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第79話-1:チートとは理不尽に強いものである

「よし、扉ごと破壊するぞ」


 ムルの心なしか楽しそうな声に、シマノの意識は急激に引き戻された。魔王の間の、重く閉ざされた鉄扉。仲間たちの元気な姿。


 戻ってきたんだ。すべてのおわりと向き合っていたプレッシャーから解放され、シマノの全身は脱力し頽れた。


「オイオイしっかりしろよシマノ~。今から魔王と戦うんだろ~?」

「なに、怖気づいたの? 足手まといになるならここで一人で留守番してな」


 ニヤつきながら全力で煽るキャン。凡人相手に情け容赦を知らないセクィ。嬉々として破壊行為に及ばんと詠唱を続けるムル。みんな生きている。そして、


「シマノ!」


 他の仲間たちと異なり、一人脇目も振らずシマノの元へ駆けよったユイに、皆首を傾げている。


「シマノ、ごめんなさい。今、システムと私の記憶(データ)が同期された。私は、シマノを護れなかった。たくさん傷つけてしまった」


 どうやらユイには先ほどの「すべてのおわり」の記憶があるようだ。てっきり自分以外の全てがリセットされると思っていたシマノは、嬉しいサプライズに思わず頬を緩ませた。

 一方でキャンとセクィは、互いに顔を見合わせている。


「ユイのやつ何言ってんだ?」

「アタシに聞いてどうするのさ」


 全く状況が掴めていない仲間たちをよそに、ユイは今にも泣き出しそうな顔でシマノを見つめている。

 シマノはそんなユイの両肩にぽんと手を置いた。


「はい、そこまで! さっきはさっき、今は今だ。今度こそ絶対にエトルを止めるぞ、ユイ!」


 そう。今果たすべき目的は二つだ。エトルを止めること。エトルの代わりに、トワを苦痛から解放すること。この二つを達成しない限り、すべてのおわりは回避できない。


 そのためにも、とにかくまずはニニィを助け出す。エトルがニニィの能力を手に入れてしまえば、ほぼ確実にさっきと同じことが起きる。何が何でも「記憶の複製」を阻止しなければ、詰みだ。


 自分の呼びかけにユイが頷いてくれたのを見届けたシマノは、来たる困難な戦いに備え、ウインドウを開いた。

 と同時に、魔王の間突入準備完了の知らせがシマノの耳に届く。


「全員下がれ。扉を()()()ぞ」


 ムルの号令に、シマノは慌ててそちらを見た。詠唱を完了したムルが、固く閉ざされた扉に向かってただならぬ大技を放とうと目を輝かせている。


「ちょっと待ったムルさーん!」


 シマノはすぐさまムルと扉の間に割り込み、全力で大技の発動を止めに行った。


「急に何だ騒々しい」


 せっかくの破壊チャンスを奪われたためか、ムルが露骨に顔をしかめている。

 しかしここで引き下がってはならない。すべてのおわりを止めるため、シマノには為すべきことがあるのだ。


「ムル、ここは俺に任せて」


 シマノの言葉を聞いたムルの頭上に「?」が浮かんでいる。無理もない。凡人がいきなり「俺に任せて」などと口走ったのだ。正気を疑われるのも致し方ないだろう。


 シマノには、勝算があった。魔王の間の扉と相対したシマノは、今開いたばかりのウインドウをもう一度確認する。そこには、シマノが使えるスキル一覧が表示されていた。


 シマノはそこから「全オブジェクト通過」をタップし、扉をすり抜けた。


 ――そう、オートセーブでやり直した今も、Executive Modeが有効なままだったのだ。


「エーーーーッ!? シ、シマ、シマノが、ききき消えた~~~~!?」


 大袈裟に驚くキャンの声を背後に聞きながら、シマノは独り魔王の間への侵入に成功した。

 まずは第一段階突破だ。魔王の間に、仲間たちを連れて行かないこと。


 誰も死なせない。そのためには、無敵チートを持つ自分以外を戦闘に参加させないのが最も効率的だ。

 そもそもこの魔王は、シマノが作ってしまった世界のひずみだ。プレイヤーとしてでなく、制作者として、魔王を救い、エトルを止める。その戦いにパーティのみんなを巻き込むわけにはいかない。


