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91.ママとパパは斯く語りき② -護られる-

読了目安 5~7分

 初めて聞く内容ばかり、だった。


 余った巣蜜を茶に溶かし、漂う甘い湯気のなかで聞いた、その話。けれどそれは、全然甘くない話だった。


 イチヘイたちがこれまで『傭兵』という仕事につき、働いてきたこと。

 基本は人や物を守るけれど、必要であれば人も殺すこと。

 しかし赴いた戦場で、人を殺しすぎたフィーは壊れてしまったこと。ずっと一緒にいたのにイチヘイは何もしてやれず、そのせいで今も、フィーが夜な夜なこうして啼くのを、彼はどうにもできないでいること。どうすればいいかわからないこと。

 何かが欠けたように、全部淡々と語る。それでも彼は、俺が全部悪かったのだと自責をする。


「――それからフィーは、人を傷つけられなくなった。だが俺は、フィーのことを可哀想だと思えても、相変わらずそれ以外のことはなんとも思わない。フィーにもやっぱり、何も言えない。……いまでも人殺しも――」

なにか自分の内側を確かめるような間が一瞬開き、すぐに続く。

「――必要なら厭わない」


「ぬう……」


 そこまで聴きながら、その内容に落ち着かない気持ちになる。花登が考えていた通り、やはりフィーは『普通の大人』ではなかったのだと納得してしまう。


 それに話を聞いていると、花登にはイチヘイもなんだか可哀想な人に思えてくる。

 ……ただ話される内容には、やはりかける言葉を思い付けない。少し怖かった。すると困惑する彼女の表情に、イチヘイは言葉をかさねる。


「嗚呼、別に好き好んで殺すわけじゃない。

 ……そうだな、顔に纏わりつく邪魔な害虫を潰しても、罪悪感なんて湧かないだろ。それと一緒だ。……ただ、必要があったからそうしてきた」


「う、ん……」


 嘘を言うようにも、怖がらせるようにも聞こえない。複雑なこともよく分からない。しかし、花登には判ろうとする事だけはできる。 


 つまり目前の彼女の庇護者は、人間と戦って、時には殺さなければならない仕事で、金を稼いでいる。

 人を殺すことを、なんとも思わない。


 ……やっぱり全く怖くない、なんて訳がない。こんなことを淡々と話してくる彼に、引いている気持ちは確かにある。それはイチヘイ本人が言うように、確かにこの男の何かが欠けているのかもしれないという手触りでもあった。


 ……けれど少なくとも花登は、その『人殺し』の二人の手に守られている。


 花登を引き取るために二人が払ってくれたお金。

 守るために振るってくれた力。


 あの日どちらかでも欠けていたら、彼女はきっと連れて行かれてしまって、ここには残れなかったに違いなかった。それだけは、よくわかる。


(……それに文句を言っても、けっきょく他に居たい場所なんて、ない、んだ……)


 二階から微かに、フィーのすすり泣きが耳に届く。心をぐちゃぐちゃに掻き回してくる戸惑いを落ち着かせるように、彼女は甘くて渋いお茶を啜る。結局すこし飲むだけでは足りなくて、全部飲み干した。


 それからすこし迷ったあと、花登はおそるおそる文字で訊ねる。


『あたしのことは? ひつようがあったら、ころすの?』


「――は?」

 途端イチヘイの鋭い瞳が見開かれる。 そんな事を訊かれるとは思わなかった、とでも言いたげに身動(みじろ)いだ。


「殺せるわけないだろ。俺はお前を仲間だと思って……る……」


しかし口にしてから、そう即答した自分に驚いたかのように口を噤んだ。


 フィーは、声でも身体でも『心』を見せてくれる。けれどその隣にいるイチヘイは、それなりに話してはくれるけれど、あまり自分の気持ちは口にしない。


 だから花登には、それは無意識にでも彼に認められているように聞こえてうれしかった。出会ってすぐの扱いを思えば、今はちゃんと、彼の懐に入れて貰えているのだろう。


 この青年もフィーも、やっぱりもう、花登にとっては庇護者なのだった。


「……怖いか? 俺のこと」


 そこへ自嘲ぎみに問われる。

 ゆえに今度は、花登は慌てて首を横に振る。

 彼はやっぱり花登のママでもパパでもない。でもちゃんと、必要なことは話してくれた。今度は花登が話さなければならない。


 茶会のためにと彼が殺した青頭巾の肉も、結局、花登は美味しいと思いながら食べたではないか。


『イチ兄、フィーゼといっしょにあたしのこと、戦って助けてくれました。あたしはそれに守られてる。今も』


 花登は自分の気持ちと考えを、おずおずと文字にした。そうしなければいけないと思った。


『もう帰れないっていうの、まだ本当は信じたくないけど、今は私のおうちは、二人のいるところになる……んだとおもいます』

『人殺しとか、見てないからよくわかんないけど』

『あたし、居たらめいわくかもしれないけど、二人のこと好き。ここに居たい』


書き終わって、じっとイチヘイの顔を見る。生まれた家で父母と笑い合っていたら、きっと彼女は、自分がこんな大人っぽい考え方ができるなどと思いもしなかっただろう。


 彼は口元を拳で覆いながら、無言で花登の文字を見下ろしている。答えのないその空隙を埋めるように、彼女のかすれた問いが、フィーの声が途切れた静寂の(とばり)を埋める。


