31:お肉冷凍
辺りはもう暗いので、作業は明日にすると決める。
しばらく休んで回復したおかげで、霊珠は一個だけ作成できた。
「これは『暖』で使ってしまおう」
岩場の夜はかなり冷える。
昨夜は私が倒れるように眠っていたせいで、シルヴァに不寝番を強いてしまった。
今日はゆっくり休んでほしい。
『暖』の文字を刻むと、周囲がほんわりと暖かくなった。
「すごいな。戦闘の印象が強かったが、こういう使い方もできるのか」
シルヴァが感心している。
ホカホカの陽気にコタローは早速眠くなってきたようだ。
大きな口を開けてあくびをした。まだ乳歯と思われるちっちゃい牙が可愛らしい。
コタローを間に挟むようにして、私とシルヴァも毛布にくるまった。
暖気とコタローの毛皮でとても暖かい。冬が間近の岩山とは思えないほどだ。
「交代で眠ろう。先にシルヴァが休んで」
「助かる。昨日は徹夜だったから、さすがに少し眠い」
そう言って彼は目を閉じると、すぐに寝息を立て始めた。
霊珠の力は、この世界にとっての異端。
最強の魔獣と言われるドラゴンを殺すほどの威力すらある。
それなのに彼は何も心配せず、無防備に眠っている。
(信頼してくれているのね)
であれば、私も応えなければ。
すぐ隣のコタローの毛皮を触りながら、温かな空気に包まれながら、私は星空を見上げていた。
◇
翌朝、短いとはいえちゃんと眠った私は、早速霊珠を一個作った。
本当は二個作りたかったのだが、ここ数日の疲れが出たらしい。力が上手く込められず、失敗してしまった。
そもそも二個連続で作るのは、かなり無理があると感じている。
実際、昨日は倒れた。倒れないまでも、その後の行動に制限が出ると考えておいた方が良さそうだ。
「はぁ。この調子じゃ、今日は二個しか作れないかもなあ」
フリーズドライ(『乾燥冷凍』)を試すには、霊珠が四個必要だ。早くても明日になってしまう。
冷える季節とはいえ、昼間の気温は氷点下ではない。ドラゴンの肉は少しずつ傷んでいくだろう。
悩んでいると、シルヴァがため息をついた。
「プリムローズ、本当にここに居座るつもりか? 手持ち食料と水は残り少ない。僕は撤退したいんだが」
「うん……そうだよね」
シルヴァの意見もあり、私は妥協することにした。
妥協である。諦めたわけではない。
「と、いうわけで! 次の霊珠が出来上がったら、二字熟語にします!」
私が宣言すると、コタローが「フニャ?」と首を傾げた。
シルヴァは呆れ顔だ。
「まだ諦めていなかったのか……」
「当然。お肉の山を目の前にしてフードロスを作るなんて、ありえないでしょ」
体力と魔力の消耗具合を見るに、午後になれば霊珠を作れそうだ。
飲み水が少なくなってきたので、待ち時間を兼ねて水を取りに行くことにした。
「岩山を下って少し歩くと、湧き水がある。それを水筒に汲んでこよう」
シルヴァが先頭に立って、私とコタローが続いた。
彼の言葉の通り、泉のような場所がある。その端からこんこんと水が湧き出ていた。
「この水、飲める?」
「飲めるだろ。前に飲んだが、腹は下していない」
というわけで、私たちは水筒に水を汲んで飲んだ。
秋も後半の湧き水はきりりと冷えていて、とても美味しい。
水を飲みながら、何気なく聞いてみた。
「シルヴァは小屋の近くの川の水を飲んでいるよね。平気なの、あれ?」
「平気だろう。いつも飲んでいる」
「でも川の生水は汚染されていることもあるよ。動物のフンとかでさ。今までお腹壊さなかった?」
「……腹を下すのはいつものことだ。別に水のせいじゃない」
え? いつものことなの? それはどうなの。
