46.邂逅、変貌、変容⑪ ~嵌まる~
前回:まんまとイチヘイの策略に嵌まった敵の縞。
イチヘイたちのお師匠さまが、昔この家に設置して放置していた魔法トラップに嵌まり、猫にされてしまいました。
読了目安 5~8分
「オイ!! きいてんのか二ャ! くそが! ニャッ!」
……にしてもフィーに対してずいぶん可愛らしく威勢り散らしているようだ。用が済んだら後で一発蹴りを入れておこうとイチヘイは強く心に決める。
しかし、その張っていた気勢を保てたのも、どうやら玄関に引き出されるまでだった。
縞と眇目はお互いの無様な姿を目にすると、傍目にも一瞬で分かる程度には意気消沈する。
「す、眇目サン……? 済まねェ……こんなナリになっちまって……ニャー」
「……え? まさか縞……? ……何で『ニャー』……?」
下がる耳、垂れる尻尾。見開かれる目。
縞の尾を眇目が踏んだ時といい、どういう間柄かは知らないが、やはり基本的にはお互いを気にかけあう程度の関係性はあるようだ。
(まあ、これなら絶対『効く』だろ……)
互いが互いの現状を充分に理解する間を与えたあと、イチヘイは演技がましく意地の悪い笑みと共に口を開いた。フィーにも予定通り合わせるよう目配せする。
「この縞? ってヤツ。
罠にハメさせてもらった。今は〈刷毛尾猫〉の能力以上のことは何もできない、しゃべるフワフワ猫ちゃんだ。
……コイツ殺されたくなかったらおとなしくしてもらおうか?」
およそ卑怯なセリフではあるが、相手に致命傷ではない傷を負わせて楽しもうとするような輩に対して、むしろこれは優しい方だ。
「あのねぇ、ボク、このおじさんには怒ってるよ! 花登ちゃんの事、恐がらせてたのよぅ!?」
するとフィーも、もう片手で持つ自分の短槍を、網からはみ出る縞の頭部に突きつける。何か嫌なことを言われたのか、演技など抜きにしても彼の相棒もやはり相当不愉快そうな表情をしていた。
そしてイチヘイの、眇目に対する予想も当たる。数秒、長考するような間が空いたあと、彼は苦渋を飲むような表情で瞼を細めだす。
「……僕はなにすればいいのかな? 刺青のお兄さんに同輩のお嬢ちゃん」
「ならまずはその武器を捨ててもらおうか」
縞を捕まえきるまで、不安定なフィーの動きは読めないところはあったが、どうやらそれも上手くいったようだ。イチヘイは安堵していた。
こちらの突きつけた要求を呑んで、眇目はガロン、と分厚い櫛刃の剣を足下に転がす。
「よし、あとはそのまま両腕を頭の後ろに組んで、そうだ、そのままこっちまで来い」
他の武器はあるか? 調べさせてもらうぞ。
イチヘイがそう、続けて口を開こうとしたときだった。そこへ急に思い出したかのように、縞が横から口を挟んでくる。
「なんか、随分余裕こいてるねーお兄さん?」
そこに眇目が話しかけてくる。
相変わらず面倒臭い。
「ま、それもこれも、全部そこのボクの同輩のおかげみたいだけど……。お嬢ちゃん、お名前は?」
「んええ、フィーゼィリタスだよぅ……?」
「フィー、構わないでいい」
途端、眇目の瞳によどんでどす黒い微笑みが浮かぶ。
「そーかあ、ふふふ、さっきから思ってたけどさ、フィーちゃんは、おはなしの仕方がとっても子供っぽいよねー? 頭大丈夫かな? この男に犬みたいに付き従っちゃってさ、きっと考える頭もないんでしょうー?
……やー、でも、君みたいな忠実な雌はね、ご主人さまから引き剥がしていじめると良く鳴いて、特にいたぶり甲斐が――」
もちろん何を言われているのか理解できるゆえに、刹那、フィーが薄らい不快感を帯びながら反応に困ったような顔をして固まる。
……しかしてそれ以上にその発言は、彼女の無二の相棒の琴線に触れていた。
思った以上に、許せなかったのだ。
「……おい、それ以上うちの相棒を愚弄してみろ、このまま貫くぞ」
気付いたら低い声で牽制に出ていた。
何も知らないくせにいい度胸だ。突きつけた切っ先に容赦なく圧をかけだす。眇目の喉仏の脇の白い毛に、薄く血が滲みはじめた。
「っ、」
見開いて相手の顔を覗き込む昏い赤色の双眸は、それでも切り裂くように鋭く、さすがの眇目も、それ以上何かほざく気は失せたらしかった。
しかしそこへ今度は縞が、思い出したように余計な口を開きだす。
「――ハッ! そ、そうだ眇目サン! やっぱりココ、『当たり』だった! この家、あのガキがいる!」
『あのガキ』。
喉元にかける圧と同程度の威圧をいまだ眇目に向けながらも、イチヘイは縞の言葉を耳だけで拾う。この家にいる子供といえば、彼らが探しているという子供……花登だけである。軽く舌打ちした。
(……見つかった、か)
ならばいよいよ言い逃れはできない。イチヘイとて彼女をここに置くことになった経緯は不本意だが、今さら奪われるわけにもいかない。
それに病んだ相棒の誇りを貶めようとしたことが、まだ胸のどこかをざわつかせる。それはイチヘイにこそ自覚はなくとも、相棒を貶す言葉であると同時に、彼自身の過ちと後悔に塩を塗り込むような発言であったからだった。
けれどそこで縞の言葉を聞いた眇目は、また性懲りもなく口を開きだす。
「――お、確定、縞? ……ねーお兄さん、嘘はダメでしょ」
