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負内無宗は負けませんっ!!

加護なしで“人以下”だったわたくしが、全てを奪い返して天人王になるまで〜強欲の勇者は欲しいもの全てを手に入れる〜

作者: Zawape
掲載日:2026/07/19

天人族(てんにんぞく)、それは神の恩恵を強く受ける種族。

その象徴である“加護”はなくてはならない。

加護がない者は天人として認められず、“人としても扱われない”。

そう────私のように。




私は恵まれた家庭で育った。お金にも余裕があり、家族からたくさんの愛情を注がれて、大切に育てられた。


「ポラリス、誕生日おめでとう!父さんからは、クマのぬいぐるみ、マロンちゃんだ」


「わたくしからは、このドレスを。ポラリスの綺麗な髪に似合う黄色ですよ」


「お父さん、お母さん、ありがとう!わたくし、大事にするね!」


お父さんが私の頭を撫でた。


「“わたくし”だなんて、可愛いな。お母さんのマネか?」


「そうだよ!素敵でしょ?」


「そうだな」


私はさっそく、お母さんにもらったドレスを着た。


「似合ってますよ、ポラリス」


「ポラリスは、どんなに素敵な女性になるんだろうな」


「誰よりも明るく眩しい道しるべ────そんな女性になってみてもいいかもしれませんね」


「うん!」



────鑑定の日


「ポラリス、貴方は一体どんな加護なんでしょうね」

「うん、楽しみ!」

「どんな加護だったとしても、ポラリスは父さんの自慢の娘だ」


この幸せはこれからも、この先も、ずっと続くと思っていた。


「さぁ、この鏡の前に立ってください」

「は……はい」


少しだけ緊張もしていた。


それでも────


「どんな加護でも、ポラリスはポラリスだ」


お父さんはそう言って微笑んでくれた。


「あなたの加護は……」


だが、幸せが続くのはごく一部の人だけだった。


鏡には────何も表示されなかった。

その意味を理解するまでに、数秒かかった。

その瞬間、頭の中が真っ白になった。


「……っ!?……ありません」


鑑定係は慌てて何度も確認した。


「な……何かの間違いですよね?」

「そ……そうだ!ポラリスに加護がないなんて……!」


「間違いありません」


「そうですか……」


その一言で、すべてが終わった。


その瞬間、家族の視線が冷めていくのを感じた。

それは、今までの愛情に満ちた眼差しとは正反対のものだった。

軽蔑、嫌悪、怒り、失望────黒く、深い感情が視線を通して流れ込んできた。


「お父さん……お母さん……?

ど……どうして、そんな目でわたくしを見るの?」


まるで知らない人を見るような目だった。


「お母さんと呼ばないでください。あなたに両親などいません……アルネーラ家の恥さらし」


「え……」


あのお母さんと同一人物とは思えなかった。

それほどに、その言葉は冷たかった。


「お父さん……お父さんは、わたくしのことを自慢の娘だって……」


「神の恩恵の象徴……その“加護”がないなら、話は別だ。お前は天人族じゃない。この落ちこぼれが!」


「どうして……わたくしの名前を呼んでくれないの?」


足が震える。

声がうまく出ない。


それは今までにないほどの恐怖だった。


加護は天人の誇りであり、神の恩恵の象徴。

あって当たり前。神からの恩恵を強く受けているからこそ天人は“上位”の種族なんだ。


天人族は最上位の種族。そのプライドは、無意識のうちに身につける常識だ。

その常識を覆しかねない存在の私は────その日を境に“人”としてすら扱われなくなった。



────────────────────────


物置きとして使われていたボロ小屋が、私の寝床になり、水や食料すらろくに与えられなくなった。

飢え死に寸前の私はゴミを漁り、残飯が主食になった。

腹を壊したこともあった。吐いてしまったこともあった。何度も体調を崩した。

それでも、誰も助けてくれない。誰も慰めてくれない。誰も寄り添ってくれない。

そして哀れんですらくれない。

街を歩けば軽蔑の眼差しを向けられ、近所の子供たちには集団で暴力を振るわれた。


何度も、死にたくなった。

それでも、家族で過ごしたあの時間を諦めたくなかった。

今では家族に絶縁され、「貴方なんか産まなきゃ良かった」とまで言われた。

それでもそこは、私のたった一つの居場所だった。


なぜ、私には加護がないのだろう。どうして、加護がないだけで、ここまでの扱いを受けなきゃいけないのだろう。

今まで注がれてきた愛情はその程度でなくなる虚像だったのか。

そもそも、私は愛されていたのか。


最初から誰も、私のことなんか……


────そう思った瞬間、心の中で何かがボキッと折れた。

もう二度と治らない。そんな気がした。


「うぅぅ……」


今まで抑えてきたものが全て、涙となってボロボロと溢れ出した。

怒りよりも、寂しさの方が遥かに強かった。


そこにあったのは逃げ場のない孤独だった。

全て失った。

私に残されたのは、お父さんが買ってくれたクマのぬいぐるみのマロンだけだった。


「マロン……寂しいよ……」


布団なんてない。暖房もない。でこぼこで硬く、冷たい地面の上で、毎晩マロンを抱きながら眠った。


自分の味方はマロンしかいなかった。



そんな生活が五年も続いた。

しかし、慣れることはなかった。ふとした時、無性に自分が虚しくなる。

それでも私は、生きることをやめなかった。

全て壊れたあの日から、楽しさも、嬉しさも、喜びも、温かさも感じたことはない。

笑顔のやり方すら忘れてしまった。

この日々に生きる意味も希望も見いだせないのに、何が私を動かしているのか。……それすらも分からない。

ただ、誰にも知られず孤独に朽ちていくのが怖かった。


この五年間、何度だって神に祈り続けた。


しかし、何も変わることはなかった。


加護もくれない。希望もくれない。願いすら叶えてくれない。


私に神など存在しなかった。






今日もご飯を求めて、飲食店の裏口にあるゴミ箱を漁っていた。

虫も湧いている。それでも、飢え死なないためにはこうするしかなかった。


「ガチャッ」


裏口のドアが開いた。


「……っ!?」


「またお前か!毎回うちのゴミを漁りやがって」


ドンッ……


私は店主に蹴り飛ばされた。


「うぅ……」


逃げるようにその場を立ち去った。

そして何も食べられないまま、物置小屋に戻った。


「あれ……ない」


視線が、何度も同じ場所を往復した。

あるはずのものが、どこにもなかった。


心臓が、止まったような気がした。


小屋にあったぬいぐるみのマロンがなくなっていた。


「そんな……」


呼吸が荒くなるのを感じた。


「おい、落ちこぼれ!」


後ろを振り返ると、いつものいじめっ子たちが笑っていた。


「マロンは……?」


「あの汚いぬいぐるみなら、怠けの森に捨ててきたぜ」

「大事だったら、取りに行くんだな────」


私は、いじめっ子が言い終わる前に駆け出していた。

考えるより先に、体が動いていた。


「あの落ちこぼれ、マジで行きやがった」

「ぬいぐるみはとっくに燃やしちまったのにな」


「あの森にはやばい“魔人”がいるんだろ?」

「あぁ、天人族が国を挙げても倒せなかったバケモノらしいぜ」

「その魔人って確か────」




「……っ!?」


足が止まった。


────空気が、違う。


目の前には、巨大な玉座に無気力にもたれかかった魔人がいた。

額からは二本の緑の角が生え、大きく開いた口からは長い舌が垂れていた。


苔が生えた首輪からはトゲの付いた鎖が伸びていた。



「────怠惰の魔人アケディアだ」


────────────────────────



奇妙な威圧で足がすくんだ。冷や汗が止まらない。


「はぁ……はぁ……」


鼓動がうるさいほど頭に響く。心臓が押しつぶされそうだ。


私、ここで死ぬの?


