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二人の約束は夜に解けた

 子供の約束なんて、簡単に破られるものだ。

 きっと誰しもが一度は破ったり、破られた経験があるだろう。もしかしたら寝坊してしまったりとか、親の都合だったりとか。

 環境によって簡単に左右されてしまうものであり、ましてや小学生なんてもってのほかだろう。


 だからきっと、彼にも事情があるんだろう。

 奏音(かのん)はそう自分に言い聞かせる。


 年に一度の夏祭り。神社の敷地内で行われ、さまざまな屋台が集まり人がごったかえす。一日の最後には大きな花火で締めくくられる夏の一大イベントだ。

 去年の今頃、小学五年生だった奏音と広斗(ひろと)はこの夏祭りに参加していた。奏音は絶賛片思い中であり、初恋の人との祭りはどれもが記憶に残るものばかりだった。

 そして約束をした。来年の夏祭りも一緒に遊ぼうと。しかし彼は時間をすぎても現れなかった。


「……ふぅ」


 屋台が並ぶ通りから少し離れた場所で、奏音は立ちっぱなしで疲れた足を休ませるためにしゃがみこむ。目線の先、池の水面には自分の姿が映った。

 紫陽花の刺繍が施された薄紫の浴衣、母親に結ってもらったアップスタイルの髪。普段はしない化粧もこの日のために練習した。


 屋台の方から楽しげな声が聞こえる。射的を楽しむ人もいれば、食事をしようと休憩している人もいる。

 奏音は去年の夏祭りを思い出す。広斗と巡った屋台はどれもが新鮮で、キラキラ輝いているように感じた。

 金魚すくいのポイが直ぐに破けて悔しそうにする彼や、射的で奏音が欲しがったぬいぐるみを狙う真剣な横顔は忘れられないものだった。

 一緒に食べた焼きそばやたこ焼きはごくごく普通の物だったが、その味はずっと記憶に残っている。


 水面が揺れ、輪郭がぼやける。

 奏音は立ち上がり、近くの木にもたれ掛かる。待ち合わせの場所、境内の中で唯一の池の近くで、かれこれ二時間以上は待っていた。

 ぼうっと眺めている先では、自分より低学年であろう三人の子供たちが浴衣を着て歩いている。目を輝かせて前を歩く先頭の男の子、慣れない下駄に苦戦し少し遅れている最後尾の女の子、そして離れないように二人の手を繋ぐ間の男の子。

 奏音は無意識に自分の姿を重ねる。


 広斗はクラスの人気者だった。困っている人がいれば助けるし、学級でなにか行う時は必ず先頭に立っている。気配り上手で、常に周りを見れていた。

 奏音もそんな彼に助けられた一人だった。体育で捻った足が悪化し、保健室へと向かう途中、引きずりながら歩いていたところに肩を貸してもらったのが始まりだった。

 うっすらと抱いた好意は、彼を見ているうちにどんどんと大きくなっていった。交友関係が広く、友人の多い彼と行けた去年の夏祭りは奇跡的なものだった。

 だからこそ、結んだ約束に期待していた。


 空が明るく光る。

 思い出にふけているうちに花火が上がる時間になっていたようだ。

 そこまで大きくはない花火だったが、暗い空に浮かぶ蛍光色は華々しかった。

 やがて花火も出尽くし、祭りも終わりへと近づく。


 結局彼は来なかった。

 屋台は片付けられ、灯りが徐々に無くなっていく。無理を言って延ばしてもらった門限にそろそろなってしまう。

 奏音は約束の時間から初めて、その場を離れようとする。もう少し、もう少しだけ待とう。あとちょっと待てば、彼が来るかもしれない。

 そんな淡い期待にも限界は来ていた。


 暗い帰り道に踏み出そうとする。


「──奏音!」


 背後から声をかけられる。髪留めの簪を揺らし、奏音が反射的に振り返った先には、待ち望んでいた彼が肩で息をしながら立っていた。

 シャツに短パンで、着飾っている様子はなかった。


「広斗!」

「おくれて、ごめん」


 急いできたのだろうか、息を荒くする彼を落ち着かせ近くにあった自販機から清涼飲料水を買う。しばらくゆっくりしたところで、広斗は手に持っていた物を見せる。


「これ、買ってきたんだ」


 それは十五本セットの線香花火だった。家を出た時には花火の時間を過ぎていたから買ってきたと広斗は説明する。

 門限も近く、時間も遅いので二人は線香花火を楽しみながら会話する。


「本当に今日は遅れてごめん。支度を手伝ってたら約束の時間すぎてた」

「ほんとにそう! わたし、ずっと待ってたんだよ?」

「これでも急いできたんだよ……でもまさか、本当に待ってたなんて思ってなかった」


 一本目がなくなり、二本目に火をつける。


「今日はいっぱいおめかししてるね」

「どう? 似合う?」

「うん。可愛いよ」


 面と向かって言われるとは思っていなかった奏音は、顔を赤面させて俯く。線香花火の火が自分の赤くなった顔を紛らわせていることに期待して。

 消えないよう早めに三本目に火をつける。


「……実は俺、引っ越すことになったんだ」

「──え?」


 思いもよらない言葉だった。彼が言うには、明日にはもう出発してしまうらしい。

 彼は気まずそうに火種を見つめる。急な話に奏音は理解が追いつかなかった。

 三本目の火が消える。


「親が転勤することになって、俺も着いていくんだ。ここから結構離れてて、多分もう会えなくなる」


 ピースがハマるような感覚がした。

 四本目は直ぐに終わり、五本目に移る。


「もう会えないって、これからずっと……?」

「それは、分からない。けど、難しくなると思う」


 想像もできていなかった。彼がいなくなる事なんて、頭の中から抜けていた。途端に線香花火がカウントダウンのように思える。

 五本目が終わった。


「そんなの、やだよ……広斗がいないなんて、わたし」

「そんな大げさな……死ぬわけじゃあるまいし」


 涙が溢れ落ちる。今まで化粧を崩さないように我慢していた分も乗せられていた。

 的はずれな慰めですら今は恋しく思う。もうこの声すら聞こえなくなるなんて。

 六本目の線香花火はうまく燃えなかった。


「わたし、広斗のことがずっと好きだったの……今日言おうと思ってたのに、なんで、なんで!」

「それは……ごめん」


 涙とともに思いも溢れる。去年言っていたら、たとえ振られたとしても今のような気持ちにはならなかっただろう。

 どうして言わなかったのか、なんで引っ越すって教えてくれなかったのか、疑問と後悔が止まらない。

 六本目はとうに無くなり、七本目が終わりに近づく。


「奏音……少しだけ待ってて欲しい」

「……?」


 最後の線香花火は奏音が持った。軽くて儚い時間は一瞬のうちに過ぎていく。

 広斗は真っ直ぐに奏音を見つめる。そして宣言をするように()()()をした。


「俺が大きくなったら、絶対迎えに行く。社会人になって、一人で生きていけるようになったら、絶対。だから待ってて欲しい」

「これは約束だ」


 子供の約束なんて、簡単に破られるものだ。

 きっと誰しもが一度は破ったり、破られた経験があるだろう。もしかしたら寝坊してしまったりとか、親の都合だったりとか。

 環境によって簡単に左右されてしまうものであり、ましてや小学生の頃に結んだ約束なんて、覚えてるかすら分からない。


 そんな曖昧なものに期待して、人生を生きていくのはきっと辛いことだろう。ただ、奏音が知っている彼は一度も約束を破ったことは無かった。


 奏音が返事をする前に、最後の線香花火が落ちた。

お読み頂きありがとうございます。

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