44.邂逅、変貌、変容⑨ ~呪いだニャ~
前回:扉をぶち破って家の中に侵入してきた敵の縞に、戦闘員ではない花登とニカナグではなす術もありません。
しかし、この部屋に一歩踏みいった矢先、謎の魔法が発動。縞は森猫になりました。二人ともびっくりです。
読了目安:3~5分
そこで自らの身体の異変にやっと気付いた彼も、四ツ足で回って自分の体をぐるぐると見回しはじめる。
「はぁ?! オイ、なんだよこれは!? ニ゛ャーー!?」
叫ぶと、瓶を洗うブラシのような太い尻尾がうねった。土気色と白が混ざり合う、その太くて長い尾には首から背筋をつたって黒い縦縞が一本通っている。
顔回りの毛は鼻先から後ろへと、髭と共に流れるように鬣となり、後頭部へ伸びる。模様は太く大きい、歪んだ楕円の集合体だ。
「ね、猫似の獣人がホントの猫男に……」
「は?
おい、ふざけんなよアバズレ女!? 戻せ!! ニャー!!」
ハナトに吊られたニカナグの呟きを拾ったのか、当の『猫男』は、強い剣幕でニカナグをにらみ上げてきた。
ずいぶん乱暴な言葉だ。しかし正直ハナトでも抱え切れるぐらいには小柄な体格で脅されても、あまり脅威は感じない。それになにやら口調も変だ。
「おい、何とか言えクソが! ニャー!!」
と、そこで向こうも自身の口調の異変に気付いたのか、はたと黙って口元を押さえる。
「はぁ?! ……おい、オイラに何をしやがった、にゃ! んお!?」
「にゃ……」
ハナトがまた、呆気にとられたようにその言葉尻を拾う。声はそのまま年相応の男の声であるため、確かになかなか奇妙な光景ではあった。
ただ一方では魔法のかかる瞬間を見ていて、ニカナグも気付いたことがある。
この魔法はどうやら魔法と呪いを融合させた、独特の術式のように見受けられた。おそらくあの二人の師は、このどちらともつかない独特な術に特化した強力な使い手のようだ。
この魔法にも強い精神汚染が混ざっていて、おそらくはどうしても、語尾で『ニャー』と鳴かないと済まないように設定されている。術者側の強い思念を混ぜ、他人の身体と心を内側から侵襲したのだ。
そうしてこれは、本来ならば確実に『呪い』の得意分野だった。魔力だけを使う魔法とは根本的に系統が違う。
ゆえにニカナグの故郷でも外法とされ、興味はあれどついに学ぶ機会を得ることはなかった。
だから呪いだけは、いくら視ることができても分野違いのニカナグには手をこまねくことしかできない。……この幼いハナトの喉にまとわりつく呪いも、正にそうだ。
「――――あっ!? ……おい、お前っ……? にゃ!」
と、その時、猫男がでかい声で、壁の脇から顔を覗かせていたハナトに向かって叫びはじめた。
ニカナグはそれに、一瞬で思考するだけの意識を削がれる。視線を戻せば、猫男は一歩、二歩とゆっくり衣服の山から抜け出しながら、凶悪な笑みで小さい歯牙を剥き出していた。
「――おいチビぃ、やっぱりここにいたなァ?! 探したんだぞ?! ニャー!」
その言葉に、ニカナグは思わず首をかしげながらハナトを見下ろす。
「……し、知り合いかい? こんな粗暴なのと」「んん……?」
良く分からず問う。しかしハナトも一瞬、不思議そうな顔でニカナグを見つめ返してきた。すると向こうは更に、人を食ったような口調で嗤いはじめる。
「……イヘヘ、そうだったなァ、言っても言葉なんて通じねぇんだもんニャ!! ……や、そもそもオイラだって気付いちゃねえのか? 向こうじゃほとんど会わなかったもんニャァ?! イヘヘヘッ!」
何がそんなに面白いのか。戸惑いながらもニカナグは、どうやら猫男に顔を知られているらしいハナトにもう一度目を落とす。
「………っ…」
「イヘヘッ、わざわざお迎えに来てやったんだからよォ、後で土に頭ァ擦り付けて感謝させてやるにゃ! 今ほかの奴らもお前を探しに来てンだ、――……次逃げたら今度こそぶち殺すからニャァ?!」
絶妙に怖くない。
おそらくまだ、自分がおかれた状況をよく分かっていないのか、円くて可愛い四本足で威張り散らす猫男。しかしそのダミ声が、特徴的な嗤い声を上げた瞬間から、ハナトの表情は確かに何かに気付いたようにみるみる曇りはじめた。
「ん? ハナト、く……?」
――ただこの瞬間に、それ以上の言葉をかける隙は存在しなかった。そこで開いたドアの向こうから、疾風のように室内に乱入してくるものがあったからだ。
「――――お師匠さまっ! お部屋に入っていいですかっ……!?!?」
良く通る高い声が響く。
やはりなぜかこの場にいない人物への入室の許可を符丁のように叫びながら、部屋に飛び込んできたのはフィーだった。
その手には目の細かい大きめの網を抱えている。おそらくは動物用の猟網だ。
一瞬ニカナグとチラリと目が合ったかと思うと、次の瞬間にはそれを両手で思い切り広げている。そうして驚いて振り向くも、完璧に油断していた猫男の背中にそれを覆い被せた。本当に信じられないほどには手際が良かった。
『――――ギニャ~~~~っ?!』
……結果、猫男は猟網とフィーの手によって、目にも止まらぬ速さでグルグルのガチガチに簀巻きにされる。しかし、問題なのは――ニカナグが呆気にとられたのは、ここからだった。
「……ねえ、おじさん、縞さんって言うんだね? もしかして縞さんは、ハナトちゃんとは知り合いなのかな?」
「は? ソレがどうしたってんだよ! ニャ! この奴隷のガキはオイラたちのモンだぞ! 知ってんだこの泥棒耳長! ニ゛ャ!」
彼女の手に逆さ吊りにされ、威張り散らす簀巻きの森猫、〈刷毛尾猫〉……にされた縞尾族の男。彼が話す内容もだいぶ気にはなる。
だがフィーの口調がさっきまでと明らかに違うことのほうが、今のニカナグには目についていた。こちらが歩み寄らねば話も通じなかった先程までの狂人の面影は消え失せ、
「泥棒……? まあ、確かにそうかもね。でも今おじさん、ボクの大事なハナトちゃんのこと、怖がらせようとしてたよね……?」
「にゃ? 認めんならキサマには関係ねェだろが、気持ち悪いニャ、逝ね!」
「うるさい関係ある、答えろ。――したよね??」
丁丁発止に成り立つ会話。
……正直、見ている側はどうにも締まらない会話だが、対するフィーだけは、怒りにかぶわりとその後ろ首の毛を逆立てている。くるりと円い翠の瞳と麻呂眉は、極めて不快そうに細まっていた。
「ボクの花登ちゃんを怖がらせて、許さないのよっ!!」
「フィー、くん……?」
あんなに楽しそうにニコニコと笑んでいた狂人フィーの背中が、どうやら花登一人のために怒気を孕んでいる――――気付いたニカナグも、そして脇で同じくそれを目にしていたハナト本人も思わず息を呑み、しばらくその姿に釘付けになってしまっていた。
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