第74話-1:魔王の間に浮かぶもの
「この世界のルールを書き換える力?」
ゼノの幹部エトルは、シマノの提案に興味を持ったようだ。これでまずは第一段階突破。次の問題は、どこまで情報を開示すべきか、だ。
いきなりデバッグだの、ソースコードだのと言っても、この世界の住人には全く伝わらないだろう。まして外の世界から来たことやこのゲームの制作者であることなんて、言ったところで理解される可能性はゼロだ。
(とにかくすごい力で魔王を救えるかも、で攻めるしかないか)
詳細は伏せたまま、この一点張りだけで突破する。だいぶ苦しいが、今打てる最善手はこれだろう。
「たぶんあんたならお見通しなんだろうけど、俺には筋力も魔力も無い。ただの凡人だ。だけど唯一、世界樹の神託で貰ったこのスキルだけは誰にも負けない。凡人の俺がリザードマンを倒したり、あんたらゼノと互角にやり合ってこれたのも、このスキルがあったおかげだ」
世界樹のくだりは完全に出鱈目だが、他は概ね事実である。エトルがこの話に食いついてくれることを一心に祈りながら、シマノは次の一手を探す。
「っ何言ってんのよ……凡人のアンタにそんな力、あるわけないじゃない……」
シマノの背後からセクィが痛みに呻きながら反論してくる。頼むから余計なこと言わないでくれと冷や汗を流しながら、シマノはエトルの反応を待った。
残念ながらエトルもセクィと同じく、まだシマノの言うスキルに不信感を持っているようだ。
その様子を、セクィのさらに後ろからユイが不安げに見守っている。
「シマノ……」
ユイはシマノの名を呟きながら固唾を呑んで状況を見守っていた。その両眼に備わったライトから伸びる光は、シマノの後ろ姿とエトルを捉え照らしている。
そんな背後からの視線を物理的にも心理的にも感じながら、シマノはエトルに次なる一手を仕掛けた。
「セクィの言うことも一理ある。俺のスキルは強力だけど、欠点もあるんだ。世界のルールを書き換える力は、俺一人じゃ使えない」
そう言うとシマノは一度言葉を切り、エトルからその腕に抱えられているニニィへと目線を移す。
「ニニィ。もう一度俺たちに力を貸してくれないか。ティロの時みたいに、盗んでくれさえすればあとは俺が何とかするから」
ニニィは一瞬シマノの方を見た。だがその瞳はすぐに逸らされてしまった。
結構傷ついたシマノは、ユイの目ライトが眩しかったのかな、きっとそうだ、と必死で自身に言い聞かせる。
そんなシマノの内心を見透かしたのか、エトルが淡々と告げた。
「なるほど、だからニニィを解放しろと。そういう狙いですね」
続けてエトルはニニィを見つめ、さも彼女の心情を慮っているかのように発言する。
「ありがたい申し出ですが、お断りします。魔王様をお救いするということは、その痛みを全て引き受けるということ。凡人の貴方では、きっと耐えられないでしょう」
その言葉に、含まれたワンフレーズに、シマノは確かな引っかかりを覚えた。
「……ちょっと待て。痛いの?」
「痛い、という言葉では表しきれないほどに」
想定外だ。どうやら魔王はとんでもない苦痛に蝕まれ、エトルはそれを肩代わりすることで救済しようとしている、ということらしい。
だからセクィが止めようとしていたのか、と納得すると同時に、シマノの脳裏に新たな疑問が浮かぶ。
「それ、ニニィは大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないでしょうね」
こいつ、何をいけしゃあしゃあと。さすがのシマノも頭に血が上りかけた。そこにユイから助け舟が出る。
「ニニィの能力は『情報』を盗むこと。痛みを盗むことはできないはず」
「いいえ、彼女は上級職になりました。今のニニィなら、狙った『記憶』を丸ごと奪うことが可能です」
