんやりと考え事などしていれば今にでも敵に発見されてしまう。

 愛は頷きながら、携帯端末にコピーしておいた地図と現在地を照らし合わせる。

 まだ目標の四分の一ぐらいだろうか。第一関門は目標の半分までの距離に辿り着く事だ。

「愛ちゃん…自律防衛機だ……」

 声を荒立てる事なく、曲がり角の壁に隠れる。

「あれは認知されている者以外が無理矢理に通ろうとすれば、警報と防衛機能が発動するという厄介な魔道具だ。」

「どうしよ……!? 一撃で破壊する?」

 真人はそれは無理だと首を横に振る。

「いや、一撃じゃあ、威力が足りない。あいつの表面を見てみろ……魔法コーティングが施されている。硬度が上げられている筈だから、泉や燐でも居なきゃ、一撃じゃあ無理だ。」

 盗み見ると魔法を発動する時に発生する光の粒が微かに輝いている。

「それに、破壊したとしても爆発音が大き過ぎて直ぐに気付かれる。」

「じゃあ……迂回しかないのかな?」

「あぁ。幸いにも目標に辿り着く為の道は幾つかあるから、少し遠回りになるがそっちを通って行こう!」



 第一情報書庫室

「―――応答して下さい!!」

「どうかしたのか!?」

「いえ……NO.14,NO.16が先程から応じません。」

「えーと、NO.14,NO.16は夜勤明けか……疲れて寝てしまったんじゃないか?」

 タッチパネル式のデスクトップをスクロールしてカレンダーを表示する。

「……それも、そうですね。じゃあ、交代の人員を派遣して様子を見に行って貰えば良いですね。」

 前方にある巨大なモニターの画面が切り替わる。そこには二人の男が映っていた。

「NO.23,NO.25見張りの交代に行って下さい。」

 男達はハッと指令に気付き、画面に向き直る。

「了解」


 NO.23,NO.25と呼ばれた二人は誰もいない廊下を突き進んでいた。

「NO.14とNO.16は迷惑な奴等だな!!」

「ああ。こんな朝っぱらから叩き起こされるんだからな。」

「トイレ掃除でも押し付けてやるか?」

「ははは、そりゃ傑作だ!」

「それにしても、早く俺もNO.90台に成りたいもんだな。」

「いや、お前なんか無理だろ!! NO.90台は幹部レベルの実力者じゃないと成れないって!!」

「確かに幹部達には敵わないかもしれないが、他のNO.90~NO.95の奴等なら勝てるかもしれないだろ!?」

「いや、NO.90台は化物だろ? 魔力総量が半端ないし、技も達人レベルに到達しなきゃ、勝てっこないって!!」

「まあ、それでも番号無しよりはマシか。彼奴らはただの盾にすらならないからな。」

「そりゃ言えてる!!」

 不快な笑い声が廊下に響く。

「―――少し黙っていろ!」

 瞬時、鋼鉄のグローブが男達の喉を押さえる。ぐぐっ、という潰れた声を発してグローブの圧力から逃れようと必死に喘ぐ。両手でグローブを掴むが、全く微動だにしない。

 むしろ、圧力は一層に強まり、弱まる隙を見せない。

 次第に気が遠くなっていき、全身を垂れる様にして気絶する。

 それを確認して、グローブが喉から外される。

「燐君!?」

 優は突如、燐が走り出して男達の喉を押さえている所を目撃していた。

「大丈夫だよ、優さん。殺してはいない。気絶させただけだから、息はあるよ。」

 確かに、男達の息はある様だ。けれども、どうして突然こんな事をしたのだろう。潜入時には極力、敵を避けて動くべきだ。それは、不用意な戦闘は周囲に感づかれる恐れや、自分達が侵入している証拠になるからだ。

「優さん、俺達は最初にNO.14とNO.16を倒しただろ?」

「…う、うん。」

「さっきこの通信機に連絡があった。俺は真人の様な声真似は出来ないから、黙っていたんだ……だから、敵は何かあったと思い、向こうは様子を確認しに人員を送り込む筈だ。」

