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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
SOD事件
11/51

作戦 2

「それにしても……」

 影から伸びて来ている魔力封じ専用魔道具である鎖を引きながら、時雨は呟いていた。

「こんな奴、要らねェなァ!!」

 鎖を強く引くと、影から悲鳴混じりの極細い声が聴こえてくる。

 魔道学院の学生とは言えど、まだ精神は子供だ。軽く拷問してやれば、すぐ大人しくなる。ボスは囮役として連れて来たようだが、時雨にとっては勝負の邪魔な存在だ。

「おい、鋼炎。こいつをお前にヤるから、犯すでも殺すでも好きにしたらいい。だが、南座泉ーーあいつが来たら俺に知らせろ! あいつを殺すのは俺だ」

「はぁ~、分かった。」

 鎖を放り投げ、近くにいた細身の男に渡す。綱炎は鎖を引き、それに連れて、影からボロボロになった少女の姿が現れる。服は所々に破れ、手と首が鎖に繋がれている。傷口から血が滲み、その鮮烈さを感じる。

「……私…を、どうする……つもり…なの…」

 切れ切れの言葉を紡ぐように呟いている事から、もう喋る体力さえ残っていない。

「今はあんたをどうこうするつもりは、俺には無いよ! ただ、大人しく囮を演じていてくれれば良いから。」

 心や身体が凍てつき、全身が急激に寒くなる。

「その後は、怖い思いをしないように殺してあげるよ………千崎ちゃん。」

 綱炎の不気味な笑みはより深く少女の心を闇に落としていった。




 午前三時

 まだ、暗い中に五人は一つの机に向かっていた。ダイニングテーブル程の大きさを持つ金属のテーブルが置かれている。テーブルの上には複雑な構造の地図があった。いや、テーブルの上にあるのではなく、それ自体が地図を映し出していた。SODは二万平方メートルもの広さを誇る地下基地に本部を置いている。その広さから理解出来る事は並大抵の兵力や組織では無いという事だ。

「まずは、この五人で三チーム作る必要がある。一つは簡単に言えば陽動です。最も危険性が高い役割なので、戦い慣れていない優さんはともかく、愛さんの二人は抜きにするよ。」

「……うん」

 二人はゴクッ、と唾を飲み込む。

「俺が行くよ!!」

「泉が行くならば、少しは安心して任せられそうです。詳しい説明は後で纏めてします。」

 それは、実際に本気で戦った二人だからこそ理解し合えることだ。

「次に、基地の情報操作を真人と愛さんにお願いします。メインコンピュータにアクセスすれば、介入出来るので基地全体の電源を落としてください。気付かれる前にコンピュータ自体を破壊して泉と合流してください。」

「分かった。」

 燐は続いて、一際に巨大な部屋を指差す。普通にある個室二十個分の広さを持つ部屋である。

「この部屋は魔力結界の制御室だ。一番、警戒が大きく、厳重な魔法で封じられています。その為、魔道具研究者である優さんが必要不可欠です。俺が無理矢理にこじ開けるという手もありますが、誤作動を起こせば門番を起動してしまい、かなり危険な賭けになるので、安全性を増す為に優さんにお願いします。ここが成功すれば基地を隠す為に敷いてある結界が破壊出来、騎士隊の人達の助けも得られます。」

「うん…」

 優は頷きながら、鞄から何かを取り出す。

「一応、昨日徹夜して通信用ヘッドフォンを作ってみたんだけど…」

 五人は小さな黒いヘッドフォンを受け取り、耳に装着する。

「聞こえますか…」

「あれ? 聞こえないよ。」

 周囲は分からないと言わんばかりに見る。

「えーと、これの使い方は…えーと、ヘッドフォンに上に付いてるスイッチを一度押すと通話する事が出来ます。もう一度押すと、通話モードが切れますが、他人の会話が聴こえるので大丈夫です。」

 説明を聞いてから各々にヘッドフォンを使っている。

『もしもし、聞こえますか?』

『OK、オーバー』

『いや、オーバー言わなくて良いから…』

『あれ? そうだっけ!?』

「……あれ? 本当に聞こえないんだけど…」

 その声に周囲は何事かとばかりに振り向く。

「あれ、泉の本当に故障かよ!!」

「貸して」

 優は泉からヘッドフォンを借り、自身で使用してみる。スイッチを押して話してみるが、反応は無い。

「……あれ…本当に故障みたい」

「じゃあ、どうするんだ? 泉は一人だけだし、俺は愛ちゃんが居るから、俺のを貸した方が良いか?」

「ううん……上に予備があるから、泉君も付いて来て!!」

 そう言って、優に手を引かれて部屋を出て行く。



 五分後、泉は何か感慨深いような表情で帰って来ていた。

「じゃあ、気を取り直して、ここからが作戦なんだけど…大まかな内容は、所々の見張りを倒して監視カメラに映らない様に密かに潜入する。どちらの目標も厳重体制には違いないので、ある程度距離を取った地点で待機。その後、泉が暴動を起こして人員が減った時点で突入、即座に目標を遂行、連絡を取り合いながら落ち合うという形で逃亡。理解した?」

