最終章 真堂守哉と神掛ゆんと奮闘記(後編)その6
6
「ドッキリぃ!?」
神掛家のダイニング、ゆんの隣に座っていた湿布だらけの守哉は、身を乗り出して叫んだ。いや、守哉だけではない。明歌、爺や、脳木もまた、声にならない叫びを上げていた。ゆんと料理長は、このドッキリにより彼らがどんなストーリーを繰り広げたのかを知らないので、きょとんとした顔でテーブルの上の料理をつついている。
テーブルの一番奥、いつもはゆんの特等席となっている席に座っている総一郎は、ミートソースのパスタをちゅるちゅると吸った後、いやあ、と頭をぽりぽりと掻く。
「普通に帰ってくるのって~、なんかいやじゃん?」
「オヤジのくせに若者語! ってそれどころじゃない! ドッキリにしても限度ってモンがあんだろうが!」
「限度? はっ! 僕の辞書にそんな言葉は載ってないね!」
とりあえず守哉は総一郎に空になったコップを投げつけた。使用人の明歌と爺やは壮絶な表情を浮かべる。
「あだあ! なにをする!」
「うっせえ! 頭かち割って脳みそにその単語、刻んでやろうか!」
「グロっ! 食欲が失せちゃうじゃないか!」
「もっと言ってやるから飢えて死ね!」
「ああっ! 酷い!」
次々と繰り出される守哉の猛攻に耐えられなくなった総一郎は、守哉を挟んだところに座っているゆんに「ゆん~」と泣きながら助けを求める。
父親を助けようと、ゆんは慌てて助け舟を出そうと考える。
「え、え~と。かみや? そういうの、えと、負け犬の遠吠えって言うんだよ?」
「うぐう! なんでお前はこういう時だけ適材適所ついてくるんだ!」
がーん、と後ずさる守哉に、総一郎は不敵な笑みを溢す。
「ふっふっふ~。これが親子の力なのだよ、守哉君」
「ちくしょう……! 俺は、神掛一族を甘く見ていた……っ」
うな垂れる守哉に、バツが悪くなったゆんは「かみや、元気出して」と慰めてくれた。
「ううっ。ゆん、ありがとお……」
その優しさに、守哉は癒される。守哉の向かいの席で明歌が「ゆんちゃん、ムチと飴の使い方を極めてる……!」とか言って驚愕していたが、守哉には聞こえなかった。
それにしても、と爺やが口を開いた。
「お忙しい中、なぜわざわざ帰ってこられたのですか」
「ん? ああ、それね」
総一郎はリンゴジュースをすする。
「だって、今日、家庭訪問の日だろ?」
「え……? なにそれ?」
質問をしたのは守哉だった。その言葉に、ん、と脳木がホットココアを飲む手を止める。
「真堂、知らなかったのか~? 今日は可愛い子ちゃんの面談の日だぞ~?」
「え、いや、……初耳」
そう思えば、脳木はここに来た時、「前もって連絡していた」とか言っていた気がする。
「でも、可愛い子ちゃんの保護者として応対するのは使用人の方だって聞いてたけどな~」
「私です」と爺やが答える。
「今日、ご主人が帰ってくるとは、何も知りませんでした」
それを聞いて、総一郎は可愛らしい悪戯な笑みを浮かべる。
「そりゃそうだよー。帰ってくるって言ってたら、ドッキリの犯人が僕だって分かっちゃうだろ? つまんないじゃないか~」
ピシッ、と守哉、明歌、爺や、脳木のこめかみから何かが切れる音がした。彼らはテーブルの下で握り締めた拳を出してしまわないよう必死に耐える。
そんな彼らの我慢など知らず、パフェのチョコを頬につけたゆんは、総一郎に天使のような笑顔を向ける。
「うん、すっごい面白かったし、すんごい楽しかったよ、パパ」
「あへえん。やっぱゆんは可愛いな~。パパ張り切った甲斐があったよ」
「……この屋敷って、まともな人間いねえな」
その言葉に、明歌がピタッ、と箸を止める。
「守哉君ひどい! 神掛親子や他の使用人、守哉君は異常ですけど、私は普通ですよ!」
「そういう人に限って、変人なんすよ。ヤギちゃん」
「うわあ! 守哉君にその名前で呼ばれると無性に腹が立つう!」
うがー! と悶える明歌を脇目に、守哉は席を立った。
「あれ? かみや、どこに行くの?」
「散歩。いろいろあって気疲れしてっから、気分転換してくるわ」