 ここで気絶している人達の会話から燐君は補給人員だと予測したんだ。

「敵がこのまま、監視員を見つければ俺達が潜入している事が暴露てしまう。分かった…かな?」

 優は深く頷きながら男達を燐の教えで、誰にも使われていない部屋へと運び込む。男達を背中合わせにしてホースで縛り上げる。

「この人達が来ているという事は、急いだ方が良いのかな?」

「いや、急いでしまうと無駄な失態を増やすだけだ。多分、まだ奴等は俺達が潜入しているとは気付いていない筈だ。だけど、こいつらから何時まで経っても返信が来なければその時点で俺達の潜入が暴露たも同然だ。今度は俺だけでは対処しきれない程の人員を送り込む筈だ。」

 燐は先程と同じ様に通信機を奪い、敵の魔道具を適当な場所に隠す。

「そう言えば、NO.ってどういう意味? 普通なら一が一番強いと思うんだけど、どんな制度なの?」

 ずっと、気になっていた疑問を口に出す。

「ああ。NO.か……あれは、強さを表す称号みたいな物だよ。えーと、一番強い楊炎がNO.100で、幹部組がNO.96~NO.99に当て嵌まるんだ。総戦闘員が800人近く居るから、NO.を持たない人達の数は多いんだよ。それで、最近ではその人達の呼び方をUNDER OVER略してUO.1~700と呼ばれるんだよ。こっちもNO.と同じで数字が上に成る程に強い人達になっていくから、新しい人が入るとUO.の番号は変更させられるんだよ。」

