表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

狂人うさぎは幼女をうちの子にしたい③

読了目安→4~6分



 ―~*✣*✣*~―



 木々の隙からひかりが射し込む、古い木造の家だった。


 キッチンに面する大きい窓と庭との間には、古ぼけてやや朽ちはじめている木製のバルコニーがある。

 一方で、その向こうに広がる広い畑と裏庭はよく手入れがされ、菜園には薬草と、とりどりの野菜の緑が鮮やかに列をなしていた。


 そして庭の隅の囲いには〈青頭禽(カズィルー)〉と呼ばれる家禽(かきん)が十数羽ほど放し飼いにされている。青く円筒形をした山高帽(やまたかぼう)のようなトサカと、トサカと同じ色の鮮やかな羽根を頭部に被る、食用の鳥である。時折『ケッケギョーギョル-!』と一羽が鳴くと、全員が一斉に同じ鳴き声をあげ、にわかに庭が騒がしくなる。


 あの忌まわしい雪の果てからは気候すら切り替わるほどに遠く西に離れたエナタル山脈の麓、とある民家の庭先の光景だった。


 しかしそんな森の(ふち)に建つこの魔法使いの家の中、鋭い横顔をうつむかせるイチヘイは、いつの間にかまた相棒と自分のことについて考えている。


 イチヘイはこの家の家主に拾われ、九歳のころからフィーと共に五年と少しこの家で育った。十五の頃からは、じぶんから望んで傭兵という職で飯を食ってきた。


 一緒にそだった相棒のフィーもまた、イチヘイを追いかけるように後ろをついてきて、ずっと同じ仕事をしてきた。


『ボクは戦うのは好きだから。イチの背中を守れるのは、光栄だと思ってるよ』


 思い返しても確かに当時のフィーはそう言って笑っていたし、イチヘイもそれを止めなかった。


 特に、エナタルの山中に集落を作る耳長族たちは、『耳長族』という種族のくくりのなかでも際立った戦闘部族であり、その末裔であるフィーもまた、戦士としては格別に強かったのである。


 隣にいてくれるならば大変に心強かった。


 だからいつでも犬みたいに後ろをついてくる穏やかで勇敢なこの獣人を、彼は実の家族など比べものにならぬほどには信頼し、長らく自身の命と背中を預けてきた。


 金をもらっては共に人やモノを護衛し、時に襲ってくる盗賊どもと武器を交える。そんな仕事をずっとしてきた。


 戦いの果てにそいつらを殺してしまうことだって何度かあった。あの頃のフィーは『それはエナタルの戦士として、生き残れたボクにとっては(ほまれ)だから』と前向きで、殺してしまった相手に対しても常に敬意を払っていた。


 そのうち二人が腕前にも覚えをもつようになると、依頼を探さなくても名指しで仕事をしてくれないかと頼まれるようになった。大きな隊商の護衛でも稼ぐようになった。

 そうした生活の中で、戦場は金になる、と誰かから聞いた。


 ――――…………その、流れ着いた結果が、あの雪の果て。


 トルタンダの雪山で二人が関わってしまった、原住民族に対する殲滅(せんめつ)作戦だった。


 普通の戦争では、主戦場には兵士ばかりが集う。最低限でも戦う意思と、殺し、殺される覚悟を持ったものたち。


 けれどあの場所は違った。

 少なくとも二人が紛れ込んだそこには、戦士も兵士もいなかった。敵など、もしかしたら初めからいなかったのかもしれない。


 そこから、フィーの様子が明らかにおかしい。


 そしてイチヘイも、彼らの命を奪って何とも思えなかった自身の中身について、今は後悔と疑念を(いだ)きつづけている。


 もし自分が『こう』でなければ。

大切な相棒に、取るに足らない言葉しかかけてやれなかったこの結末を、別のものにできていたかもしれない、と悔いているのだ。


 相棒は()()なった。


 しかし自分はならなかった。


 それが何故だったのか、気付くと考えてしまう。


 確かにイチヘイには人として何かが欠けている。彼自身にも、そんな自覚はずっとあった。今感じる後悔すらやはり、殺してしまったトルタンダの人々の命を想って悔いるものではないことも、その最たる証になってしまう。


 けれどその『欠け』が、まさかこんな形でフィーへと牙を剥く日がくるとは彼は思わなかった。だから余計に考えてしまう。もし自身が()()でなければ、この結末は変わっていたのではないか、と。


 あの日、フィーと交わした会話も全部思い出すイチヘイだ。だが、


「――――……だめだ……」


彼は額を押さえた。そもそも、どう後ろを振り返ったとて、起きたことはもう何一つ変えられはしないのを、彼だって理解はしているのだ。


 それにどんなに後悔しても、身内(フィー)以外の命と心をどうとも思えない鉛のような感性も、やはり彼自身にはどう動かすこともできない。


 ――――カタガタカタッ!

