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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第2章

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31:お肉冷凍

 辺りはもう暗いので、作業は明日にすると決める。

 しばらく休んで回復したおかげで、霊珠は一個だけ作成できた。


「これは『暖』で使ってしまおう」


 岩場の夜はかなり冷える。

 昨夜は私が倒れるように眠っていたせいで、シルヴァに不寝番を強いてしまった。

 今日はゆっくり休んでほしい。


『暖』の文字を刻むと、周囲がほんわりと暖かくなった。


「すごいな。戦闘の印象が強かったが、こういう使い方もできるのか」


 シルヴァが感心している。

 ホカホカの陽気にコタローは早速眠くなってきたようだ。

 大きな口を開けてあくびをした。まだ乳歯と思われるちっちゃい牙が可愛らしい。

 コタローを間に挟むようにして、私とシルヴァも毛布にくるまった。

 暖気とコタローの毛皮でとても暖かい。冬が間近の岩山とは思えないほどだ。


「交代で眠ろう。先にシルヴァが休んで」


「助かる。昨日は徹夜だったから、さすがに少し眠い」


 そう言って彼は目を閉じると、すぐに寝息を立て始めた。


 霊珠の力は、この世界にとっての異端。

 最強の魔獣と言われるドラゴンを殺すほどの威力すらある。

 それなのに彼は何も心配せず、無防備に眠っている。


(信頼してくれているのね)