「……ここ、にっ、居でいい?」


 途端、イチヘイはパッと顔を上げた。


 ―~*✣*✣*~―


 ――ここに居てもいいか。

 その問いにまた、幼い自分が重なる。子供の自分ならきっと、こう答えて欲しかっただろうと、反射的に応えていた。


「――いい。んなの確認すんな。今さら追い出したりしねえよ。……フィーもお前のこと気に入ってるしな」


 しかし言っている言葉は確かに本心なのに、まるで自分の口から滑り出ているようにはイチヘイには聞こえない。それはまたひとつ、彼の欠けが埋まる瞬間だったのかもしれない。


「ふふ……」


 口にした言葉に、安心したように顔を綻ばせる子供。それを目にする自身の胸にも柔らかい安堵が灯るのを、彼はもはや見過ごせない。


 だがそこでふと、イチヘイは緩んでいた面差しを曇らせる。まるで表面上は家族のように繋がれても、やはりイチヘイには『普通』が良くわからない。


 二階からはまた、フィーの絶叫が聞こえてくる。


 花登を前にしているのに、またふと考えに沈んでしまう。


 花登にも語ったように、イチヘイは他人に対する関心が不自然に欠け落ちている。思えば花登すら、出逢った当初はもし死んでしまっても、むしろ落ち込むフィーを慰めることにだけ注力して終わる程度には何とも思えない存在だった。


 多分「普通」ではないのだろう。

 しかし向こうにいた頃の『普通』すら、生家が凄絶すぎてなにも宛にならない。

 イチヘイには時々自分が人間のようでいて、人間ではないような気もずっとする。それでも、人に混じって生きるならば、関わることは避けられない。


 だからこそ、イチヘイにとっては師と、それから優しく人好きのするフィーの考え方こそが、最も遵守すべき良心の基準であった。


 特に、自身が気に入らずともフィーが笑いかける者は、イチヘイはあからさまに敵視しなかった。師が傷付けるなと言うものには手を出さない。村の奴らもその部類だ。


 逆にフィーが嫌がるならば、イチヘイは敵とみなす。


 そうしてこんな、どこか麻痺して鉛のような感性を持ちながらも、添ってくれる恩人のおかげで、どうにかここまで人のような形をして生きてきた彼だった。


 しかしやはり欠けた心では、本当の意味での『普通』は理解できないのである。


――~~~~~~!!


 二階からはまた、うっすら響いてくる叫び。かと思えば、今度はへらへらと笑いだしているようだ。


(昼はまだいい。だが、夜は……)


 やはりどうすべきなのか。ずっとわからない。


 今は一番の基準にしてきたフィーが、イチヘイを拒絶する。これではいけない気だけは、ずっとしている。それでも、来るなと言われてしまえば、欠けて不器用な彼にはどうしようもない。

 近付いて拒絶されることも、拒絶するほどの思いを抱くフィーに、深く突っ込んでいくことも怖かった。


お花を摘みましょ 可愛や 可愛♪

花びら愛でましょ 愛しや 愛し♪


気付けば、聞こえてくるのはあの唄。昼も夜も変わらず歌う、フィーのお気に入りの唄。


 その、綺麗な声のくぐもりと旋律の響きに包まれながら黙ってしまった彼の表情に、花登は不安を覚えたにちがいない。

「イチ、(に゛)……?」


榛色の瞳が、食卓の向かいからイチヘイを呼ぶ。しかし彼自身も、花登と同じ不安げな表情をしている。

 きっとそのせいだったのだろう、子供らしい文字は大人びて、一丁前に『大丈夫?』と彼を心配してきた。


 常ならば、『大丈夫だ』とすっぱり答えて終わる筈だった。だがこの時のイチヘイにはそれは出来なかった。出来なかったのだ。


 戦って、戦い続けて、古傷とタコのできた手で額を覆う。


「――……どうすれば……何をすれば、よかったんだろうな、俺は」


 ……年端も行かないガキにこんなことをぼやくなど、女々しい行いだったと、口にしてから思う。しかしイチヘイにとって、花登は既に護るべき対象であるのと同時に、「もう一つの基準」になりかけていた。


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― 新着の感想 ―
イチヘイは本当に感情が豊かになりましたね。 (*´ω`*) でも、まだまだ自分の感情を持て余している様子……。 自分自身の変化に手一杯でフィーの細かいケアまでは難しいかな? (´・ω・`) ハナト…
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