そう思った瞬間、私の心がそれを拒絶した。


……死にたくない。

こんな誰も来ない森で、誰にも知られず、気づかれず孤独に死ぬなんて嫌だ!


────気づいた時には、逃げ出していた。

水も食料もまともに得られず、弱々しい走りだったが、それでも全力だった。


アケディアが片手をかざすと、私の体が見えない何かに掴まれた。

掴む力がどんどん増していき、体が押し潰されていく。


「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


ドォォォォォォンッ!


私は勢いよく地面に叩きつけられた。


痛い……きっと骨が折れてる。


それでも私は地面を這った。


その瞬間頭に浮かんだのは、家族との思い出だった。


お父さんと鬼ごっこをした記憶、お母さんの寝室にオバケの服装で忍び込んで怒られた記憶、家族と一緒に寝た記憶。


「ポラリス……愛してる」


家族の笑顔が頭から離れない。


「なん……で」


もう嫌われたのに……見捨てられたのに……諦めたはずなのに……

────どうしてあなたたちが浮かぶの……?


頬を一筋の涙が伝った。


その時、初めて気づいた。

こんな夢も希望も生きる意味もないような世界で、何が私を生かしていたのか。それは何よりも純粋で素直な気持ちだった。


もう一度“家族”に戻りたい。それだけだった。


あの温かい家庭で「愛してる」と言って欲しい。

そう思った瞬間────


私は拳を強く、食い込むほど握りしめた。


「まだ……死ねない……お父さんとお母さんに……もう一度“愛してる”って言わせるんだ!」


私はフラつきながら立ち上がった。

肋骨が折れている。呼吸をするたびに激痛がする。


だが、そんなのは関係ない。なんとしてでも逃げ切って、家に帰るんだ。


そう強く心に決め、おぼつかない足取りで走り始めた。


その時、見えない巨大な何かが私を殴り飛ばした。


バゴォォォォォォォォォンッ!!


「あ……ぁ……」


私は石の祭壇に激突した。


「何……これ」


石の祭壇には一振の剣が刺さっていた。

その剣からは宇宙のような“何か”を感じた。


怠けの森にこんな祭壇があるなんて知らない……


その時、額を何かが伝うような感触がした。


額を触った手が真っ赤に染まっていた。


「血だ……こんなにいっぱい……」


出血なんか街でリンチされた時によくあったから見慣れていたが、この量を見るとさすがに恐怖を覚えた。


「逃げなきゃ……うっ……」


急に目が回るような感覚に陥った。


「何……これ……」


強い倦怠感が、身体を支配した。

もう何もしたくない。見ることも聞くこともめんどくさい。

動きたくない。呼吸すらもめんどくさくなってきた。

逃げることも、生きることも、家族のことさえ……全部どうでも良くなって────


その時、ふと母との会話を思い出した。


「いいですか、ポラリス。怠けの森は絶対に入ってはいけませんよ。あの森には全てを凌駕する念力を行使し、怠惰を伝染させる、“怠惰の魔人”がいますからね」


「……っ!?」


怠惰?


怠惰……


私は……どうして気がつかなかったんだ。

逃げる?

……なにそれ。

ただ戦うことを怠けてるだけじゃん。


────静かだった。


風の音すら、聞こえなかった。


今考えてみれば、最初からおかしかったんだ。

全てを失った時、なんであの時私は受け入れてしまったんだ。

五年間虐げられ続けてきて、なんで怒らなかったんだ。

怒ってよ、反発してよ。嫌なことに逆らって、もっと“欲望”に素直になればいいじゃん!


欲を満たすことを怠っていた。

なんて私は────“怠惰”だったんだ。


生きたい?愛されたい?当たり前じゃん。

だったら────あんなクソ魔人ぶっ倒して、全部手に入れればいい。


私はゆっくりと立ち上がり、祭壇に突き立てられた剣に手を伸ばした。


利用できるものは、全て利用してやる。


「美しく、上品、そして強欲に生きてやる……いえ、生きて見せましょう」


グッ……


私は剣を強く握りしめ、思いっきり引き抜いた。

それはまるで、最初から私を待っていたかのようだった。


その瞬間────辺り一帯は眩い光に包まれた。


脳内に、この世の全てが流れてくる。


その時、私は全てを見通した。



アケディアが手を振りかざす。


ドカァァァァァァァァァンッ!


私は見えない何かに叩き潰された。


しかし私は微動だにせず、少しだけ笑った。


「貴方の攻撃は、結果としてわたくしを回復させてしまう……そういう“運命”に書き換わっているんです」


ダメージを受けるはずがむしろ回復していく。

骨折も出血も全て完治していた。



「新しい“わたくし”とは、はじめましてですよね?

怠惰の大罪魔人────アケディアさん」


ダンダンダンダンッ!


見えない攻撃が私を何度も叩きつける。

しかし私はビクとも動かない。

無数の衝撃波だけが響き渡る。


「もう……うるさいですね」


私は攻撃を受けながら、まるで散歩でもするかのようにゆっくりと歩み寄った。


次の瞬間────


ダァァァァァァァァァァァァンッッッ!!


私は指を軽く弾いた。


ただそれだけで────アケディアは玉座ごと吹っ飛んだ。


「では、自己紹介を。

わたくしはポラリス・アルネーラ。────星導の勇者です」


────────────────────────



全てが見える。攻撃が、未来が、運命が……


それでも私は“あえて”全ての攻撃を受けた。

アケディアの攻撃の結果……つまり“運命”は私の気分次第で変わる。


これが、天命の聖剣アストラの能力、“運命付与”だ。

物事に“自身の望む結果”を与えることができる。



アケディアの初撃にはダメージではなく、“回復”を与える運命を与えた。

二撃目以降は、受けるはずだったダメージが攻撃力を上げる"バフ"へと変換されている。


つまり相手が攻撃するほど、私が強化されるというわけだ。

ちなみに怠惰の伝染も無効化済みだ。


ドォォォォォォンッ!ダンダンダンダンダンッ……


アケディアの念力の攻撃は既に百発を超えていた。


だから無駄なんだけど……まあ、話が通じる相手じゃないか。


今は聖剣の力であらゆるものを見通せるから、見えない攻撃ではなく、“見えない念力の拳”だということがわかる。


「見えない攻撃なんて……理不尽だと思いませんか?

ねぇ、────アケディアさん」


攻撃を受けすぎて、強化バフが異常なほど蓄積されている。


ダァァァァァンッ!……ダァァァァァンッ!


ただ歩くだけで、地面が悲鳴を上げる。


「こんな状態で貴方を斬ったら……どうなってしまうんでしょうね」


「!?」


「見えていますよ。貴方、“恐怖”していますね」


アケディアは複数の念力の腕で私の歩みを止めようとする。

しかし、私は止まらない。


「諦めてください。貴方が望んだ“結果”にたどり着くことはありません」


一歩踏み出すたびに地面が爆発する。


私はアケディアの目と鼻の先で立ち止まった。


沈黙が流れる。


「突然ですが、わたくしには“確率撃”という0.0001%の確率で、10000倍の強さの一撃を繰り出す固有スキルがあります。

確率が低すぎて、実質“存在しない”ようなものですが……」


私はゆっくりと聖剣を振り上げた。


「もし、今の状態で発動してしまったら、この世界もろとも────……いえ、やめておきましょう」


剣を下ろして、静かに息を吹きかけた。


────その瞬間



ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!


