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81.身体のあるお化けの解① -耳と尻尾-

 森の家のバルコニーのすぐ側には、二階の窓にまで枝を延べる、少し背の高い庭木が生えている。春の初めには甘い香りのする黄花をつけていた、フィーのお気に入りの木だった。

 

 その木に、ロープでぐるぐる巻きにされた〈刷毛尾猫(ハケオネコ)〉が生っている。

 揺れる猫のすぐそばには、両手を前で揃え、恭しく直立する花登。手を繋いで、フィーの隣に立っているのも花登。


 誰も驚かないのは、コレが師匠の魔法により生成された魔法的実体――鏡写しであることを全員が知っているからだ。それに今朝、これには(普段は師匠に怒られるのでやらせないが)花登と入れ替わりに家に戻って、お茶会の準備をしておくこと。ついでに花登のふりをして、料理の側で昼寝する真似もしておくようにと指示していた。


 三人に気付いた鏡写しが、膝を軽く折り一礼する。


「イチヘイさま、フィーゼィリタスさま、ハナトさま。おかえりなさいませ。

 ご指示いただいた通りにいたしましたら、こちらの者がかかりました。……ずいぶん口が悪うございますね」


「ニャー……?」


 とたんその隣で、宙づりの猫がとても可愛らしく鳴いた。イチヘイたちからは三メートル程離れている。ちゃんと猫の鳴き声だ。


「んええ……?」


 それをまじまじと目にした瞬間のフィーは、何を思い出したのか。イチヘイにも明らかに聞き覚えのある呼び名を上げた。


「はけおねこちゃん……」


 しかし、それが何の呼び名だったか、イチヘイには思い出せない、明らかに種名であるのに、脳が固有名詞として認識している。


 すると、フィーがイチヘイの表情に目をやり、ハッと慌てたように口を開いた。


「あ! そうだったわ。

 ごめんね、イチ。昔ね、お師匠様が飼ってたのよ。イチがこっちに来てすぐ、イチの記憶がない間に死んじゃったから、イチは覚えてないと思ったんだけどね。

 はけおねこちゃんって、お師匠さまが名前つけてたんだよ」

「フィー……」


 その瞬間、顔を覗かせたのは「以前の相棒」である。昔のことを語るとき、時々こうして彼女は戻ってくる。


「そう、か。……だが、死んだなら、もういないのはわかるだろ?」


 いきなりのことに面食らいながらも返すと、フィーの長い尾は、同意を示すようにゆらりと揺れた。そして水面に射した一瞬のきらめきのように、その顔はまたすぐに失われる。


「んええ……。

 だよ、ねえ……。だってさっきボク、街道からの脇道をね、歩いてる途中でね、

『離せ、クソガキー! 青頭巾みたいにぶちころされたいかー!』

って? なんか……うっすらだけどそんなこと喋ってるの、この辺から聞こえたのよう……?」


「……。言質とれたな」


 いい。相棒がここにいるなら、それでいい。

 振り回されることなく、イチヘイは気持ちを切り替えた。彼女からロープの先へと流した目で、鋭く睨む。


 すると〈刷毛尾猫〉は明らかに目を見開き、びくりと震えるのだ。


「ミャッ、……ニャーン……」


 愛らしい瞳でまだ可愛らしく鳴くのは、誤魔化しているつもりか。


 下らない。イラつく。

 しかしこのままでは口を割りそうにもないので、イチヘイは心底、馬鹿らしいと思いつつもカマをかけてみる。


「――そういえば、なあ、知ってたか? 本物の〈刷毛尾猫〉は、時々『バミョーン』て鳴くらしいぞ」


「ぬ……?」「んええ、そうなの? ずっと飼ってたのに、知らな――」


「……バミョーン……」


 即座に返ってきた鳴き声を、イチヘイは睥睨(へいげい)した。


「嘘だが?」


 一瞬、一同に降りた沈黙のうち、(花登は最初から懐疑的な表情をしていたため、)『騙したな?』という目で彼を見返してくる視線は二人分だった。


「――いるわけないだろうが、そんなヤツ」「んええ……?」


 ゆったりと近づく。後ろの二人には見えない位置だが、低い声で威嚇しだすつり上がった瞳には、怒りが燃え上がっていた。

 口を開く。


