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伴奏者たち

作者: 池辺 迅

「4人のソリストのための小品集」の伴奏者たちへのインタビューをまとめた、番外編とでも言う内容。ソリスト以外の奏者が話すのを、インタビュアーが菊という形です。元を短編を是非先に読んでいただければ、と。

1. 花火


瑞稀

うん、パパのこと?

そう、海水浴はまいとしだよ。チクワはホテルにあずけるの。あ、うちのワンコね。

花火があってね。さいしょのときは、音がこわくて、瑞稀ないちゃってね、でもつぎからはないてないよ。でもの音はやっぱりちょっと苦手。ひとつの花火で前と後ろから2回なるの。だからママの手をぎゅってするの。

あ、パパのことね。パパだいすき。パパはお仕事で、夜おそいのが多いけど、ご飯に間に合うようなときは、かえってきたらほっぺたぎゅっとしてくれて、チクワのことも言ったらおもしろそうに聞いてくれるよ。

花火のときは、車運転して連れてってくれるの。来年もいくんだよ。チクワはホテルだけどね。

うーん、パパね。瑞稀がねてて、夜おそくにかえってくると、ほんとは瑞稀寝てないんだけど、パパは瑞稀のところにきて、寝てるふりしてると、いつもおでこにキスしてくれる。

あ、いいの? うん、ありがとう。またね。


夫ですか? ええ、瑞稀にも優しくて。仕事で夜は遅い事が多いのですけれど、会社が忙しいので仕方ないなって思っています。

心配事ですか? やっぱり仕事で疲れている事が多くて。健康診断では問題なくて。お酒もタバコもそんなにやらないのですが、過労? が心配ですね。

え? 夜の事? それはちょっと・・・。

でも疲れて帰ってきた日には、遅いご飯を食べた後、いきなりハグして長いことそのままで、私が喋ろうとすると、何も言わないでいいからって言って、長いことハグしたままなんですね。

私、ある時それで泣いちゃって。そうしたら涙を舐めてくれて、で、それでまた泣いちゃって。長い間、首を抱いてくれて・・・。そんな事がありましたね。

あ、こんなのでいいんですか? よろしくお願いしますね。


チクワ(池辺迅・訳)

パパはボスで、ママは餌くれる犬。瑞稀は僕の妹だな。瑞稀は僕の鼻、口の中に入れて舌でベロベロやるのが好きで、毎日やるんだ。小さい犬はそれするのかな? あれは苦しくってちょっと苦手だけどね。

瑞稀はあんまり泣かないし、泣いてる時も僕が横に座って、手や顔を舐めてやると泣き止んで、また僕の鼻ベロベロやるんだけどね。

うん。ご飯おいしいし。僕、散歩好きで、ママが毎日、川原に連れてってくれて、僕が幾つもポスト嗅いで、メールチェックしたり出したりしてるのも付き合ってくれてるな。

僕は時々、瑞稀連れて散歩に行くけど、川原で花摘んだり、草むしったりでちゃんと歩かなくてね。まあ、まだ小さいから、ちゃんと歩けないのは仕方ないんだけどね。

昼寝の邪魔して悪いって? いいよ、又寝るから。君は知らない臭いだけど、どこの犬? ああ。遠くで働いてるのか。ご苦労さんだね。

うん、じゃあね。君のボスに宜しくね。


2. タロー


お父さん

タロー、逝っちゃいましたね。17年近く子どもの頃からいた犬ですから、それは悲しいですよ。火葬の日にお骨見て涙が出てきて。何年かぶり涙が出ましたよ。

ええ、娘はタローが動かなくなった時にしゃくり上げているかと思うと突然大泣きしましてね、でも5分ほど経った時に、泣き出したのと同じように突然ぴたっと泣き止んで。その後は全然泣かなくて。あの歳なら悲しいのならちゃんと泣いて欲しいと思うんです。それで悲しいのが少しでも減るのならね。

でも、タローが死んであの子何だか変わってね。いや、悪い方にではなく、大げさに言うと何だか悟ったみたいで、却って元気になって。どうなっているのかわからないんですが、毎日元気ならそれはそれでアリかもなって思っています。

そんな所ですね、ええ、ありがとうございました、


お母さん

死んじゃいましたね、タロー。17年も一緒にいたから悲しいですね。でももう次の子どうしようなんて考えてて。何なんだろうなって。

ええ、霊園の待合室で待っていた時に葵に何か言わなくちゃって思って、あるお話をしたんですね。私時々葵といる時に、突然話をして、よく言葉遊びをするんです。葵もそれが好きらしくて、私につきあってくれるんですけどね。で、その時、砂浜に丸い岩が埋まっていて、それを男の子が、明日来て掘り出そうと思って、で、翌日来てみると岩は誰か持って行ったのかそこになくて、岩の後の丸い窪みが砂浜にできている、で、その子は窪みの底の砂をハンカチで包んで持って帰る、そんな話です、

