第70話:何だか勝てそうな気がする
ムルたち地底民にとっての主であり、かつて自ら手にかけてしまった相手でもあるダークエルフ。その一族の怨嗟の声である「石の声」に耳を傾けながら、ムルは一歩、また一歩と広大な地底湖――石の涙へと近づいていく。
石の涙。石の声が最も大きく、最上級の石が採れる場所。ムルは手にした乳白色の小石を握り締め、脳内を掻き乱す声にじっと耐えながら、石の涙の水際まで辿り着いた。
外套を脱ぎ、湖の中に足を踏み入れる。身体の中央に収まった深海色の鉱石が湖面の揺らめきを映している。
石の涙の底にある鉱床を目指し、ムルは泳ぎ出した。自らの髪の光で行く先を照らしつつ、底へ、底へと泳いでいく。
広大な湖の中で、ムルには不思議と進むべき路が見えていた。これまで拒絶の意思ばかりを見せていた石の声が、変わらず恨みつらみはあるものの、今はその中で、確かにムルを導いてくれている。
「こいつのおかげか」
ムルは握り締めた右手をじっと見つめた。手の中の小石は、ムルが試練の神殿で石の声を受け入れた証だ。
「少しは主の想いに近づけたと思っていたのだがな」
神殿で小石を手に入れた後、地底でのティロとの戦いを終え、ムルは王城で初めてかつての主であっただろう人物――ゼノの幹部エトルと対面した。
その時のやり取りを、酷く冷たく突き放すようだった彼の言葉を思い出し、ムルは胸に微かな痛みを覚える。
いや、今は気にしても仕方がない。それよりも眼前の果たすべき事に集中しよう。
ムルは今、この旅に出て初めて、地底民のためでも世界のためでも、主のためでもない、ごく個人的な想いのために行動している。
「たんじょうび」
皆に祝福され、嬉しそうに包みを抱えるキャンの笑顔が目に浮かぶ。その祝福の輪に、自分も加わりたいとムルは願った。
ところが、いざプレゼントを贈ろうにも、地底民であるムルは一人で街を出歩くこともままならない。そこで、買うのではなく純度の高い鉱石を採ってこようと、石の涙のすぐそばまで足を運んだというわけだ。
「ここか」
石の導きを受け、ムルは湖底の鉱床に辿り着いた。そこにあったのは、自らの身体に埋め込まれたものと同じ、深海色の鉱石の塊だった。近づくと、髪の光を受けた鉱床が淡く澄んだ輝きを返す。
「貰うぞ」
ムルは鉱床の一部にゆっくりと左手を伸ばす。石の声に同調し、魂を重ねてその石に触れることで、ムルたち地底民はこれまで鉱石を手に入れてきた。
ところが、石に触れるか触れないかといったところで、ムルの指先はバチンと弾かれてしまった。
同時に、激しい頭痛がムルを襲い、その脳内に悲痛な叫び声を幾重にも叩きつける。
「か……えせ……?」
かえせ、その声たちは確かにそう告げていた。ムルが訳も分からず混乱していると、さらにこれまで感じたことのないほどの激烈な痛みがムルの全身を襲った。
「あ゛あああああぁぁぁ!」
耐えきれず意識を飛ばしながらも、痛みによって強制的に目を覚ましてしまい、また耐えきれず気を失う。試練の神殿で受けた並々ならない苦痛、それをも凌ぐほどの苦しみが次々と押し寄せてくる。
しかも、その苦しみは漠然としたものではなかった。
以前石の声によってもたらされた苦痛とは異なり、眼球が、腕が、爪が、指が、脚が、身体のあらゆる部位が、何かに刺され、切られ、抉られ、焼かれる、酷く具体的な痛みとしてムルを苛んでいたのだ。
いったい何が起こっているのか、考えることさえ許されないまま全身が際限なく苦痛に曝され、ムルは鉱床の前で身動きも取れず漂い続けることしかできなかった。
――その痛みが、静かに凪いでいく。
ムルが微かに目を開けると、握りしめた右手の隙間から強い光が零れていた。
乳白色の鉱石が、七色の光を纏っている。それらの光が重なり合い、強い白色光となって輝きを増しているようだ。じんわりと、右掌から石の温もりが伝わってくる。
「守って……くれたのか……?」
先ほどまでの激烈な痛みは完全に鳴りを潜めていた。かえせ、の声ももう聞こえてこない。
