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37.邂逅、変貌、変容② ~鞘突き~

 イチヘイはしっぽを(なび)かせて走り出すフィーの背を見送りながら、自身がとるべき最良の行動を考えた。

カナイナを追いかけている相手側の目的などは全て不明だ。しかし、


「……まあ、まずはあの獣人先生を拾いにいってやるか……」


 そうポツリと呟いた。

 ……『剣を売る』。『傭兵の職からは身を引く』。

 相棒のために色んなことを考えたが、そもそもイチヘイ自身は、戦うこと自体はなにも嫌いではない。


 同時に解放される、イチヘイの〈祝福〉。


 強く地面を蹴り込むと広い畑の(うね)を踏み渡り、家の軒先(のきさき)から一気に五十メートルほどの距離を彼は駆け抜けた。


「おいカナイナ先生!」


 あっという間に裏庭の垣根のすぐそばで、あわてふためくカナイナの目前に到達する。


「特に怪我はないな? 行くぞ!」「――い、イチヘイくん……!」


やってきた助けにカナイナの表情には瞬時、安堵が滲む。しかし次の刹那には、


「――――うんっ? ひ、え!? イチヘイくん?!」


それは焦ったような声色に変わっていた。近づいたイチヘイが、特に予告もなく旅荷ごと彼女の胴をひょいと肩の上に担ぎ上げたからだ。


 そのまま家の扉を目指して引き返しだす。畑に分け入り、背の高い豆の(つる)がうねる蔓棚(つるだな)の横を(はし)り抜ける。何が不満なのか、干された布団のように肩にぶら下がるカナイナからは、


「うわあああ! ふぃ、フィーくんにはあんなに優しいのにきみは、鏡写しのあの子より人の扱いが雑だね――……!!」

そんな自覚はないのに、何か失礼なことを言われている。

「あ゛?! なんか言ったか降りるか先生?!」


 ひえっ、あっ、ありがとうございます助けていただいてっ! と、慌てた様子で返すカナイナ。その声を雑に聴き流しながら、イチヘイはわずかに後ろを振り返った。


 後ろから二人、追ってくる。縞尾族と耳長族の男のようだ。


 その身体能力で、肩の高さまである庭の石垣も軽々と飛び越える。良識のある人間なら多少は侵入を躊躇(ちゅうちょ)する他人(ひと)の敷地にも、平気な顔で踏み込んで来る。

 しかし予想外のイチヘイの登場とその脚の速さには、やや目を剥いているようだった。


(武人か、コイツら? 動きが手慣れてるな……)


「――――なあ、カナイナ先生、なんなんだアイツら!」


 訊いてみたが、返ってきた答えは質問しないのと大差ない内容だった。


「わ、わからない! 目があったら追いかけて来たんだ!」


(――――てことは賊か、でなければ人攫いか??) 


 しかしここで考えても結論は出ない。そのまま相手の人数が総勢六人であることを聞き取りながら、家のすぐ脇の細い通路を走り抜ける。


「――――イチヘイ!!」


 そうして前庭に出たタイミングで、フィーもドアの隙間から顔を覗かせて叫んだ。


 イチヘイは家の角を、円形軌道を(えが)きながら曲がりきる。フィーとの距離もそのまま数歩で詰め、相棒の元へと駆けた。正門から続く細い石畳から玄関ホールへ飛び込み、伸ばされたフィーの片腕から渡された自分の得物を二振りとも受けとる。ついで引き換えるようにカナイナをぽいと降ろして、手早くフィーに引き渡した。


