30.賢しい客人を森に埋めるかどうかについて② ~本当に埋めるか?~
3~5分
キリの良いとこで区切ったら気持ち短くなってしまいました、すみません。
ちなみにここまでカナイナの前では、二人は示しあわせて花登をただの奴隷として扱っていた。
理由はただひとつ……どう考えても悪目立ちするからだ。
花登の語った烙印を押した者たちが、彼女をどんな存在として扱っていたかまでは知らない。ただシンプルに考えて〈稀人〉の奴隷など、何をどうしても珍しいにも程があるのだ。
その上、イチヘイたちが彼女を手元に置くことになった顛末もけして世間的には顔向けできるモノではない。なのにその『珍しすぎる存在』は、滑りやすい口の持ち主に知られれば噂が広がるのは必須。
今より面倒な事になるのは確実である。
ゆえに『奴隷市で買い求めた ただの子供』として扱う方がよほど後腐れがないと踏んで、フィーにも理由と共に口裏を合わせるよう言い含めていたのである。
だからイチヘイも多少わざとらしく演技をしつつ、ここまでカナイナにもそう話してきた。
……なのに、この客人は一言も話題にしていないそれを、いま、勝手に言い当ててきた。
「――……あ゛? 〈稀人〉だと? この子供がか……?」
張り慣れたハッタリで無表情を貫くイチヘイも、もちろん内心で焦っている。だからそこで大きく反応を見せたのは、むしろ彼ではない。
フィーだ。
「ぅんぇ……!?」
長持のうえで皿と片膝を抱えて口をもぐつかせていた彼の相棒は、それを聞いたとたんカナイナを見て静止する。ゴクリ、と口の中のものを飲み込む仕草。
「……んねえ、それ、教えたら面倒だってイチが言うから、ボク黙ってたのよぅ? イチも言ってないの。
説明するの、ボク聞いてたもん。
――……カナイナちゃん、何で知ってるの……??」
不思議そうな顔で首をかしげだす。イチヘイのような厳しい声ではない。しかしそれだけで、幸の薄そうな眉をしたカナイナの顔は引き攣った。
「ひ……、えぇ?! 何で聞いてっ、……やはり何かの魔法をっ……?!」
「……んええ? ボク、耳長族よぅ? 全部きこえてただけなのよぅ? お師匠さまが使うみたいなすごい魔法も、使えないの。――――じゃなくてー、なんでわかったのー? ねえねえーー!」
「ひ、そ、そうか、じゃ、聞かれて……?」
普通に考えてみても、古い木の家に耳長族がいるのだ。
音の遮断をしないなら、当然ながら会話はほぼ筒抜けである。相棒は部屋の真下にあるリビングで休みながらも、ちゃっかり話だけは耳に入れていたらしい。
イチヘイはカナイナに迫るフィーにわざと静観を決め込みながら、しばし二人のやり取りを眺める。
そしてその僅かの隙に考える。
勘の鋭い客だ。どうして気付いたのか。もしかしたら二人が隠していた花登の『秘密』に対して目が行く、何らかの能力、あるいは洞察力があるのかもしれない。更に彼はふと、もう一つ不都合な事実があったことも思い出してしまう。
(そういえばこの医者にはさっき、『フィーが鏡写しを消す瞬間』もバッチリ見られてたな……?)
彼も、師匠からはいまいち詳しくまでは聞かされていない。しかし聞いた話ではあの『鏡写し』は違法である。
あのときは取り乱すフィーを前に他に手がなく、苦肉の策でこうしてしまったが、それこそもしこの話が旅人のカナイナから警吏の耳にでも入ったら、少々面倒なことになるかもしれない。
イチヘイは静かに息を吸って吐く。せめて後始末だけはきっちりと手を尽くしておくべきだ。
(…………。
まあ、何者だろうと関係ねえか。よそ者だっていう確認は取ってるんだ。最悪、殺して森に埋めるとかすれば一番後腐れがなくて――)
「っ?!」
――――しかしハッと気付いて、慌てて思い直した。
(――は? いやいや!? 聞いてる限りじゃ大した罪でもなさそうなのに駄目だろ! 何考えてんだ……!)
……正直、いつもの事ではある。邪魔な相手が目の前にいれば、常に一度は選択肢にそれを浮かべるのだ。
しかし同時にこんなことを平然と考えられる精神性のせいで自分の相棒がこんな風になってしまったのも、イチヘイはずっと悔いている。
そのはずなのに、こんなこと。
「は!」
(いい加減、成長しろよ……)
自嘲するように短く息を吐き、イチヘイは気を取り直す。
その間にも、フィーは
「……ねえ、なんで知ってるの? なんでー?」
とカナイナに詰め寄り続けている。
なにしろこの事に関しては(『鏡写しと同じタイミングで姿を見せるな』という指示は守ってくれなかったが)、相棒は真剣に受け止めて口をつぐんでいた。
……それだけによほど不思議だったのだろう。フィーは気付けばカナイナに言葉で問うだけで済ませず、イチヘイの前をゆらゆら横切って、彼女との距離を物理的に詰めはじめている。
「ひ、ひい?!」
しなやかな腕を回して、初対面の客人に躊躇なく絡みつきだすフィー。その目の奥に輝くのは、窓から忍び込む明るい午前の陽を、翠の瞳が危うい光にすり替えた何か、である。
「なんでよぅー? おしえてよぅー?」
「うわー、わ、わかった、答える、答えるから脅さないでくひゃひ!!」「んえ? 脅してなんかないようー?」「ひっ、く、なら、くっ、首周りに腕を回すのはっ、やめてくだ、うひぃ……!」
(……この辺りで止めてやるか)
流石にこのままではまともな尋問……もとい会話になりそうにないので、彼はカナイナに絡み付く相棒の首根っこを掴むと、自分の隣まで引き戻してやった。やはりよく伸びる皮だった。
「とりあえず落ち着けフィー」「ぐえ!?」
「医者、アンタもだ」「は、はひ……!」
「――で? そう思った理由は? 俺としても聞きたいところなんだが」
問いながらイチヘイは長持の元の位置に相棒ごと撤収し、脇の木箱に肘をつく。
このまま百歩譲って鏡写しの件は目を瞑るとしても、やはり花登の正体を見破られた理由は問わねばならなかった。
……そして正直その後のカナイナの出方次第では、浅はかな衝動ではなく自分と相棒のリスク回避のために、本当にこの客を法の及ばぬエナタルの森に埋めなければいけなくなるかもしれなかった。
細めた昏い赤瞳が、日だまりに染まったような淡い金髪の彼女を見据えている。
「それは、その……」
眉一つ動かすことなく、イチヘイはカナイナの次の発言を待った。




