57.繋がれた希望④ -品物の値段-
前回:敵と思われた食えない男、ソルスガ・アフェイーグへの視点切り替え。語られる言葉で、彼の真の目的が、自らの経営する『兆嘴商会』の腐敗分子の排除と、この違法取引の現場の調査であることが明かされる。
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(……フフフ……、まあ、良いだろう……)
しかしもうここまで来ると、一周回って彼も面白くなってきてしまっている。
仮にも彼らも、幼い頃からその身を兆嘴の紋章に捧げてきたのである。アナイには甘いと言われるかも知れないが、今回限りは彼らには口頭での注意と肉体的な罰を与えるだけで済ませようと考えていた。
それでどこまで反省するのか一度は見てやろうと、ソルスガは考えている。
それだけで済んだことが慈悲と気付き、新しい主に感謝できるのであれば、彼らはまだ最低限ソルスガが「人間」として扱うだけの価値を持つ。もし、そうでないならば――――。
「――後れ馳せながら、アザラと申す」
ただそこに、せっかちな客が五分の紹介も待たず名乗りをあげてきた。
ソルスガは彼へと顔を向ける。
薄い長袖のシャツに帯で留めるタイプの上着を着ている。特徴的な腰巻きは〈綿毛角〉の毛を使用したシンプルな衣装だ。ただその縁を細く縁取る刺繍の模様は、この大陸の北の方……ペリタ新皇国やクエディヤ自治領で伝統的に使われる意匠だった。店で取り扱ったことがあるので判る。
「ハウ=アザラ。……そちらの部下の方とは、知り合いのつてを通じて今回、はじめての取引である」
身をのりだし、腕相撲のように肘をついた上向きの手で握手を求めてきた。
しかしこの名前がフルネームではないことも、取引や父の手伝いで人と会うことの多かったソルスガは判る。
父方の家名二つを繋げて成立させるこれは、北方の地域によくある苗字だ。下の名前は連なっていない。
……そしてこの握手は確実に、ペリタ新皇国の軍人文化にある挨拶だった。
服装は金持ちの一般人風情だが、染み付いた癖が抜けていないようだ。
(……軍人が、こんな西の端までなにを?)
内心では首をかしげざるを得ない。
あの北の果ては、途中で宿を取りながら急行の輓獣車を乗り継いでも、通常なら半月以上はかかる距離だ。
考えながら、それでもソルスガも客に合わせて腕を差し出した。
手のひら同士はがしり、と繋がれ、
(……うん?)
しかし、次の瞬間にはもう離されている。一瞬である。
本来はお互い手を握り合いながらこのままもう少し詳細に自己紹介の会話をするのが作法だと、彼は記憶していたのだが……。
「ハウ=アザラ氏、ですか。よろしくお願いします。私はソルスガ・アフェイーグと申します」
「光栄だ。兆嘴商会の名は我が故郷でも……耳にしますよ?」
「なんと、それは願ってもない賛辞です」「いやいや」
ソルスガが営業上の華やかな笑みで返すと、男はまたもちらほらと左に視線を流しながら返してくる。
五分の紹介も待たず口を開くところといい、せっかちな上に礼を欠く男だとソルスガは思う。早く取引を終えて、「品物」を持ち帰りたい本心が見え見えである。
(……そんなにこの奴隷の子にご執心なのか……?)
思わずソルスガも自身の左手下座に立たされている、黒髪のその子に目を向けてしまった。
情報が足りず、ソルスガは正直、この少女の詳しい出自までは知らない。
けれど見たところ希少種族でもなければ、ソルスガの前でこちらの言葉を理解している様子は見せない。少し話しかけてみても、不思議そうに首をかしげるだけだった。しかし身ぶり手ぶりを使えば簡単な指示は通じる。
……この大陸の外の人間とみるのが妥当ではあった。
(ならばなぜ、こんな裏取引に……?)
こんなどこにでもいるような子供、市場で探せば済むような品であろう。
それでも、年端もいかないこんな少女を、この男は確実に切羽詰まって欲しがっている。
連れ帰られた後、いったいなにをされるのか……、ソルスガは考えそうになって、臭いものに蓋をするように目をそらした。
印を押されてしまった以上、これは既に奴隷だ。領民でないものにまで情けを掛けはじめれば、キリがなくなってしまう。
代わりに、既におおかた解ってはいたものの、敵情を探るつもりでもう少し男に突っ込んでみる。
「……よろしければ、友好のしるしに親しく呼ばせて頂きたい。下のお名前もお聞かせいただけますか?」
「この席は、そのようなことはきかないのがマナーだと思っていたが」
不本意そうな返答。
(ほう……?)