怠惰の魔人アケディアは、怠けの森と共に────消し飛んだ。


「だってどの道、聖剣の能力“絶対強運”で────確定してしまいますからね」


アケディアがいた場所に、綺麗な翡翠色の宝玉が転がっていた。

────手に取る。


「“怠惰の意志”……思わぬ副産物ですね。

ちょっと苦しいですが……」


ゴクンッ……


私は怠惰の意志を口に含み、飲み込んだ。


「んはぁ……」


気が狂ったわけじゃない。

こうして、大罪魔人の力を獲得できる“未来”が見えたからだ。


全身に力がみなぎるのを感じる。

強さこそが全て。

強さだけが自分の尊厳を守ってくれる。

さらに強くなればなるほど、私は“人”になれるんだ。


「このまま“大罪の意志”を集めるのも楽しそうですね」




更地と化した“元・怠けの森”には、遮る木々がなくなり、清々しい風が吹き荒れていた。


「いい風ですね。では、帰りましょうか」


一歩踏み出す────


ダァァァァァンッ!


私は忘れていた。自身の体が“バフ”で異常なまでに強化されていたことを。


「これでは家に帰れませんね……バフが切れるまでここで休憩しましょうか」


街の方を見て、少し微笑んだ。


「お父様、お母様……わたくしは、貴方たちを取り戻しますよ。────絶対に」



────────────────────────


「久しぶりの水浴びは気持ちいいですね」


私は湖の畔で水浴びをしていた。

さっきまで怠けの森にいたのに、どうやってここまで来たのか。

それは────天命の聖剣アストラの能力だ。

私が行くべき場所へと道を繋ぐ“運命の扉”を開き、転移したのだ。


餓死と隣り合わせの生活だったため、体を洗う余裕すらなかった。

水浴びは心の余裕を取り戻してくれる。

これから私は、奪われた分……いや、それ以上の幸せを掴みに行くんだ。


ちゃんとした家があり、柔らかい布団があり、清潔な体で髪を整え、美味しいご飯を食べる。

そして、家族を取り戻す。

叶えたい欲望を全て、この手で実現するんだ。


五年間も私を虐げてきたんだ。私のわがままに付き合ってもらおう。


「まずは、このボロボロの服を何とかしたいですね」


新しい服なんて、ここしばらく考えたことがなかった。

奪われるばかりで何も得られない生活の中で服のことなど考える余裕がなかった。

強いて言うなら、寒さを凌げる服であればいい────その程度だった。


「どんな服がいいでしょうか……」


もちろん、お金などない。あったとしても、私に服を売ってくれる人などいない。

なぜなら“人以下”だと思ってる相手に、交渉をしようとは思わないからだ。


ならば、“奪えば”いいだけの話だ。


私には、着てみたい服があった。


“運命の扉”


ゲートを開き、今自分が行くべき場所へと繋いだ。


その場所とは────“教会”だ。


私は四年前のことを思い出していた。


人としての扱いを受けなくなった私は教会に助けを求めた。

教会なら誰にでも分け隔てなく接してくれる。そう思ったからだ。


私は教会の扉を叩いた。


扉の向こうから、シスターが出てきた。

シスターはボロボロな私を見た瞬間、心配そうな顔を浮かべた。


「ど……どうしたのですか!?一体何が……」


「ご飯を……ください……」


シスターは優しく私を抱きしめた。


「さぞ辛かったでしょうね。今服と温かい食事を……」


誰も私を助けてくれなかった。助けを求めても突き放されるばかりだった。

そんな私を心配して抱きしめてくれた。

嬉しくて泣いたのを今でも覚えている。


「神は皆に平等です。あなたも救われるでしょう」


その時、後ろから神父が出てきた。

神父は私を見た瞬間、顔を歪めた。


「神父様、この子に食事を────」


その瞬間────私は突き飛ばされた。


そのまま顔を踏みつけられる。

だんだん顔に重みがのしかかっていった。


「あぁぁぁぁ……」


「神父様!何を────」


シスターが驚いたように神父を見つめた。


「“これ”は神の加護がない、落ちこぼれです。人ではありません」


その時、心配そうに見つめていた目が冷たくなっていくのを感じた。


あぁ……知ってる。この目。いつも“私”を見る目だ。加護がないと知った瞬間、家族が向けてきた目だ。


それでも、一瞬でも私を心配してくれたシスターさんを信じたかった。


「シスターさん……」


「……。」


沈黙が流れた。


「神様は……わたくしを見捨てないでくれるよね?」


「“人”であればの話です。加護もないあなたに救いなどありません」


シスターは冷たく言い放った。


「……っ」


私は逃げ出した。

逃げても帰る場所はない。それでもどこかに居場所があると信じたかったからだ。




「居場所がないのなら────奪えばいい。無理やりでも“わたくしの居場所”にしてしまえばいいだけです」


私は不敵な笑みを浮かべた。


「教会の方々は元気でしょうか?……まぁ、どうでもいいのですが」


私は堂々と教会に足を踏み入れた。


「あら……聖職者の皆さん、こんにちは」


「なっ……お前は!?」

「神聖なる教会に何の用ですか。……落ちこぼれ」


私を見た瞬間、穏やかな人たちが軽蔑の眼差しを向けた。


「困りましたね……まだ、何もしてませんよ?」


「加護がない時点で罪なんだよ!この異端者!」


「わたくしはただ、服を譲っていただきに来ただけですよ。……貴方々の意見など求めていません」


聖職者たちの額に青筋が浮かぶ。


「貴様っ……」

「貴方のような落ちこぼれに渡す服などありません。そのボロ雑巾のような服がお似合いですよ」


聖職者たちが嘲笑した。


ふと、壁に飾られた神父服が目に入った。下にはそれとセットの靴が立てかけられていた。


「……。」


私は神父服の前で立ち止まった。


「……良いカソックですね」


「やめろ!大神父様の神聖なカソックだ。お前なんかが触れていい代物じゃない!」


「いえ……貴方たちに拒否権はありません。これは“決定事項”です」


私がカソックに触れた瞬間────

眩い光と共に、私は神父服に身を包んだ。


白ベースに、所々金の装飾が混じっている。


服は勝手に私の体に合わせて馴染んでいく。

“運命付与”の応用技だ。


「わたくし、神なんて微塵も信じていませんが、こういう服を着てみたかったんです」


「貴様!今すぐその服を脱げ!」


私はくるりと回って、微笑んだ。


「神聖な感じがして、わたくしに似合っていると思いませんか?」


「この落ちこぼれ!どこまで神を愚弄すれば気が済むんだ!」

「おのれっ!」


ドンッ!


聖職者の男が私の顔面を殴りつけた。男の拳は確かに私の頬を捉えた。しかし、その拳は岩を殴ったかのように震え、男の表情が驚愕へと変わる。


私は怯むどころか、ビクとも動かなかった。


「あら……まだ理解できていないのですね。弱者が強者に触れると、どうなるか……」


その瞬間、男は念力で締め上げられた。


「あ゛……あ゛ぁぁぁ」

「アケディアの念力も、案外使えますね」


私が念力を解除すると、男は地面に倒れ込んだ。



「おい……アケディアって、怠けの森の……?」

「大罪魔人の能力を……なんで……」

「お……おぞましい……」


「もういいでしょうか?用は済みましたので────ここに長居する理由はありません」


「このクソ女が!」


「邪魔ですよ?避けてください」


聖職者たちが一斉に壁へ叩きつけられ、石壁に大きな亀裂が走った。


「うわぁぁぁっ!?」


「神にすがることしかできない弱者が、随分と偉そうですね」


私は聖職者たちが地面に這いつくばる姿を見て、優しく微笑んだ。



「ご協力、感謝します。それでは────せいぜい良い夢を」



────────────────────────



私は久々に食事を楽しんでいた。


温かい料理に、私の表情筋が緩んでいた。


「……。」

「ここの裏口でゴミを漁っていた時を思い出しますね……」


店主は震えながら料理を提供した。


「貴方にはお世話になりましたからね。

……お代はいりませんよ」


「いや……あの、お金を払うのお前じゃ……」


「いつ、貴方に発言を許可しましたか?

