第77話-1:ここから入れるハッピーエンド、あるんですか?
※流血・欠損・その他しんどい描写が多々あります! 覚悟してください!
エトルが放った巨大な黒い槍は、ムルの身体の鉱石を刺し貫き、止まった。
「ムルーーーーーーッ!!」
キャンが決死の形相でムルの元へ駆けてくる。
その頭上に、夥しい数の武器群が出現する。
「キャン、上だ! 避けろ!」
シマノの警告がキャンの耳に届いた。と同時に、黒い剣、槍、斧、鎚、鎌、の雨、が、一斉に降り注いだ。
警告に従い天井を見上げたキャンは、自らの身に迫る事態に慄き、思わず足を止める。
「キャン!!」
黒い武器群はキャンに直撃し、一部は床面に突き刺さり、一部は折れて転がり、それでも止まることなく降り続け、堆く山となった。
何が、起きたんだ? シマノの思考は眼前の状況を受け入れられず固まっている。この一瞬で、ムルとキャンが戦闘不能に陥ってしまった、のか?
「な……んで……」
咄嗟にウインドウを開き、スワイプする。指が震えてうまく画面が動かない。
いつもよりずっと時間をかけて、シマノは仲間たちのステータス画面を呼び出した。
ムルとキャンのHPは0になっている。戦闘不能だ。いや、違う。
状態異常を示す欄に「死亡」の文字が記されている。
背後で、ニニィが膝から崩れ落ちた音が聞こえた。
半透明のウインドウから、死亡状態に陥ったムルとキャンの名前が抹消されていく。
「待て、待ってくれ、待ってくれって!」
懸命にウインドウを叩き、シマノは消えていく文字を止めようとした。当然、その行為は何の意味も成さない。
ムルたちを死に追いやった張本人であるエトルは、狼狽するシマノを冷ややかに見つめていた。
その視線が、動いた。
蜘蛛の糸が、エトルを目掛け飛んできたのだ。
「もうやめて! こんなこと、トワ様は望んでない!」
セクィは残る力の全てを振り絞って立ち上がり、糸を放ち、声を張り上げた。蜘蛛の脚も人間の両腕も、もう一歩も動かすことはできなかった。零れ落ちる涙を拭うことも出来ず、ぼやけた視界でエトルの姿を必死に捉えている。
放った糸が届く前に、彼女の視界からエトルは姿を消した。
「あと、三人」
耳に届いたその言葉を頼りに、セクィは必死で辺りを見回しエトルの姿を探し求めた。
きょろきょろと動くその頭の上に、ギロチンを想起させる巨大な黒刃が生成されている。
「エトルさ……」
刃が、落ちる。
元より無理に蜘蛛と癒着させられていたセクィの身体は、刃に両断されるといとも簡単にその均衡を損ない、原形をとどめない骨と節、組織片の集合と化し、沈黙した。
エトルはシマノたちの前に立ち、右手の黒剣をこちらに向けた。
その切先は、紛うことなくシマノの首を狙っている。
真っ先に狙われるはず――宿でのユイの言葉が甦り、シマノの喉がひゅっと息を漏らした。
すぐさまユイが庇うように前に立ち、背中越しにシマノに話しかけた。
「シマノ、指輪を使って。ニニィと逃げて。貴方がいれば、私は追いつけるから」
「無駄ですよ」
感情のこもらないエトルの声が、ウインドウを操るシマノの指を止める。
その言葉の意味を、シマノはすぐに思い知ることとなった。
「ワープポイントが……」
ウインドウに表示されたマップには、ワープ可能な地点を示すピンが一つも存在していなかった。
ワープ禁止処理。ラストダンジョンでよくあるやつだ。こんなところで律儀に発動しなくても、とシマノは奥歯を噛み締めた。
足元の魔法陣が闇の力を帯びる。エトルの周囲に、黒い武器群が瞬く間に量産されていく。
シマノはその様子をウインドウ越しに呆然と眺めていた。何か手を打たなくては。でも、どうやって?
一方エトルはシマノの焦燥を気にも留めず、武器を止めどなく生み出しながら、何でもないかのように口を開く。
「僕は何も知らなかった。妹がどれほどの苦痛を味わってきたか。それを知ったのは、彼女がこうなってしまった後でした」
泣いているのか、怒っているのか、その表情は虚ろでうまく読み取れない。
「王家に復讐を遂げようと、僕だけではなく全てのダークエルフが戦ってくれました。結果は、貴方がたの知る通りです。ダークエルフは滅ぼされ、地底へと封じられました。僕一人だけが、おめおめと生き残ってしまった」
王家とダークエルフの関係性は、やはりダークエルフ側の言い分が正しかったようだ。頭上で蠢き続ける「魔王」の存在を見てしまっては、信じざるを得ない。
黒剣を握るエトルの手に力がこもるのが見えた。ふと、シマノは頭の片隅で違和感を覚える。
剣を持っている、右腕。さっき魔王の攻撃でズタズタに貫かれていたはずの腕を、エトルは何の苦も無く動かしているように見える。
「シマノ、ニニィ、下がって。派手にやる」
不意に聞こえたユイからの指示に、シマノはすぐさま思考を取りやめた。
膝をつき呆然と涙を流しているニニィを凡人のなけなしの腕力で抱え上げ、シマノは一目散にその場を離れた。
ユイは射出機を四基とも飛ばし、エトルと彼の生み出した武器を目掛けて集中砲火を浴びせた。激しい爆発音とともに石造りの壁や床が抉れ、細かな礫や粉塵となって舞い上がる。
シマノはニニィを庇うように覆いかぶさり、二人で床に伏せた。
爆撃が止むと、砂埃の中、エトルがゆらりと姿を起こした。そのまま何事もなかったかのように、エトルは平然と口を開く。
「……もう終わりですか?」
まるでダメージを負っていないかのような口ぶりだが、よく見れば頭部からは出血し、左腕は肘から下が捥げ、左足も引き摺っている。
「痛くないのかよ……」
思わず洩らしたシマノの声に、エトルが反応し笑い声をあげた。
「ははっ……この程度、魔王様から賜った痛みに比べれば、無と同じです」
「賜った、痛み?」
まさか、とシマノは薄ら寒いものを感じ、思わず後ずさった。
捥げたばかりのエトルの左腕が、千切れた袖口から覗く傷が、綺麗に塞がり、再生を開始している。
「魔王様を遺して逝くわけにはいきませんから、ね」
シマノの予感は的中した。「複製」したのだ。妹の能力を、痛みの記憶を、全て。
続きます!