「フィー、カナイナ先生まかせた! 頼んだこと、できるな?」


 時間がない。問いながら、鞘ごと短刀だけを後ろ腰のホルダーに挿す。


「ん! すぐ行くから気をつけてよぅイチ……!」


 軽快な返事。それを聞き届け、すぐさまイチヘイの手が観音開きの両扉を閉ざし始める。けれどその合間から、首を伸ばして振り向いたカナイナが問いかけてきた。


「い、イチヘイくんはどうするんだい?!」


「……あ゛? 売られたケンカは買う主義なんだ。もし向こうが殺る気ならこっちも殺す気でかかる。それだけだ」


そこへ、フィーが眉をハの字に下げ彼女をせかしだす。


「んえ、はやくー! こっちきてカナイナ先生!」「わ、わかったよ――――」


 そのままばたりと閉じる玄関。


 少し遅れて、内からは()()()使()()()()木の(かんぬき)をかける音がした。

 指示通りだ。

 それを確認する間に、背後には二人分の足音が近づいてくる。イチヘイは長剣の(つか)を右手で固く握りながら、その場でクルリと振り返った。


 (くら)い赤色をしたひし形の瞳が、家の前庭に立った獣人二人を睨む。警戒心も(あらわ)に、ともすれば視線だけで人を射殺せそうだ。フィーなどには一度も見せたことのない、鋭く激しい表情だった。


 見れば二人とも最低限の防具に身を包み、背面には武器も携行している。イチヘイは胡乱な視線を向けて問うた。


「――――で、何の断りがあってアンタらはウチの敷地に勝手に踏み込んでんだ? ウチに来てた客も追い回してたようだが……何者だアンタら?」


 すると始めにだみ声で口を切ったのは、イチヘイよりやや小柄な、その癖かなりガッシリした体格をした縞尾族の方だった。


「……イヘヘッ、五分(ごぶ)サマから『捕まえろ』と命令されたからな! ――――ついでに、兄ちゃんが家の中に隠してる子供も渡せ。……それに耳長族の女もいるだろがよ? 全員ココに連れ出してこい!」


何やらいかにも三下っぽい台詞である。しかし口にされたその内容には、イチヘイは思わず顔に出そうになる動揺を抑えた。


(――――なん、でフィーとガキのことまで知ってる――……?)


 そこにあとから片目の潰れた耳長族が言葉を繋げてくる。こちらはすらりと背が高い。柔らかく渋い顔つきで話し方も優しく、しかしなぜか聞き手に不安を抱かせるような、妙な凄みをもつ男だった。


「まー、仕事だよ。僕たち女の子を探してるんだー。

 ウチのに人を追跡するのが得意なのがいるんだよね。ずっと後を尾けさせてきたんだけど、どうも僕の同輩が、この家に連れ込んでるみたいでさー?

 ……で、そんなお宅の近くでさっきの綺麗なお嬢さんがね、僕たちのこと見てにげるからさ」

「おうよ! 怪しいからもうその耳長の小娘ごと捕まえて、話し聞いた後はついでにまとめて楽しm」


 ――うぎゃあっ!!!


と直後叫びが上がったのは、そう話しながらゆらゆら揺れる縞尾族の尾を、隻眼の耳長族が容赦なく本気で踏みつけたからだ。どうみても粗暴そうな男だが、しかしそうされても島尾族は涙目で隣の隻眼を従順に見上げる。

「……ぐっう、『お(ゆ゛る)じ』、を……」「いいよー。ごめんね? 踏んで」


 イチヘイは目前の二人の関係性がわからず、若干眉をひそめる。しかし一瞬聞こえた言葉は、どう考えても聞き流せない。

 ……と、その間に耳長族はまた彼の方に向き直った。


「……まー大丈夫、ちょっとお話聞かせてもらうだけだよー?」


 それから片方しかない瞳で、チラリとイチヘイの背後にある扉に目を(くば)せる。そのまま薄茶の片耳だけを斜に傾けながら、穏やかに、不穏に、語りかけてくる。


「……だから、できればその物騒なモノも脇に置いて、大人しくそこを通して貰うか、でなければ縞のいう通り、人族の子供も僕の同輩も、全員ここに呼び寄せて貰えるのが一番楽で助かるかなー? 顔に刺青のあるお兄さん?」 


 天地が転んでも無理だ。

 どんな理由かは知らないが要はこの二人は花登を探しに来ている。あと、さっき確かに『たのしむ』と言おうとしていた。

 

