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第78話-2:すべてのおわりキャンセル界隈

「私はカナミ様の記憶データを保持した状態でアバター『ユイ』を作成。シマノ様を導く最初の仲間としてゲーム内に登場いたしました」


 ユイの言葉の終わりとともに、映像を映していたウインドウが消えた。世界(アルカナ)は、既にその半分近くを0と1の羅列に置き換えられ、データサーバーに吸収されてしまっていた。


 何もなくなった地点では真っ白な背景がむき出しになっている。こういうときって黒じゃないんだな、などとどうでもいいことを思い浮かべ、その下らなさにシマノは自嘲した。


「全部、俺のせいだったってことか」

「いいえ、シマノ様の責任ではありません」


 何故ユイが庇おうとするのか、シマノには全く理解できなかった。


「俺がゲーム作るの間に合わなくて、カナミが死んじゃって、俺がやけになってデータ消して、そのせいで、こんなことになったんだろ?」


「いいえ、その認識は誤っています。今のアルカナを構築したのは私です。ストーリーを作成したのも私です。シマノ様に責任はありません。私の構成力が不足しており、申し訳ありません、シマノ様」


 確かに、ユイの視点ではそうなのかもしれない。だが、それでもシマノは自らを責めずにはいられなかった。


「だとしても、ユイにそうさせたのは俺だ」

「シマノ様……」


 ユイはまだ何か言いかけたようだったが、シマノの説得は困難だと判断したのかそそれ以上言葉を続けることはなかった。

 シマノは崩壊していく世界から目を背けるように俯いた。けれどいくら視線を落とそうと、眼下にも崩壊は広がっている。このアルカナの中にいる限り、すべてのおわりからは逃れられない。


「この世界は、終わるのか?」


 俯いたまま、シマノがユイに尋ねる。


「はい、シマノ様のご希望通りに……」

「違う」


 ユイの答えに若干被せるように、シマノは強く否定の言葉をぶつけた。


「それは、この世界に来る前の俺が望んだことだろ? 今ここにいる俺は、そうしてほしくない。みんな滅んで、俺一人だけが生き残るなんて、こんなの望んでない」


「それは『ユイ』が私に依頼したことです。もし自分が戦闘不能および死亡状態に陥った場合、Executive Modeを発動するように、と。シマノ様を喪う前に、間に合って、よかった」


 シマノは(かぶり)を振った。「ユイ」の気持ち。何に代えてもシマノを護ろうとした、その気持ちを否定したくはない。かといって、今のこの惨状を肯定するわけにはいかない。


「俺は、みんなに、死んでほしくなかった。この世界に、終わってほしくなかった」


 自分がしてしまったことの大きさに、ただただ打ちのめされる。このままでは、駄目だ。これではカナミに顔向けできない。


「なあユイ、こんな終わり方で、カナミは喜ぶと思う?」

「私はカナミ様ではありません。カナミ様の感情を語ることは不可能です」


 想定通りの回答だ。だが、どうしても納得できないシマノは顔を上げ、天に向かって叫ぶ。


「ユイはカナミの記憶を全部持ってるんだろ!? 俺の知らないカナミの気持ちも、全部全部知ってるんだろ!? ……知ってて、一緒に旅してたんだろ?」

「それは……」


 ユイの声が沈黙する。無音のまま、世界の崩壊だけが進んでいく。眼下に広がる世界は、既にそのほとんどが、真っ白な背景に置き換えられていた。

 このまま、本当に終わってしまうのか。


「『ユイ』…………」


 力なく名を呼ぶだけの声が、シマノの唇から零れた。


「シマノ」


 その声は、確かにシマノの背後から聞こえてきた。


「『ユイ』なのか……?」


 シマノが振り返ると、そこにはエトルに撃たれ機能停止に陥ったはずの「ユイ」が立っていた。


「カナミの記憶を持っているのは私。だから私がここに……」

「ユイ!!」


 無我夢中で駆け寄り、抱きしめる。涙が止まらない。こんなところで、最後にまた会えるだなんて。


「シマノ……」


 ユイの声はどこか悲しげだ。表情も思いつめたように目を伏せ、口を引き結んでいる。


「……私はカナミにはなれなかった。修理の度に少しずつ記憶が戻ってきて、なのに、手に入れた記憶の欠片を何度参照し、分析し、学習しても……ただの模倣にしかならなかった」


