1章14話 医務室にて
ソルが去ったあと、医務室には静けさが戻った。
扉が閉まる音が遠ざかり、薬品の匂いだけが残る。
医者はしばらくその背中を見送っていたが、
やがて机の上に広げた診断板へ視線を落とした。
「……どうにも、腑に落ちん」
診断板には、触れた者の魔力回路の流れが色として浮かぶ。
強ければ濃く、弱ければ薄く。
乱れていれば波が歪む。
この世界の医療では最も基本的な診断道具だ。
だが──
ソルが触れた部分だけ、色が“抜けて”いた。
魔力が弱いわけではない。
むしろ、触れた瞬間に微かな圧を感じた。
だが板は反応しない。
「魔力回路が……板に乗らない?
そんな馬鹿な……」
医者は首を振る。
魔力回路が“測れない”など、聞いたことがない。
次に、ソルの脈を測ったときの感触を思い出す。
脈は正常。
体温も正常。
呼吸も安定している。
ただ──
「……脈拍が、妙だったな」
一定のようで、一定ではない。
規則的なのに、どこか“ずれている”。
病気の脈とも違う。
疲労でもない。
魔力枯渇の症状とも一致しない。
医者は腕を組み、深く息を吐いた。
「……来訪者の特徴、だったりするのか?」
自分で言って、苦笑した。
来訪者といっても、昔の記録に少し残る程度。
本当に別の土地から来たのか、ただの伝承なのかも分からない。
だが、ソルの身体は──
どうにも“この世界の人間”のそれと噛み合っていない。
魔力の流れが薄いのではなく、
“流れ方そのものが違う”ように見える。
「……魔法の後遺症か?
いや、あれは……」
言葉が続かない。
医者の知識では説明できない。
診断板の色の抜けた部分を指でなぞりながら、
ぽつりと呟いた。
「……こんな症例、聞いたことがない」
その瞬間、医務室の窓がかすかに鳴った。
夜風が吹いたのだろう。
だが、医者は妙な胸騒ぎを覚えた。
医者は診断板を閉じ、
深く息を吐いた。
「……あれは、いったい何者なんだ……」
答えはどこにもなかった。
ただ、遠くで魔道具の灯りが一瞬だけ揺れた。




