第83話:THANK YOU FOR PLAYING!
「この先、シマノが何度このゲームで遊ぼうと、二度と私に会うことはできない」
ユイが何を言っているのか、シマノには咄嗟に理解できなかった。
「え……?」
「私はカナミの望みを叶えるために作られたキャラクター。目的を遂げた今、システムは私のデータを削除し、本来登場するはずだった『カナミ』というキャラクターに書き換える」
淡々と事実を告げるユイに、シマノの感情はうまくついていくことができない。
ユイが、消える。永久に。
「な、何とかならないのか? だってこんな、こんなのって……!」
しどろもどろになりながらも、シマノは何とか事態が改善するようユイに訴えかける。
けれどユイは静かに首を振った。
「シマノ。貴方はカナミのためにこのゲームを作ったのでしょう? なら、ここにいるべきなのは、カナミ。ユイじゃない」
「でも」
「私が『ユイ』として実行したこれまでの発言、思考、行動は全てログとして保存される。『ユイ』は消えるけれど、私がいた記録は世界樹の中に残り続ける。シマノ、貴方と一緒に旅をした私は、これからもずっと、ここにいる」
ユイはあくまでも何ということはないといった風に淡々と語り続ける。まるで、ラケルタの森で出会ったばかりの頃のように。
しかしその目線は微かに揺らぎ、言葉の端々は僅かな震えを宿している。そのことは、シマノにも痛いほど伝わっていた。
「なあユイ、俺このまま」
ずっとこの世界に、と言いかけたシマノに、ユイが再び首を横に振った。
「シマノ。元の世界に戻ったら、お願いしたいことがある」
「お願いしたいこと?」
何を、言っているんだろう、とシマノは思う。元の世界の自分は救世主とは程遠い。チートどころかスワップもレンズも使えない。凡人だったこの世界の自分でさえも比べ物にならないぐらいの、ただの冴えない人物だというのに。
ところがユイは、そんなシマノの目を真っ直ぐ見つめ、迷いのないはっきりとした声で告げた。
「このゲームを、シマノの手で完成させて」
ユイの言葉がシマノに重く圧し掛かる。カナミを喪い、一度はデータの削除まで考えたこのゲーム。それをユイが掬い上げ、形にしてくれたのが今の「アルカナ・レジェンダリー」だ。
だが、無理矢理遊べる形にしたことでひずみが発生し、苦痛に苛まれ続ける悲劇の魔王が生み出されてしまった。エトルとトワを本当の意味で救うためには、ゲームのデータを修正しなければならない。そのことはシマノにもよく分かっていた。
もちろんそれは、シマノ自身の手で為されるべきである。
「エトルとトワを救って、カナミが見たかった本当のアルカナ・レジェンダリーを作り上げて。私じゃなくて、シマノ自身の手で」
「俺自身の……」
それと、とユイは釘を刺すように言葉を続ける。
「私が無理矢理何とかしたけれど、どうしようもなかった矛盾やバグも、ちゃんと直して」
耳の痛い話だ。シマノは思わず視線を泳がせてしまう。もちろん、ユイはそんなことで妥協してはくれない。
「具体的に言うと、いつの間にか指輪の装備者が変わっているバグ、没データ置き場に侵入できるバグ、それから……」
「わかった、わかりました、何とかします!」
無理矢理話を打ち切ったシマノに、ユイは軽く不満げに溜息を吐いた。とはいえその口の端は上向いている。
「俺にできるかなぁ……」
「大丈夫、シマノならきっとできる」
ユイにこう言われてしまっては仕方ない。シマノは腹を括って大きく頷いた。
「…………わかった」
しんみりするのは、らしくない。シマノはあくまでもプレイヤーで、この世界の住民ではないのだ。目的を達成したら、元の世界に戻らなければ。
それでも、別れを惜しむ気持ちは消えない。特にユイには、もう二度と会うことができない。今この瞬間、ユイに伝えたいことを全部伝えようとシマノは口を開いた。
