3. 真実の代償
神殿に保護されてから三日後、エレノーラ・カーヴェルの証言を受けた騎士団は、王都にあるカーヴェル家へと向かった。
邸内に踏み込んだ騎士団に、家族たちは狼狽した。
リビングの中心で声を荒げたのは、父であるカーヴェル侯爵だった。
「なぜ、我が家にこのような無礼を働くのだ!」
王国の正式な騎士団。
王印が押された命令書を手に、彼らは厳然と告げる。
「これは王宮直属の聖印が捺された正式な命令書です。本日付で、カーヴェル家当主および関係者に対し、実娘への長期的虐待についての事情聴取を行います。ご同行いただきます」
何が起きているのか――そう思う暇もなかった。
父は、母は、そしてカルザラットは凍りついたように立ち尽くした。
“やり直せる”と信じていた矢先の出来事だった。
だが、エレノーラはすでに、彼らを拒絶していた。
父と母は娘に会わせてほしいと神殿や騎士団へ申し出たが、エレノーラ自身がそれを拒否していた。
「まさか……エリーが、ここまで冷酷に……いや、当然か」
カルザラットは膝から崩れ落ちるように座り込む。
やり直そうと、今度こそ守ろうと、何も始まっていない今こそ過ちを避けられると信じていた。
「私たちは……最初から、もう選ばれていなかったんだ……」
母は泣き崩れ、父はその肩を抱くことすらできず、立ち尽くしていた。
その姿に、誰も声をかけることはなかった。
やがて騎士団による邸宅の捜索が行われ、調査は内部の使用人たちにも及んだ。
エレノーラを納屋に追いやり、見て見ぬふりを続けた古参の侍女と使用人頭は、その場で拘束された。
共謀の疑いありとして、王都の監獄へと連行される。
また暴言や暴力を加えていた者も、証拠と証言をもとに同様の罪が認定され、多くは投獄、さらに重労働も科された。
一方で、直接的な加担こそしなかった者たちにも、厳しい現実が待っていた。
騎士団は調査ののち、彼らに“紹介状”を与えることを拒否した。
貴族社会では紹介状のない元使用人は、“何かやらかした者”として扱われる。
新たな奉公先を見つけることはほぼ不可能であり、それは事実上の社会的死刑に等しかった。
ただし、調査報告の一部には、「少女に密かに手を差し伸べた者たちの存在」も記されていたという。
誰かの名が挙がることはなかったが、神殿にいた者たちは、皆、知っていた。
*
王都では噂が瞬く間に広がっていた。
「聞いたか?カーヴェル家の本当の令嬢が虐待されていたそうだ」
「引き取られた従姉妹の嘘を丸呑みにして、家族ぐるみで5年間も虐げていたそうだ!」
「信じられるか? あの名門カーヴェル家が……!」
おもしろおかしく広めるのは、かつてカーヴェル家と領地争いをして敗北した伯爵家の者たちだった。
だが騎士団の報告と、裏付けられた証言が何よりの事実だった。
その中心にいたのは――
「……どうか私を助けてください」
神殿にて、エレノーラ自身が語ったその一言一句が、王都中へと広がっていく。
そして、調べが進む中で明らかになったのはマグリットの両親の事故死が――彼女自身の手によるものであった、という衝撃の事実だった。
王都は、静かな恐怖に包まれた。
カーヴェル家は、名門の看板ごと――音を立てて、確かに崩れていった。