おいおい待て待て、とシマノは焦り出す。自分の与り知らぬところで、ニニィが大幅に強化されているらしい。
そういえばニニィは、廃都ペリーレでティロを刺したとき「魂の記憶を奪った」というようなことを言っていた。
今のエトルの言葉通り、本当に相手の「記憶」、すなわちゲーム世界における「データ」を奪い去る力を手に入れたのだろうか。
「記憶なら、貴方も盗めるでしょう?」
ユイがエトルを問い質す。
「生憎ですが、僕の力では記憶を盗むことができません。だからこそ、ニニィの力が必要なのですよ」
エトルは再びニニィの額に手を翳した。ニニィが、これまでよりも苦しげな、悲鳴に近い声を上げる。
いよいよ本気でニニィを魔王の贄にするつもりらしい。このままでは危険だ。一刻も早くニニィをエトルの魔の手から救い出さなくては。
「ニニィおねーさんッ!」
キャンはエトルの送り込む黒の軍団に押され、思うように前へ出られない。ムルも同じく懸命に黒の軍団を抑え込んでいるが、その圧倒的な物量に対応するだけで精一杯だ。
「シマノ、ここは私が」
ユイが光線銃を構える。が、その引き金を引けない。先ほど誤ってニニィを撃ちそうになったことを思い、一瞬の躊躇いが生じたのだ。
その隙に、セクィから蜘蛛の糸が飛んできた。
「ああっ……!」
セクィの糸はユイの右手首を捉え、床に貼りつけてしまった。身体を倒された衝撃で光線銃は手から離れ、遠くに転がっている。
「エトル様は傷つけさせない……止めるのはアタシだ……!」
ユイを攻撃したことで一つめの目的「傷つけさせない」を果たしたセクィは、続いてエトルを「止める」ための行動に出る。
放たれた糸は、真っ直ぐエトルの手へと向かった。
「セクィ」
黒い盾。エトルの魔力によって空中に具現化された大盾が、セクィの糸を受け止めた。二発目、三発目と矢継ぎ早に放たれる糸を、全て受けていく。
「邪魔をするなと、伝えたはずです」
盾が黒い炎を纏う。炎は糸を伝ってじわじわとセクィに迫っていく。八本の脚を黒い大棘に貫かれているセクィは、逃げだすことができない。その顔は恐怖に引き攣っている。
止められるのは、シマノだけだ。
「くっそおおおお!」
シマノは走った。床に落ちたユイの光線銃を拾い、構えた。セクィから伸びている幾本もの糸の束。そこに銃口を向け、震える指で引き金を引いた。反動で尻餅をつく。放った光線は、見事糸の束を撃ち抜き、切断した。
「よっしゃああああ!」
シマノは立ち上がり、光線銃を掴んだまま駆け出した。目指すはただ一つ。何としても、エトルからニニィを救い出す。
「うおおおああああ!」
気合いなのか根性なのかもはやよくわからない雄叫びを上げながら、シマノは一目散に駆けた。縺れる足を何とか宥めながら、凡人にできる最速の走力をもって、少しでもニニィの近くへと向かう。
「ニニィ!!」
懸命に声を張り上げ、その名を呼ぶ。その声に、ニニィの尖った耳が、揺れた。
「シ……マノ……」
ニニィが、苦痛に歪めた顔をこちらに向ける。その小さな手が、シマノへと伸ばされる。
「今助ける!!」
シマノが手を伸ばす。その先に、黒い炎を纏った盾が現れる。
「させませんよ」
エトルだ。先ほどセクィを糸ごと焼こうとした大盾をこちらへ移動させたのだ。
全速力で走っていたシマノには、もちろん急に止まることなど出来はしない。このままでは燃え盛る盾に勢いそのまま突っ込んでしまう。
だがシマノは、端から立ち止まることなど考えていなかった。
「邪魔だあああああああっっっ!!」
手にしていた光線銃の、銃身を両手でしっかりと握る。そして真横から思いっきり振り抜いた。
今回の好きなゲーム【Five Nights at Freddy's 2】
かなり難しかった……1以上の精密な作業を要求される
怖さが健在なのと新しいアニマトロニクスたちのガワが可愛いのと容赦なく殺しに来るのとでとにかく楽しい!




