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狂人うさぎは幼女をうちの子にしたい⑧

読了目安→4~6分

「わ! ありがとうだようイチ……」


 驚いて振り向くフィー。少女も目を丸くしてイチヘイと彼女を交互に見つめている。

 フィーは改めてきょとんと固まる少女に顔を戻すと、しきりにその状態を観察し始めた。

 顔、腕、身体、足。出血が確認できるのは、どうやら今のところ最初に二人の目にもついた太ももの傷だけのようだ。


「……んえ、よかったよう、あし、『抉られる』まではいかなかったねえ! 後で手当てしてあげる! 痛いよねえ」


抱き上げた目線で心配そうに少女に話しかけている。だがやはりキョトンとしたまま、なんなら少し怯えたような色を孕みながら、向こうが理解している様子はない。


 その間に、今度は抱え上げられた少女の腰とフィーの腕のあたりに飛びかかっていく新たな一匹を、イチヘイの長剣が再び両断する。


 コイツらは、フィーが(ののし)っていた言葉通りの『害獣』である。


 対人戦ばかりして、あまり妖獣とは関わらず生きてきたイチヘイとフィーだが、この〈虚棲ミ(ウロズミ)〉にだけはエナタルの土地柄、接する機会が多かった。


 コレは可愛いなどと甘くみれば剃刀(かみそり)のような薄い歯牙(しが)で、肉を半球形に噛み(えぐ)りにくる。もしなにもしなければ、群れで襲われあっという間に身体中の肉を(えぐ)りぬかれる。


 ただ、幸いなことに動きはそれほど素早くもなく、飛びかかってくる軌道も一直線なため行動は読みやすいのだ。

 

 四方から飛んでくる玉を打ち返すような感覚で、イチヘイは更に足元から躍り上がってくる凶悪なさび色の毛玉を次々に切り伏せていった。


 しかしここにきて、思ったより〈虚棲ミ(ウロズミ)〉の数が多いことは想定外だった。


 自分だけでなく、現在 無防備なこの二人まで守るとなると、さしものイチヘイも少しやりづらさを感じる。


「────おいフィー、そろそろソイツの相手やめろ!」


 背丈のある草に隠れてよく見えなかったが、まだあちこちで茂みががさがさ揺れている。十匹以上は居る気がする。近くに新しく巣でも作ってしまったのだろうか。


(フィーが戦えないようならこのまま撤退か……?)


「……ん、ごめんなの、お待たせイチ」


 するとやっと、フィーが子供を地面に下ろした。


(――あ゛? 『下ろした』??)

「……戦う気かフィー?」


「んえ? そうだけど……?」


 しかしてゆらりと立ち上がったフィーの横顔は、とても真剣だった。子供じみた狂人の面影はあれど、再びふわりと膨らんだ後ろ首の毛は、相棒の()る気の高さを物語っている。

 カサカサ動く茂みの音を素早く聴きわけて、


「……そことそことそこでバラけて三匹、あとあっちにごひき……ううん、四匹いるの! それからねえー、向こうに二匹でー、こっちに三匹なの! 全部で、えっと、あと……いちにーさんしーごーろく……十二匹いるよー?!」


と指さしで教えてくれる。


「フィー……」


 それを目の当たりにしたイチヘイは、思わず少し沈黙してしまう。


「? どうしたのイチ、早く潰そう!?」

「あ゛、おう!」


 そうだ、彼は期待してしまうのだ。こんな風に話して()()()のであれば、やはり前よりは相棒の心は戻ってきているのではないか。


 単に調子が良い日なだけなのかもしれない。


 それでもあれから、フィーは朝の稽古に槍を振るうこともしなかった。こうして共闘するのも、トルタンダ以来の事だ。だから、


「……んじゃ手分けしてさっさと片付けるぞフィー!」「あいあいっ!」


 イチヘイの顔には、知らず笑みがこぼれていた。

 そこからは素早かった。


 フィーが今は丸腰であるため、基本的にはイチヘイが前衛に立つ。


 あっちから来る、こっちから来そう、と教えられるまま、飛びかかってくる〈虚棲ミ(ウロズミ)〉を素早く両断する。


 少し慎重に草むらに隠れているものも、フィーの耳が探し当ててくれるため、指示にしたがって突き殺す。


 背後からフィーと少女に襲いかかろうとしたものは、この耳長族の強靭な後ろ蹴りの餌食になっていった。


 別に打ち合わせなど必要ない。この人族の青年と耳長族の娘の息の合い方には、すでに美しいとすら言えるまでの磨きがかかっていた。


 間に挟まれるぼろぼろの少女も、はじめは戸惑った表情を見せて(主にフィーと〈虚棲ミ(ウロズミ)〉に対して)怯えていたが、流れるような二人のその連携には、思わず目をみはっている様子だ。


