第72話:隠しイベント発動しちゃいました?
小蜘蛛たちによる猛攻は徐々に鳴りを潜め、やがて止まった。セクィのMPが枯渇したのだ。
部屋を埋め尽くさんばかりの大量の小蜘蛛は皆姿を消し、張り巡らされた糸も粘着性を失い、ぼろぼろと朽ちていった。
「センメツ……センメツ……」
セクィはブツブツと呟きながらシマノたちに襲い掛かった。キャンの聖剣が鋭いかぎ爪を弾き、ユイが光線銃で人間体の部分を直接狙い撃つ。
屋内で大技を使えないムルは石壁での防御に専念し、その石壁の裏でシマノはウインドウを開き戦況を追っている。
態勢は万全。正直なところ、理性を失い魔力を使い果たしたセクィなど、今のシマノたちには取るに足らない相手だ。
「蜘蛛おねーさん、目ぇ覚ませっ!」
キャンが聖剣を振り上げ、大蜘蛛のかぎ爪を斬った。バランスを崩したセクィはまだかぎ爪の残る脚で踏ん張って耐えようとしている。
「行くぞ。石よ、我とともに」
床の石が変形し、セクィの脚を捕らえた。完全に身動きが取れなくなったセクィの眼前に、ユイが光線銃の銃口を向けて立つ。
勝敗は決した。シマノは石壁の裏から姿を現し、セクィに告げる。
「チェックメイトだ」
その言葉に反応し、セクィの双眸が厳しくシマノを捉えた。
「アンタ隠れてただけじゃない。何偉そうにしてんのよ」
「えっ……」
先程までのまるで理性を失ったかのような振る舞いはどこへ行ったのか、セクィは呆れた様子で溜息まで吐いている。
「あの……喋れるんです……?」
「喋れるわよ、普通に。この姿だとキツいから、戦うときは意識飛ばしてるだけ」
そんな無茶苦茶な、とシマノは驚く。
てっきり、凄まじい力を手に入れる代償に異形と化し理性を失う〜的な仕組みだと思い込んでいただけに、ごく自然と話しかけてくるセクィにシマノは開いた口が塞がらないのであった。
「なーんだ、蜘蛛おねーさん元気そーじゃん! じゃあさ、じゃあさ、またオレらと一緒にゼノのヤツらと戦おーぜ!」
「バカガキ、アタシもゼノだっつーの」
そーだった、と愕然としてみせるキャンに、セクィはうんざりしたかのように髪を掻き上げた。裸の胸元を隠していた毛束が際どいラインまで揺れる。
「あーーーーいけません! 破廉恥! 破廉恥禁止ーーーー!!」
シマノが慌てて近くにいたムルの目を覆う。急に視界を奪われたムルは苛立たしげに声を上げた。
「邪魔だシマノ離せ」
「ダメです!! 頼むセクィ早く元の姿に戻ってお願い」
早口で捲し立てるシマノに、セクィは冷たく言い放った。
「今は戻れないわよ」
当然納得できるシマノではない。
「なんで!?」
「本当の……って言いたくはないけど、一応こっちが本当の姿なんだから。文句あるなら目でも瞑っとけば?」
まさかの返答にシマノは動揺した。蜘蛛と裸の人間をくっつけたようなこれが真の姿だとは。
すると、二人のやり取りを見ていたユイが、光線銃を下ろしながらセクィに問いかけた。
「つまり、普段は魔力で人の姿を保っている?」
「察しがいいわね。昔、王家のヤツらにやられたのよ。体のいい実験台。今思えば、あれもティロの指示だったのかもね」
何だか雲行きが怪しくなってきた。ムルに振り払われた両手を所在なさげにぶらつかせながら、シマノはセクィの言葉の続きを待つ。
「アタシの身体は無理矢理蜘蛛にくっつけられた。普段はエトル様のお力で人間の姿に戻してもらってるだけよ」
アルカナ王家、悪逆非道すぎる。シマノは暗鬱な気分で胃が重たくなってしまった。
しかもこの設定を考えたのは、紛れもなく制作者である自分自身に違いないのだ。
「……誰も助けてなんかくれなかったわ。八本足で惨めに藻掻くアタシを、エトル様だけが救って下さった」
どうやらセクィはエトルに救われたことで心酔するようになったらしい。
制作時のことは一切記憶にないとはいえ、吐き捨てるように語るセクィに居たたまれなくなり、シマノは思わず俯いてしまった。
他の仲間たちも多かれ少なかれショックを受けているようだ。
セクィはそんなシマノたちのリアクションを見て困ったように笑っている。
「なんでアンタたちが落ち込んでんのよ。……まぁいいわ。本題はここから。アンタたちにも関係ある話よ」
セクィの語りかけに、シマノは思わず背筋を伸ばした。
「本題って?」
「エトル様はニニィの力を使って魔王様を救うつもりよ」
いきなりセクィの口からニニィの名が出たことにシマノは焦りを覚えた。
「それってニニィが危ない目にあうんじゃないのか」
「馬鹿おっしゃい。エトル様がそんなことするわけないでしょ。……あの人は、自分の命を差し出すつもりよ」
それは俄かには信じがたい話だった。底知れぬ魔力を持ち、冒険を始めたばかりのシマノたちを蹂躙し、仲間を平気で始末できる冷酷で残忍な人物。
目的のためには手段を選ばず、ニニィのことも都合よく使い捨てるに違いない――シマノから見たエトルはそんな人だった。
だが一方で、エトルは弱者に手を差し伸べ、他人のために命を捧げることのできる人物でもあるようだ――少なくとも、今目の前で思いつめたような表情を見せているセクィにとっては。
「お願い。こんなことアンタたちに頼むもんじゃないってわかってる。でも、アタシに勝ったアンタたちなら、きっと……」
セクィがシマノの目を真っ直ぐ見て訴えかける。
「エトル様を止めて。あの人に、魔王様を救わせないで」
何と答えるべきか、シマノは逡巡する。
魔王の救済。それはすべてのおわり回避のために達成すべき目標に思える。であればエトルを止める理由はないはずだ。
ただ、それがエトルの犠牲によって成されるというのは本当に正しい事なのだろうか?