 あとをつけられるとは予想だにしなかったが、よもや病んだ相棒にまで手を出そうと言うならば、イチヘイとしては到底に受け入れることはできない。


「……はっ、交渉するだけ無駄だ。アンタらに引き渡す義理があるようなヤツはここには一人もいない。……何より先生のことは、うちの相棒が気に入ってんだ」


その上で当然と花登の話題にもシラを切る。


「……それにアンタらのいう子供っつーのも、何のことか解らねえよ。――――他をあたれ」


 にべもない表情と声とで相手を睨み付けた。次いで長剣の鞘の先で、石積みの玄関ポーチを思い切り突く。『ガキンッ!』と辺りに鳴り響く、金属と石のぶつかりあう音。


 二人はイチヘイの口上にはナメたような表情を見せていたが、その仕草にだけはわずかに互いの視線を見合わせる。


 相手を見据えながら杖や剣の石突(いしづき)でするその仕草は、この周辺の国々の習俗(しゅうぞく)()いては『あなたと分かり合う気はない』『これは譲らない』、あるいは『とっとと帰りやがれクソが』の意思表示だった。交渉の決裂を示す、場合によっては事を構える一歩手前の強い動作(どうさ)言語(げんご)である。


 片目の耳長族が、そうかあ、と渋々とした口調で苦笑いした。


「まー、そっちがその気なら仕方ないねー……」  


「ヒハッ、やるよな、オイラたちも。へへへ……わかり易くて助かるよなァ! ……この男とか、要らないヤツは全部殺していいんだよな眇目(すがめ)サン?」


 そこへ尻尾をゆらゆらといやらしく揺らしながら、四角い輪郭(りんかく)をした縞尾族が続ける。そうしてつんつんした髭の生える口許が浮かべたのは、ニヤリと下卑た笑顔だった。


 その好戦的な(わら)いを、イチヘイは人と斬り合う仕事の合間にも何度も目にしてきた。他人を傷つけ流れる血を見て喜ぶ、真性の修羅たちが見せる笑みだ。


 ……しかしてそれを見たイチヘイは、あまり他人には理解されない理屈で安心している。ゆえに静かに呟いた。


「そうか、なら手加減しなくていいな……?」


 シャッと掠れた音と共に、イチヘイは握る(つか)を最小限の動作で振り回して、玄関の脇にある茂みへと長剣の鞘を放り抜いた。

 抜き身の両刃、やや幅広の剣が、天上から射す真昼の日差しにギラリと光る。


 正直、生半可な気持ちでかかってくる生半可な相手を傷付けずに負かす、などというのが一番 面倒だ。

 どちらかが動けなくなるまで、躊躇わずに傷付け合う方が――そしてその結果相手を殺してしまうことになっても――そちらの方が、よほど簡単でいい。フィーが壊れてしまう前も、そうやって相手に殺意があるかどうかでフィーと二人、彼は対応を変えてきた。


 今となっては相棒がどう思っていたかまでは分からないが、少なくともその一点に限っては、イチヘイはコイツらと同じ穴の(むじな)であった。


「イヘヘッ、なんだ? 人族のくせにやけに威勢がいいな? オイラたちに勝てると思ってるのか?」


「……はっ、どうとでも言ってろ。とにかくここは通さない」


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― 新着の感想 ―
ニカナグ、早速「鏡写し」って言っちゃってるし…… これはもうフィーのお供になるしかないね! 戦闘パートだーフィーがんばえー!(,,> <,,)
習俗の仕草は良いですね。 なんかこう、この世界独特な部分が垣間見えると文化の広がりを感じますよ。 (*´ω`*) 敵は真性の修羅もいるし、何より多勢に無勢ですけど、イチヘイは一人で撃退できるのか心配…
本日もフィーちゃんが可愛かったでした。 (。・_・。)ノ からのバトル展開。( ̄□ ̄;)!! どうなるんだー!?(;>_<;) てか、お医者先生獣人さんが、可愛いのか? が、気になって仕方がない猫魔…
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