もう一度逢いたくて。
妻が死んだ。
研究にばかり没頭する私を支えてくれた出来た妻だった。
私は後悔に焼かれ、禁止されているタイムマシンを使い過去へと飛んだ。
しかし結果は変わらず。
私は気が遠くなる回数トライし続けた。
「普通、諦めるんだけどね。結果は変えられないのだと理解して」
「頭が良い人間は大抵そうなんだがな」
何度目だろうか。妻の遺体の前で佇む私に見知らぬ男たちの声が届いた。
「君たちは」
「理解してるでしょ、本当は」
「時の管理者か何か、か?」
「ロマンティックな表現をどうも。ただの未来人ですよ」
「補足すると公務員だ」
「何だっていい、妻を救う方法を教えてくれ」
男たちはちらりと目を合わす仕草。
「ええと、無いんだよね」
「何故だ?歴史上の重要人物でも無い、ただの一般人である彼女だぞ?」
「ああ、やはりそこは理解しているのか」
歴史に関わる人間が死ぬはずもなく、また死ぬべき時は決まっているだろう事は予想がついた。ならば私の妻は、歴史に関わる程の能力は何も無いのだから、だから。
「ならば理解してくれ。彼女が生き延びれば世界が変わる」
「バタフライ効果って便利な説明だよねえ」
「諦められるか」
「ならば永遠にトライし続けるのか?」
「理由を聞いたら納得する?」
「おい」
「奥さんはねえ、生き延びたら貴方を献身的に支え続けるんだ。そうしたら貴方はこれまで以上に結果を出すだろう?決して出してはいけない結果を」
それは。つまり。
「世界を終わらせるのは妻ではなく、私か」
「ご明察」
だから諦めてと男はわらう。
「あ、念の為言っとくけど貴方は死ねないよ。時の強制力は貴方にもあるんだ」
「自死などするか。私は妻と生きていくんだ」
「細君は既に亡くなっている」
「まだだ!私が繰り返す限り彼女の時は終わらない!」
男たちはまた目を見合わせた。それを見てようやく気づけた。
「お前たちが姿を見せたのはそれが原因か」
「うん、まあ気づくよね」
「そうだ。時は枝分かれはしない。並行世界など無い。異世界など無い。世界はひとつ」
「だから繰り返す時間があると困るんだよね」
タイムマシンが禁止されて長く経つ。事件事故以外に、そんな理由があったとは。
「私が引退すれば良いのではないか」
「それは周囲が許さない」
「それに貴方自身がそんな退屈に耐えられないでしょ」
「待ってくれ。おかしい。理屈でいくと私が居なくとも私の代わりは居る筈だろう」
「どういう理屈?それ」
男たちは苦笑している。未来人だか何だか知らないが、どうにもこちらを馬鹿にしているようで気分が悪い。
「時には修正力がある筈だ。いま私自身強制力にて邪魔されているように」
「無いよ」
「何?」
「貴方が思うような力は無い。時は一つ。道は一つ。さっき言った筈だ。枝分かれはしない。並行世界など無い。異世界など無いと」
「あるのは強制力だけだよ。決められた道に皆進んで行く」
「馬鹿な」
ならば何故過去タイムマシンで事故があったんだ。過去で事件が起こせたのだ。
使用禁止となった事実があるのに矛盾しているだろう。
「起きる予定だった事柄は起こるよ。事件や事故だって過去改ざんが起こったわけじゃない。既に起こっていたんだよ」
「記録に残っていなかっただけだ」
「馬鹿な……」
「だからさあ、諦めてよ」
決まっているのだとしたら、これまでの全ては無駄だったのか。実験・研究も自らの意思で行ったつもりだが、たとえ止めようとしても何かしらの圧力でやらされていたというのか。
――?……いや?