もう一度、さっきのように“教育”して差し上げてもいいんですよ?」


「す……すみません。許してください」


店主の顔は腫れ上がり、無惨な状態になっていた。

前に蹴り飛ばされた“借り”は、しっかりと返した。


「素晴らしい店ですね……わたくし、気に入りました」


「あ……ありがとうございます」


店主は無理な笑顔を浮かべていた。


「それでは……また来ますね」


「え!?……あ、あはは……お待ちしております」


その引きつった顔を見て、胸の奥が静かに満たされていくのを感じた。



「次は甘いものが欲しいですね。近くのスイーツ屋さんに行きましょうか」


その時────


「まだ生きてたのか。落ちこぼれ」


聞き覚えのある声の方を振り返った。

そこには数人の青年たちが立っていた。

いつも私が意識を失うまで集団暴行を加えてきたいじめっ子たちだ。


「なんだその服は」


「似合ってるでしょう?いただいたんです」


「お前にはボロい服がお似合いだ」

「そうだ!人以下は人以下らしく“最底辺”の生活をしてればいいんだよ!」


「貴方たちに決定権などありません。わたくしからすれば、貴方たちの方が“最底辺”ですからね」


「は?てめぇ……また瀕死になるまでボコボコにされたいみたいだな」

「この落ちこぼれが!生意気な口利いて無事で済むと思うなよ」


私は平気な表情で話を続けた。


「そういえば、わたくしのぬいぐるみはどうなったのですか?」


いじめっ子がニヤリと笑うと私に向かって何かを投げつけた。


「ほら……お前の大好きなぬいぐるみだぜ」


それは黒く焼け焦げたぬいぐるみの“マロン”だった。


「……っ」


私は屈み、唇を強く噛み締めた。


「おいおい、さっきまでの威勢はどうした?

返してやったんだから、ありがとうくらい言ってみろ」


私はマロンを拾い、立ち上がった。

だがその時にはもう────私の口角は、静かに、確かに上がっていた。


「えぇ、ありがとうございます。お陰で────大切なものを取り戻しました」


その瞬間、ぬいぐるみが光り、新品のように復元された。


私はマロンをぎゅっと抱きしめた。

それと同時に、心がじんわりと温かくなるのを感じた。

ほんの一瞬だけ、昔の自分に戻った気がした。


「……ほんとに、帰りたいな」


その呟きは、誰にも届かなかった。


溢れ出しそうになった涙を必死にこらえ、目を開いた。


「は……?」


ドォォォォォォォォォォォォォォッ……


辺り一帯に凄まじい重圧がのしかかった。


「お礼と言ってはなんですが、ささやかなプレゼントを差し上げましょう」


恐怖のあまり、いじめっ子たちは動けなくなった。




この場にいた全員が、本能で理解していた。


────逆らってはいけない存在だと。






「まずは貴方」


私が端の青年を指さした瞬間────


バゴォォォォォォォォォンッ!


轟音と共に弾き飛ばされた。

一気にいじめっ子たちに緊張が走る。


「次は……貴方ですね」


指さされた青年は、恐怖のあまり声が出なくなった。


「あ……あ……」


バゴォォォォォォォォォンッ!


「恐怖は順番に味わった方が、よく理解できますからね」


その瞬間、青年たちの背筋が凍りついたのを感じた。


「じゃあ次は貴方にしましょう」


青年は選ばれた絶望感でただただ震えていた。


「た……助け────」


バゴォォォォォォォォォンッ!


青年たちは恐怖で足がすくんだ。逃げることもできない。

いじめっ子たちは弾き飛ばされるのを待つことしかできなかった。


冷や汗で服を濡らす者もいた。泣き叫ぶ者もいた。

ついには、その場で気絶する者まで現れた。


「いけませんね。……気絶すれば逃れられるとでも思っているのでしょうか」


私が気絶した青年に触れた瞬間────


「あれ……俺は……」


「おはようございます。目覚めて一番にわたくしの顔を拝めるなんて……幸せ者ですね。────次は貴方の番ですよ?」


「や……やめろ……やめてくれ────」


バゴォォォォォォォォォンッ!


最後に残ったのは、リーダー格の青年だけだった。


「……2人きりになってしまいましたね」

「……っ!?」


次は自分だ。そう思った瞬間全身が震え、心臓が締め付けられた。

青年は失禁していた。恐怖で顔が引きつっていた。


「お願いだ……許してくれ!もういじめたりなんか────」


その瞬間、青年を念力で掴み、持ち上げた。

徐々に強く締め上げていく。


「あ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!助け……て────」


「これ以上その薄汚い声で囀らないでもらえますか?わたくしの耳が穢れてしまいます」


青年は無様に、みっともなく泣くことしかできなかった。


私が手を振り下ろした瞬間────


ダァァァァァァァァァァァァンッッッ!!


青年は強く地面に叩きつけられた。

亀裂が広がっていく。


「やめて……許して……殺さないでくれ。なんでもしますから」


「……見るに堪えませんね。本当に無様です。

しかし、殺さないであげましょう。

これから天人族には、わたくしに“絶対服従”してもらいます。ですから、貴方々には生きていただかないと……」


「国家反逆でもするつもりか?……落ちこぼれ」


その男が現れた瞬間、空気が凍りついた。


「あら、“三帝天(さんていてん)”がお出ましとは……何かあったんでしょうか?」




「ちょっと加護なしのゴミが暴れてるって聞いてな……殺しに来ただけだ」




────────────────────────


“三帝天”……それは天人族の最終兵器と呼ばれている最精鋭の3人だ。

その理由はその3人が負けたら、天人族に勝てる者はいないということに由来する。


目の前に立っている男はその三帝天の1人────“全停”のマファルス。


加護は“停止”。あらゆるものを停止させる。



私はマロンをそっと地面に置いた。



「三帝天……いい響きです。これからわたくしの配下に下ると思うと、とても心強いですね」


「冗談はやめろ。お前のような落ちこぼれの配下になるくらいなら死んだ方がマシだ」


「あら、死なせはしませんよ?貴方も、三帝天もこの国の全ての天人すらも手に入れて支配するのですから。

……貴方々に拒否権はありません。そうなる“運命”ですからね」


マファルスは顔を歪め、殺意を滲ませた。


「楽に死ねると思うなよ……」


マファルスが消えた瞬間────


ドカァァァァァァァァァンッ!


凄まじい衝撃波と共に蹴り飛ばされた。

抵抗する間すら、与えられなかった。


「あ……あ……」


世界が、完全に停止していた。

音も、風も、鼓動すらも────何一つ動かない。

意識すら止められた状態で、私は一方的に攻撃された。


「さっきまでの威勢はどうした?」


マファルスは再び消え、地面に横たわる私を再び蹴り飛ばした。


「や……やめて……」


「何言ってんだ?やめるわけないだろ。お前が死ぬまで終わらないからな。

まぁ、すぐ死ねると思うなよ」


そのまま私の首を締め上げ、持ち上げた。


「かっ……苦し────」


ドォォォォォォンッ!