「で……? 確か呼び名は――――縞だったよな? 昨日うちを襲った眇目とか言うやつに、そう呼ばれてたもんなあ……? なあ縞?」


 「しま……」 花登が細くつぶやくのが、イチヘイの耳に入る。


 ただ、この世界の人間も、子供の名前にはそれなりに意味を込めるものだった。こんなペットみたいな名前、さすがに本名でないだろうと彼は考える。


「どういう了見でうちに居座ってんだ。あ゛? スパイか??」


 猫が低い位置で宙吊りになっている為しゃがみ込みながら、一言一言、噛んで吐き捨てるように問うた。すると相手の円く開いていた瞳孔が、一瞬にして線のように細まりだす。


「……イヘヘヘ……」


挙句、不敵に嗤いはじめた。やはりとても特徴的な笑い声だ。


「――――イヒャヒャ!! バレちまっちゃァ仕方ねェにゃ。そうだニャ! オイラは縞サマよォ! ニャ!」


 ずいぶん締まりがない話し方だが、これも師匠の魔法のせいである。向こうも、ここ数日でもはや開き直ったらしい。見た目は小さくてふわふわでも、発せられるだみ声にだけはそれなりに凄みはあった。ただ、やはり間抜けだ。


その瞬間、森の梢をざわりと風が抜けていく。


「んん? ねえ、貴方、あの縞尾族のおじさんだったのよぅ……?」


 そこでようやく、フィーも気づいたらしい。イチヘイの背後で翡翠色の瞳がざわりと敵意を帯びはじめる。花登も、その笑い声を聞いたあたりから何を思い出したのか……しかめた顔を逸らさないまま、フィーの片手に縋りついていた。


「なあ鏡写し」

脇に立ち、花登の姿を象るそれに声をかける。鏡写しは召喚者か、鏡写しが見た事があって、かつ召喚者が変化しろと命じた者にしか変化できない。鏡写しは花登を見た事がない。昨夜、彼女を鏡写しに引き合わせたのはこのためだった。

「はい、なんでございましょう」

「こいつを捕まえるまでの経緯と、捕まえてからお前に言ってた内容をまとめて話せるか」

「かしこまりました」


「あと、だ。フィー、花登」


鏡写しが話し出す前に、イチヘイは後ろの二人に視線を寄せる。

「なに?」「んえ! なーに! 拷問なら協力するのよう!」


「いや……いい。やるにしてもそ俺がやるからお前はひっこんでろ」


(お前、そういうの無理だろもう……)

と、そんな内心を溜め息に込めながら、イチヘイは続けた。


「とりあえず、お前らは先に着替えてこい……風邪ひかれると面倒なんだよ、後で事情はまとめて教えてやるから」



 鏡写しは、元は戦闘の練習用の魔法的実体だ。

 その機能は師匠によって抜かれてしまったが、攻撃は加えられなくても捕縛くらいはできることを、昨夜、花登の前で確認をとっていた。


 ゆえにこの作戦に利用したのだが、実際に縞を捕まえた鏡写しから聞かされた報告の内容は、それなりに悪辣だった。


 言いつけの通り、いまイチヘイが座っている敷物の上で寝ていたら、縞が忍び寄ってきたこと。油断して料理に口をつけかけたところで、後ろから掴みかかったこと。

 噛みつき、引っ掻き、攻撃もされたこと。しかしそういった類いは今の鏡写しには一切効かない。痛がる素振りもない鏡写しに、縞が動揺していたこと。


 そこまでは想定内だった。


 ただそのあと、己を解放しない鏡写しに対して、縞が武勇伝混じりに脅し始めた言動の部分がとにかく酷かったのだ。


 イチヘイも、どうでもいい他人に対する道徳的な共感は常に薄い。極端にいえば、ニーム村が盗賊に襲われ、明日知り合い全員が死体になって転がっていても、正直あまりなんとも思わない。フィーが願わなければ、助けに行こうともしないだろう。

 だがそれでも、これまでに叩き込まれた最低限度の社会規範に沿い、何とか人間の体面をかぶって生きている。


 ……そんな、どこかズレた彼の常識からしても、かなりヤバいものだった。



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― 新着の感想 ―
猫大好きな私がほっこりできないなんて! 一体どんなモラルの無いことを言っていたの⁉️ (´⊙ω⊙`)! 縞にはお仕置きが必要ですな! (「`・ω・)「
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