1章6話 確認
兵士が去り、扉が閉まると、 部屋の中に静けさが落ちた。
男はしばらく動かなかった。
まるで、自分の輪郭がどこまで続いているのか、 確かめるように。
やがて、ゆっくりと右手を持ち上げる。
指先を見つめ、一本ずつ曲げ伸ばしする。
関節が鳴ることはない。
滑らかすぎるほど滑らかに動く。
「……問題ない」
淡々とした声。
しかし、その裏には微かな安堵があった。
次に、手のひらを裏返す。
皮膚の色、血管の浮き方、
戦場で酷使したはずの手にしては、
傷が少なすぎる。
「治ってる……というより、 最初からなかったみたいだね」
自分でも説明できない違和感。
けれど、それを気にする様子はない。
胸に手を当てる。
脈は弱い。
生きていると言うには頼りなく、 死んでいると言うには微かに温かい。
「前より……少しだけ強い?」
呼吸を深くしてみる。
肺が動く感覚はある。
だが、空気が身体のどこまで届いているのか、 自分でもよく分からない。
「……まあ、動けばいいか」
肩を回す。
筋肉の張り具合を確かめるように、 ゆっくりと腕を振る。
その動きは、 戦場で身体を整えていた兵士の癖そのものだった。
次に、足を軽く踏みしめる。
床板がわずかに軋む。
重さはある。
だが、重心がどこにあるのか曖昧だ。
「……まだ馴染んでない」
そう呟く声は、 まるで他人の身体を借りていることを 当然のように受け入れている響きだった。
袖をまくり、前腕を押す。
皮膚の弾力は人間のそれに近い。
しかし、押した指の跡が戻るまでに ほんの一瞬の“遅れ”がある。
「……ふうん」
興味があるのかないのか分からない声で、
男は袖を戻した。
最後に、首筋に触れる。
体温は低い。
けれど、冷たすぎるわけでもない。
「このくらいなら、ばれないかな」
その言葉は、
誰に向けたものでもなかった。
ちょうどそのとき、 扉がノックされた。
「……入るぞ」
先ほどの兵士が、 桶と手ぬぐいを持って戻ってきた。