「道理で……じゃあ、今、倒した人達はそれなりの手練れだったって事?」

「まあ、全体的に見れば強いかもしれないけど……幹部組と比べると蟻と像みたいな実力差があるから。そこの所は肝に命じておいて…」




 真人達は自律防衛機によって遠回りを余儀なくされ、別ルートで目標まで距離を残り半分までに縮めていた。

「……はぁはぁ。」

「愛ちゃん、やっぱり疲れたか?」

 それは当然だろう。周囲が敵だらけの基地に潜入した事で過度な緊張感によって見ず知らずの内に精神を擦り減らしているのだ。

 それに最短の安全ルートを潰された事によって遠回りを余儀なくされ、遅れを取り戻す為に進む速度を上昇したのも関係しているだろう。

「………大丈夫だから…」

「いや、何処かで休んで行こう……そんな調子じゃあ、いざ戦うとなった時に邪魔になるだけだろうからな。」

 そう言うと、真人は近くに携帯端末に映されているマップを眺めて、少し唸る様に考える。

「いいから、来て!!」

 真人は目標のルートとは違う道に向かって行く。格納庫と入り口の札に書かれている部屋に躊躇無く入って行く。

「……ここって!?」

「あぁ……敵の武器庫みたいな所だな……」

 周囲に山の様にある木の箱を覗き、中にある魔道具に驚嘆する。

 高級品が数多く収納されている。

「これって一つだけでも十万相当する高級品の筈だけど……こんなに沢山…」

「盗んで来たのかな?」

「…それが、妥当だろうな…」

 愛は近くにある木の箱を背中を預け、水分を補給して置く。

「ねぇ、ここって安全なの?」

「ん?」

「えーと、この格納庫って案外整備しているみたいだし、人が来るかもしれないから…」

「一応、今の時間は大丈夫だ。俺達の誰かが見つかれば、直ぐに基地中に伝令が送られて、ここは危険になるかもしれないが、こんな朝早くから点検なんかしないよ。」

 真人自身も疲れたのだろう。愛の隣に腰を落とすと、ポケットから携帯食料を取り出して、食べ始める。

 ぐうぅ―――

 愛はお腹から音が鳴り、恥ずかしさの余りに顔を真っ赤にする。

「いや……朝、食べてないと力が出なくてさ、愛も食べる? 凄く不味いけど…」

「えっ!?」

 愛は素っ頓狂な声を上げる。

「どうかした!?」

「ううん……ただ、呼び方…突然変わったから……」

 途切れ途切れに言葉を紡ぎ出す。

「いや、愛ちゃんじゃ呼びにくくなってさ……駄目だったかな?」

「ううん、構わないよ。じゃあ、私も真人って呼び捨てにしても良い?」

「OK」

 そう言い終わった後に、差し出されたカンパンを一切れ掴み取る。

 愛も真人も朝ご飯は食べていない。余り食べ過ぎると戦闘中に衝撃を受けると、吐き気が起こり易いからだ。

 けれども、三大欲求と呼ばれる食欲には勝てなかった。

「あっ……言っていた通り、パサパサしててあんまり美味しく無いね……」

 乾燥した食感に喉が渇き、もう一度水分を補給して置く。

「愛、そろそろ行こうか!!」

 真人も携帯食料をポーチに終い、立ち上がる。

「そうだね、真人!」




 SOD本部基地の深奥。

 泉達と同じくらいであろう少女達がソファーに座り込んでいた。

「鋼炎の奴は何処に行ったんだァ!?」

「えーと、綱炎さんなら人質連れて魔力結界の制御室に向かいましたが?」

「あんな陰気臭い所に何の用だ!? 綱炎の奴、私と手合わせしやがれってんだァ!!」

「本当に楓さんは綱炎さんの事が好きですね。」

 その言葉によって周囲が爆発の海に巻き込まれる。

「あァ!? 私が綱炎の奴の事が好きだと? 例え、梨香だろうが許さねェ!」

 その瞬間、背後より必殺の一撃が二人を襲う。

「いい加減、人の真似していんじゃねェよ! 藤和姉妹!!」

「いえ、私は貴女の真似なんかしていませんよ。時雨さん。」

「そうだ!! 誰が負け犬の真似なんかするか!!」

「あァ!? 後輩のくせに、口の聞き方がなってねェな!!」

「はは、良いなァ、鋼炎の代わりに殺るか?」

「NO.96のテメェ如きじゃ相手になるかよ!」

 その一言が引き金となり、他の誰もが介入出来ない圧倒的な争いが勃発する。

『緊急警報発令。基地内に侵入者!! 被害増大中!!』

 ブオオォォ―――ン!!

 という激しいサイレンが基地全体に鳴り響く。

 三人の殺気が瞬時に収縮していく。いや、違う。三人を纏め殺気でさえ、太刀打ち出来ない程の圧力が掛けられているのだ。

「この魔力……ようやく来たかァ!!」

 全身がヒリヒリと麻痺する不快な感覚を覚える。時雨は構えを止め、二人の姉妹に背を向ける。

「逃げんのかよ! NO.98」

「あァ!? テメェから逃げるだと? 笑わせんな、テメェじゃあ一生掛かっても俺には勝てねえよ!! 精々、死ななかった事を喜ぶんだな!」

 楓はそれが嘘ではない事を本能で感じていた。

 全身を渦めく様な漆黒の闇のイメージだ。ここまでの殺気を放つ事が出来る人物はそうはいない。時雨の呟きとこの殺気から察するに、十中八、九、南座泉の筈だ。

 それにしても、どうして奴にはこの場所が分かったんだ?

 基地内で奴等を見つける為に派遣していた仲間は皆、脅されようものなら、自ら舌を切り死ぬような奴等だ。

 もしかすると、基地内に裏切り者がいるのかもしれない。そうなると、これは大勢の人員を向かわせる為の囮。本命は、別の所にいる筈だ。

「梨香!!」

「分かっていますよ。じゃあ、鋼炎さんが結界の制御室に居るとの事ですから、私達は第一情報書庫室に向かいましょう。」

 何処かで起きた爆発音を聞き流しながら、二人は部屋から出て行った。


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