その返事を聞けたソルスガは思わず、申し訳なさそうな顔を作るなかに混じった笑いを押し隠せなかった。幸い他人には苦笑と受け取れるような表情だ。
「そう、でございました、ね。失礼いたしました。私としたことが、つい……」
つい嬉しくなってしまったのだ。
へらへら笑うと、何を考えているのだとばかりに胡乱な表情で返される。
しかし、面白い。
少なくともこの客は、ソルスガと隣に座るこの五分が一枚岩だと思っている。そして素性を詳細までは告げないことが自分たちの共通認識として罷り通ると思っている。
つまりはこの取引がやはり客にとっても後ろ暗く、そしてこの慣習が常習的に、客や隣に座る彼らの間にも通底していたということだ。
だからこそのこの発言。隣に座る五分の顔色が、いよいよ悪くなるのを目の端にとらえて、ソルスガは気分が良かった。
これはもうやはり、推論的には完全な黒である。
(ならば後はこの子供が、具体的に何であるか掴めれば……)
しかし、客もそろそろ痺れを切らしたようだった。とんとんと人差し指でテーブルを叩いていた動きもピタリと止まり、客は今度こそソルスガを正視してくる。
「店主よ申し訳ないのだが、そろそろ本題に入っても良いだろうか。以前から約束していた通り、その奴隷の娘を買い取りたい。手前が仕える、さるお方のために必要なのだ。金ならほら、この通りある」
すっ、と脇から取り出されたのは、黒い木材に真鍮の取っ手がついた手提げの金庫だった。
「前回は急で用意しきれなかったが、今回は、この通り耳を揃えてきた……」
細い両目を熱のこもった視線で見開き、同時に開いた中身を見せてくる。全て金色に輝くエラコインだ。しかし――、
(うん?? ざっと見積もっても二百枚以上はあるな……??)
ソルスガは眉の間に浮かべかけた訝しさを、また客向けの笑顔で塗りつぶした。顔を上げる。
側近と目が合うまでの間に、イチヘイの表情も一瞬 目に留まった……――ソルスガ同様、盛り上がった眉間に皺を寄せ、何かに気づいたような怪訝な顔をしていた。
ただ、ソルスガはそれはあまり気に留めないまま人差し指一本をちょいちょいと動かした。近づいてくる雑用係……ではなくアナイに向かって言葉を発しながら、思った。
「――アナイ、数えて」「かしこまりました」
……枚数が多い。
子供の奴隷など、せいぜい四〇エラもあれば値が張る方だ。今ざっと目に入った様子でも、あの金額ならば労働力として需要の高い大人の男が恐らく二人は買えるはずである。
(なんなんだ? この子は。いったい何のためにこの値段なんだ? 何の価値がある???)
ふつふつと疑念が沸き上がるが客の口は堅そうだし、後で部下にこの男の後を尾けさせ裏の繋がりを調べさせるにしても、今は深入りしたくない。
この瞬間は無能なポンコツを装っている方が得策だ。代わりに少しでも情報は貰って帰ろうと思った。
顔の毛を全部剃ったら、絶対に真っ青……いやなんなら真っ白になっていそうな五分に、表面上は穏やかに優しく問いかける。
「……五分、この品物がいくらか、アナイに教えてやってくれるかい?」
すると、五分はそろそろソルスガの締め上げに気付いたのか、震える声で答えてくる。しかしその震えが恐怖によるものなのか怒りによるものなのか、ソルスガでも良くわからなかった。
「に、……」「……うん? 『に』?」
「――……ニ一七エラ、です」
虚ろな真顔から発せられるその値段は、いよいよソルスガの顔へ浮かぶ怪訝さを隠せなくさせた。
その時だった。
「……ソルスガさま、発言してもいいで、すか」
予想外のところから上がる、不馴れな丁寧語。
ソルスガだけではなく、(言葉がわからない子供以外)その場の全員が、ついその声の主を見た。軽く唇を引き結んだイチヘイが、ソルスガに顔を向けていた。
部屋の隅でまたもや彼を睨みだすアナイを制しながら、思わず素の笑顔を向けてしまう。
「いいよ。許そう」
「……その子供は、そこにいる客、いや、お客さま、のものに既になってるんではないんですか?」
(……。......どういう意図だ?)
わかりかねて、一瞬彼の鋭い目付きを見返してしまう。
ただその声が、先ほどソルスガに断りの言葉を述べたときより、よほど力強いことだけは確かなのだった。
おかげさまで本日、
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に本作が掲載中のため、急きょ、明日投稿予定だった次回の起死回生クライマックスシーンと併せて、二本立てで投稿します。応援頂いて本当に感謝です。
次話はこのあと22時10分過ぎに投稿予定です。よろしくお願いいたします。
一話はこちらから!
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