私が不審に思っていると、シルヴァはボソリと言った。
「しかしそういえば、お前と暮らすようになってから下していないな……」
「いやそれ、絶対水のせいだから! あと食べ物の衛生管理!」
私は思わずツッコミを入れた。
シルヴァの小屋でお世話になってからも、水は必ず沸かしてから飲むようにしている。
料理は当然、衛生に気をつけている。石鹸はないが手洗いは欠かさない。
私はこれでも二十一世紀の食肉加工工場で働いていた人間。衛生観念は人よりあるつもりだ。
「コタローもいい? これからはしっかり、清潔できれいな環境で食事してもらいますからね!」
「お、おう」
「ミャー」
気圧された様子のシルヴァと、分かってなさそうなコタローを引き連れて、私は岩場に戻った。
◇
午後になった。
水分補給と干し肉の食事を済ませて一休みすると、少し体に力が戻ってきたのが分かる。
ぐっと手を握って集中すれば、手の中に霊珠が生まれた。
「よし。これで二個」
刻む文字はもう決めてある。『冷凍』だ。
イノシシの肉を凍らせた時、『凍』一文字でも業務用冷凍庫で急速冷凍したような固さになった。
冷やす。凍らせる。この二文字であれば、効果アップは間違いない。
私はドラゴンの死体の前に立った。
本当は『刃』で切り分けておくべきかもしれないが、ドラゴンが死んでからもう二日経過している。
霊珠作成を待っていたら、せっかくのお肉がどんどん傷んでしまう。
であれば今の時点で冷凍して、お肉の使い道は後でゆっくり考えよう。そう思ったのだ。
「――『冷凍』!」
二つの霊珠が光を放った。
と。
みるみるうちに周囲の気温が下がる。
ピシピシと氷が割れるような音がして、ドラゴンの巨体が凍り始めた。
薄緑色のウロコの表面に、大きな霜の花が咲く。
いや、霜ではないな。もっと極低温の氷だ。
氷の花が咲き誇るように、ドラゴン全体を覆っていく。
ものの数十秒程度でドラゴンの死体はカチンコチンになった。
これだけ大きい体なのに、あっという間の出来事だった。
「呆れた威力だ。これ、戦闘時にも使えるんじゃないか」
おっかなびっくりといった様子で、シルヴァがドラゴンの表面を触っている。
「うーんでも、霊珠二つ使って冷凍の効果でしょ。戦闘だと使い道は限られそう」
凍らせて相手の足を止めるとか? ちょっとコスパが悪い気がする。
まあ、今はお肉の冷凍でオッケーということにしておこう。
「これで氷が溶けない限り、腐ることはないはず」
私が言うと、シルヴァは頷いた。
「もうすぐ冬だ。これだけガチガチに凍っていれば、春まで溶けないだろうな」
ドラゴンは元々頑丈なウロコに覆われた体なので、凍ってしまった今は本当に固い。
なまじっかな魔獣では、肉を食べようとしても手も足も出ないだろう。
そもそも凍っていれば、腐臭が漂って魔獣たちをおびき寄せることもない。
「では、一度帰るか」
「そうしよう」
「ミャー」
水は補給できたけれど、食料はもう一日分しかない。
帰りの二日の行程は、節約しながら食べていこう。
シルヴァはバスケットを持ち直した。見ればいつの間にか、例の薬草の実が収められている。
「あれ、それ、また集めたんだ?」
「当然だろ。ここには採集に来たんだ。この薬草は高く売れる、手放す理由はない」
「あはは、そうよね」
ドラゴンとの遭遇という突発的な出来事があって、親虎は命を落としてしまった。
けれと私とシルヴァに怪我はなく、コタローも元気にしている。
(親虎は残念だったけれど……今回も私は生き延びた。これからも絶対に、しっかりと生き抜かなければ)
私たちは連れ立って岩場を後にした。