みぞおちに重い一撃が入る。


「カハッ……」


私は顔を歪め、血を吐いた。


「なん……で」


私は地面へと叩き落とされた。


「あぁ……全然歯応えないな。能力を使うまでもない」


マファルスは私にまたがり、顔面を容赦なく殴りつけた。


ドンッ……


鈍い音が響いた。


「助けて……」

「お前のような、価値のない落ちこぼれを助ける奴なんかいない」


ドンッ……


私の顔は、腫れ上がって歪んでいた。


「なんで……」

「理由くらいわかるだろ。お前に“加護”がないからだ」


ドンッ……


マファルスの拳は赤く染まっていた。


「どうして……」

「何度も言わせるな、この落ちこぼれが!」


その瞬間────違和感が走った。


ドンッ……ドンッ……ドンッ……!!


私の顔は酷く腫れ上がり、地面には“赤”が広がっていた。


「どうして────俺を……殴るんだ」

「……っ!?」


マファルスが瀕死になるまで打ちのめしていたのは────私をいじめていたリーダー格の青年だった。


「あら、もう……気づいてしまいましたか?」


私はマファルスの背中を、人差し指でなぞった。


マファルスはビクリと震え、ゆっくりと後ろを振り返った。


そこには不気味な笑みを浮かべた少女の姿があった。


「わたくしをいたぶって……さぞかし楽しかったでしょうね。

それも、貴方の“勘違い”だったようですが……」


「嘘……だろ」


「身代わりご苦労様でした。えっと……名前何でしたっけ?

────でも……答える余裕もなさそうですね」


青年は既に、意識を失っていた。

マファルスは消えるように距離を取った。


「何をした……落ちこぼれ」

「答える義理はありませんね。その硬い思考しかできない頭で……考えてみてはいかがですか?」


その瞬間────マファルスが私の頭を蹴りつけた。


バゴォォォォォォォォォンッ!


衝撃が辺りを揺らした。


しかし、私はビクともしない。

私はマファルスの足を掴み、投げ飛ばした。


「うあっ!」


マファルスは私を睨みつけた。

再び視界から消え、私の顔面を殴りつけた。


ドンッ!ドンッ!ドンッ!


それでも、私には一ミリもダメージが通らない。


「クソッ……なんで!?」


私が軽く手で振り払うと、爆音と共にマファルスが吹っ飛んだ。


「あぁぁぁっ!」


「おやおや……さっきまでの威勢はどうしたのでしょうか」


その瞬間、マファルスが不気味な笑みを浮かべた。


「ナメるなよ……外から攻撃が効かないなら、内側からやるだけだ」


マファルスが私に向けて右手をかざした。


ドクンッ……


「うっ……心臓が……」


胸をおさえる私を見て、マファルスは高らかに笑った。


「お前の心臓を止めてやったんだよ。これこそが停止の加護の“奥義”だ。這いつくばって死ねっ!」


私はニヤリと笑った。


「なんちゃって♡」


「……っ!?」


心臓が止まる“運命”なんて、最初から存在しない。


「本当に愚かですね。わたくしを殺せると思ってるだなんて……可哀想で仕方がありません」


「馬鹿な……不可避の攻撃なのに」


「見えていますよ。貴方の能力も、思考も、これからの行動も全て。

貴方に勝ち目など────最初からなかったんですよ」


マファルスは、開いた口が塞がらなかった。

マファルスの手は、酷く震えていた。


「この戦いだってわたくしの“気分”で成立しているに過ぎません。

どうですか?自分が何よりも見下していた相手に“舐めプ”された気分は」


「くっ……」


マファルスは時を止めた。

反論するよりも先に、逃げ出していた。

認めたくなくても“勝てない”と実感したからだ。


「どこへ行くんですか?────マファルスさん」

「……っ!?馬鹿な……時間が止まっているんだぞ!」


その瞬間────マファルスは、見えない何かに掴まれた。

掴む力が強まり、ボキッと嫌な音が鳴った。


「あ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!」

「貴方ごときが、わたくしの時を止められるという“幻想”を抱くなんて……おこがましいですね」


「三帝天ともあろうお方が逃げ出すなんて……拍子抜けですね」

「助けて……くれ」


「みっともないですね……無様すぎて、萎えてしまいました」


ドォォォォォォンッ!!


マファルスは、地面に深くめり込んだ。

頭だけが地面から突き出ていた。





「もう貴方に用はありません。地面にでも埋まっててください。

────わたくしを見下したことを後悔しながら……ね」



────────────────────────


私は今、大王宮に来ていた。ここには天人大陸の全てを支配する“天人王”がいると言われている。

ここに来た理由はいくつかあるが、一番は天人王の存在が邪魔だからだ。私が全てを手に入れる過程で三帝天よりも障害となるのが天人王なのだ。


その天人王の加護を知る者はいないとされているが、私にはその能力も、その未来も全て見えている。

────あの男の加護が一番厄介だ。


「それでは……王の座を譲っていただきましょうか。────強制的な世代交代です」


私が王宮の正門へ行くと、衛兵に怒鳴りつけられた。


「貴様!止まれ!」

「神聖な王宮に何の用だ。この落ちこぼれ!」


「あら、感情豊かな方々ですね。安心してください。わたくしはただ、天人王さんに王座を譲っていただきに来ただけですから」


その言葉を聞いた瞬間、衛兵の怒りはこれ以上ないほどに膨れ上がった。


「異常者が!頭までおかしくなったか」

「お前の薄汚い命も、ここで終わらせてやる!」


衛兵たちは私に槍を突き立てた。


ガンッ……


「ば……馬鹿な……身体強化の加護があるんだぞ!?」


私は軽く、ため息をついた。


「貴方々ごときに時間を費やすほど、わたくしの価値は安くありませんよ?」


その瞬間────


ドォォォォォォォォォォンッ!


何もしなかった。手も足も動かない。ただ見ただけで、衛兵たちは吹っ飛んだ。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


私は堂々と王宮の門を通り抜けた。

しかし騒ぎを聞きつけ、衛兵たちが次々と集まってくる。


「何事だ!」


100人以上の衛兵が立ちはだかる。


「この落ちこぼれ!何をした!」

「どうでもいい……死ね!」


衛兵たちが私に飛びかかった。


「……頭が高いですね。わたくしに失礼だと思いませんか?」


その一言で、衛兵たちが地面にめり込んだ。


「か……体が……」

「動かない……」


衛兵たちは意識を失った。


「では、おやすみなさい。次に目覚めた時は……“王”と“配下”ですね」


「何ナメたこと吐かしてんだぁ!?人以下のクズがよぉぉぉぉっ!!」


その瞬間、凄まじいオーラが辺り一帯を震撼させた。

目の前に立つ2人の男女がこの場の空気を支配していた。


「あら……また三帝天ですか」


三帝天の1人が口を開いた。


「あなたが……マファルスを倒したんですか」


私は優しく告げた。


「いえ、わたくしはただ……“遊んで”差し上げただけですよ?

────“異元”のタルテナさん」


「あぁ!?こんなカスがマファルスをやれるわけねぇだろうがよぉぉっ!?」


「そこの猿みたいにうるさいのは、“滅拳”のセルファさんですね。見た目通りで安心しました」


私は目を細めて、穏やかに微笑んだ。


「テメェ……サンドバッグになりたいみてぇだなぁぁぁぁっ!!」


「セルファ、落ち着いてください」




「1つ……提案があります」


私は落ち着いた表情で告げた。


「ここは戦闘を避け、“和解”してはいかがでしょう?」


「どういう意味ですか?」


私は淡々と告げた。


「結果は決まっていますからね。何より、わたくしの未来の“配下”を傷つけるのは……心が痛みますから」


「ふざけてんのかぁ?俺らが“負ける”みたいな言い方じゃねぇかぁ」


「私たちは天人王様から“落ちこぼれ”の排除を命じられています」


意地でも私の名前を呼びたくないようだ。

今更辛くなることはない。

だが────“絶対に私の名前を呼ばせてやる”そう強く思った。


「それに────あなたのような“異端者”の配下に下るくらいなら……死んだ方がマシです」


「フフッ……貴方と同じような事を言った人がいましたね。まぁ、“埋めて”やったのですが。

貴方々も────同じ末路をたどるかもしれませんね」


その時、タルテナの怒りが数段階上がったのを感じた。


「不快ですね……さっさと死んでください」


「三帝天がどんな無様な末路を迎えるのか……楽しみですね」


その瞬間────


「もう限界だ!サンドバッグにして殺してやる!」


バゴォォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!


