78.潜むもの、変わるもの③ -交差-
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(※この回、子供の名前がいっぱい出てきますけど二度と出てこないんで別に覚えなくていいですー!)
イチヘイは瞳に鋭さを増しながら耳を傾ける。
「仕入れに行こうと準備をしてたら、店の前で話しかけられたんだよ。確かにそう名乗ってた。見た目は山狼に似てたが、ほぼ白に近い毛色をした獣人種でね。この辺りじゃ珍しかろう? 見送りにでてきてた孫のナンナなんか、目が釘付けになってたね」
彼はただ先を促すために黙って頷いた。思えば、稀人である花登がイチヘイたちの所にいることすら、一夜明けた今日、村内で声をかけてくる人間は全員知っていた。
あの医者のように外から来た、見たこともない種族の言動であればなおさらであろう。
婆さんは得意顔で続けている。
「娘さん、『路銀が尽きたから、ニムドゥーラの都市までのせてほしい』『母方の親戚の、大叔母の家を訪ねるんだ』って、話しててね。……困ってるようだったからうちの馬車に乗せたんだよ。歩いて行ったら夜になっちまうし、可哀相だろ?」
「親戚……」
そしてイチヘイは思わぬところでまたひとつ、カナイナの嘘に触れる。
カナイナは、一昨日の別れ際、イチヘイたちには『親戚のつてで、年の離れた友人の家を訪ねる』と話していた。ただ、それすら嘘を騙る態度が透けていたために、イチヘイは呆れながら話し半分に聞き流していたのだ。
故に今さら、知れてどうということもない。
しかし不愉快に思う反面、呆れを通り越して(そのあまりの怪しさから)自ら監視対象にすると決めた彼女に対して、彼の中にはわずかな興味も沸いてくる。
(何でこんな、下らないところでまで虚言を吐くんだろうな、あの医者は……)
そしてその疑問もまた―――他人に興味を持つなど、ついぞあり得なかった彼を侵食する変化の続きであることに、イチヘイ本人はまだ、気付いていない。
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ニーム村内の各家々には、多少、機能は違えど森の家のものと似た水小屋がある。小さな井戸穴から滾々と湧き出し続けるエナタルの雪解け水は、各家庭の溝から澄んだ流れとして溢れる。水は村中に張り巡らされた大小の水路をつたって、近くの湖、ニムドゥーラ湖へと流れ込んでいた。
「――さかな! いた!」
湖に直接通じる太い水路脇には、村人たちが共用の洗濯場に使っている浅瀬がある。誰が干したのか、正午も近い初夏の陽の下には、水路をまたいで着物や下着がゆらゆらと靡いていた。
苔むした水路の石壁には、揺蕩う水光。
脛までを水に浸した子供たち数人の、きゃー! という陽気な悲鳴が響く中、花登は一人、石組みの護岸に腰を下ろしていた。
「そっち! 行ったぞ!」
揺曳する水草の影を、男の子が指さす。その先に銀色の影が閃くと、フィーがすかさず飛びかかりに行く。素早かった。
「おひいさますごーい!」「さすがー!」
次に水しぶきと拍手が飛び交う時には、魚は岸辺の木桶の中で跳ねている。目を丸くする子供たちに囲まれながら、細い髯をそびやかしたフィーは「んへへぇ……」と得意そうだった。
するとその隣で、自分で捕った訳でもないのに、猫みたいに尖った耳をした縞尾族の男の子が、黒い耳を傾けてちゃっかりした笑顔を見せる。
「これで仕事サボって遊んでたってバレても、夕飯のおかず取ってきたっていえば母ちゃん許してくれるよな!」
「えー、兄ちゃんまたなの?」
途端「わたしは終わらせてきたのに!」などと、わいわいと話し出す皆。
しかしそこにヒラヒラと蝶々が飛んでくると、フィーの注意は一瞬でそちらに逸れてしまったようだった。
――「なあー、おひいさまはおれの味方だよな!」
