表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

5. 「私の人生は、私のもの」

かつて名門と謳われたカーヴェル家は、もはや過去の遺物だった。

従妹マグリットの陰湿な悪行と、家族ぐるみでの隠蔽工作。

そして、王都に広まった数々の証言と証拠。

騎士団による捜査が終わる頃には、その名は嘲笑の対象に成り下がっていた。


そして、最後の一撃となったのは――


「マグリットが……身籠っていた?」

貴族たちの間に激震が走った。

その相手こそ、元・エレノーラの婚約者であるジュリアン・エスパーダ。

かつては正義を語り、エレノーラを非難していた彼。

だがその実、マグリットと通じ、甘言に酔っていたのだ。


「だって、エレノーラは……冷たかったんだ」

ジュリアンは言い訳の第一声をそう口にした。

それはまるで、自分は被害者であるとでも言いたげな口調だった。


「いつも俺なんか見てなかった。無表情で、何を考えてるかもわからなくて……でもマグリットは違った。話を聞いてくれて、優しかったんだ」

彼の頭の中では、すべてが“わかってくれなかった彼女”のせいなのだ。

懐かしむような口ぶりで語られるその“優しさ”が、どれほど浅薄なものだったか、彼は気づいていない。


「……あの頃、俺は、ただ癒されたかったんだよ……」

彼の言葉は、誰の心にも届かなかった。

ただ、己の弱さを並べ立てるだけの、情けない男の末路だった。


「くだらない。自分の行動の責任も取れず、口を開けば“だって”“でも”。お前は貴族としても、男としても、最低だ」

ジュリアンの父はそう吐き捨て、息子の頬を平手で打った。


「恥を知れ、裏切り者め!」

ジュリアンはエスパーダから絶縁され、マグリットと共に王都を追放された。

だが、下町ですら彼らを受け入れる者はいなかった。


「助けてよ、ジュリアン……お腹の子が……」

「……うるさい。全部お前のせいだ」

二人の末路は、誰にも惜しまれず泥の中に消えていった。



神殿にて静かな日々を送るエレノーラのもとに、一通の手紙が届いた。

差出人は、カーヴェル家の老当主――祖父と祖母である。

便箋には、整った筆致で綴られていた。


「お前の父が失脚し、家の名は地に落ちた。

だが、それでも我らはカーヴェルの血を絶やしたくない。

お前には、あの愚かな兄とは違う目がある。

どうか戻ってきて、家を継いでくれ。

お前の決断を信じている」


エレノーラを心配する言葉は、なに一つ、なかった。

そこにあったのは名門としての執着と、血筋への欲望だけ。

それでもエレノーラは、丁寧に返事を書いた。


「構いません。けれど私は爵位を継いだその日に返上するつもりです」

その手紙を最後に、祖父母からの返事は二度と届くことはなかった。



「本当にいいのかね、エレノーラ。君には貴族としての再起の道もある。名誉も権力も、すべてを取り戻すことができるのだぞ」

「エレノーラ様……私たちは、貴族としてのあなたの未来を願っています。辛い過去を乗り越えたあなたなら、きっと輝けるはず」


ゴードンの深い眼差し、アリアナの揺れる涙の跡。

そこには、見せかけではない、心からの祈りと願いがあった。


胸の奥からじんわりと温かいものが広がる。

だがエレノーラは微笑んで首を横に振った。

その瞳は揺るぎなく、静かな決意に満ちていた。


「私の人生は、私のものです。

誰かの言葉や、嘘や、期待で踏みにじられるためのものではありませんから」


彼女の声には、もはや怒りも憎しみもなかった。

あるのは、ただひとつ。


“決意”だった。


「もう、過去の鎖を断ち切りました。私は自分自身の意志で歩みます」




神殿の前庭に、柔らかな朝日が差し込む。

鳥がさえずり、木々が風に揺れる。


エレノーラはその中に立ち、空を仰いでいた。


「……これで、本当に良かったのか?」

そっと隣で尋ねたのは、あの日連れ出してくれた庭師の孫リュカだ。

彼はエレノーラが神殿に保護されてから毎日顔を見せにきてくれていた。


「――あの日ね、愛が消えたの」

エレノーラは、風に揺れる木々を見つめながら、静かに続けた。


「不思議よね……マグリットが嘘をついて、私が父や母、お兄様に叩かれて、ジュリアン様に恥を知れと突き飛ばされたときでさえ、どこかで思ってたの。


“きっと、いつか気づいてくれる”って。

“私を信じて、目を覚ましてくれる”って。


……そう、信じていたのに」


気付けば家族への愛も婚約者への愛も全て無くなっていた。

なぜなのか分からない。

だがそれを、エレノーラは悲しむことがなかった。


「でも、ここで私は別の“繋がり”に出会えた。

リュカ達やアリアナ、ゴードン神父様。

血の繋がりじゃなくても、人は誰かを思い愛、支え合えるんだって」


そして、エレノーラは微笑んだ。


「私の時間は、もう前だけを向いているの」


陽射しが差すその横顔に、悲しみはなかった。

ただ、静かに、新たな人生の始まりだけが息づいていた。




――Fin.

******

最後までお読みいただきありがとうございました。

前を歩むエレノーラを応援していただけるのでしたら、いいねや下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎(全部入れると10pt)で評価していただけると、いろんな方に読んでいただけるようになるのですごく嬉しいです。


あと誤字脱字報告が多いので、書き足します。

“思い愛”はわざと、そう記しています。誤字ではありません。


またコメントにマグリットの末路についてご不満な方が多いようで余り書き出したくないのですが、放免された訳を活動報告(6月4日)に記載しておきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
自分のために親を平気で殺し、言葉巧みに馬鹿な後見人一家を籠絡し、なんも悪くないそこのお嬢さんを悪人に仕立て上げ、馬鹿な一家を使って殺した、どうしようもない危険人物を放牧するなよ……王都の外ならまた誰か…
異常さに気づいた両親を害し、寄生先の家をも滅ぼした従妹マグリット。 泥に沈んだとの描写ですが、悪魔的な彼女のことですから、このまま大人しく黙って消えるでしょうか。 汚泥を養分にして咲く花のように、いつ…
エレノーラらカーヴェル家の人々は全員記憶を持ったまま逆行したという認識でいいんですかね?(エレノーラは記憶は無いけど愛情が消えた状態?) なんかカーヴェル家のクズどもがやり直しを訴えていますが、前世で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