閃光が走った。轟音と衝撃波が空を切り裂き、私は天人大陸から吹っ飛ばされた。


「凄まじい威力ですね……」


滅拳のセルファ。彼の持つ加護は“滅拳”。全てを一撃で破壊するほどの絶対的な攻撃力を誇る。

そう、彼は純粋な攻撃力だけで三帝天の座まで上り詰めたんだ。


気づけば、私は再びセルファの目の前へ引き戻されていた。


「!?」

「おもしれぇ。一撃で死ななかったのはお前が2人目だ!!」


バゴォォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!


私は再び遥か彼方へ殴り飛ばされた。

しかし気がつくと、再びセルファの前に戻されていた。


「これじゃあ本当に“サンドバッグ”だなぁぁぁぁぁっ!!」


バゴォォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!


これはもう1人の三帝天、異元のタルテナの加護“次元切断”だ。彼女は私との間に存在する“距離の次元”を切断し、目の前に引き寄せている。


これにより私は、ヨーヨーのような挙動で吹っ飛ばされ続け、文字通り“サンドバッグ”になってしまう。

100回以上殴り飛ばされた後、私は首を絞められ、渾身の一撃をみぞおちに食らった。


ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!


「かはっ……」


私は地面に膝をついた。


「あぁ……スッキリしたぜ……」


「……」


辺りは静寂に包まれた。

俯いた私の口角は、限界まで上がっていた。


「待ってセルファ!様子がおかしいです!!」


「は?」


セルファが前を向くと、そこには無傷の少女が笑顔で立っていた。


「あ……あ……」


声も出なかった。自分の拳で全てを証明してきたセルファにとって、攻撃が効かないというのは圧倒的な“敗北”を意味していた。


「見えていますよ。貴方、“恐怖”していますね?」


タルテナも言葉を失っていた。セルファのことは好ましく思っていないが、唯一その力だけは認めていたからだ。


「散々殴ってくれましたね……お陰で“バフ”が絶望的なほど溜まってしまいました」


私はそっと、セルファに手を伸ばした。


「セルファ!逃げてください!!」


「え……」


私がセルファの腹部に触れた瞬間────


ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッ!!


遥か彼方まで吹っ飛んだ。


静けさだけが残った。


「よく飛びますね……後で彼を連れ戻してあげてください。タルテナさん」


「……っ!?」


それは今までの“人以下”を見るような見下す目ではなかった。

────圧倒的強者に向ける“絶望”の眼差しだった。


ドォォォォォォンッ……

ドォォォォォォンッ……


歩く衝撃だけで地面が爆発する。

さらなる絶望と恐怖がタルテナを震え上がらせた。


タルテナは焦ったように大鎌を召喚した。


「し……死ね!」


大鎌から紫の斬撃が放たれた。


シュィィィィィンッ……


私に直撃した。

しかし何も変化がない。


「嘘……次元ごと切断したはずなのに……」


タルテナは目の前に立つ少女の笑顔を見て、全てを理解した。

────これは勝負以前の、一方的な“ワンサイドゲーム”だ。


ドォォォォォォンッ……

ドォォォォォォンッ……


徐々に足音が近づいてくる。


(こんなの少女じゃない……歩く災害だ!

私は狩る側じゃない……“狩られる側”だったんだ)


「はぁ……はぁ……」


(身体が震える。呼吸ができない。心臓が押しつぶされそうだ)


私はタルテナの目と鼻の先で歩みを止めた。


「……っ!?」


タルテナは、戦うことも、逃げることもできずに、ただ泣きながら私を見つめることしかできなかった。

戦う意思もない、逆らうという考えもない。それは確かな────屈服の眼差しだった。


「いいですね……その目。そしてその表情。

わたくし、とても……だーいすきです♡」


私はタルテナの頬に優しく両手を添えた。


「あ……あ……」


タルテナはこれ以上ないほど、大きく目を見開いた。

私の両手にタルテナの涙が伝うのを感じる。


「今の貴方は────世界で一番“可愛い”ですよ♡」


「やめ……て」

「今はかなり力を抑えているんですよ?少し間違えたら……貴方を壊してしまうかもしれませんね」


私はいたずらっぽく、声を忍ばせて笑った。


「た……助け……て」


今にも消えてしまいそうな、小さく、弱々しい声だった。


「もしかして、命乞いですか?

わたくしの配下になるくらいなら死んだ方がマシと、言っていましたのにね」


「……っ!?」


「配下になるなら、優しくしてさしあげますよ」


タルテナの華奢な身体は、小刻みに震えていた。


「沈黙は肯定と受け取りますよ?」


「は……はい……」


タルテナは静かに目を閉じた。


「よく、わたくしの元へ来てくれましたね」


私はタルテナを優しく抱きしめた。


「歓迎しますよ……タルテナさん」


その声は、小川のせせらぎのように清らかで、温かかった。


タルテナの張り詰めていた理性の糸が、ぷつりと音を立てて切れた。

震える膝の隙間から、せき止めていた想いがあふれ出すように、温かな熱が足元を伝っていく。


「あら、着替えを用意しなくてはなりませんね」


私はそっと微笑んだ。


────────────────────────


私は玉座の間を目指して歩いていた。

そこには、天人大陸を支配する“天人王”がいる。

彼の加護を知る者はいない。その能力は謎に包まれている。

しかし、私には全てが見えていた。

彼の加護の全てが。そして、その能力が一番厄介であることも理解していた。


彼は、私が全てを奪い返す過程で最大の障害だ。

今までのように、生かして配下にできる相手ではない。

だから今回は────正面からは戦わない。


天人王は500年以上前から生きている。

実力至上主義の天人大陸で、500年以上王の座を守り続けてきた────その実力は“本物”だ。

戦闘経験は私の比じゃない。

だからこそ、油断はできない。


重い扉が開かれた。驚くほど広いその空間には、豪華な玉座だけがあった。

そこには、威厳のある男が鎮座していた。


「……。」


その男はうじ虫を見るような目で私を見ていた。


「はじめまして。天人王テリトリス・エレメディアさん。

わたくしはポラリス・アルネーラ。……貴方の王座をいただきに来ました」


少しの沈黙の後、テリトリスは口を開いた。


「加護もない“下等生物”のお前に、天人族の王は務まらぬ」


「フフッ……冗談がお好きなのですね。自分たちがその“下等生物”だという自覚がないのでしょうか」


テリトリスは静かに、冷徹な眼差しを向けた。


「少し、お話でもしましょうか」


その言葉を聞き、テリトリスは軽く冷笑した。


「下等生物などと会話が成立することはない」


その言葉と同時に────


ドカァァァァァァァァァンッ!!