 

 その時、鍋の蓋が鳴った。グラグラと音を立てはじめた目の前の鍋と吹き出す蒸気に、イチヘイはフッと意識を引き戻される。


 中身が噴き上がりだす前に素早く蓋をあけた。湯気の立つ小鍋からは煮え上がった〈青頭禽(カズィルー)〉の骨付き肉と、野菜と香草の良い香りが立ちのぼってくる。


(結局いまの俺には、アイツに旨い飯を食わせてやるくらいしか、できることは無いんだろうな……)


 後ろ向きな思考であることは彼だって承知の上ではある。


 それでも、玉杓子(たまじゃくし)ですくって味を見る。肉の脂に素材の旨味が混じりあい、作った本人でも思わず笑ってしまう程度には美味しかった。そろそろ火も止めた方が良いかもしれない。


「おいフィー、飯できたぞ、お前の好物の……」


 顔を上げて振り向いた。

 低いのに凛と響く、それでいて少し喉にかかるような深い声だった。


 それからふと気付くのだ。フィーがいないということに。


 薄闇を血に染めたような、暗く鮮烈な双眸(そうぼう)が辺りを探る。


 イチヘイの立つ調理台の後ろには、大きな楕円のダイニングテーブルと三ツ脚の椅子が四脚。その向こう側の壁ぎわには、ひとりがけのソファが三つ、ローテーブルを囲んでおかれていた。


 この家にいる時は、小さな頃から自然とこの部屋に集まってみんなで団らんしていた。久しぶりに帰ってきても、それは変わっていなかった。


 ついさっきまでフィーも確かにそのソファで、壁際に置かれた背の高い棚から、装丁の崩れた古い物語の本を引っ張りだして読んでいたと思ったのだ。


「----あ゛? おいフィー?」


 彼の声は普通に話していてもそれなりに通る。張り上げれば、こんな古い木造の家ならばどこにでも届くだろう。この家には二階もある。確かに広い家だが、そんな大きな屋敷のように広さがあるわけでもない。


 だが返事が、ない。


 姿もない。


 四角いつり目の精悍(せいかん)な顔立ちが、その目付きの悪さには似合わぬ戸惑いの色にわずかに揺れた。


「なあフィーゼィリタスどこいった……!? ……あー、くそ!」


 困った顔をして首を(かし)げる彼。

 耳の上の髪に、筋張った指先を(うず)めてグリグリと混ぜる。まるで(からす)の羽のように青みがかった黒い短髪である。


 その動きに合わせ左耳でだけ、赤い房飾りのついた魔除けのピアスが揺れた。


 とりあえず、魔石具から鍋におくっていた熱を忘れないうちに切る。


(どこまで遊びにいったんだ……?)


 部屋から廊下に出ると、突き当たりにある窓からは森の緑の色をした光がそっと差し込んでくる。ひやりと涼しく、やわらかに薄暗い、狭い廊下だった。


 板張りの通路を挟んで向かい側には、この家の主である魔法使いの──彼が『お師匠』と呼ぶ人物の──研究室と寝室をかねた部屋がある。イチヘイは、そこに()()()()()()()魔法のことなどすっかり忘れ、ドアノブに手をかけてしまった。


 ……とたん、深みがあり優しく中性的な声に、


『イチヘイ、ノックをおし』


と、耳元でその行いを(たしな)められる。


「っ!?」


 ほんのわずか驚いて固まった。


 しかしこの声の主は――――イチヘイを拾い育ててくれたお師匠は――――二人が久しぶりに帰ってきたその日から、既にこの家に姿が見えなかった。


 もともと放蕩癖のある師ではあったからあまり気にしてはいないが、それから半月程たってもまだ一度も姿を見かけていない。


 ゆえにここに居るはずもなかったし、実際振り返ってみたところで背後には何の気配もなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 これってやっぱり奴隷の略取誘拐ですよね……。  それとも逃亡を許した時点で本来の所有者の権利は失効している?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