困った顔で甘えたように縋りつくその声にも、返事は無い。目と耳はひらひら揺れる蝶の羽を追っているのに、表情は虚ろだった。
「ん? なあ、どうしたんだ、おひいさま……?」「やめなよ馬鹿」
途端、隣に立つ、髪を三つ編みにした人間の子が静かに肘で小突く。
その腫れ物に触れるような様子を、花登はじっと見ている。
また一日フィーと過ごした時間が増えて、花登にもようやく理解できた。フィーはどうやら、中身が花登の知る『普通の大人』ではないらしい。
世話好きで優しくて、花登には本当のママかお姉さんみたいに接してくれる――――けど、やっぱり時々子供みたいだし、ぼんやり遠くを見て動かないこともあって、いわゆる『頭のおかしい人』なのかもしれなかった。
そうして……それなのにフィーは、イチヘイと一緒にこのこの村では何故か少し特別なひとのように扱われている。
みんな多分、彼女がどこか変なのに気付いている。それでも変わらずに、どこか特別扱いしているような――そんな雰囲気だ。
不思議だった。
けれど、どうして特別なのかは、花登がまだこっちの言葉を覚えていないから、この子達には質問できない。
イチヘイに聞いたら、答えてくれるだろうか。
と、彼女がそんなふうに内心で首を傾げた時だった。
「ねえ、ハナトさんはどう思う?! この馬鹿のこと」
《……ぬ?》
スカートの裾をたくし上げ、水草を足で掻き分けながら、三つ編みツインテールの子が一人、花登の方に寄ってくる。縞尾族の男子を小突いていた子である。
歳は、花登と同じ。
(えっと、名前は確か……)
《……ナン、ナ?》
「ん! うれしー! 名前覚えててくれたの!?」
こくりと頷く。するとすぐに後ろを振り向き、こっちを見ている黒い尖り耳へ遠慮なく人差し指を突き付けだした。
「あのね聞いて? この馬鹿シャビがね、すーぐおばさんに任された家の仕事を放りだして、遊びにくるのよ! ハナトさんもダメだと思わない?」
少しびっくりした。
『え、学校にはいかないの?』とか、聞きたいことはあった。けれど、そう聞いてくるということは、ここの子供たちの『普通』はやはり花登とは違うのだ。
心が勝手に一歩後ろに引くような、変な疎外感を覚えながらも、一応、彼女もまたひとつ頷いておく。
ただ、それは同調ではない。だって頼まれたことをやりきらないのは、確かにダメである。
「――ほら! マレビトの子もそう言ってるよ!」
「っ、そんなぁ……」
すると、彼は黒い耳を明らかに下げ、そこだけ茶色と黒の縞々をしたしっぽもぺそんと水に落とした。
その後ろでは、また懲りずに蝶々を追いかけ出したフィーと、彼女に同調した六〜八歳くらいの子供たち数人が、水しぶきをあげながらはね回っている。人間と、耳長族と、花登が名前を知らない種族の(見た目は小熊みたいな)子が、そこには混じりあっていた。向こう岸から垂れて咲く花を摘んでいる子もいる。
「……ねえねえ、それにしても不思議だね、ハナトさんは」
声がして目を戻すと、ナンナが三つ編みを揺らしながら、水路の石組の端に肘を付いている。ちゃん付けにも呼び捨てにもされないところに、花登は変な距離を感じた。村で、イチヘイやフィーに話しかけてくる大人たちが見せる態度に、少し似ていると思った。
「不思議だね、ハナトさんは。
ばあちゃんから話聞いたけど、マレビトなんでしょ? なんで言葉が分かるの? みんなビックリしてたよ」
《えっ……》
目の前の彼女に意地悪な気持ちがないのは、興味津々に見上げてくる両目を見れば花登にも分かる。
(……ん? この鼻とか眉のカタチ、イチヘイに話しかけに来るノナウさんにすごく似てる気が……?)
けれどこの喉では長くは話せないし、そもそも花登の知っている言葉ではまだ何も伝えられない。
花登は全力で戸惑ってしまった。




