24.彼女の顔をかぶるもの⑤ ~魔法でできた人でなし~
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だって彼女の今の言動は、どうみてもニカナグの能力行使に気付いていたではないか。『魔法族の眼』を逆探知する者など、ニカナグはこれまで見聞きしたことも、況してや遭遇したこともない。
その上でニカナグのこの能力は、ニカナグが分類される種族、『魔法族』以外の行使がこれまで確認されていない。
…………そして――これがかなり不味いのだが――この魔法や呪いを看破する能力は、魔法族が全員もてる才というわけでもなかった。
いわゆる『天賜』である。
ゆえにこの力を持つものはあまりにも貴重で、魔法を使える者たちの中に身をおけば、種族など関係なく界隈で勝手に名が知られていく……――――それは、ニカナグも例外ではなかった。
なのにいま、『中身がニカナグの、魔法族でない姿の娘がこの能力を使う』ということがバレるのは非常にまずい。
これ以上事情を突っ込まれれば、話がどう広がるかも、この姿のニカナグにどう注目が集まるかも予測がつかなかった。
そして、さいご。
『視える』――――がゆえに、ニカナグは気付いてしまったのだ。
(この女……、魂がない! というか、この人自身が魔法で出来ている、というのはどういう――――?!)
開いた口がふさがらなかった。
気付いてしまったのは、調べようとした左眉端の模様や魔石具から、不思議なことに何の魔法式も……というか、魔法と繋がっているはずの魔力すら感じとることができなかったせいだ。
眉の模様は本当にただの刺青の可能性もあったが、こんな思わせぶりな魔石具まで『からっぽ』なのは、ニカナグにはとても不自然に思えた。
それでおもわず『ならば彼女自身の魔力はどうなのだろう』と、もっと深く潜って探ろうとして、そして――――それに気付いてしまったのだ。
魔力は、この世界を創り流転する力の流れ、〈円環の河〉から、使い手がもつ魂の器を通じて生まれてくる。
だからニカナグは他人の魔力を視ようとすると、副次的にその人の魂そのものの気配や輪郭までを目にできてしまう。
ニカナグが視てきたかぎり、妖獣や妖魔にすら曲りなりにもその『魂のようなもの』はあるのに…………この人はまさに『からっぽ』だった。
……そして魂がない代わりに、ほんの一瞬ニカナグには視えてしまったのだ。
娘の身体の輪郭は、魔法的にみればニカナグがこれまで学んできた魔法とは全く違う、未知の系統で書かれた魔法式で象られていた。
「あ、あの、」
「はい、なにかご用ですか?」
だから気付いたら、好奇心が止められなくなっていた。危ないと思っていた筈だったのに、それでもまずは危なげのない角度から、軽く探りをいれてしまう。
「……き、きみはっ……、一体、何者なんだい?! エナタル山にすむ耳長族のピアスをしているけど、それと関係はあったりするのかい?」
「後者の意味は判りかねます。ですが前者のご質問に対してでしたら、わたくしは、お客さまが今ご覧になった通りの存在でごさいますよ」
(わー……? ……み、視ていないなどと言ってしまった以上、この返され方は突っ込みに困るぞ……?!)
「わ、な、なんのことかな……」
(く……どうやったらこの、人でない『彼女』の仕組みを知れるのだろう?!)
もどかしい。おそらく手っ取り早いのは、もう一度視ることだ。
しかし、力を使う瞬間にはまたそれを感知されるだろうし、そうなったら今度こそ言い訳は効かない。
……どうすればよいのだろう。気になりすぎる。
(――――はっ、そうだ?!
ワタシは今、『彼女』の『主さま』とやらの家に、向かっているんじゃないか! 頼まれた治療を終えた後にでも、そこで話を聞ければ……!)
……そうしてそこまで考えてから、ニカナグはやっと思い至るのだ。
(ん? まって? ……というよりも? このまま目的地に着いて、『彼女』から主人に、『客人に正体を見破られた』、とかなんとか、報告なんてされたら……?)
ややあって、ニカナグの背筋からは瞬時に嫌な汗が吹き出てきていた。
今更である。
このように人と会話できる自律した存在を魔法で造るなど、彼女自身、見たことも聞いたことも読んだこともない。しかしこんな人離れした『魔法のような』魔法が使える以上は、どう考えても熟練か……いや、それ以上の魔法使いだ。
組合や学会、魔法使いたちの集まりに知られていないだけで、当然、ニカナグのこともどこかで見聞きしている、と考えておいたほうがいい。
(……こ、これって絶対、相手とは会わずに済ませた方が安全、なのだろうな……?)
ニカナグは、自分を落とさぬよう抱えている『彼女』を見上げる。
熱を出しているという子供には心から申し訳ない気持ちにはなる。それでも、本格的に正体がバレる路線が濃厚となるならば、この逃亡者は自身が背負ってしまった『罪』と『責』を守り徹すほうを選びたかった。
「す、すまないんだが、続けてもう一つ聞いても良いかい?」
「なんでございましょう」
「――――や、やっぱりここで、ワタシが帰るって言ったら……?」
一瞬で、翠の両目がスッとニカナグの方に下りてきた。
今度は返事はなかった。
代わりに、ニカナグを抱えている両腕に、今までよりあからさまに力が込められる。
「ひぇ!?」
ギリギリ苦しくもないが、おそらく暴れても絶対に逃げられはしないであろう、絶妙な力加減だった。ついでに脇に入っていた手は胸の上を滑り、鎖骨と肩のあたりを掴んでくる。がっちり保定された。
(あ、ま……まずいんじゃないかコレ……!?)
「ひ、あのっ……離してくれないか!?」
「……申し訳ございませんが、御断りになられるなら、邸に着いてからわたくし以外の家の者に仰ってくださいませ。わたくしは、命じられたことを遂行することが務めでございますので」
「け、けれども、」
すると、前方をふさぐ障害物を目配せすらせず正確によけながら、それでもニカナグを視界の中央に納め続ける『彼女』は、抑揚のない声でこう続けてくる。
「逃げようとなさっても、わたくしはこの速度で駆けておりますから危険でございますよ? わたくしに向かって魔法をお使いになるのも同様です」
つまり、『無傷で解放されたいならおとなしくしていろ』。
コレは婉曲に脅されているのだ……。そうニカナグは思い至る。
実際、走る彼女の今の速度は、突進してくる騎獣よりよほど速い。もしここから振り落とされたら、大ケガは必須だった。
「もうすぐ到着いたしますから、お待ちください」
つまりここまで連れて、解放するような気など微塵もないのだ。
「う、うわあー?!」
結果、ニカナグも焦りが振り切れてしまった。ついに取り繕うことも忘れて、子供のように駄々をこね始めるニカナグである。
「た、頼むー! 金はないけど、なんでもするから離してくれー! そ、それかさっきのこと、きみのしゅじんに秘密にしてくれるだけでも良いからー!!」
けれど返ってくるのは、やはり驚くほど平板な口調だけであった。
「何を仰っているのかわたくしには判りかねます。
ですが、お客さま……、わたくしにはいかなる買収も通じないことだけは申し上げておきます」
「助けてー、人さらいー!」
「泣いても喚いても、いまお客様の声を耳にできる方は、周囲一キロ以内にはいらっしゃいませんよ」
「わー、人でなしじゃないかー!」
「その通りでございます。流石、『お視え』になるだけのことはございますね」
「……っっ!!」
その応酬は結局、森のなかにポツンと佇む古びた二階建ての家が、ニカナグの瞳に映るようになるまで続いたのだった。




