第78話-1:すべてのおわりキャンセル界隈
「魔王の討伐。シマノ様は見事これを達成されました。よってクリア条件を満たしたこととなり、プログラム通り『すべてのおわり』が発動いたします」
淡々と告げるその声にシマノは慌てて待ったをかけた。
「待ってくれ。すべてのおわりは、魔王が発動するんじゃなかったのか? 俺たちはそれを阻止するために戦ってたんだろ?」
「いいえ、すべてのおわりはクリアと同時に発動します。それが、シマノ様とカナミ様の望みです」
いったいどういうことなんだ、とシマノは混乱した。すべてのおわりが、俺とカナミの望み? 俺はまだしも、一緒に楽しくゲームを遊んでいたあのカナミが、こんな世界を望んでいるのか?
全くと言っていいほど納得できず目を白黒させているシマノを意に介さず、ユイの声は着々とすべてのおわりを進行させていく。
「間もなく、世界を構築するメインデータの削除が開始されます。シマノ様のアバターを、安全なエリアへ隔離」
突如、世界が暗転する。白く寒々しかった魔王の間からいきなり宙へ放り出されたような感覚に、シマノは焦ってバランスを崩し尻もちをついた。
「大丈夫ですか、シマノ様」
ユイの淡々とした声が響く。その声が今いるこの空間で聞こえているのか、それとも脳内に直接こだましているのか、シマノには判別がつかなかった。
「アバター隔離完了。続いて、世界を構築するメインデータの削除が開始されます」
周囲の風景から黒のテクスチャが剥がれていくように、今いる場所の全貌が露わになっていった。
そこはゼノのアジトではなく、王都アルボスの上空だった。シマノは独り浮遊し、眼前に聳える世界樹と対面していた。
色相が反転して世界が赤黒く見えているからだろうか、目に映る風景はどこか現実離れした、映像のようにシマノには感じられた。身一つで宙に浮いているというよりは、透明で安全な小部屋の中に自分だけ隔離されているような。
やがて雲の上、世界樹の頂のほうから何かが一斉に放たれた。
「花火……?」
まるで巨大な花火が遥か上空で炸裂し、その火が降ってきているかのような光景だった。
強い光のしずくが彗星のように尾を引きながら、ゆっくりと地表へ落下していく。
それらが、大地に、建造物に、森に、山に、触れる。
瞬間、捲れ上がるように、世界を構成するものたちは0と1のバイナリデータに分解された。文字列と化したそれらは、吸い込まれるように世界樹へと流れ込んだ。
あちこちで、次々と、町が、湖が、人の営みが、単なるデータの羅列へと書き換えられていく。
世界樹は光のしずくを撒き続けている。止まる気配はない。世界を分解し尽くすのも時間の問題だ。
吸収したバイナリデータによって世界樹自身も書き換えられ、いつの間にかその外見を巨大な黒い直方体へと変貌させていた。
「データサーバーってことか」
シマノがぼそりと呟く。滞りなく崩壊を進める世界で、その声は誰にも届くことはない。
いや、ただ一人、シマノの声を聞く者がいる。
「万事、異常無し」
機械的に状況を報告するその声に、シマノは意を決して話しかけた。
「ユイ」
「何でしょうかシマノ様」
どこに向かって声をかけたらいいのかわからず、若干の話しづらさを覚えるシマノだったが、この際そんなことは言っていられない。この世界の命運がかかっているのだ。
「カナミが、これを望んだのか?」
「はい。可能な限り、カナミ様のご希望に添った形となります」
「これが? そんなわけないだろ」
無意識のうちに口調が苛立ってしまう。全ての記憶を取り戻したわけではないとはいえ、映像で見たあのカナミがこんな惨状を望むだなんて、シマノにはとても思えなかった。
ユイもそのことを理解しているのか、シマノにある提案を持ち掛けてきた。
「……実際に見ていただいた方が早そうですね」
突然、シマノの目の前に大きなウインドウが現れた。それはメニューウインドウというより、ムービーを流すためのスクリーンに相応しい大きさだった。
「これよりシマノ様には、『ユイ』の専用装備『古びたメモリーチップ』に記録されていた映像の最後の部分をお見せいたします」
古びたメモリーチップ。そのいちばん最後に記録されていた場面を、シマノはまだ知らない。
「『ユイ』はシマノ様にこれをお見せすることを頑なに拒んでいました。理解不能です。シマノ様は記憶を失った状態。であれば、カナミ様の情報は全て速やかに共有すべき」
まるで他人事のように「ユイ」のことを話す口ぶりに違和感を覚えたシマノは、ユイに素直に疑問をぶつけてみた。
「今俺と話してるユイと『ユイ』は別物ってこと?」
「私は単なるシステムにすぎません。『ユイ』はカナミ様のご希望を叶えるために私から切り出された、仮初の人格です」
要するに別人だということだろうか。でも、元は同じユイなのか?