 であれば、私も応えなければ。

 すぐ隣のコタローの毛皮を触りながら、温かな空気に包まれながら、私は星空を見上げていた。





 翌朝、短いとはいえちゃんと眠った私は、早速霊珠を一個作った。

 本当は二個作りたかったのだが、ここ数日の疲れが出たらしい。力が上手く込められず、失敗してしまった。

 そもそも二個連続で作るのは、かなり無理があると感じている。

 実際、昨日は倒れた。倒れないまでも、その後の行動に制限が出ると考えておいた方が良さそうだ。


「はぁ。この調子じゃ、今日は二個しか作れないかもなあ」


 フリーズドライ(『乾燥冷凍』)を試すには、霊珠が四個必要だ。早くても明日になってしまう。

 冷える季節とはいえ、昼間の気温は氷点下ではない。ドラゴンの肉は少しずつ傷んでいくだろう。


 悩んでいると、シルヴァがため息をついた。


「プリムローズ、本当にここに居座るつもりか? 手持ち食料と水は残り少ない。僕は撤退したいんだが」


「うん……そうだよね」


 シルヴァの意見もあり、私は妥協することにした。

 妥協である。諦めたわけではない。


「と、いうわけで! 次の霊珠が出来上がったら、二字熟語にします!」


 私が宣言すると、コタローが「フニャ?」と首を傾げた。

 シルヴァは呆れ顔だ。


「まだ諦めていなかったのか……」


「当然。お肉の山を目の前にしてフードロスを作るなんて、ありえないでしょ」


 体力と魔力の消耗具合を見るに、午後になれば霊珠を作れそうだ。

 飲み水が少なくなってきたので、待ち時間を兼ねて水を取りに行くことにした。


「岩山を下って少し歩くと、湧き水がある。それを水筒に汲んでこよう」


 シルヴァが先頭に立って、私とコタローが続いた。

 彼の言葉の通り、泉のような場所がある。その端からこんこんと水が湧き出ていた。


「この水、飲める?」


「飲めるだろ。前に飲んだが、腹は下していない」


 というわけで、私たちは水筒に水を汲んで飲んだ。

 秋も後半の湧き水はきりりと冷えていて、とても美味しい。

 水を飲みながら、何気なく聞いてみた。


「シルヴァは小屋の近くの川の水を飲んでいるよね。平気なの、あれ?」


「平気だろう。いつも飲んでいる」


「でも川の生水は汚染されていることもあるよ。動物のフンとかでさ。今までお腹壊さなかった?」


「……腹を下すのはいつものことだ。別に水のせいじゃない」


 え? いつものことなの? それはどうなの。


 私が不審に思っていると、シルヴァはボソリと言った。


「しかしそういえば、お前と暮らすようになってから下していないな……」


「いやそれ、絶対水のせいだから! あと食べ物の衛生管理!」


 私は思わずツッコミを入れた。

 シルヴァの小屋でお世話になってからも、水は必ず沸かしてから飲むようにしている。

 料理は当然、衛生に気をつけている。石鹸はないが手洗いは欠かさない。

 私はこれでも二十一世紀の食肉加工工場で働いていた人間。衛生観念は人よりあるつもりだ。


「コタローもいい? これからはしっかり、清潔できれいな環境で食事してもらいますからね!」


「お、おう」


「ミャー」


 気圧された様子のシルヴァと、分かってなさそうなコタローを引き連れて、私は岩場に戻った。





 午後になった。

 水分補給と干し肉の食事を済ませて一休みすると、少し体に力が戻ってきたのが分かる。

 ぐっと手を握って集中すれば、手の中に霊珠が生まれた。


「よし。これで二個」


 刻む文字はもう決めてある。『冷凍』だ。

 イノシシの肉を凍らせた時、『凍』一文字でも業務用冷凍庫で急速冷凍したような固さになった。

 冷やす。凍らせる。この二文字であれば、効果アップは間違いない。


 私はドラゴンの死体の前に立った。

 本当は『刃』で切り分けておくべきかもしれないが、ドラゴンが死んでからもう二日経過している。

 霊珠作成を待っていたら、せっかくのお肉がどんどん傷んでしまう。

 であれば今の時点で冷凍して、お肉の使い道は後でゆっくり考えよう。そう思ったのだ。


「――『冷凍』!」


 二つの霊珠が光を放った。

 と。

 みるみるうちに周囲の気温が下がる。

 ピシピシと氷が割れるような音がして、ドラゴンの巨体が凍り始めた。

 薄緑色のウロコの表面に、大きな霜の花が咲く。

 いや、霜ではないな。もっと極低温の氷だ。

 氷の花が咲き誇るように、ドラゴン全体を覆っていく。


 ものの数十秒程度でドラゴンの死体はカチンコチンになった。

 これだけ大きい体なのに、あっという間の出来事だった。


「呆れた威力だ。これ、戦闘時にも使えるんじゃないか」


 おっかなびっくりといった様子で、シルヴァがドラゴンの表面を触っている。


「うーんでも、霊珠二つ使って冷凍の効果でしょ。戦闘だと使い道は限られそう」


 凍らせて相手の足を止めるとか? ちょっとコスパが悪い気がする。

 まあ、今はお肉の冷凍でオッケーということにしておこう。


「これで氷が溶けない限り、腐ることはないはず」


 私が言うと、シルヴァは頷いた。


「もうすぐ冬だ。これだけガチガチに凍っていれば、春まで溶けないだろうな」


 ドラゴンは元々頑丈なウロコに覆われた体なので、凍ってしまった今は本当に固い。

 なまじっかな魔獣では、肉を食べようとしても手も足も出ないだろう。

 そもそも凍っていれば、腐臭が漂って魔獣たちをおびき寄せることもない。


「では、一度帰るか」


「そうしよう」


「ミャー」


 水は補給できたけれど、食料はもう一日分しかない。

 帰りの二日の行程は、節約しながら食べていこう。


 シルヴァはバスケットを持ち直した。見ればいつの間にか、例の薬草の実が収められている。


「あれ、それ、また集めたんだ?」


「当然だろ。ここには採集に来たんだ。この薬草は高く売れる、手放す理由はない」


「あはは、そうよね」


 ドラゴンとの遭遇という突発的な出来事があって、親虎は命を落としてしまった。

 けれと私とシルヴァに怪我はなく、コタローも元気にしている。


(親虎は残念だったけれど……今回も私は生き延びた。これからも絶対に、しっかりと生き抜かなければ)


 私たちは連れ立って岩場を後にした。


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