元ネタは、記憶とはなにか、みたいな話に出てきたものなんですから、私のオリジナルではないんですけどね。で私は、岩がタロー、砂地の窪みは巣箱に遺したタローの巣の跡みたいな答えを葵から出てくると思っていたんですけれど、あの子は窪みを巣箱、餌皿、タローのおもちゃ、みたいにどんどん窪みの答えを拡げていって。でもその時は悲しいのを忘れていてくれてるみたいで、嬉しいやらびっくりするやらで。それもタローのおかげというか、タローが遺していった物なんだなぁって思って。

で、お骨見た時に私涙が出て、でも葵は泣いてないんですね。葵も大きくなったなぁって思って。でそう思うと砂の窪みはだんだん大きくなってきて、少しびっくりしています。

ええ、こちらこそありがとうございました。失礼しますね。


タロー死んじゃった、悲しくってタローが動かなくなった時、大泣きしちゃった。でもすぐ泣き止んだよ。お母さんが、タローがおやすみすると、ああ死んじゃうとね、タローは虹の橋を渡って天国に行って、向こうで友達と遊ぶんだって。でね、泣くと虹の橋ができるのが遅くなってタローが渡れない、で、そんなこと考えたら涙が止まったの。私ね、そのあと泣かなかったよ。お父さんとお母さんは、タローの骨見た時に泣いてた。お父さんとお母さんが泣いてるのを見てびっくりしちゃった。おとなでも泣くんだなって。私は骨見ても泣かなかったよ。だってそこにあるのはタローの抜け殻だもん、

お母さんは少し時間が経ったら、次のワンコを飼おうって思ってるんだって。最初はそれ聞いた時、えっ? って思ったけど、それもアリかなって思ってる、だって私もお父さんもお母さんもワンコ好きだもん、また川原に散歩に行ってね、

え、おじさんは何やってるひとなの? ああ、記者さんなのね。これって記事になるの? ええ、そうよね。書きためてるのか。

うん、ありがとう。これでまたタローの思い出が増えたわ。そう餌皿とかおもちゃとかと一緒にね。え? でもおじさんそれ何で知ってるの? あ、お母さんに聞いたんだ。待合室で突然話し出したときにはびっくりたけど。岩の話ね。あんな事、お母さんは時々やって遊んでくれるの。

お父さんもお母さんも、私が泣かないようにって思ってるんだけど、それ知ってるから、私泣かないんだ。だって泣いたらお父さんとお母さん悲しむでしょ? それ知ってるから私泣かないの。

え? 偉いって。ありがとう。今日はこれでおしまい? あ、ありがとうございました。明日は別のところでお仕事なんだ。 え? 東京なの? 私行ったことないけど大変ですね、お疲れさまです。

うん、ありがとうございました。お仕事がんばってください。うん、じゃあね。




3.吸引器


時々あの女の人、変な、というか異様な格好で来るんだけれど、この前お話聞いて、なんか波瀾万丈な人生で。今は悠々暮らしていらっしゃるみたいで安心したというか、なんと言ったらいいか。いや、そうじゃなくて良かったなって思います。

上品なおばあさまで、この間僕が在宅勤務だったもんで、池の端のベンチでサンドイッチ食べてると、横に座ってタバコ吸いながら長い話をしてくれて、生い立ちから最後に退職するまでの話を聞かせてくれて。最初は戸惑いましたけれど、1時間くらいかな、話をなさってくれました。引き込まれてしまってね。最後、話が終わると、ごきげんよう、またお会いするかしらね、と言って悠然と帰っていきはりました。

そう、大変な人生みたいで、今はこの近くのシニアマンション? で暮らしておられてそうで、何か、安心したというか。その話? いや何か僕も消化しきれてなくて。看護師さんで、もう完全に引退されているそうですよ。

ええ、あ、そうですか? 何か記事にでもなるんですか? ああ、もの書かれてるんですね。この辺はあの火垂るの墓の舞台の一つにもなってて、記念碑もありますよ。あの話はかわいそうというか、壮絶な話で、野坂昭如さんもあのアニメ見て、悲しくて泣いたってね。僕は苦手でアニメまだ見られてませんけどね。このあいだ、テレビでやってましたけど、あわててチャンネル変えました。

ええ、あ、こんなんで良かったですか? ええ、あのがんばってくださいね。さようなら、またいつかね。


4.捧げ物

ソリストふたりの二重奏のため、伴奏者がいないので、インタビュー記事はありません。


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