第58話:王家の血を引く者
「アラーニャちゃん!」
セクィの悲痛な叫びが響く。召喚されたばかりの大蜘蛛アラーニャはティロの細剣による一閃で貫かれ、動きを止めた。
ティロは剣を引き抜き、軽く振って付着した体液を払う。その様子を前に黙って俯いていたセクィが、徐に口を開いた。
「……なーんてね」
瞬間、息絶えたはずのアラーニャがティロに飛び掛かる。
突然の出来事にティロは身構えることも出来ず、大蜘蛛の体当たりをまともに食らって地面に押し倒されてしまった。
「なに……っ!?」
ティロの首筋に、アラーニャの口元で鋭く光る鋏角が迫る。想定外の出来事に抵抗しようとするティロの四肢を、アラーニャの八本の脚が捉えて押さえつけている。
絶体絶命のティロを前にして、セクィは愉快でたまらないとでも言わんばかりに高笑いしていた。
「アンタもアタシも使うのは闇の力。同じ闇同士なのに、どうして効くと思ったわけ?」
つまり、セクィの魔力から生み出された蜘蛛もまた、闇属性に耐性を持っているということだ。
ティロの放った攻撃は、大蜘蛛アラーニャにほとんどダメージを与えることができなかったらしい。
「じゃあね。あの世でせいぜい自分の浅はかさでも呪っておきなさい」
勝ち誇った笑みを浮かべ、セクィが踵を鳴らして攻撃の合図を送った。
ティロの柔らかな皮膚を突き破り肉体をずたずたに喰い千切らんと、アラーニャが自慢の鋏角を突き立てる。
だが、それはティロの首元から動かない。セクィも異変に気づき眉をひそめた。
「愚かだね」
ティロのその声を合図に、アラーニャがガタガタと震えだした。よく見るとアラーニャの身体は、ほんのりと発光している。
やがて強い光がアラーニャの身体のあちこちから漏れ出し、その光が弾けるように、アラーニャを内側から破裂させた。
遺されたのは、きらめきながら空中を漂う光の粒子たちと、闇の魔力の残滓を纏ったいくつかの肉片だけだった。それらの肉片も光の力で浄化され、為す術もなく朽ちていく。
「う……そでしょ……」
愕然とするセクィを意に介さず、ティロは平然と起き上がり、衣服に付いた砂や泥をはたき落としている。
「言っただろ? ボクは王家の血を引く者だって」
「光の魔力だと……馬鹿な……!」
あり得ない。王位継承権を持たず、ゼノに加わって闇の力を欲しいままにしていたこの少年が、まさか光の力まで使いこなすだなんて。
セクィは己の見立ての甘さに思わず歯噛みする。
そんなセクィに、ティロは真っ直ぐ細剣の切先を向けた。
「これ以上ボクの邪魔をするなら殺す。命が惜しければそこで指を咥えて大人しくしててよね」
これは事実上の最後通告だ。光の魔力を持たないセクィでは、ティロを倒すことはできない。ティロの言った通り大人しくしておく以外に、セクィの取れる択はなかった。
だが、ここで黙って引き下がるセクィではない。
「よくも……アラーニャちゃんをよくもっ!!」
セクィの身体を漆黒の魔力の繭が包む。
なんとセクィは、怒りに任せてこのまま大蜘蛛へと姿を変えるつもりのようだ。闇の力が効くかどうか、そんなことはどうでもいいとでも言うかのように。
その様子をティロの冷酷な双眸が捉えた。
「どうしてこんなに愚かなのかなぁ……」
その言葉尻に僅かばかりの苛立ちを滲ませながら、ティロはセクィを包む繭に狙いを定め、構えた。
***
一方その頃。セクィたちの戦いが気になって仕方ないシマノであったが、こっちはこっちでそれどころではない。
姫様の鶴の一声で何とかウティリスの拳は止まったが、もはやこのままでは八つ裂きも時間の問題だ。
従者ウティリスはその拳を止めはしたものの、決して下ろそうというそぶりは見せない。
「姫様、このような下賤の者どもの言葉など、耳を貸すまでもありません。国王様のご命令通り、地底の蛮族を根絶やしにすべきです」
「む、無茶苦茶言ってくれるなこいつ……」
ついうっかり洩れ出たシマノの心の声に、ウティリスが止めたままの拳をひときわ強く握り締める。自業自得とはいえ怖すぎる。
「お黙り。地底の民を侮辱することは、このわたくしが許しませんわよ」
姫様の言葉にシマノは安堵した。やはり従者とは違って、この姫様はまだ話が通じそうだ。
「……って、あれ?」
シマノはふと考える。「地底の民を」侮辱することは……って、もしかして俺が下賤の者呼ばわりされたことについてはスルーですか?