「ごめんちょっとピンと来ないや」
「やはり実際に見ていただく方が早いですね」
目の前の大きなウインドウが、何かを映し出そうとしている。
「再生いたします」
その映像は、静かに再生を開始した。
***
暗い部屋の中、PCのディスプレイだけがぼんやりと光っている。その光は、緩やかに明滅する薄緑色だ。
ディスプレイの前に、誰かがいる。デスクに凭れ、立っているのも精いっぱいのようだ。
「……ユイ……聞、こえ、る?」
カナミの声だ。だが、二冊目の黒い本で聞いた元気そうな声とは様子が大きく異なる。ぜえぜえと苦しげな呼吸を繰り返しながら、カナミは掠れ声でユイに語りかけていた。
「ユイ、私……ね、たぶん、間に合、わないと……思う」
ガタッと物音を立て、カナミの上体がデスクに倒れ込んだ。
「カナミ様」
「だからね、ユイにお願い。もし、間に合わなかったら……私の代わりに、ユイに、ゲームを、やってほしいの」
ユイの声掛けも耳に入っているのかいないのか、カナミは懸命にユイへの伝言を喉から絞り出している。
「私の記憶を、ユイに預ける。一緒に、連れて行ってほしい……そう、すれば、私も、ユイとお兄ちゃんと……一緒に……だから……」
ひとしきり要望を伝えられたのか、カナミは息を漏らすようなか細い溜息を吐いた。シマノにはその口の端が、満足げに微笑んでいるように見えた。
「……あとはお願いね、ユイ」
***
「三日後、カナミ様は亡くなられました」
最後の映像と、ユイの言葉が、シマノの期待を粉々に打ち砕いた。
「今、何て言った」
そう問いかけたシマノの唇は震えていた。
「カナミ様は、亡くなられました。そして、シマノ様がゲームデータの削除、すなわち『すべてのおわり』を発動。私はカナミ様のご希望を叶えるべく、作りかけのゲームデータを削除せずバックアップ化し、何とか遊べる形に再構築いたしました。その後シマノ様の意識をゲーム内に取り込み、アルカナ・レジェンダリーの起動に成功」
「ちょっと待ってくれ!」
ユイの言葉が全く頭に入ってこない。カナミが死んでいる? 俺がこの世界を消した? それをユイが、作り直した?
「嘘だろ、そんなの」
「いいえ、本当です」
「嘘だって、嘘に決まってる」
シマノは頑なに首を横に振り、ユイの言葉を否定し続けた。
……頭では、分かっていた。これまでに見た黒い本の記憶。ゲーム内の「ユイ」が見せようとしなかった古びたメモリーチップの最後。
そして、その最後の映像を見終えた瞬間から脳内で溢れ出した、記憶。病院の白いカーテン。ほとんど使われなかったカナミのランドセル。入退院を繰り返した彼女の、たった一つの願い。
『何でもいいの? じゃあ私、ロボットがいい! 強くて、かっこよくて、病気になったりしない、お兄ちゃんを守ってあげられる、ロボットの女の子!』
「カナミ…………」
そうだ。どうしてこんな大切なことを忘れていたんだろう。俺はカナミのために、このゲームを作ろうとしてたんだ。それで…………間に合わなかったんだ。
打ちひしがれるシマノに動じることなく、ユイの声は淡々と最後の状況説明を告げた。
続きます!