「……黙ってろ。俺は冗談で「殺す」とは言わねえぞ」
しかし、直後だった。
制止しても話すのをやめない眇目の意識が不自然に真上を向くのを、イチヘイはその耳の動きで捉える。同時にフィーも何かに気付き鋭く叫んだが、
「――ん? ……ああ、やっときた。ならもう僕が縞を気にかけて赦されるのも、ココまでだ」
「――――っ?! イチヘイ!」
間に合わなかった。
二階の屋根の上から突如降って来る者たちに、気付けばイチヘイは取り囲まれている。
左右から喉元に突きつけられる、それぞれに形の異なる剣の切っ先。
ちらりと視線を流せば、一人は龍凛族と呼ばれる、身体中を鱗に覆われる蜥蜴か竜のような見た目の獣人。
もう一人、右側に立つのは五十代程度に見える、禿頭で恰幅のいい、顔のシワも目立つ壮年の人族の男だった。
カナイナから聞き取っていた人数と種族の内訳の中にも一致する。
「はい、紹介するね、ウチの増援だよ。
これで形勢逆転だねー、刺青のお兄さん。……武器、こっちに渡してもらおうかな?」
左右にある切っ先をチラと見る。
フィーが、『縞はいいのかな?』とでもいいたげな顔できょどきょどと全員の顔を見回すが、同時にイチヘイを人質にとられたせいで動けなくなっていた。
……ハメられた。
思わず眇目を睨む。悦に入った顔で微笑み返された。
「ふふふ、刺青のお兄さん、このお嬢ちゃんがよっぽど大事なのかなー? 分かりやすい位に僕の挑発、乗ってくれてありがとうー。もう、やりやすいったら……」
クスクスと嘲りながら話しかけてくる。
声の質とあいまって、心底不愉快な笑い方だ。
鋭い視線で相手を刺しながら、それでも渋々 愛刀は手放した。
垂直に落ちた切っ先が、荒れ果てた花壇の草むらにとすりと刺さる。
それを見た眇目は、満足げに嗤いながらすかさずその刀引き抜いて柄を握りしめる。それから左右に立つ二人に声をかけはじめた。
「きみたち遅かったねー。何かあった?」
すると二人は多少の焦りが滲むような早口でそれぞれに報告を始める。
「そ、それが、かしらめさんが呼んだお客二、急二若旦那サマが着いてきててナ……」「そうさ、あと三十分もしねえうちに連れ立ってここへ来るってんだよスガメの旦那」
「……それ本当?」
どうやら向こうには不測の事態のような口ぶりだが、良く状況を飲み込めない。イチヘイは改めて口を開いた。
「……おい、うちの相棒が持ってるあんたの『猫』は? いいのか?」
今のところ彼らにはノーマークのフィーが手にする、『カード』を改めて提示してみる。
……しかしなぜか、眇目がそれで表情を崩すことはもうなかった。それでも何か思うところがあるのか、あるいは本当に急に面倒になっただけなのか、言い渋るような間をおきながら眇目は淡々と返す。
「……なんのことかな? …………縞はねー、残念ながらしくじったの。弱いヤツは"群れ"には要らない。もう彼は無価値だよ」
「は……?」
イチヘイは耳を疑った。
いつの間にかその交渉材料は、理由の読めない理屈と共に効力を失っていた。
そこで『ニャア……』と逆さ吊りのまま控えめに鳴いた縞の声と表情はどんな感情によるものだったのか、イチヘイには推し量れない。
「……んじゃ、そういうわけでもう子供以外は全員サクッと殺っちゃってくれるかな? 鱗、爺」
「……いいんですかナ眇目さん?」
問いかけたのは見た目もその通りの姿をした、恐らくは『鱗』、だ。
「良いんじゃない? コイツら、お客さまにお売りする予定の『金のたまご』を横取りしようとしてた盗っ人だからね。ついでに口も封じちゃえ。
……ああ、それにほら、そこにいるの見えるでしょう…――…僕らのたまごちゃん」
恐らくは足音を察されたのだろう。イチヘイはハッとして、眇目の指差しに反応する彼らと同じ方向に首を向けた。
案の定フィーの背後、破られた扉の物陰にカナイナと――――更にはいつの間にかぱっちりと目を開けてそこに立つ花登の姿を目視してしまう。
目が覚めたのか。
「馬鹿引っ込んでろ!」
罵声を浴びせるその瞬間、イチヘイの中には、花登が目覚めたことに対して沸き上がる喜びが確かにあった。
(――マズい……)
しかし今はそんなものも搔き消えるほど、イチヘイの背筋には冷たいものが走っている。それは叫んだ瞬間、さらに逼迫してひやりと喉に触れた、敵の切っ先のためではない。
不味い。色んな意味で本当に不味い。
思考する彼の顔に、エナタルの森をわたる風がそよと触れていく。
やはり花登は、この男たちに狙われている。
しかし花登が本当に奪われてしまえば、まず真っ先にそれは、相棒と交わした聖宣の不履行に通じる可能性が高い。フィーが死んでしまうかもしれない。
そのうえ今、かしげた首で覗き込んで、陰にこもるようなあの微笑みで見つめる眇目に、花登が気付いたこの瞬間。
(……何をされたら、こんなに怯えるんだ――?)
なんとなれば、イチヘイは目にしてしまった。
薄茶の毛並みをしたこの眇目を視界に捉えた、その直後。
ここからでも見てとれる彼女の表情の凍りつきようは、筆舌に尽くしがたかった。
一話はこちらから!
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