「ユイ。ラケルタの森で、地底で、屍の峡谷で、何度も助けてくれてありがとう」
ユイは黙って頷いてくれた。思い返せば、次から次へとユイに助けられた思い出が浮かんでくる。
「……数えきれないや。俺、いっつもユイに助けられてばっかだったな」
困ったように笑うシマノに、ユイは優しく微笑んでいる。
「シマノ、私からも、ありがとう。シマノがこのゲームをクリアしてくれたから、私はカナミの願いを叶えることができた。シマノが最後まで諦めなかったから、ハッピーエンドを迎えられた」
ユイからの真っ直ぐな感謝の言葉に、シマノは気恥ずかしくなって堪らず頬を掻いた。
「私、シマノと一緒にこの世界を作れて、この世界を救えて、本当に良かった」
「俺も、ユイのおかげで頑張れた。ありがとう、ユイ」
ユイだけではない。ニニィ、ムル、キャン。それに、今ここにいない姫様やウティリス、バルバルも。一緒に戦ってくれたみんながいたから、クリアできた。
(ユイが掬ってくれたこの世界で、みんなと一緒に冒険できてよかった)
もしカナミが生きていたら、きっと俺のことを本気で羨ましがっただろう。何年先になるかはわからないが、いいお土産話が出来たな、とシマノは笑った。
「…………行かなきゃ、だよな」
ユイが頷き、右手を顔の高さまで上げた。緑色に淡く光る半透明のウインドウが開く。ユイの手で、ゲームクリアの手続きが進められていく。
「最後は、貴方が」
シマノの前に小さなウインドウと、二つのボタンが表示された。
「やり残したことはありませんか?」
シマノはしばらくの間、黙ってウインドウを見つめたまま立っていた。やがて一呼吸し、目線を上げた。その先には、ユイがいる。
ほんの一瞬ユイと見つめ合ったシマノは、再びウインドウに目を落とし「はい」のボタンをタップした。
***
元の世界に戻ったシマノは、働きながら趣味でゲーム制作を続けている。朝。身支度を整えながら、シマノはカレンダーを見る。赤い丸印で囲まれた今日は、アルカナ・レジェンダリーの発売日だ。
個人開発者向けプラットフォームのみの発売ではあるが、シマノの心は昨日の夜から浮足立っていた。販売開始時間の設定は確認済み。SNSでの宣伝投稿も予約済みだ。
たくさんの、いや、少しでも、いや、たった一人でもいい。どうかこのゲームを楽しんでくれる人と、このゲームが出会えますように。
そんな考えに耽っていたらいつの間にか家を出る時間を大幅に過ぎていた。まずい、今日は朝からミーティングだ。慌てて玄関に向かい、足を靴にねじ込んで、玄関横に飾った写真に挨拶をする。
写真立てには、笑顔のカナミが収められている。その写真立ての隣にもう一つ、別の写真が飾られていた。
ゲーム画面をプリントアウトしたものだろうか。ドット絵のキャラクターたちが並び、笑顔で手を振っている。
獣人の子どもや光る髪を持つ子ども、桃色のおねぇさん、少年幹部や蜘蛛女、リザードマン。金髪金目のキャラクターに黒髪黒目のキャラクターもいる。
画面の中央には「THANK YOU FOR PLAYING!」の文字。その真下にいるのはシマノとカナミにそっくりな二人。
そしてもう一人、薄緑の衣装に機械パーツを身につけた、緑髪の少女。
「行ってきます!」
玄関扉が勢いよく閉まり、鍵のかかる音が響く。数秒の後、人感センサーで住民の不在を把握したシーリングライトが、消えた。
完結です!
これまで遊んできたたくさんのゲームと、ここまでお読みいただいたすべての方に、
ありがとうございました~~~~!!!!
今回の好きなゲーム【ゼルダの伝説 スカイウォードソード】
「一番好きなゲームは?」と聞かれたらとても迷ってしまって答えられない、けど
迷ってしまうたくさんの候補たちの中に必ず絶対いつも入る作品
HD版ありがとう 今年は15周年ですね だいぶ気が早いけどおめでとうございます!!