……まあ、細かいことは気にしたら負けだ。シマノを守るため今にもウティリスに飛び掛からんとするユイを目線で制しながら、シマノは一先ず姫様の次の出方を伺うことにする。
「お父様……国王陛下は、わたくしたちに何かを隠していらっしゃるわ。きっとそれは、王家にとって都合の悪い真実。わたくしは、王家の正統なる後継者としてそれを見極める責務がありますの」
姫様はそこまで一息に話すと、改めてウティリスに命令を下す。
「拳を下ろしなさい、ウティリス。わたくしたちの戦うべき相手は、あちらの方々ですわ」
そう言って姫様が指し示した先は、セクィとティロが戦っている場であった。
何ということだろう。こちらにとってあまりにも都合のいい姫様の意見に、シマノは口角が緩むのを抑えきれない。
しかしもちろん、ウティリスがそれに難色を示す。
「よろしいのですか? 国王陛下の勅命に背くなど、いくら姫様でも罰せられてしまうのでは?」
「構わなくてよ。先に隠し事をなさったのはお父様の方ですもの。わたくしはこの世界を統べる者として正しい行いをしているに過ぎませんわ」
姫様の言葉に思わずウティリスは頭を抱えた。何を隠そうこの姫君は大層頑固でいらっしゃるのだ。こうなってしまっては、梃子でも意見を曲げないだろう。
こめかみを押さえて溜息を吐く従者に同情しつつ、シマノは姫様の意見に全力で乗っかっていくことにする。
「決まりですね姫様! ティロをボコって洗いざらい吐かせましょう! 俺たちも全力でお助けします!」
心なしか野蛮な言い回しになってしまったが、この際気にしてはいられない。
何としても姫様を味方に引きずり込んで、八つ裂きを回避する。今のシマノの脳内を占めるのはただその一点だけだ。
「話は済んだか?」
なんとムルが会話に加わってきた。早速シマノは事情を説明し、ユイも一緒にティロへと狙いを定めた。
そうだ、あと一人。そろそろ叩き起こしておかなくては。
「勇者、起きろ! 出番だぞ!」
「おう、バッチリだぜ!」
持ち前の回復力ですっかり全快したキャンが、聖剣を抜き、戦闘態勢を取った。
「……本当にこれでよろしいのですか、姫様」
この従者、いつまで水を差してくるんだ、とシマノはウティリスに苛立つ。当の姫様はというと、従者の老婆心など全く気にしていないようだ。
「さあ、参りますわよ!」
姫様の号令で、まずウティリスとキャンが、次いでシマノとユイ、そして最後にムルたち地底民と姫様がティロに向かって駆けだした。
「!! 蜘蛛おねーさん!!」
キャンの叫びに、シマノは咄嗟にセクィがいるであろう方を見た。
そこには、地底で初めてセクィと戦った時に見たあの闇の繭が生成されていた。きっとセクィはその中にいるのだろう。
しかし、その繭には何本もの細剣が深々と突き刺さっていた。光の魔力で作られた何本もの剣が、地底の暗闇の中で煌々と光を放っている。
それらは確実に、繭の中のセクィを絶命させんと放たれたものだ。
「遅かったね、チビ」
その光の剣を放った張本人が、嘲笑うかのように勇者に言ってのけた。チビじゃねーしと憤るキャンを適当に宥め、早速シマノはティロに質問をぶつける。
「どうしてお前がセクィを……?」
「別に。ボクの邪魔をしたから殺した。それだけだよ」
何ら悪びれることなく答えるティロに、シマノは薄ら寒いものを感じ身震いした。
まさか、本当にたったそれだけの理由でゼノの仲間を殺したとでもいうのだろうか。
「いいえ、まだですわ。ウティリス!」
姫様の命令で、ウティリスが繭に向かって猛進する。
そしてその剛腕で繭を引き裂くと、刺さっていた細剣をへし折り、力任せに中のセクィを引きずりだした。
「セクィ!!」
繭から救出されたセクィは無数の刺し傷を負い、ウティリスの腕の中で苦しそうに呻いている。
とりあえず一命は取り留めたようだが、危険な状態であることに変わりはない。
本来ならゼノの幹部を助ける義理などないが、王都正規軍と共に戦ってもらった恩がある。ここで見捨てるわけにはいかない。
一方、セクィを傷つけたティロ本人は目を丸くしている。
「へぇ、まだ死んでなかったんだ。しぶといね」
傲岸不遜なティロの態度が、仲間たちの闘志に火をつけた。
「くっそー、よくも蜘蛛おねーさんをこんな目に……許せねー!」
「我らに仇為す地上の支配者気取りには、今すぐご退場願おう」
「シマノ。地底民を守り、セクィを安全な場所へ連れていくために、ここでティロを撤退させることを推奨」
仲間たちの声を聴き、シマノは力強く頷いた。
「よし、みんな。厳しい戦いだけど、やってみよう」
地底民を引き連れた状態でティロと戦うことは圧倒的に不利である。だが、この流れで戦闘を回避できるとも思えない。
「姫様たちも、ご協力お願いします!」
頼みの綱となるのは姫様とウティリスだ。この二人が協力してくれなければ勝ち目はない。
「もちろん、よろしくてよ」
「姫様のお望み通りに」
よし、まずは首の皮一枚繋がったといえるだろう。あとはどれだけ善戦できるかだ。
シマノはウインドウを開き、待ち受ける困難な戦いを前に気を引き締めた。
今回の好きなゲーム【大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL】
灯火の星とても良いコンテンツだったと思います
実はギラヒムのファイター参戦を結構本気で祈っていた 残念
ヨッシーいっぱい強くしてもらえてうれしい