私は爆発に巻き込まれた。

煙が消えると、無傷の私が口角を上げて、密やかに笑っていた。


「……っ!?」

「わたくしに“加護”がない理由を……お話ししましょう」


その瞬間────水の刃が私の首元に直撃した。


もちろん、かすり傷一つ付かない。


「馬鹿な……」


私は気にせず話を続けた。


「世界には七振りの“聖剣”というものが存在します」

「聖剣……だと?」


私が手をかざすと、一振の剣が現れた。


「これがその一つ……天命の聖剣アストラです。

あら、その表情……500年以上生きていて知らなかったみたいですね」


「黙れ」


轟音と共に、私に雷が降り注いだ。


「聖剣は七つの大陸に、それぞれ一振ずつ存在します。もちろん、この天人大陸にも……」


「……。」


「なぜ天人族はその存在に気づかなかったのか……それは、聖剣のある祭壇が“怠けの森”の奥深くにあったからでしょうね」


「……っ!?」


テリトリスは一瞬、目を見開いた。


「貴方は“怠惰の魔人アケディア”を恐れて、森に行くのを避けていますからね。

気持ちは分かりますよ。

だって────貴方の加護では、アケディアに勝てませんからね」


テリトリスの額に青筋が浮かんだ。


「お前に何がわかる」


足元から風が吹き荒れ、竜巻が私を巻き込んだ。


ゴォォォォォォォォォッ……


私が足で床を軽く叩くと、竜巻が消え去った。


「なぜだ……」


テリトリスは理解ができなかった。攻撃が通用しない存在は初めてだったからだ。


「聖剣は選ばれた者しか抜けないし、扱えません。

そして、聖剣は加護よりも強い“神の恩恵”を行使できます。」


「聖剣とは、最も神に近い“究極の加護”。

強すぎるが故に、神は他の加護を与えなかった。

────これが答えです」


沈黙が流れた。


「だから貴様の方が、私より上だと言うのか?」

「えぇ、そういうことになりますね」


「ふざけるな!だったらさっさと私に攻撃して、その“究極の加護”の強さとやらを証明してみろ!」


テリトリスは怒りのあまり怒鳴った。


「仮にわたくしが攻撃をしたら、“初撃無効”の加護で回避され、二つ目の能力、“複製の加護”で能力をコピーされてしまいますからね」


テリトリスは表情を濁した。


「じゃあこのまま攻撃せず、私に勝つと言うのか?」


「えぇ、しかし正確には“初撃”の概念がない攻撃での勝利と言った方が正しいでしょうか」


「何を言って────」


その瞬間、テリトリスが玉座から崩れ落ちた。


「何を……した」


私はニヤリと笑った。


「そろそろ効いてきたみたいですね」


どうやら、頭が回らないようだ。


「貴方の加護とかなり相性が悪いですからね。────“怠惰”の伝染は」


声がかすれていく。動くこともできなくなっていく。呼吸も浅くなっていく。

伝染した“怠惰”は体をむしばみ、生きることすらも面倒くさくなっていった。


「まさか……これはアケディアの……」


「えぇ。貴方が最も恐れていた存在……怠惰の魔人アケディアの能力です。

徐々に侵食する“怠惰”に初撃無効など通じませんからね」


「き……貴様……」


段々と、テリトリスの怒りの表情が消えていく。


「もう……どうでもいい」

怒ることすら怠惰になったのだろう。


「貴方の能力は厄介でした。生かしておいても“良い未来”が見えません。

なので────貴方にはここで死んでいただきましょう」


「糞が……」


こうして、天人王テリトリスの支配は終わりを迎えた。


────────────────────────


私は────天人王に成り上がった。



この五年間、人としての扱いを受けず、誰にも助けられなかった。いじめられることはあっても、慰めも、心配もされなかった。

涙を流しても救われることがなかった。


名前すら呼んでもらえない。孤独で、餓死と隣り合わせの生活はもう終わった。


この玉座は少し硬かった。

……でも、それすら心地よかった。


これから、欲しいもの全てを手に入れるんだ。


「失ったものはなんとしてでも取り戻す……それが一番だと思いませんか?……タルテナさん」


「は……はい……その通りでございます。ポラリス様」


「うーん……」


タルテナはメイド服に身を包んでいた。


私は念力で軽くお尻を叩いた。


「ひぁっ……」


「もう……固い。固すぎますよ、やめてください。

もっとこう、ほら……素を出してください」


「で……ですが、ポラリス様は“天人王”じゃないですか……」


……どう接すればいいのか、分からなかった。

でもなぜか、本音を伝えたいと思った。


「わ……わたくしは、こんな冷たく接されるために……天人王になったわけじゃありません」


「ポラリス様?」


「口で言わせないでください。もっと優しく……温かく接して欲しいんです」


私は顔を赤らめて、少し視線を逸らした。


「ポラリス様……」

(ポラリス様って女帝系のドSだと思ってたけど……もしかして寂しがり屋なのかも。……だったら、怖がらずに接したい!)


「そうですね。ポラリス様がそう言ってくれるんでしたら、私も普段通り接したいです」


その言葉を聞いて、胸の奥がくすぐったいように熱くなるのを感じた。そして、無性に心が踊った。

やっと自分が“人”になれた気がしたから。


「あ……ありがとう。……わたくし、こういうの久しぶりで……嬉しいです」


その空気を壊すように────


「そういうことなら、俺も普通に接してやらねぇとなぁ?」


「せ……セルファ!?いつからそこに……」


「あぁ……お前がポラリス様にケツ叩かれてる辺りからかぁ?」


「は……恥ずかしい」


タルテナは両手で顔を隠した。


「ですが、普段通り接してくれるなら嬉しいです」

「おうっ!」


セルファはにっこり笑うと、気まずそうに柱の影に隠れていたマファルスを引っ張り出した。


「おいバカっ……やめろ!」


マファルスは私と目が合うと、後ろめたそうに逸らした。


「普通に接するのはいいけど……なんというか、今までの態度が悪すぎて……顔向けできないんだよな」


セルファとタルテナも申し訳なさそうに俯いた。


「そんなことを言ったら、天人族みんなそうじゃないですか。

それに、今もわたくしが嫌いなんですか?」


3人は慌てて訂正した。


「そんなことないですよ!ポラリス様は……あんなことした私たちを殺さないどころか、優しく接してくれるし……」


「俺は正直、加護とかよりも強けりゃいいって思ってるからなぁ……」


「……負けて、全部壊された時に分かったんだ。

俺たちは常識というか、プライドに囚われすぎてたんだって。加護の有無ばっか重要視してて、ポラリス様自身を見てなかった」


私は目を細めて、穏やかに微笑んだ。


「だったらいいじゃないですか。大事なのは“これから”ですよ」


3人は少し目を見開いた。


「はい!」


3人の声がそろった。


ガチャァ……


その瞬間、玉座の間の扉が開いた。

そこには、目の下に酷いクマができた男が立っていた。


「……。」


男は怒りと殺意がこもった目で、私を睨んでいた。


「あら、久しぶりですね────“お父様”」


────────────────────────


「どんな加護だったとしても、ポラリスは父さんの自慢の娘だ」


お父さんはいつでも元気で、私に優しかった。

嬉しい時は一緒に喜び、悲しい時は一緒に悲しんでくれた。

そして何より、私を愛してくれた。


その愛情も、私に加護がないと知った瞬間に砕け散った。


あの日────私は“大切なもの”を失った。


縁を切られ、名前も呼ばれず、目も合わせてくれなくなった。


でも、今目の前にいるお父さんは、間違いなく私の目を見ていた。

しかし、それは昔のような優しい目ではない。

怒り、憎悪、殺意、それらが複雑に混ざり合うようなドス黒い視線だった。


こんなの、私が知ってるお父さんじゃない。

手の震えを隠すように、私は少し笑った。


「……わたくし、天人王になりましたよ」


「……。」


お父さんは何も言わない。


「今からお父様とお母様を取り戻します。わたくしの目標ですからね。

……また昔のように、貴方たちに“愛してる”と言わせてみせます」


お父さんは、強く歯を食いしばった。その額には青筋が浮かんでいた。


「お前の……せいだ」


聞こえないほど小さな声で呟いた。


「どうしましたか?」


「お前のせいだ!」


部屋中に声がこだました。


「え……?」


「お前のせいで、アリアナが死んだ!」


「お母さん……が……?」


理解が追いつかなかった。あまりにも突然のことだった。


三帝天たちも、驚きのあまり声が出ない。


「嘘……だよね?」


え……なんで?何が?どういうこと?

