4. 悔恨の檻 (1)
貴族専用の拘禁施設。
格式だけは保たれているが、その内実は「落ちた者」たちの静かな終焉を待つ場所。
その一室に収監されたカルザラット・カーヴェルは、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
光のない視線は、ただ虚空を彷徨うばかりだった。
「……やり直せると思っていたのに」
その呟きは、誰に向けたものでもない。
ただ、空虚な胸の内を埋めるための言葉だった。
*
カルザラットにはもう一つの記憶があった。
それを前世の記憶といっていいのか、ともかく彼には一度目の記憶があった。
かつて、エレノーラは優しい妹だった。
カルザラットを慕い、少し舌垂らすな言葉で「おにぃさま」と無邪気な笑顔で甘えてきた。
書物を読み聞かせれば眠るまで聞き入り、馬術の訓練に同行すれば、泥だらけになりながらもついてきた。
それが“家族”であり、“絆”だった――と、信じていた。
だが、すべては崩れ去った。
マグリットがこの家に引き取られてきた日から。
「……エレノーラお姉様が、いじめるの」
マグリットが虐められていると知ったとき、信じられなかった。
だが、涙ながらに訴えるマグリットは、どうしても嘘をついているようには見えなかった。
あの優しいエリーに戻ってほしくて――カルザラットは、叱咤を繰り返した。
「わたし、いじめなんてしてない!信じて……お願い、お兄様信じて!」
泣きじゃくるエレノーラが、縋ろうとして伸ばした両手をカルザラットは払いのけた。
「まだそんな嘘を吐くのか……!いつからお前は、そんな腐った性根になったんだ!」
打ち据えたのは、衝動だった。
エレノーラは怯え、唇を震わせながら、それでもなお、声を絞り出した。
「わたしは……わたしはマグリットをいじめてないわ」
その声を、カルザラットは振り切るように叫んだ。
「もういい! こいつを部屋に連れて行け!」
冷ややかな視線を向ける使用人たちに目配せし、エレノーラは無理やり引き立てられた。
泣きながらも兄の名を呼び続ける声は、いつまでも耳に残った。
そしてあの日、忘れもしない出来事が起きた。
「お姉様に……押されそうになったの!階段の上で――私怖くて…必死に避けたの…!そしたらお姉様が!」
階段の下に倒れたのはエレノーラだった。
額を打ちつけたのか血を流しながら、助けを求めるように呻き声が聞こえてくる。
マグリットは、泣きながら震えながら、エレノーラに謝り続けていた。
私が避けなければ、私が落ちればこんなことにはと。
カルザラットはその光景を目の当たりにし、エレノーラはもう駄目だ、そう決めつけた。
彼の中で、妹、エレノーラは“恥”となった。
マグリットの命まで脅かしたエリーに「昔のエレノーラはもういない」のだと突きつけられたのだ。
そう、勝手に裏切られた気になっていたのだ。