「あ、じゃあ、ゆんも……」
「だーめ。お前は今から面談だろ? 童顔教師としっかり将来について語り合って来い」
「むむ……わかったよう。なずきんとどうしたら宇宙人とテレパシーできるか考えてくる」
「お前は将来何になるつもり!?」
「ウエハースチョコ職人!」
「あ……そ」
付き合ってられない、と守哉は歩き出す。
「あ、守哉君」
総一郎に呼ばれて、守哉は面倒臭そうに振り返る。
「なんすか? 覆面社長」
「う、トゲがあるね……。と、とにかく、すまなかったな」
守哉は頬の湿布を撫でる。
「いいっすよ。別に」
「いや、そっちじゃないんだ」
総一郎は右手の親指をつき立てて、左胸を指した。
その意図を汲み取ったのか、守哉は苦笑いを浮かべ、きびすを返して歩き出した。
「やはり、君は頭がいいな」
総一郎の声が背中に掛かる。守哉は何かを放り投げるように手を振った。
「さて! では、可愛い子ちゃんの今後について考えていこうか~!」
神掛家の応対室のような場所で、脳木が向かい合って座る神掛家親子にそう言い放つ。
「ほーい!」
「ほーい!」
「……お父さんもノリノリですね」
「そりゃあ、ゆんだけのための話し合いですもの! 乗るに乗っちゃいますよ!」
今の総一郎に、大手企業の社長とか、大富豪の主人とか、そういう風格は微塵もない。ただの親バカである。
「で! で! まずは何から話します!? 童顔先生!」
「ど、童顔は余計です! ええと、可愛い子ちゃん、もとい「神掛ゆん」さんの学校生活について話しましょう~」
「なるほど! ゆんの学校生活ですか!」
「は、はい。……んと、可愛い子ちゃんの学校生活は、大して問題は見当たらなく、有意義に過ごしていると思えます~。たまに、はしゃぎ過ぎるとこもあるかと~」
「ふむふむ」
「では次に……」
「ちょちょちょ、ちょっと! それだけですか!?」
「え、え? そ、それだけって」
「もっとこう……、親には見せない一面とか、恋愛の事とか」
「そういうのは子供の自主性に任せましょう~」
「ええ~! 知りたかったあ~!」
「ええい! 娘の前で駄々をこねるのはおやめください!」
「むむむ~。なずきん、ゆんも話に入れてよう」
「おお! ゆん、すまなかった! ゆんも一緒に話そうな~」
「ぐぐぐ……! これは他の誰よりも進行が困難な面談になりそうだ~!」
「まあ、童顔先生。そんなに気背負いしないで」
「うわああん! なんか慰められた~!」
これでは埒が明かない。そう直感した脳木は、会話の方向性を変えようと考える。
「そ、そういえば、お父さん」
「んん? 何ですか?」
「今回のドッキリ、あいつを試したんでしょう?」
総一郎の動きが止まる。そして、真剣な顔を向ける脳木に、小さく微笑んだ。
「彼だけではなく、あなたも頭が良いですね」
「ではやっぱり……」
いきなりテンションの下がった空気に、ゆんは「何のこと?」ときょろきょろしている。
「仕事柄、彼のことは昔から知っていました。「IQ160超の少年」、「希代の天才児」と呼ばれ、重宝された存在。そんな彼が、自分の家に居候すると聞いて、興味が湧き、私は彼の過去を調べ上げました」
脳木の顔が曇る。
「あいつは……酷いくらい辛い過去を背負っていた」
「そう」と総一郎は続ける。
「でも、だからこそ、僕は、彼がゆんと接することで変わっていけると思ったんですよ」
総一郎と脳木は、未だに疑問符を頭上に飛ばし続けるゆんを見る。話についていけてない彼女は二人に見つめられて「え? なになに?」といった顔をしていた。
「それを今日、確認したんですか」
脳木の言葉に、総一郎は黙って頷く。
「頭の良い童顔先生なら、その結果がどういうものだったか、分かるはずですよね」
総一郎は、隣に座るゆんの頭を撫でた。
きょとんとしているゆんを見て、脳木は「ええ」と微笑んだ。
「それでは、可愛い子ちゃんの学習面の話に移りますが……」
「あ、それは詰まらなそうですから、ゆんの魅力を語り合いましょう! 小一時間ほど!」
……シリアスモード作戦、失敗。