「俺が、終わらせる」


 Executive Modeのウインドウをタップし、シマノは静かに決意を固めた。


「おや、凡人の貴方が一人でここに来るとは。余程自信がおありのようで」


 扉を抜けた先には、エトルとニニィ、そして浮遊する「魔王」。

 先ほどまでの仲間たちの賑やかな声が嘘のように、魔王の間は静寂に支配されていた。


 シマノがたった一人で現れたことに、エトルはほんの少しばかり意外そうにしてみせた。

 ささやかな皮肉のこもった口ぶりで話すエトルの、そのすぐ傍で彼以上に驚きを隠せず、壁際に繋がれたニニィが震えている。


「シマノ、なんで……?」

「助けに来たよ、ニニィ」

「キミ一人で? どうやって?」


 シマノはウインドウを開く。制作者にしか扱うことのできないチート能力の数々がずらりと一覧で表示されている。

 その中の「ダメージ無効」「全オブジェクト通過」は既に適用済みだ。恐れることはない。

 シマノはニニィの元へと歩き出した。その道程を遮るようにエトルが立ちはだかる。


「何が、目的ですか?」


 こちらの意図が読めず探りを入れてくるエトルに、シマノは堂々と今回の目的を告げた。


「トワを助けてやろうか」


 シマノの発言に、エトルの動きがぴたりと止まる。


「何故、そのことを」


 その声音は今までより低く、威圧感を伴っている。こうもあからさまな敵意を見せるエトルは珍しい。その様子にシマノよりも寧ろニニィの方が驚いているようだ。


「シマノお願い、やめて。これ以上エトルを刺激しないで。あたしに任せて」


 だが、シマノはやめない。


「わかるだろ。俺、この世界を作った人間だし」


 何の根拠もない、流言ととられても不思議ではない発言だ。

 ところが、エトルは何か思うところでもあったのか深く視線を落とし、黙り込んだ。


「……なるほど、貴方が、『魔王様』を作り上げたと、そう、仰るのですね?」


 それは疑問ではなく、最後通牒だった。


 シマノの返事を待つことなく、エトルの魔力の全てが、魔王の間を埋め尽くさんばかりの大量の武器を生成していく。それらの矛先は、寸分違わずシマノへと向けられた。


「エトルやめて、お願い! やめてぇ!」


 繋がれた鎖を激しく揺らしながら、ニニィが悲痛な声でエトルに呼び掛けている。しかしその声が決して届かないことを、師匠やティロを手に掛けてきたニニィ自身が最もよくわかっていた。

 ぽろぽろと涙をこぼすニニィに、シマノは優しく声を掛けた。


「心配しないで、俺は大丈夫だから」


 その言葉を皮切りに、生成された武器群がシマノに向けて一斉に射出された。次から次へと、凡人一人に向けるのには明らかに過剰な攻撃が叩きつけられていく。予想されうる惨状を受け止めきれず、ニニィは目を固く閉じ顔を背けた。


 床が抉れ、細かな石片や埃が舞い上がる。未だフードを被ったままのエトルは、微動だにせず射出された武器群の先を見つめていた。

 (うずたか)く積み上がっていく黒い山。その中にあり得ない事象を見出したエトルは、思わず一歩後ずさった。


 積み上がった武器の山の前に、無傷のシマノが立っている。

 間違いなく直撃し、確実に命を奪っていたはずの武器群は、何の成果も挙げられないまま跡形もなく消滅していった。


「……」


 すぐさま、エトルは武器群を再構築し、無傷のシマノに向けて今度こそ確実に撃ち放った。


 今度の攻撃は、シマノに届くことさえ叶わなかった。

 シマノの身体が闇のバリアで覆われていたのだ。

 放たれた武器の全ては、シマノに到達する直前に分解され、微細な魔力の粒となってバリアから吸収されてしまった。


「闇の加護ですね……それなら」


 エトルは右手を伸ばし、その先に一本の細剣を生成する。これまでの武器群とは異なり、白く、光を纏っているように見える。王家の、恐らくティロから複製したであろう光の魔力だ。

 剣を手に、エトルは素早く間合いを詰め、シマノに刺突攻撃を仕掛けた。


「違うね」


 シマノはバリアを解除し、あろうことかエトルの剣撃を微動だにせず受け止めた。光の細剣は確かにシマノの心臓を一突きしたはず。だが、エトルには手ごたえが一切感じられなかった。

 それどころか、刺さったはずの剣先が消滅している。すべて、シマノに吸収されてしまったかのように。


「どういうことです?」


 即座に間合いを取り、エトルは前方に立つただならぬ凡人に問いかけた。何か、この世界(アルカナ)の理では図りきれない不可解な出来事が起きている。そのことだけは辛うじてエトルにも理解できた。


 シマノは問いに答えない。沈黙を続けながら、一歩、また一歩とニニィに近づいていく。

 無駄骨に終わると分かっていながら、エトルはシマノの歩みを止めるべく応戦せざるを得なかった。

お待たせしました! 更新再開です!

本日18時更新、第79話-2へ続きます~!

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