83.身体のあるお化けの解② -吊るされた男-〈下〉
読了目安 2~4分
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縞が黙らされると、フィーは徐々に落ち着きを取り戻しだした。その間にコレがどういう経緯でここに居座っているのか、イチヘイは所々を端折りつつ簡潔に語っていった。
話は聞いているのか、フィーの耳はイチヘイの方を向いている。その仕草は先程までとは打って変わり、むすっとした顔で縞を睨みつけていた。さらに縞に対して、人差し指で強めに突っつく、デコピンする、などの行為を執拗に繰り返している。
本気で傷つける気はなくても、やはり不快ではあるらしい。
「イチのこともハナトちゃんのことも苛めて、それにボクの巣蜜も台無しにして、ボク、コイツ許せないのよう! この、へんたいノゾキねこー!」
「むんっ! ううううう!! うう!! むううううううううう! うううううー!!」
「んええ〜? なにいってるのかわかんなーいのようー?」
言って、意地悪い笑みを浮かべながらあっかんべーしている。縞も不愉快そうに眉を釣り上げて何か言っているが、もはや成すすべはない。
猫がおもちゃを小突き回すような生ぬるさで、フィーは縞をいじり倒す。その背中を、ハナトが斜め後ろから見つめている。
そんな中、自身が頭を抱えた部分だけは適当に脚色しつつ、イチヘイはコレの所業を語り終えた。ぼかして話してみてもなかなかであるが、この馬鹿が救いようがないことが伝わればいい。
「……そんな感じだ。可愛いのはまっじで見た目だけだぞコイツ」
「んんんむむ!!」
「はっ、何言ってるかわかんねえなー?」
ちなみに縞から三〜四歩ほど離れ、イチヘイはフィーと向かい合わせに立っている。縄を軸に時々くるりと回転してこちらを向く馬鹿に、フィーに同調し同じセリフで嘲笑う。
すると今までになかったことだったからだろうか、フィーの目が一瞬、驚いたようにイチヘイを見上げ、けれどすぐその視線は外れた。また縞を見つめだす顔に、薄い狂気か、あるいは気のせいかどこか絶望を孕んだようにも見える色を帯び、へら、と笑った。
「んへへへ? やっぱり嫌いよう、猫オジサン!」
そんなフィーの様子を眺めながらも、イチヘイの胸の内はさっきの彼女の言動、そして自分の心に起きたことを不思議に思っている。
(……どうしてあんなに必死になって止めた?)
イチヘイは他人との関わりをずっと最小限に留めてきた。それを無愛想だ、気に入らないだのと突っかかってくる連中も中にはいたが、そういう奴らはこれまでフィーが率先して排除していた。それが、イチヘイが怒ったらこうだ。
(思えば兆嘴商会の奴らから花登を救おうと、俺がルマジアに来て初めてキレたときもコイツ、なんか叫んでたな……)
今までと何がちがうのだろうか。いまのこの様子と同じくただの狂人の戯れ言なのだろうか。
それにあれ以来、イチヘイ自身も、感情がよく動くようになった気がしている。さっきも怒った。それも今ならぜんぶ、フィーを思っての怒りだったとわかる。
しかし、そもそもなぜ自身ではなくフィーのことで自身がこんなに怒ったのか……いまだ欠けたままのイチヘイには、良くわからなかった。
(? なんだ? この気持ち……)
しかしそのとき、近寄ってきた気配に横から袖を引かれる。
「……イチ兄!」
花登だった。
「んえー、ばーかばーか! きらいきらーい!」
「んうう?! むーむむーむ!」
目前の、程度の低い言い合いを見かねたのかもしれない。縞のほうも左右に揺れながら、(発音の抑揚から察するに)言うに事欠いて『ばーかばーか』などとかましているようだ。
イチヘイも眉をしかめた。案の定、しっぽのある二人を指差した花登も、『どうする?』とでもいいたげな困惑顔で彼を見上げてくる。
「どうするか……そうだな」
引き戻された現実を突きつけられている。このままここに吊るして置くのも目ざわりだし、どうにかした方がいいだろう。しかしイチヘイとしては、このどうしようもない馬鹿は、ゴミ同然であった。普通に邪魔である。
「穴掘って埋めるか」
「ぬぇ……?!」
冗談ではなく、本気の声と顔で言った。しかし、何故か隣の小さい上背には目を丸くされる。だが縞がどれほどタチの悪い男か、花登は理解しきっていないのかもしれない。
彼は目前の同胞を見下ろし、見上げてくる瞳と視線を合わせた。口にする内容はともかく、彼女に対しては真摯に口を開く。
「お前も、コイツのとこに捕まってたんだろ? お前が酷いことされたんなら、コレは俺にも敵だ。
それに万一、赦して追放してやってもコイツの目的は『元に戻ること』だぞ? ……コレの性格からして、永遠に付きまとってくる可能性が高い、タチの悪い馬鹿だからな。
ゴミとして埋めちまうのが一番手っ取り早い」
しかしそこで彼女から飛び出てきた言葉は、イチヘイには信じ難いものだった。