 そうして少女がその戦いを眺める間にも、着々と〈虚棲ミ(ウロズミ)〉は数を減らす。


「おし、これで九だ!」「ん、十! わ、イチ、右前くるよ!」


じゅう!と叫びながらフィーの蹴りでこっちに吹き飛んできた〈虚棲ミ(ウロズミ)〉に、イチヘイはトドメをさす。さらにフィーの呼び掛けと同時に飛びかかってくる十一匹目の個体に切っ先で上段突きをかまして、刺さった死骸を投げ捨てる。


 妖獣特有の深い青色をした蒼血(そうけつ)を、露払いをして降り落とす。


「あと一匹、どこだ?」「えっと……?」


と、そこでフィーの目が戸惑ったように揺れた。


「……あれ? すごく静かだよ……」


耳をグリグリ回しながら、急に首をかしげている。イチヘイもいちおう周囲に気を配ってみるが、それらしい草むらの(うごめ)きはない。


「……んええー? 気配がしないから逃げた? のかなー……」


「そうか。なら帰るか」

「……ん、イチヘイもかえる? んじゃボクもかえるー!!」


 これがデカくて強い妖獣なら少し話は変わってくるが、森の端にときおり湧く『害獣』程度のそれであれば、一、二匹逃がしたところで特に問題はない。


 一方フィーは「ふぬぅー!」と謎の掛け声と共に猫のようにしなやかな伸びをすると、はたと何かに気づいた顔をする。


「ん? ねえねえイチ、でも帰る前にね短剣貸して……?」


「? 何に使うんだ?」


「《核》、潰してかなきゃ……」


 そんな言葉と共に手を差し出してきた。


「あ? おう……」


 イチヘイは腰の後ろへ横向きに挿している、刃渡り四十センチほどの短刀を抜いて相棒へと渡した。


 てっきりまたすぐ『誉めて』などと言い出すと思ったのに、《核》の話をしだすなど、やはり子供の頃に身に付いた習慣はまだ残っているらしい。


「……貸してやるが折るなよ」「ひどい、折ったことないもん!」


「刃こぼれならあるだろが」「むーー……!」


ぷくり、とほっぺたを膨らませながら、滑り止めの飾り紐を巻かれた柄を受け取るフィー。


 そして彼女は唐突に少女の方を振り向いた。立ち尽くしたまま値踏みするように二人を凝視していた少女へ、(やいば)を握ったままずかずかと近づいていく。


「ねえもう大丈夫だよう? コレで核潰したら帰るから、もう少しだけ待っててほしいよ」


「ひっ!」


 まだ小さい子供からすれば、鈍色(にびいろ)に光る長い刃物を握った大きい獣人種が、いきなりこちらに笑顔で近寄ってくる形となる。


 足下の下生えを揺らし、少女は思わず後ずさりを始めていた。


「っと、フィーまてまてまて」


 別にイチヘイは子供のことなどどうでも良かったが、さすがにこれは止めておこうと思った。『刃物を握ったまま人に近づくな』と、むかし最初にそうイチヘイを叱ってくれたのは、お師匠ではなく確かこの耳の長い相棒のはずだった。


 とっさに伸ばした手で掴んだのは、彼女のふかふかのうなじである。


 いまはもう大人しくなっているが、興奮して逆立つとかなりの(かさ)になるぶん、この部位の毛足はしなやかに長かった。


(あ゛? しかもこの首の皮えらい掴めるし伸びるな……?)

 

 新たな(しかし知ったところでどうにもならない)知識を仕入れてしまったと思いつつ、イチヘイはぐいっと彼女を引き寄せた。


「ぐえ! ちょっ、なにすんのようイチぃ……!」


 一方、目をキョロつかせながら彼を振り返ったフィーは不満そうだったが、早く帰りたいイチヘイはとりあえず食べ物で釣ることにした。


「フィー、コイツのことはいいから、やるんなら核潰しも終わらせてとっとと戻ろうぜ。

 ……スープ作ってあんだよ……、おまえが昨日さばいた〈青頭禽(カズィルー)〉で」


瞬間、ピクリと反応するフィーの長い耳。


「んえ!? それって骨も入ってるよう?」「おう、もちろんだ」


「やったー! ダシが出ておいしいやつようー!」


打ってかわって嬉しそうに顔をほころばせるフィー。やはり食い意地が張っている。


 とたん機嫌をなおしたフィーは、子供に向かい「またねー」と簡単に手だけ降ると、意気揚々とそこら辺に散らばる〈虚棲ミ(ウロズミ)〉の核潰(かくつぶ)しを始めた。

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