ムルは、乳白色の石を握ったままの右手を恐る恐る鉱床に向けて差し出した。鉱床から、ムルの掌に収まるほどの、クリスタル状の小さな鉱石が剥離し、青い光を放ちながらムルの眼前に浮き上がった。
それを、ムルの左手がそっと包み込んだ。
「……恩に着るぞ」
石に礼を伝えながら、ムルは考える。これまで、地底で鉱石を採掘するとき、こんな苦痛に襲われることは一度もなかった。
石に拒絶されているのか? いや、石には寧ろ受け入れられている、といった方が感覚に近い。だとするならば……。
「石が、我に伝えようとしている?」
かえせという声も、痛みの記憶も。石からの、王家によって何もかも奪われた主たちからの、無念の訴えだとしたら。
「エトル……」
ムルが呟いたその名は、石の涙の泡となり音もなく消えていった。
***
「結局、何となく定食屋に入って、何となく商店街をぶらぶらして、宿に戻っちゃった……」
まだ日も暮れていない時間帯。パーティの誰よりも早く宿に着いたシマノは、我ながら暇の潰し方が下手すぎる、とベッドの上で寝ころびながら嘆いていた。
「つーか本当に明日ゼノのアジトに乗り込むのか? 何かまだやり残したこととかあるんじゃ?」
こういう時こそ「知の書」だ。早速真っ白なページをパラパラと捲っていくと、俄かにページが輝きだした。
光が収まったそのページを急いで確認すると、そこには紛れもなく「ゼノのアジト」と書き記されていた。
「やっぱりそうなるのか~」
こうなったらもう腹を括るしかない。知の書に書かれたのだから、間違いないのだ。
「一応あれだけ確認しとくか」
知の書を適当に放り、シマノはウインドウを開いた。確認すべきはスキル一覧、KOUKANDOをタップすべく、指を伸ばす。
「シマノ、知の書を放り投げるのは良くない。物は大切にすべき」
突如降りかかったユイの声に、シマノは慌ててベッドから身を起こした。
「ユユユユイ!? い、いつからそこに!?」
「我ながら暇の潰し方が下手すぎる~の辺りから」
シマノの慌てぶりを全く気にしていないのか、ユイは床から拾い上げた知の書をベッドサイドテーブルにそっと置いた。
「あの、せめて入る前にノックとか、ね?」
「了解。次からはそうする」
いまいち事の重要性が伝わっていないような気もしなくもないが、次がラストダンジョンならもう宿に泊まることもないし、気にすることもなかろう、とシマノは流すことにした。
「で、俺に何か用事?」
シマノの問いかけに、ユイは一瞬の沈黙を挟んだのち、口を開いた。
「エトルの能力について。今日のうちにシマノに伝えておくべきと判断」
「もしかして、何か分かったことがある?」
それは願ってもない話だった。ただでさえ強く、謎の多いエトルの能力。それを少しでも解き明かすことができるなら、今すぐにでも聞いておきたい。
立ち話をさせるのも何なので、シマノはユイにベッドに腰かけるよう促した。
「それで、エトルの能力について何がわかった?」
「以前、私がニニィとともにゼノの幹部に会った話をしたの、覚えている?」
「もちろん」
確か、バルバルと一緒にキャンプをした翌朝、ニニィがいなくなった報告と併せてユイから明かされた衝撃の告白だ。忘れるわけがない。
「そのときのニニィとエトルの会話、そして昨日、廃都ペリーレでのニニィとティロの会話から、エトルの……いえ、エトルだけではない、ダークエルフの能力について、シマノに伝えるべきことがある」
「それって?」
シマノの問いに、ユイが僅かに躊躇うような素振りを見せる。だが、ユイはすぐ何事もなかったかのように言葉を続けた。
「記憶。エトルたちダークエルフは、記憶にまつわる能力を有している可能性が高い。すなわち……」
ユイは一度言葉を切り、シマノの目を真っ直ぐ見つめて告げた。
「記憶とは『データ』そのもの。だとすれば、シマノのデバッグモードから操作して無力化できるはず」
今回の好きなゲーム【Voice of Cards ドラゴンの島】
体験版の三人でそのまま遊べると思ってたのでびっくりした
やばい重いストーリーだったのでブルーノとリディちゃんの存在が救いでした 一番好きな技はミラクルハート




