最終章 真堂守哉と神掛ゆんと奮闘記(後編)その7
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守哉は神掛家から出て、夕空の下、都内の大通りを歩いていた。
一月前、自分はここで生活していた。人を騙して、逃げて、騙して、逃げて。そんなことを繰り返す毎日だった。
あの時の自分は、何も守るものがなかったと思う。だから、ない物があれば他から奪い、逃げた。でもその途中で落としてしまうから、また奪う。
彼は目を伏せて歩みを進めた。
歩いていると、茜音学園の前に来た。休日だと言うのに、学園内からは運動部の掛け声、ブラスの音が響いてくる。たまに教師の授業を進める声も混じっている。
通っていた時の自分も含め、ここの生徒達は、どういう思いを抱いてこの学園にいるのだろう。皆、競走と優越しかないこの場に、居場所はあったのだろうか。将来有望な人材になるために通うこの場所で、「今」を楽しむためのものは、あるのだろうか。もしかすると、自分を蔑んだ生徒達は、それを作りたかったのかもしれない。
哀しいな、と思い、守哉はそこを後にした。
ずっと歩いていると、ある店が守哉の目に止まった。
それは、ある女の子と、初めて出会ったファーストフード店だった。
ここから、自分の人生は変わった。
そこから、自分は変わり始めた。
守哉はその入り口に立ってみる。手動式のドアの手前には、あの夜、毛布に包まった女の子がいた。
それは天使のような笑顔の女の子で、守哉に生きる意味を与えてくれた存在だった。
守哉はとても彼女に感謝している。普通でないことを幸せだと思わせてくれた彼女には、どんなことをしても返しきれない貸しがある。
そんなことを思っていると、ふいに入り口の扉が開き、怪訝な顔をしたウエイトレスの女性が出てきた。
「あ、あの……お客様、ですか?」
「あ、ああ。すいません。違います」
守哉は頭を下げ、その場から離れようと振り返った。
「……あ」
なぜかそこには、天使のような笑顔の少女がいた。
「かーみや。やっと見つけたよ」
「ゆ、ゆん、お前、なんでここに?」
呆気にとられている守哉を見て、ゆんはくすっ、と微笑み、
「かみやと晩御飯、一緒に食べたくて、探してたんだよう?」
「ここにいると思った」と言って、守哉に歩み寄った。
「ね、かみや。ここで食べよ?」
「え、ああ、うん」
ゆんは守哉の手を取り、まだ入り口から顔を覗かせていたウエイトレスに「二名様入りまーす!」と手を上げる。
「なあ、ゆん」
店の中を進みながら、守哉は言う。
「何かな?」
「俺、普通じゃなくていいと思うかな」
「? どうしたの?」
「俺、幸せになっていいのかな?」
守哉の問いに、「むむ~」と唸ったゆんは、また笑顔で守哉と向き合った。
「難しいことは分からないけど、そういうのって、深く考え込まなくていいと思うよ?」
「……そう、かな」
「そうだよ。直感に任せればいいんだよ。そしたらきっと、答えなんて、あっちから来てくれたりするものだからっ!」
「……っ!」
ゆんは人差し指を突き立てて、意味不明に得意げな顔を浮かべていた。
「そうだな。そう、だよな」
彼女の結論は、とても無責任な台詞だったが、なぜか守哉は納得できていた。
守哉が微笑むと、彼女は「うん!」と力強く応えてくれた。
「よし! スッキリした! ようし、今日は俺のおごりだぜ!」
「わあ! やったあ! かみや、よこっぱらあ!」
太っ腹、と言いたかったのだろうか。
「へっへー、財布のことなんて忘れて、食いまくるぜえ……!」
「むむう! ゆんだって負けないよ! 不況パフェおかわりしまくるもん!」
「ごめんなさい! もう二度と「財布のこと忘れる」とか言わないからそれだけは許してえ!」
笑い、はしゃぎながら、二人は歩く。
そうだ。普通とか特別とか、区別して考えることじゃなかったんだ。幸せとか不幸せなんて、考えて分かることじゃなかったんだ。
守哉の頭の中では、今では昔、クイズ大会にてゆんが言ったあの言葉がリフレインしていた。
『どんなに難しい問題にも、必ず答えはあるんだよ! だからそれを勘で当てれば良いわけ! 答えなんて電波が運んできてくれたりするものだよ!』
全くだ。守哉は笑った。
答えは、いつだって、頭ではなく、心が教えてくれていたから。