「彼女が居たから私は結果を出し続けてこれた。彼女の存在がなければならなかった。彼女が生きれば私はとんでもない結果を出してしまう。――ならば、私自身への強制力では無いな?」
「ありゃ」
「理由を話すなどするからだぞ。勘が良すぎるんだこの方は」
ミスリード。男たちの発言は諦めさせる為の方便か。
「教えろ。彼女を救える道を。そうすれば私はこんな無駄なトライは諦める」
「無駄と理解しただけ良いか」
「ちぇー。これでボーナスカットだなあ」
そう言う男たちの表情は穏やかだ。まるで結果を知っていた賭けが終わったかのような。
戸惑う私に彼らは諦めたように口を開いた。
「仰る通りだ。貴方の道を作ってきたのは細君だ。強制力は細君にかかっている。貴方は細君を亡くした後とある道に進む。それは畑違いの分野にて、されど良き未来を作る道へ」
「つまり私の道を変えれば問題ないんじゃないか!どうして素直に教えてくれなかったんだ」
「死は違えるものでは無いからだ」
「死するべきものが生きれば他の道を生む可能性があるからね」
「原則、違えるものでは無いのだが」
「奥さんが生き延びたって貴方が道を変えると決めれば着いてってくれるだろうし、問題ないっちゃ無いんだよね」
だって彼女は一般人なんだから。と、男はそう言って肩をすくめた。
「公務員してて辛いのはこういう時なんだよね。お給料直結ぅ」
「公務員をしていて嬉しいのもまたこういう時だろう」
なんだ。人間くさい奴らじゃないか。
ただ気になるのは。
「本来であれば私は諦めていたのか」
「さあ?」
「は?道は決まっていると君たちが言ったんだろう」
「貴方がどういう結論をもってして分野違いを選んだのかまでは記録されていない」
「僕たち記録通りに進んでるかどうかくらいしか把握してないよ。公務員だからね」
下っ端にまでそんな詳しい情報降りて来ないって~と、のんびりと答えられた。
「決まっていたのは細君の死だ。これを覆すのだからくれぐれも行動には気を付けてくれ」
「次奥さんの身に何かあったら例外は無いと思ってね」
「わかった。……妻は」
直視するのも辛い妻の遺体に目をやろうとすると、辺りは霧に包まれていた。
そうだ。ここは過去だった。未来へ、いや現在へ帰らなければ。
「そうそう。急いでね。ここはもう存在しない時間だよ」
「修正力は無いとか言わなかったか!?」
タイムマシンへと必死で走りながらそう叫んだ。
「あはは。そうだよ修正力なんて無いんだ。だって消え去るんだから」
「並行世界や異世界が無いのは道自体が消え去ってしまうからだ」
「だから覚えておいてね。奥さんは確かに死んだ未来があったこと」
「覚えておいてくれ。細君は今後何かを成すことは許されないと」
彼らが持っている記録とやらにはどうやら結果だけが記されているようだ。
そしてそれから大幅に外れなければ、こうして案件ごとに柔軟に対応してくれる、ようだ。
走りながらも好奇心は止められず、あれこれと彼らに対して想像してしまう。
ああ、そういえば畑違いの分野は何か確認するのを忘れていたな。
しかしこの好奇心を持ってすれば、それが何かは言うまでもないだろう。
辺りは何も見えないが、タイムマシンだけはくっきりと霧の中光って見えた。
飛び乗り、座標設定しスタート。
妻の笑顔を思い浮かべながら浮遊感に耐えた。
「タイムマシンなんてものが無ければ我々がこうして走り回る事もなかっただろうにな」
「ええータイムマシンが無ければ僕ら生まれてなかったかもしれないよ?」
「卵が先か鶏が先かという話か?」
「違うって。愛の話ィ」
――どこか気の抜けた会話が遠い空から降っていた気がした。
END
タイムマシンが出来たきっかけも、失った大事な誰かを再びという、もう一度逢いたいとの願いから完成した世界のお話です。
※このお話では同一の時間軸で異なる選択・行動をした並行世界の存在は真っ向否定されています。作者自身は平行世界も多元宇宙論もホントだったらいいな派です。