それに、プレイヤーである自分たちが関与しない形で世界が救われるとは考えにくい。
やはりニニィの身に危険が迫るなど、何らかのピンチが発生するのではないだろうか。
「なーシマノー、おねーさんのお願い聞いてあげよーぜ」
「かつての主をみすみす死なせるわけにはいかぬ。シマノ、我はセクィに助力するぞ」
キャンとムルは随分乗り気なようだ。
「ユイは、どう思う?」
「……エトルは危険。その時が来れば、彼はたとえニニィの命であろうと形振り構わず差し出す。自分の命を粗末に扱う者は、他人の命もそう扱うから」
ユイが淡々と語ると、セクィは強烈な怒りを爆発させた。
「この女! そもそもオマエに力があれば、こんな……っ! なのに、なのによくもエトル様に、無礼なことを!」
セクィの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。ユイは一方的にぶつけられる言葉を、ただ冷静に受け止めていた。
「ごめんなさい。私にエトルを救う力はない。私は世界の理に触れられないから」
ユイの謝罪を聞き、セクィはやり場のない苛立ちを八本足の一本にぶつけて激しく叩いた。
その一方でシマノは考える。ユイの言う「世界の理」とは恐らくソースコードのことだ。
ということは、それに触れられるシマノはエトルを救うことができるはず。
情報が断片的でわからないことだらけだが、何にせよこのままニニィとエトルを放っておくのは危険そうだ。
「セクィ、案内してくれ。俺たちでエトルを止めてみせる」
その言葉を聞いたセクィは、今にも泣き出しそうな顔でぐっと唇を噛み締めた。
「…………ありがとう」
***
話は少しだけ遡る。今朝、出発前の宿での出来事だ。
「バカ! なんで一人でそんなあぶねーことするんだよ!」
宿のロビーからキャンの怒鳴り声が聞こえてくる。うっかり寝坊したシマノは、恐る恐る廊下からロビーの様子を窺ってみた。
ロビーではキャンとムルが何やら揉めているようだった。キャンはムルに対して怒り、ムルは俯き落ち込んでいるように見える。
ムルの手には、丸いビー玉状に加工された深海色の美しい鉱石が載せられ、キャンに向かって差し出されているようだ。
「……すまなかった。要らぬことをしてしまったようだな」
消え入りそうな声でムルが謝り、差し出した鉱石を引っ込めようとする。
何となく状況を察したシマノは、急いで仲裁に入ろうと身を乗り出した。
その肩を、いつの間にか背後にいたユイが掴んで止める。ユイのいつになく真剣な眼差しに気圧され、シマノは大人しく二人を見守ることにした。
ムルが引っ込めようとした鉱石を、キャンがムルの手ごと包み込むように握っている。
「キャン……?」
「ゴメン! オレ、ちょっと言い過ぎた」
バツの悪そうな顔をしながら、キャンはおずおずと手を開き、鉱石を握っているムルの手をそっと開かせた。
ムルが加工したのか、深海色の鉱石は内側に彫りが入っているようで、光を受ける度に新月の空を彩る星のような瞬きを放っていた。
「きれいだ……ムルの目と、髪の毛の光と、同じなんだな……」
ムルが静かに頷く。
「ホントに、オレが貰っていーのか?」
「無論だ。キャン、たんじょうび、おめでとう」
ムルに祝われたキャンは、どことなく気恥ずかしそうに、はにかむような笑顔を浮かべた。
「へへっ……サンキュー、ムル」
ロビーの外で完全に父兄の気持ちで見守っていたシマノとユイも思わず顔を見合わせ、笑顔で頷きあった。
その時、ピロリンといかにもシステム音らしい効果音がシマノの耳に届き、ウインドウが開いた。
見るとそれはキャンのスキルツリーの画面で「好感度3以上で解禁」となっていた箇所がいつの間にか上書きされている。
「隠しイベント『キャンの誕生日』クリア?」
なんと、この一連の誕生日の出来事は、ムルからキャンへの好感度に依存した隠しイベントだったらしい。何かのタイミングで好感度が3になり、イベントが解禁されたようだ。
さらに小さなウインドウが開く。
「隠しジョブ『聖騎士』が解禁されました」
最終決戦前に、これはありがたいサプライズだ。ウインドウをタップすると、聖騎士のステータスとジョブチェンジ条件「聖なる護石の装備」が表示された。たぶんプレゼントの鉱石のことだろう。
「よし、キャン! 今すぐそれ宝飾屋に持ってってアクセサリーにしてもらうぞ!」
「ゲッ、シマノなんでここに!? まさかずっと見てたのか!?」
後先考えず飛び出したシマノの後ろで頭を抱えるユイなのであった。
***
場面は再びゼノのアジトへ。セクィを先頭に、キャン、ムル、ユイ、そしてシマノの五人は、地下に聳える魔王の間の扉の前に立っていた。
「いよいよ、だな」
シマノは一つ深呼吸をした。やるべきことは明白だ。全員の総力をもってニニィを説得し、何としても連れ戻す。そしてエトルからコードを盗み、デバッグモードで無力化して叩く。
覚悟は決まった。いざ、魔王の間へ。
今回の好きなゲーム【育てて日本人形】
怖かった とにかく怖かった
でも可愛かったな……不思議……




