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どうでもいい記憶

掲載日:2026/05/13

 腑に落ちない記憶がある。小学生の頃の話だ。


「落とし穴掘るから、学校終わったらC公園集合な」


 クラスの誰が言い出したかはよく覚えていない。でも自分と合わせ数人の男子がその場にいたと記憶している。とにかく私は彼の言葉に従い、学校が終わって家に帰ると手頃なスコップを片手にC公園へと向かった。


 着いてみると私が一番手だった。

 C公園は私の家から歩いても五分程度の近場にある公園の一つだった。他にもA、B、Dといくつかの公園があるのだが、C公園は遊具も全くなく、すぐ裏手が墓地になっている不気味さもあってか一番人気のない公園だった。


 不思議と落とし穴を掘る理由は覚えている。菊池を落とす為。ただ何故菊池がターゲットになったかは分からない。特段嫌われているわけでもなかったと思うが、言い出した奴の虫の居所でも悪かったのだろう。それで言えば私にだって菊池を落とす理由はなかった。その時あったとすれば、落とし穴という当時テレビのバラエティでよく見た大がかりな仕掛けを、自分達の手で行う事に楽しみを見出していたのだと思う。


 ただ結論から言えばそれは叶わなかった。

 私以外、誰もC公園に来なかったからだ。


 五分。十分。ニ十分。誰一人C公園には現れなかった。

 当時携帯もなかったので連絡を取るには家に帰って固定電話を使うしかなかった。

 時間を間違えたのか。場所を間違えたのか。日付を間違えたのか。何度も考えたがどれも考えにくかった。今日学校が終わったらC公園集合のはずだ。時間は確かに決められていなかったが、少なくとも二十分以上も待てば皆近くに住んでいるので何もなければ来られるはずだ。結局まぁこんな事もあるかと思って、私は静かにその場を後にした。


 しかし二十年以上経った今思い返すと、何一つ腑に落ちない記憶だった。

 どうして誰も現れなかったのか。考えられる理由としては、実はターゲットは菊池ではなく私だったという説だ。嘘の落とし穴話を聞かされ、誰も来ずに佇む私をどこかで笑い者にしていた。

 ただこれもあまり納得はいかなかった。特に嫌われるタイプでもなければ、その翌日からも仲間外れにされることもなく普通に日常を過ごしていたからだ。


「どうして昨日皆来なかったの?」


 その言葉は当時口にしなかった。言った所でどうしようもないと思ったのだろう。


 

 正直どうでもいい記憶だ。もっと大事な記憶に領域を譲った方がいいと思う。しかし何故だかこういった何てことないが何だったのかという記憶ほど妙に残り続けるものだった。この記憶もそのうちの一つだ。いまだに忘れ去られることなくふとしたタイミングで思い出す。そして思い出す度、腑に落ちない感情に苛まれる。

 

 

 別にこの記憶を確かめ直したいとは思わなかった。あの日の出来事は何だったのかなどきっと誰も覚えていない。残念ながら地元の級友達とは中学卒業以来すっかり疎遠となっており誰一人連絡先を知らない。SNSをわざわざ辿って真相を掘り起こそうなんて気もさらさらない。私はこれからもこの些細で僅かながら不快な記憶と一生を共にすることになるのだろう。そう思っていた。




 数か月前、親戚が亡くなった為久しぶりに地元に帰った。

 通夜、葬儀への参列を一通り終えた後、まだ帰るには少し時間があるなと思いC公園に足を向けた。


 C公園はなくなっていた。当時裏手だけにあったはずの墓地が増殖したかのようにC公園だった敷地が墓石で埋め尽くされていた。


「C公園? C公園はあっちやろ」


 母にいつC公園がなくなったのかと尋ねると、返ってきた答えは予想外のものだった。母が言うC公園は、私の中ではD公園と認識している場所だった。そして私がC公園だと認識していた場所は、昔から全て墓地でそんなものはなかったと言うのだ。


 母も六十後半の高齢とは言え、言動や記憶はしっかりしている人だ。地元を離れた私と違って、実家でずっと暮らし続ける母に限って記憶違いとは考えにくい。念のため他の親戚達にも確認してみたが答えは同様だった。





『突然の連絡すまない。地元のC公園って覚えてるか?』


 私はSNSを通じて菊池に連絡を取った。久しぶりの連絡で何だと思われそうだったが、別に旧交を深めるつもりもなかったので端的に結果だけを求めた。


『忘れるわけないだろ。お前らに落とされた場所なんだから』


 私は慌てて画面を閉じた。

 混乱。困惑。急速に心臓が波打った。 

  

 何が正しい。何が間違ってる。


 私の記憶では、C公園はあったが落とし穴は掘っていない。

 母達の記憶では、C公園なんてものはそもそもなかった。

 菊池の記憶では、C公園は存在し、落とし穴も存在していた。

 私達が掘った、落とし穴が。


 誰かが嘘をついている。誰かが間違っている。そうすれば辻褄が合わせられる。

 母達の記憶が間違っていれば、C公園は存在していたことに出来る。

 菊池の記憶が間違っていれば、落とし穴なんてなかったことに出来る。


 だがどちらも嘘をつく理由がない。それにC公園がなくなっているという現実を私も目にしている。


 どうでもいい記憶のはずだった。

 どうして残り続けているのか腑に落ちない記憶だった。


 もしかすると、理由はあったのかもしれない。

 いつか私がこの記憶を掘り起こし、今ある混乱に巻き込まれる為に忘れさせないように。


 それが何を意味するのか。

 C公園とは何だったのか。私達は何をどう掘ったのか。菊池は何に落ちたのか。




 数日後、恐る恐る菊池のメッセージを開こうとすると、メッセージどころかアカウントごと消失していた。


 菊池すら記憶違いだったというのか。

 皮肉にも朧げな記憶の中にある確かなものばかり消えていった。


「落とし穴掘るから、学校終わったらC公園集合な」


 言葉も声も覚えている。だが誰が発したかは覚えていない。

 もうこの誰かも、消えてしまっているのだろうか。

 

 一刻も早く落とし穴に関わる全ての記憶を消去したかった。だが残念ながら数年経った今も一連の記憶は消えていない。あの日見たC公園の姿も、菊池とのやり取りも、発案者の声も。


 その度に思う。やはり本当のターゲットは、私だったのじゃないかと。 

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