45.邂逅、変貌、変容⑩ ~予定外、予定内~
なんでこうなってる?:敵の眇目と交戦中のイチヘイ。眇目の持つ剣は、相手の剣をへし折ったり曲げたりする、特殊形状の剣でした。一方彼も、相棒と協力して襲撃への対応策を進めており……。
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―~*✣*✣*~―
十年使ってきた剣は、使い物にならなくなった。
「………。」
思い入れは、恐らくは無いわけではないのだろう。だが所詮は少し切れ味が鋭いだけの、ただの剣だ。
イチヘイはくの字に折れ曲がった剣に一瞥くれると、特に感慨もなく黙って脇に放り捨てた。代わりに後ろ腰の鞘から短刀を引き抜く。この家を背にする眇目が、いまだにこちらの突入を阻み続けようとする様を彼は目に納める。
この刀を使うならば、いよいよ戦い方を変えることになる。
「――――なんだー、つれないね。
もう少し愛剣との別れを悲しむかと思ったのに」
一方では少し離れたところで、眇目が気持ちの悪いことをいいながら微笑んでいる。いい性格をしているなとイチヘイは眉を潜めた。
こんな人でなし、さっさと行動不能にさせて終わらせようと彼は左手だけで刀身を斜めに構える。
――――が、その時だった。開け放たれた玄関の廊下を走り抜ける影が、イチヘイの瞳に映る。一瞬だけ目が合った。
足音を消しているのか、入り口を背にする眇目は気付いていないようだった。
……フィーだ。
『――――ギニャ~~~~?!』
直後上がる叫びは特徴的なダミ声。どう聞いても玄関を破って侵入していった縞のモノである。
意外だったのは、血も涙も無さそうなこの耳長族がそこで明らかに表情を変えたことだった。長い両耳が一瞬でぐるりと後ろを向き、表情が強ばる。
「縞に何、を?」「――――おっと行かせないからな」
先ほどとは逆の立場。
チラと背後を気にする片目だけの瞳。直後、背後に足を向けて駆け出そうとするその刹那を見逃さず、イチヘイは眇目の死角に回り込む。
気付いた眇目がぶんまわしてくる櫛刃の剣。
こちらの二本目の得物も折る気満々なのか、またしても峰打ちの形で刃を振り上げてくる。
だが残念。イチヘイは跳躍し、その刃を掠めるように刹那、その刃の上に爪先をのせた。
――――「〈薙脚〉!」
そうして呟いたのは戦闘向きに極限まで短縮した魔法の詠唱だった。使えば獣人とも張り合える〈祝福〉の能力に重ねがけするその魔法は、イチヘイの脚力を更に強化する。
緑青色の光が、閃いた。
直後響く『ドンッ!』という鈍い音は、彼の飛び膝が眇目の胸にめり込んだ音だった。
「ぐっ……!」
とうめく眇目の声と共に、イチヘイはみしりと軋む骨の振動を感じる。肋を二、三本やれたかもしれない。
そのまま眇目の身体は、家の外壁下の茂みに向けて吹っ飛んでいった。感心したのは、それでも眇目が武器を手放さなかったことだ。
ゲホッ、ゲホッと咳き込んで丸まる眇目まで、イチヘイはまた一瞬で距離を詰める。
「……まだやるか? 俺は別に、アンタの死体を森に埋めることになっても全く構わないんだが。……武器が短くなった分身軽だぞ俺は」
「……身軽??」
するとオエッ、と胃液混じりの唾を土に吐き捨てながら、冷笑と共に眇目がその言葉尻を拾ってくる。それでもまだふらふらと立ち上がろうとするので、刀の切っ先を喉元に押し付けるとさすがに動きを止めた。
「お兄ッさん、祝福持ちじゃなかったの? 今の、何で、ゲホッ…魔法まで……」
「さあな?」
確かに、祝福持ちは魔法を使えないのが通例だとされているらしい。
だが、イチヘイには何故かできた。それも自分の肉体に直がけして、祝福の力を更に強化するような魔法限定で。
しかしその能力に気付き、傭兵として働きだすまではその力すら身内には当たり前のように扱われていたため、理由などイチヘイにも良くわからない。師匠に至ってはどうやら愛弟子が魔法も使えると判った瞬間からは、嬉々として魔法使いとしての基礎訓練までさせてくれたのだ。
イチヘイは仕方なく、以前この家に里帰りした際、師匠へその事を報告したら返された言葉をそのまま引用した。
「――――あ゛? 何でも例外はあるだろ」
「例外、で済む話じゃないハズなんだけど……」
理解できない化け物を見るような目で見つめられるが、所詮は殺しても構わないような敵の戯れ言だ。
しかし、ここまでして未だに瞳に士気を失っていない様子の眇目が、イチヘイはそろそろ面倒になってきた。本人に伝えた通り本当に殺しても良かったが、今のところ相手の素性がハッキリしない。
こういう奴らはできれば戦意だけキレイにへし折って拘束、その後に話だけ聞いて対応を決めた方が、後々面倒な事にならずに済む。
(仕方ないな……)
イチヘイはため息を吐くと、コイツらがここに踏み込んで来てからずっと、こうなるように仕組んできた結果をここに呼び寄せることにした。
「……なあフィー?! そっちも上手く行ったよな! ソイツ連れてこっち来てくれ」
家の中に向かって声を張り上げる。すると中から語調も強く聞こえていたフィーの話し声がピタリと止んだ。
(……あ゛? 何か怒っているようにも聞こえたな?)
「あいあい!」「――あ? オイ! はなせクソダラぁ゛! どこ連れてく気だ!!」
しかしイチヘイが首をひねる間に、呼ばれた相棒は威勢のいい返事と共に『ソレ』を持って現れる。直後片腕で、もぞもぞ動く古い猟網の塊を前に付き出してくる。
「つかまえたよぅ! エヘヘほめてー」「えらいぞ」
薄く笑んで慰労の言葉を投げると、フィーもまた少し嬉しそうに笑った。しかしその下からは、声質も話す中身も汚い何かがもぞもぞと暴れながら声を上げてくる。
「――おい! くそアマが! きいてんのか今すぐ放しやがれでねェとぶち犯すぞ! ニャー! 盗っ人猛々しいんだよニャー!!」
そのぐちゃぐちゃした網の中には、瓶洗いブラシのような尻尾をはみ出させた、しゃべる〈刷毛尾猫〉が拘束されていた。声からしてもあからさまに元は縞だったモノだ。
これは、師匠が作り出した魔法……というよりは、イチヘイからしてみれば質の悪い呪いの類いだった。
この家には元来、侵入者に対するえげつない防御魔法・攻撃魔法がいくつも仕込まれているらしい。
が、大きい魔力も、複雑な知識も、使用のための権限も何一つ持たない弟子二人には、あっても使えはしない長物である。
……が、そんな中でも一つだけ、敵に対しても有効に発動する魔法がこれだったのだ。
これはかつて、いくら教えても部屋への入室の仕方を覚えなかった不躾な弟子の少年に対してとられた、『強行策』である。
『猫になる』、と言えば聞こえは良いが、実際に変化させられれば視線は低くなり、常に全ての相手から見下ろされることになる。
四足でしか歩けず、もちろん食事にも手は使えない。それは思いの外じわじわと、精神を惨めたらしく蝕ばむ。
腹いせに小さな爪と牙を使えば多少は暴れることもできるが、結局のところ元に戻してもらう為には反省を述べてお願いするしかない。おまけに語尾がコレだ。
人の尊厳をバカにしている。もう二度引っ掛かりたくない。
一話はこちらから
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