誰が殺したの?

私……私のせい?意味がわからない。


気づいた時には、お父さんが目の前で強く拳を握っていた。


「……っ!?」


一瞬、時が止まった。


バゴォォォォォォォォォンッ!


顔面に重い一撃が響き、後ろに仰け反った。


「あ゛っ……」


「ポラリス様!」


脳が揺れる。驚きのあまり、防御を忘れていた。

私はそのまま倒れ込んだ。


「お前のせいだ。お前がいたから、アリアナが死んだんだ。この落ちこぼれが!!」


ドォォォォォォンッ!


私の頬にめり込んだ手に、涙が伝う。


私はお父さんの手を弾き、ゆっくりと立ち上がった。


「嘘だ!」


その声は震えていた。


「……失礼。少し気分が動揺していましてね。────おかしくなりそうです」


頭が真っ白になった。

何も考えられないまま、体だけが動いていた。


「……っ!?」


バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!


「ぐはっ……」


こんなはずじゃなかった。


お父さんは壁に深くめり込み、頭と口から大量の血が流れていた。


本当は、抱きしめたかったのに。

愛してるって言って欲しかっただけなのに。


私の手は小さく震えていた。


なんで……こんなことに……


私はお父さんの前で歩みを止めた。



「貴方に……勝ち目はありません」


今のお父さんからは、敵意を感じない。

静かに涙を流している。


「アリアナは自殺した。お前を虐げるたびに苦しさが心を蝕んでいった。娘を見下す自分に耐えられなくなって自ら命を絶ったんだ」


私の脳内に、お母さんとの記憶が蘇る。


本を読んでくれた記憶、

一緒に服を選んだ記憶、

嵐の夜には一緒に寝て、私が眠るまで優しい言葉を掛けてくれた。


「ポラリス、貴方はわたくしの“宝”です。貴方には誰よりも幸せな未来を歩んで欲しい。

どんなことがあろうと……わたくしは貴方の味方ですよ」




「そん……な」


お父さんは私に一通の手紙のようなものを渡した。


「アリアナの遺書だ」


一文字一文字を噛み締めるように読んでいく。


「……っ」


───────────────────────

ポラリスへ


わたくしはあの日、大事な選択を間違えてしまいました。

貴方に加護がないと知った瞬間、信じることができませんでした。常識やプライドを優先して、貴方を人として扱いませんでした。


でも貴方と目を合わせず、人として扱わず、名前すら呼ばない生活をするたびに、どうしようもないほど胸が痛くなりました。

こんなわたくしに、娘を想う資格なんてないのに。

こんな言葉を貴方が聞いたら、馬鹿だと笑うでしょうか。もしかしたら、もっとわたくしを恨むかもしれませんね。


種族の常識なんかより、プライドなんかより、何よりも大切にしていた娘を信じてあげれば良かった。


何もできず、守ることもできず、娘への扱いが酷くなっていくのを見るのが、わたくしには耐えられませんでした。

わたくしは貴方に合わせる顔がありません。

孤独な貴方を置いていくことを許してください。

それでも、せめて貴方の味方でいさせてください。


ポラリス、世界で一番貴方を愛しています。



アリアナ

───────────────────────


私は唇を噛み締めた。


「ずっと欲しかった言葉です。この五年間、ずっと待ちわびていた言葉でした。でも────」


一気に涙が溢れ出した。




「────直接言って欲しかった……」


お父さんの頬を一筋の涙が伝っていた。


「なんで……間違えたんだろうな、俺たちは……」


「お父……さん……」


体が動かない。意識も遠のいていく。それでも、お父さんはかすれた声で口を開いた。


「ポラリス……ごめん……ごめん……“お父さん”と呼んでくれたのに。

────何よりも一番“愛して”いたのに……」


お父さんの瞳から、一気に涙が溢れ出した。


「いや……嫌だ……死なないで!もうわたくしを置いていかないで!」


お父さんの体が冷たくなっていく。


「こんなの望んでない!やっと“愛してる”って言ってもらったのに。こんなんじゃ足りない。全然足りないから!

生きて────もっとわたくしを愛してよ!」


白い光が、まるで全てを包み込むように広がった。

その光は、失われかけていた命すら優しく引き戻していくようだった。


「ぽ……ポラリス様……」


お父さんの出血がどんどん止まっていく。

青白くなっていた肌も、温かさを取り戻していった。


「あれ……体が」


私はお父さんを抱きしめた。


「いや……だめ……置いていかないで」


「っ……」


お父さんは少し私を見つめた後、優しく微笑み、私の頭を撫でた。


「置いていったりなんかしないさ。

だってお前は────可愛くて、強くて、寂しがり屋な、自慢の娘だからな」


「……っ」


これ以上ないほど見開かれた大きな瞳からはボロボロと涙がこぼれ落ちた。

私は小さく微笑んだ。


「うん!」




セルファが思いっきり鼻をかんだ。


「ポラリス様……よかったじゃねぇか」


「はい……そうですね」


タルテナは涙を拭い、マファルスにティッシュを渡した。


「いりますか?」


「あぁ、ありがとう。グスンッ……ちょっと俺、限界かも」



それから数年の月日が経った。


私が天人王になって、唯一出した命令は“加護”で差別しないこと。


それ以外は何も変わらない。

天人族最大の“障害”だった、怠惰の大罪魔人アケディアの脅威も存在しない。

天人大陸は平和だった。


天人王になった私は、立場関係なく、何度も天人たちとの交流を重ねた。

時には困り事を解決し、時には子供たちと遊び、時には天人たちの個人的な“恋愛相談”にも乗った。


その結果、天人たちとだんだん打ち解けていき……


街を歩けば────


「よう、ポラリス様。最近は元気してるか?」

「えぇ、お陰様でとても元気ですよ」


「あら、ポラリスちゃん。新鮮な野菜が入ったからもらっていきなさい」

「美味しそうですね。ありがとうございます」


「ポラリス!鬼ごっこしよ!」

「ポラリスが鬼ね」

「フフッ……じゃあ、皆さんを捕まえて……こちょこちょしちゃいましょうか」


「ヤバい!みんな逃げろー!」



夜、布団から抜け出し、ベランダへ出る。

空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。


「こういうのも、意外と良いものですね……」






一度失えば、もう二度と戻らないものがある。

それは普段から身近にある“当たり前”かもしれない。

だからこそ、かけがえのない“今”を大切にしようと思った。


これは人以下として扱われ、全てを失ったわたくしが天人王になって、欲しいもの全てを手に入れる。“強欲”で────それでも、誰よりも人間らしい物語だ。



ポラリス伝~完~

あら……ここまで辿り着いたのですね。

わたくしの全てを見てしまった責任……どう取っていただきましょうか。


フフッ……冗談ですよ。判断は貴方にお任せします。

ですが、下にある☆☆☆☆☆は……無視しない方が賢明かもしれませんね。


それと────わたくしの物語は、まだ終わりではありませんよ。

気になるのなら、本編の“まけせん”を覗いてみるといいでしょう。


それでは、さようなら。


またお会いできるかどうかは……運命次第ですね。

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