「ユイ? 何を……」


「カナミは、シマノと一緒に冒険したかった。なのに私は、うまくカナミのように振舞えなくて。ここにいるのはカナミのはずなのに、私が、ただカナミの居場所を奪っているだけになってしまって」


 ユイは、たった一人で記憶と向き合っていたのだ。少しずつ豊かになっていく表情も、ユイの努力の、学習の成果だった。


「ごめんなさい。うまくできなくて、ごめんなさい。こんな終わりになって、ごめんなさい。全部、全部私のせい」


 違う。と、シマノは思う。悪いのは、俺だ。ユイじゃない。

 ただ、そう言ってもユイは聞かないだろう。


 もうすぐ、すべてのおわりが完遂される。その前に、今できることをやらなくては。


「ユイ。俺、思ったんだ。エトルが妹のために全部ひとりで背負い込んでるのを見て、俺も同じ立場なら、きっとそうしてたんだろうなって」


 シマノの言葉を、ユイは黙って聞いてくれている。


「けど、もしカナミがそんなエトルを見たら、絶対に止めるんじゃないかって」

「私も、そう思う」

「だから、やっぱり俺はエトルを止めないといけないんだ。カナミのためにも、この世界を終わらせないためにも」


 世界は間もなく全て白く染まろうとしている。

 シマノは、改めてユイと向き合い、覚悟を告げた。


「ユイ。一緒に、エトルを止めてくれないか」


 シマノの言葉にユイは逡巡しているようだ。


「私は……」

「俺は、この世界をカナミのために作った。カナミは、この世界で一緒に遊びたいと願ってくれていた。だったら俺は今、すべてのおわりを止めたい。エトルを止めてトワを救って、カナミに誇れるハッピーエンドを迎えたいんだ」


 シマノの想いは確かにユイに届いている。ところが、ユイは力なく首を横に振った。


「でも私は、カナミじゃない。貴方の隣に立つ資格がない」


 シマノは、真っ直ぐユイの目を見つめる。その想いの全てを、真っ直ぐ伝えるために。


「ユイは、ユイだ。カナミの記憶があろうとなかろうと、俺とここまで一緒に冒険してきたのは、ユイだろ? だから、カナミとしてじゃなくて、ユイとして、カナミの記憶と一緒にエトルを止めてほしい。誰も犠牲になんてさせない。ユイも、ニニィも、ムルも、キャンも。セクィも、エトルも、トワも。俺は、俺が作ったこの世界で、みんなに生きていてほしい」


 すべてのおわりを完遂させる最後の光の雫が、天から一つ、ゆっくりと降ってくる。これまでよりいっとう大きなその雫は、近づくだけで地表に残った全てを分解していく。残された時間は僅かだ。


 ユイが、口を開いた。


「オートセーブ機能で、魔王の間に突入する直前のデータが残っている。それを使えば、もう一度エトルと戦う前からやり直せる。エトルを救うことは、きっと出来る」


 それは願ってもない朗報だった。


「ナイスユイ! 戻ろう、今すぐに」

「……本当にいいの、シマノ?」


 ユイにはまだ躊躇いがあるようだ。このまま世界を終わらせて、シマノを元の世界に還したい気持ちが残っているのだろうか。


 だとしても、シマノの決意は変わらない。


「ああ。戻ろう、ユイ」


 最期まで一緒に遊ぶことを諦めなかったカナミのために、俺の代わりに何もかも背負おうとしたユイのために、そして何より、このゲームを完成させたかった俺のために。


「エトルを、止めてみせる」

14章完! 次が最終章、正真正銘ラストバトルが始まります。

★先行公開分に追いついてしまうので、次回更新は【3/20(金・祝)】になります★

ブクマ、評価などいただけるとめちゃくちゃ励みになります! 引き続きよろしくお願いします~!

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