「それは、分かったけど……それって超電撃作戦だよな? まず、俺達が隠れるにしても時間が経てば見つかるだろうし。それが泉が陽動を起こしている時なら良いが、もしその前にでも見つかれば作戦その物が一気に崩れるぞ!」

「…それでも……」

「……ああ。そうだな。それしか道は無いんだ。騎士隊も実質的な証拠が無ければ動いてくれない。この作戦が一番効率的だ。戦争に絶対安全なんて言葉は通じない事は理解してるだろ? これでも、生存確率は高い方だ」

「……ごめん。そうだよな。皆を信じなきゃ、前には進めない。」

「そして……気を付けて欲しいのが、敵の幹部組と秋崎楊炎だ。」

「秋崎楊炎はボスであり、SODを力によって纏め上げている。その実力は、俺や泉でさえ敵わない。もし、奴と戦う事になったら、直ぐにでも逃げろ! 任務を放棄してくれても構わない。次に幹部組の奴等だ。時雨幻水、藤和楓、藤和梨香の双子、そして影の支配者である鋼炎……」

 その名前を聞いた瞬間、二人に衝撃が駆け抜ける。以前、泉達は人身売買の件で奴を捕まえているからだ。

「どうして!? そいつは、俺達が捕まえた筈だろ!!」

「あっ……あれは泉達だったんだ……」

 燐が何かに気付いた様な物言いで呟く。

「…いや、あれは学院を騙す為の囮だったんだよ。あの時、鋼炎は拳銃と魔物を操っていただろ?」

 まるで、その事実を知っていた様な言い方だ。

 確かに、あの時の鋼炎は炎の拳銃と匣型の魔道具の使い分けをしていた。匣の中に蓄えられた大量の魔物と戦いながら、泉達も悪戦苦闘に苦しめられた。

「いや…本物は拳銃なんか飛び道具を使わないんだよ。俺と同じ……グローブを使った超接近戦タイプなんだ。」

「じゃあ、俺達が捕まえたのは偽物で、本物はSODの基地に居るって事か……」

「ああ……そして、幹部組は一対一なら俺や泉にも勝機はあるが、その間に他の戦闘員まで来られると危険だ。姿を隠す事を考えて行動した方が良い。」

 状況は最悪に近い。敵の精鋭部隊は一筋縄ではいかない相手だろう。

 その中を陽動として動くのだ。泉に掛かる負担は大きくなるばかりだ。

「泉君……」

「大丈夫! 皆で絶対に帰って来られるよ。」

 ニッと笑顔を浮かべる。

 大丈夫。互いを信じ合える仲間が居るのだから、きっと帰って来れる。そう心に刻みつける。


 真人は荷物を次々に収納していく。

 ベルトに繋いだ幾つかのポーチの中に魔道具やアクセス用端末機を収納していく。鎖を袖の中に隠し、背中に一本の刀を吊るす。

「コートは要らないか………それにしても久々の実践だな…」

 意味深い言葉を呟いた後、ベッドの上にコートを放り投げ、部屋から去っていった。



 泉は上下黒の戦闘服の上から黒のロングコートを纏う。その姿はまるで死神の様にさえ思える。

 ロングコートの上からバットケースを背負う。その姿が余りにも似合っていない所為で自分自身でも苦笑してしまう。

 泉は治療魔法が得意ではない。その為、治療用魔法液を多く所持している。

 胸にあるポケットに携帯食料と液体が入った瓶を詰め込んで置く。

 最後に黒の直刀に触れる。

 小さな音を響かせ、ベルトに付いてある差し込み口に刀を入れていく。




 作戦会議が終了してから二十分が経過し、全員が用意を終える。

 燐も二日で魔力の殆どを取り戻し、体調も全快というまでになっている。

「行くぞ……」

 燐によって具現された転移魔法によって光の柱が迸る。

 瞬時に光は消え、街には偽りの平穏が戻っていた。


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