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第82話-1:エンディングとはちょっぴり寂しいものである

 自分の手足すら見えない真っ暗闇の中。起きているのかいないのかもわからない状態で、シマノはぼんやりと遠くに微かな声を聞いていた。


 小さな女の子が親しげに自分を呼ぶ声。どこか懐かしく、とても暖かい気持ちになる声。どうしても思い出せなかった、その声の主。


 今ならわかる。どうして、こんな大切なことを忘れていたんだろう。少しずつ、少しずつ、届きそうで届かないその声の主に向けて、シマノは懸命に手を伸ばし叫んだ。


「――カナミ!!」


 自らの声と、伸ばした手の指先が柔らかな頬に触れた感覚で、シマノは目を覚ました。


「ざーんねん、ニニィちゃんでした♡」


 シマノの指に自らの指を絡めながら頬を寄せ、ニニィが怪しげに微笑んでいた。初めてエトルと対面し、全く歯が立たなかった、あの時と同じだ。

 ただ、ニニィの頬を涙が伝っている。


「このまま起きてくれないかと思った……誰も犠牲にしないって言ったじゃない……ばか……」

「いやっあのこれは何て言うか想定外でっ」


 目の前で涙を流すニニィに焦り、シマノは何とか宥めようと口を動かしてみたものの、これといって有効な台詞が出てこない。


 正直シマノ自身も、Executive Modeのウインドウが勝手に閉じた時点で嫌な予感はしていた。が、まさか本当にデバッグモードとチート能力を併用できないとはさすがに想定外だった。


 とはいえ仮にチート能力を使えていたとしても、肉体ダメージを伴わないただの痛みに「ダメージ無効」が効いたかは怪しいところである。


 わたわたと焦ってばかりのシマノの手を、ニニィが強く握り締めた。


「無事でよかった……」


 ニニィの手が震えている。頬を伝った涙が、シマノの指先を濡らす。


「……ごめん、ニニィ」


 シマノが申し訳なさそうに呟くと、ニニィは小さく頷いてみせた。

 そこにひょっこり顔を覗き込ませたやつがいる。


「あーっシマノがニニィおねーさん泣かしてるー!」


 やかましい顔のどアップに、シマノが心底うんざりした顔を向ける。元気いっぱいの獣キッズ(キャン)はやいやいと囃し立てながら、茶化すように周囲を駆け回った。


「全くこれだからキッズは……」


 ブツブツと文句を漏らすシマノだったが、そんなことよりも気になったことがある。


「ユイは!?」

「シマノ」


 待ち望んだ声にシマノは夢中で身体を起こし、そちらへ顔を向けた。ユイが、ムルに支えられながらゆっくりと起き上がり、シマノに微笑みかけている。


「ユイ~!!」

「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫」


 ニニィの手を借りユイの傍まで来たシマノの肩に、ムルがポンと手を置いた。


「よく目を覚ました、シマノ」


 ムルは何故かやれやれと言い出さんばかりの勢いで溜息を吐き、シマノに何か言いたげな雰囲気を醸し出している。


「ニニィが『記憶の強奪』でお前とユイを助けると言い張って聞かなかった。あと少しお前の目覚めが遅ければ、我が殴って無理矢理止めるしかなかったところだ」


 ムルの頭上にはサッカーボール大の岩が浮遊している。確実に気絶では済まなかっただろう。発想が野蛮すぎる。ニニィも気まずそうに目を逸らしている。


「おーい呼んできたぜー!!」


 ついさっきまでシマノを煽りながらその辺を転がりまわっていたキャンが、いつの間にかどこかへ行って戻ってきたようだ。見ると、キャンの後方に人影が二つ。エトルと、一人の少女だ。


