33:シルヴァの気持ち
【シルヴァ視点】
僕はずっと長い間、森で一人で暮らしていた。
途中で同居人がいた時期もあったが、例外にすぎない。
両親を待つ間の四十年の大半を、孤独に過ごしていた。
一人を寂しいと思ったことはない。
途中で両親の死を確信した後も、寂しくはなかった。
父と母は深く愛し合った末に僕が生まれた。
両親は僕を愛してくれたし、魔法が使えない問題を解決しようと手を尽くしてくれた。
だから魔法的無能のハーフエルフだが、生まれを憎んだことはない。
ただ彼らが帰らぬ人となったことを悲しむだけだ。
僕の見た目は幼いままだが、年齢は相応に重ねている。自分では大人のつもりだ。
父と母の死を認めざるを得なくなった当初こそ、悲しみに涙をこぼしたけれど、いずれ割り切った。
ハーフエルフという生まれは憎んでいないが、エルフや人間であれば自然に感じる神々の息吹とやらを、僕は感じられない。
その孤立と断絶に比べれば、一人暮らしなどどうということはなかった。
不便は多いが、暮らせないわけじゃない。
何の問題があるものか。
むしろ研究中の魔族の技術は世に出せないものだ。
神々に祈り奇跡を引き出す魔法の使い手が世の中を支配する中にあって、神々の力を介さない魔族たちの技術は実に異端だった。
神の代行者としての魔法使いたちは、神の力がなくとも魔法が使えると知れば、全力で叩き潰しにかかるだろう。
自分たちの支配者としての基盤が、根底から破壊されてしまうのだから。
エルフでも人間でも、ドワーフでも同じことだ。
もっと言えば魔力を持たない魔法使い以外の者もそうだろう。
これまでの常識、今まで生きてきた基準を奪われるとなれば、人は必ず相手を憎むだろう。
だから一人でいることは、効率的に秘密を守る最善の手段でもある。
秘密を知る者は少ないほどいい。それだけ漏れる可能性が減るからだ。
そう考えて、僕は一人で研究を続けていた。
長年の研究は一定の成果を上げて、ごく些細な魔法であれば発動できるようになっていた。
少量の水を出すとか、小さな火を灯すとか、そんな些細な効果。
魔法使いであれば呼吸をするよりも簡単に行える程度のものだ。
それでも僕にとっては、どれだけの喜びだったことか。
魔族の杖に魔力を流し込めば、確かな手応えがある。
世界中から孤立していた僕に、外側の力が応えてくれる。
それは神々ではないが、何かの大きな力だ。
まだぼんやりとしか掴みきれていないけれど、確かに感じられる。
それは僕を拒絶しない。
僕の声に耳を傾けてくれる。
呼びかければ確かに、反応がある。
世に満ちる神々の力とやらは、このようなものなのだろうか。
純血の生まれであれば誰でも感じられる、大いなる力とは。
(この力をもっと知りたい。僕の声を聞いてくれるこの存在を、もっと知りたい)
その一心で、僕は研究に没頭し続けていた。
やがて研究が行き詰まっても、それを認めたくなくて、堂々巡りの中で過ごしていた。
◇
その生活が変わったのは、プリムローズが現れたからだ。
彼女は奇妙な子供だった。せいぜい十歳くらいにしか見えないのに、妙に大人びている。
長い銀の髪と神秘的な紫の瞳をした、ひどく美しい少女だった。
きれいな服を着せれば人形のように見えたかもしれないが、服装は薄汚れていてたくましい印象を受ける。
前にも子供と暮らしたことがあるから、人間の子供の精神は分かっているつもりだ。プリムローズはどう見ても年齢不相応だった。
また、プリムローズは謎が多かった。
貴族の娘を自称し魔法使いだと名乗ったが、料理や掃除の家事にやたら手慣れている。
また、狩りにどんな魔法を使うのか訊ねても、はぐらかしてくる。
悔しいことに彼女の料理はとても美味しくて、胃袋を掴まれたのは否定しきれない。
久方ぶりに誰かと囲む食卓は温かくて、うっかり、ついうっかり、楽しいと思ってしまった。
彼女は整理整頓も上手で、言うとおりにすると驚くほど部屋がすっきりした。
いつもどこに何があるか不明で困っていた研究資料も、今ではすぐに取り出せる。実に便利だ。
便利だが……プリムローズはどこでこんなやり方を身につけたのか、不審な思いは増した。
僕の方としても、魔族の技術の問題がある。あまり相手に踏み込みたくなかった。
料理の腕は惜しいが、早めに追い出してしまおうと、そればかり考えていたものだ。
もしも魔族について知られれば、こいつも危険に晒されかねない。
僕のせいでそんなことになるのは、避けたかった。
状況が一変したのは、ドラゴンとの戦いを目の当たりにして以来だった。
突然現れたスノータイガーとドラゴンを見て、心の底から肝が冷えた。
僕は戦闘能力を持たない無能者だ。
ドラゴン相手では逃げ切れる確証もなく、恐怖で動けなくなりそうだった。
しかしプリムローズはドラゴンに敢然と立ち向かった。
子供のスノータイガーを助けたいと思っているのは一目瞭然だった。
このままでは彼女が死ぬ。ドラゴンに殺される。
自分で首を突っ込んでいったのだ。僕が助ける筋合いもない。
見捨てるのは後味が悪いが、僕には研究の続きがある。こんなところで死ぬわけにはいかない。
……そう思っていたのに。
プリムローズは不思議な力を使いこなして、ドラゴンと対等に渡り合った。
明らかに魔法だったが、詠唱している様子はない。
彼女の手元が光る度、新しい魔法が生まれていく。
花のような盾がドラゴンの炎を受け止め、光の刃が迸る。
戦い方は決して洗練されていないのに、プリムローズの姿はいっそ美しくすら見えた。
だが対等に見えた戦いは長くは続かなかった。
プリムローズは徐々に追い詰められて、体勢を崩した。
と、彼女の腰の袋から小さな何かが散らばる。
半透明の小さな玉だった。
(あれは……霊珠!?)
うんと幼い頃、母に連れられて訪れたウェスタ神殿を思い出す。
茫洋とした神秘を湛える玉は、どこか空恐ろしかったのを覚えている。
手をかざしても何の反応もなかった。
通常の人間であれば、属性に応じた魔法の力が霊珠に満ちるというのに。
僕の無能を突きつけられた気がして、悔しかった。
目の前で散らばった小さな玉は、それに良く似ていた。
どこか空虚でいて、それなのに可能性と奥行きを感じさせる玉。
神殿の霊珠は僕を拒絶したのに、この小さな霊珠はどうだろう。胸がざわめく。




