48.きみのためのいのち。① ~こころ~
ここまで詳細に語られることはなかった奔放で優しい狂人うさぎ フィーの、イチヘイへの秘密とイチヘイへの想いの回
読了目安 2~3分
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縞を片手に立ち尽くす自分に、眇目が話しかけてきた時の事を、フィーはぼんやり思い出している。
『……ほんとに、なの? おじさん』
『うんうん助けてあげるよー?』
……本当だろうか。何だかこの人は、顔も声もとても胡散臭い。
そうやって困って眇目から目を離した、あの瞬間。
――――……大事な『相棒』と目が合う。
いつもなら、少しだけ嬉しいフィーだ。
でもその時、ずっと隣で見てきた色より、わずかでも確実に鮮烈さを増した瞳のその『赤』に、彼女は気付いてしまった。フィーでなければきっと見逃していただろう。
そうして時を同じくして、フィーの首もとで『ぱきり』と、微かに鳴ったその音と振動。
「っ?!」
フィーは信じたくなかった。背筋の毛がぞわりと流れるように逆立つ。
目の前に立つ意地の悪いこの同族のことも、ハナトにあんな顔をさせて喜んでいた無礼千万な縞のことも、一瞬で忘れた。槍を握る指先を伸ばし、大事な『お守り』に触れてしまう。
石は大きいのと小さいのと、合わせて七つある。
『んぅえ…………』
うなじに近いところにある、左右の小さなニつにそれぞれ入った亀裂を、指先が感じとる。けれど触れるのと同時に、石どちらもはあとかたもなく霧散してしまった。
『~~~っ?!』
――――いけない。
直後、彼女の頭の中に最大級の警報が響きだす。走り抜ける戦慄に、今度こそぶわりと後ろ首の毛がぜんぶ逆立った。
そんなの嘘だ、いけない、イチヘイが危ない。これは、きっとこの人たちのせいだ。
――――ダメだよイチ、そんな、ダメ、破ってはダメ、進めてはダメ――――!!
『イチヘイから、離れろ!!』
だから戦った。
ハナトのため。イチヘイのため。
『フィー、いけるか?!』
『んん!!――――』
なによりイチヘイが自分にそうあれと望んでくれるのならば、フィーはそれに応えたかった。彼がいつの間にかハナトを受け入れてくれたことも、喜ぶフィーの心をさらに奮い立たせた。
それに彼女は、イチヘイを衛らなければならない。
昔お師匠さまとした『約束』は今も活きている。だからイチヘイに話すことはできない。
だけど、だから、余計に、彼を変えてしまうもの、苦しめるもの、脅かすもの、ぜんぶここに在ってはいけないのだ。
――――けれど、ダメだった。
(ころせ、なかった……)
敵と見なしたはずの男の首もと。突き出した穂先を眇目は已のところで避けた。致命傷にできなかった。もしかしたらフィー自身も、無意識に切っ先を逸らしていたのかもしれない。
そこから流れる血の赤さは、やはりもう以前のように、戦士として生きてきた彼女の命を奮い立たせてはくれなかった。
〈青頭禽〉や妖獣を殺すのとはなにかが明らかに違うことに、狂人として振る舞う彼女も気付かざるを得なかった。
トルタンダの夜が、月が。血が、悲鳴が、泣き声が、襲いかかってくる。
毎晩見ては魘されて、飛び起きては慟哭する、その悪夢の続きが突然、白日の下に転び出てきたようだった。
そうやって怯えて蹲り、もう何も出来なくなってしまったフィーを、眇目は地を這う虫でも捕えるかのように簡単に押さえ込んだ。
……そうして、今だ。
「……じゃー、―――――――、―――――――、一発で殺してあげるよ。
…………誰からいく?」
ずっと途切れ途切れにしか聞こえなかった眇目の言葉が、耳に入る。
フィーはそれでやっと顔を上げた。その言葉に、見てはいけない希望を見ていた。
「……ボクがいい」
だから気付いたら、寝起きに引きずる悪夢にいつも泣き叫ぶときの願いを、静かな呟きに込めていた。これで終わるなら、もう二度と目覚めないで済むなら、もうそうなりたい。
だってフィーは、自分を心配してくれるイチヘイに『助けて』だなんて、口が裂けても言うことは出来ないのだ。
だって、わかるのだ。言いに行ったら、今度こそフィーの心は、きっと何もかも終わってしまう。
……こんな気持ち、お師匠さまにだってわかってもらえないだろう。
だから代わりに彼女が言うことが出来るのは、この言葉一つだけ。
「――――イチヘイに殺してほしかった……」
イチヘイの顔が、えもいわれぬ表情に歪む。
傷付けて、しまっただろうか。
悲しませて、しまっただろうか。
でもフィーの救いは、今はただそこにしかないのだ。彼女が縋ってきた世界はいまや崩れかけ、残ったこの心一つでは、きっともう何処にも、たどり着けやしない。
本日のみ20時台・22時台の二本立て更新してます。
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