「シマノさん、ユイさん! よかった、気がついたんですね」


 ふんわりとウェーブのかかった黒い長髪に、黒い瞳。エトルの隣に立つ少女は、心から安堵したという様子で胸を撫で下ろしている。

 シマノはちらりと頭上を確認した。魔王――浮遊していた黒いデータの塊は、跡形もなく姿を消している。


「君、もしかして……?」


 少女の隣に立つエトルが挨拶を促す。


「初めまして、トワです。兄から聞きました。助けていただいて、本当にありがとうございました」


 ダークエルフの少女トワは礼儀正しくお辞儀をして見せた。釣られてシマノもユイも深々とお辞儀を返す。

 一通りの簡単な挨拶を終えると、トワは申し訳なさそうに目を伏せ、おずおずと声を発した。


「あの、わたし、みなさんにたくさんご迷惑をおかけしたと思うのです。けど……ごめんなさい、眠っていた時のこと、うまく思い出せなくて」


 伏せた長い睫毛がトワの瞳に影を落としている。泣き出しそうなのをぐっと堪え、微かに震える声で謝ろうとするトワの姿に、シマノは思わず口を挟んだ。


「大丈夫、君は絶対悪くない! 魔王っぽいことしてたのは主にエトルだから! 安心して!」

「シマノ?」


 エトルが何か言いたげにこちらを見ているが、無視だ。実際ゼノの幹部としてあれこれ暗躍していたのはエトルなのだから、まあ嘘にはならないだろう。

 きょとんとした顔で兄を見つめるトワとあれこれ言い訳を並べ立てるエトルを残し、シマノはそっとその場を離れた。


「……何よ」


 少し離れたところで、崩れたアジトの瓦礫に凭れていたセクィがシマノを一瞥した。

 一人佇むセクィが気にかかって何となく来てみたはいいものの、特に話題を考えていたわけではなかった。己の後先考えなさに、シマノの額から冷や汗が噴き出している。


「脚、戻ったんだ」


 シマノはとりあえず目についた変化を口にしてみた。セクィの下半身は、大蜘蛛ではなく人間の形に戻っていた。あの紐で作られた衣装も無事再生している。


「エトル様に戻していただいたのよ」

「その……紐みたいな服は……これからも着ていく感じなんですかね……?」

「は? 何か文句あるわけ? 可愛いでしょうが」

「ごめんなさい……」


 大して盛り上がらなかったうえに怒られてしまい、シマノは普通に落ち込んだ。

 傷心のまま、みんながいる方をぼんやりと眺める。トワがすっかり元気を取り戻し、文明レベルが違いすぎるユイの服装に興味を示しているようだ。


「わたしずいぶん長い間眠っていたみたいで、ユイさんみたいな方に会うのは初めてなの。ユイさんは、ゴーレムさん、なのかしら?」

「そう、私の身体は機械で作られている。貴女の言うゴーレムの定義に、私は当てはまる」

「まあ、そうなのね! とっても強そうで素敵だわ。耳の飾りもウサックスみたいでとっても可愛い!」


 いかにも興味津々といった風でユイにあれこれ質問しているトワを、さらに横からキャンが焚きつける。


「ユイはスゲーんだぜ! 目からビームも出せるんだ!」

「目から?」

「ビームよりはサーチライトと呼んだ方が正確」

「まぁ、すごい! 見てエトル! ユイさんの目、光るのよ! ほら!」


 はしゃぐトワに、エトルが微笑ましそうに応じている。ついさっきまで死闘を繰り広げていた最強の敵が見せる柔らかく温かな表情に、シマノは何だかこそばゆいような誇らしいような気持ちになった。

 隣で同じ光景を眺めているセクィが、ぽつりと呟く。


「あんなに嬉しそうなエトル様、初めて見たわよ。…………ありがとう」


 聞こえるか聞こえないかの声量で礼を告げたセクィに驚き、シマノは思わず二度見してしまった。


「今、何て?」

「~~~~うるっさいわよこのバカッ! さっさとどっか行きな!」

「痛っ、痛いっ、ヒールで蹴るなよ~!」


 つっけんどんに追い返され、シマノは渋々セクィのもとを離れた。何となくその辺をうろうろしていると、後ろから肩を叩かれる。


「少し、話しませんか?」


 振り向くと、穏やかに微笑むエトルが立っていた。

続きます~!

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