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最終章 真堂守哉と神掛ゆんと奮闘記(後編)その3



            3



 この指に力を込めるだけで、全てが終わる。


 スコープを覗き込みながら、男は思った。成功という栄光を眼前に、彼は、大きな充実感を味わっていた。


 ターゲットはもう十分仕留められる状態にある。でも、それだけじゃ物足りない。彼が求めるのは「完璧」という二文字だ。手の施しようが無かったと言わせんばかりに着実に、華麗に、完璧に作戦を遂行しなければ満足はできない。


 彼はスコープから顔を離す。そして、懐に転がるゲームのコントローラーのような箱を手に取る。


 そして、いくつかあるボタンの中から、「F」と書かれたものを押す。




 刹那、神掛家本邸から大きな爆発音が響いた。




 予想外の事態……などではない。これが「作戦」だ。


 神掛家の玄関に設置しておいた爆弾を、遠隔操作で爆破したのだ。


 この爆発によって、神掛家の使用人たちは玄関に駆けつけるだろう。だが、ターゲットは部屋に残しておくはずだ。なぜなら、彼らの思い描く犯人は、銃を持っているからだ。もしその場で犯人とターゲットが鉢合わせになれば、ターゲットは一瞬にして葬られてしまう。そういう事態は極力避けるべきだろう。だから、ターゲットは丸腰のまま、スコープの中から動かない。


 男は、覆面の下で卑しく笑った。


 敵戦力を分散し、隙だらけになったターゲットを確実に殺し、穴だらけのセキュリティを潜り抜け、安全に逃げさせてもらう。


 完璧だ。完璧だ。完璧だ。自分は、完璧だ。


 一人、ターゲットの周りに「天才児」というイレギュラーな存在がいることは知っていたが、その頭脳もこの完璧すぎる作戦を見破られるほどでもなかったようだ。


 まだ成功したわけでもないのに、この達成感はなんだろう。そう、逃れようの無い王手を取ったときのような……そんな優越感だ。


 男はしゃがみ込み、スナイパーライフルを構えた。


「くく……。今頃、屋敷中の人間が一階に集中していることだろう。このままやつを……」




「やつをどうするんだ?」




 不意に響いたその声と同時に、男の後頭部にゴツッ、と何か金属質のものが当てられた。


「――ッ!」


 男の体が硬直する。銃だ、彼は直感した。声は続ける。


「銃を置け。手を上げろ。変な動きを見せたらソッコーで脳天をぶち抜く」


 突きつけられた銃により重圧が掛かる。男はゆっくりと銃を置き、万歳の形を取った。


「君は誰だ?」


 緊張状態を解そうと、男は軽い口調で質問する。だが、相手からは「お前が知る必要はねえ」と冷たく返された。


「……君がなぜ、この場所を特定できたかは聞かないでおこう」


「そうだな。どうせ答えてもらえねえからな。悲しいもんな」


「……。……一人か」


「そうだ」


「答えてくれたな」


「黙れ。ぶっ放すぞ。てめえなんか一人で十分だと思ったからだ」


「……ふ。違うだろう。この家の人間を巻き込みたくないから、一人で来たんだろう」


「……だったらなんだ」


「君は、真堂守哉君だね」


「……」


「答えてくれなくていい。私はそのつもりで話を進めさせてもらう」


「ああ? てめえと話したいことなんてねえぞ国内産ブラック百パーセント使用人間」


 会話の主導権が掴みにくい。真堂守哉と思われる人物は、わざとこういう挑発的なことを言って、男に「自分が優勢だということ」を自覚させようとしている。


(……賢いな)


 男はため息をつくと、足元のスナイパーライフルを脇目に、話を切り出す。


「さっきも言ったが、君は神掛家の人間を巻き込まないためにここに来たんだろう?」


「だから、それがなん……」




「立派だな。かつて、父親のリストラと自分自身の異常さで家族から捨てられ、心を塞ぎ、人様から金を騙し取って生きていた人間の考えとは思えない」




「っ!」


 後頭部にのしかかっていた重圧が緩む。その僅かな間の隙を男は見逃さなかった。


 男は頭を前に屈め、しゃがんだままの状態で後方に回し蹴りを繰り出した。


 案の定、その先には相手の足があり、油断していた所為で、衝撃が加えられたそれはいとも簡単にバランスを崩した。


「のわっ!」


 相手は尻餅をつくまではいかず、銃を持っていない左手で倒れそうになる体を支えこんだ。男は無防備な相手の側頭部目掛けて、右拳を振りかざした。


 相手はそれを逃げるようにして上手くかわすと、地面を蹴って男から距離をとる。


(格闘に関しては、丸っきり素人……!)


 相手が逃げの姿勢であろうと関係なく、男は立ち上がらないまま走って間合いを詰めると、じたばたしている相手の右片足を脇でホールドする。


 立ち上がろうとした相手が、バランスを崩して尻餅をついた。


「だっ!」


「シッ!」


 そしてガードも取らない相手の鳩尾に、男は思いっきりアッパーを叩き込む。


 めき、という鈍い音が拳を伝わって耳に入る。


「あがっ……!」


 突然の衝撃に呼吸が止まった相手は、激痛に耐えるように歯を食いしばると、手にしているハンドガンの銃口を男の顔面に向けた。


「ぬ……っ!」


 引き金が引かれる前に、男は彼の足を離し、バックステップで距離をとる。


「はは。メンタルが強いな、守哉君」


 男の言葉に、「うっせえ……」と息切れ交じりに答えた真堂守哉は、ふらつく足でよろよろと起き上がった。


 男はジャケットの胸ポケットから護身用の拳銃を取り出し、相手に向ける。


「これで、対等だな」


「ぜえ、はっ。うるせえ……」


 対等、とは言っても、酸欠と痛みで銃を持つ手すらガタガタと震えている相手と「場慣れ」している男とでは、どっちが優位なのかは酷いくらいに明らかである。


 真堂守哉は、男を睨みつけて言う。


「てめえ、何者だ……。なんでそのことを知ってんだ……!」


 彼の言葉に、男は「おや」と笑いを含んだ声で、


「知られては困る事だったのかね? ……それとも、二度と掘り起こされたくない過去だったりしたのかな?」


「――ッ! てめえ!」


 真堂守哉はトリガーに指を掛ける。


「おっと。待ちたまえ。そのことは置いておこう。私が聞きたいのはそこじゃないんだ」


「てめえの私情なんて知るかよ! なんでそのことを知ってんのかを聞いてんだよ!」


「おいおい、熱くなるな。それでも脳科学界を震撼させた天才児か?」


「……っ!」


 あまりに核心を突く男の言葉に、真堂守哉の顔は青ざめている。


 こいつは何者だ? なぜそんなに自分のことを知っている? そして、そんなやつがなぜ彼女の命を狙う?


 大方、こんなことを考えているのだろう。


「改めて聞かせてもらう」


 主導権は、完全に男が握っていた。


「君は、神掛家の人間を誰一人とて巻き込まないために、ここへ来た」


 もう、問いかけではない。


「……そうだ」


「だが、本当は分かっていたんじゃないか? 君は、私に敵わない。どうやってでも、こういう結果になるということを」


「……」


「ならば、それは君の単なる自己満足だ。ここで戦って、やられて、それでも自分はやるだけ頑張りました、と言いたいがための行動だ」


「……違う」


「何がだ」


 真堂守哉は、さっきまでの焦り顔とはまるで違う、凛とした表情で男を見ていた。その瞳は、強い意思を訴えかける。


 彼は呼吸を整え、一息おいてから、


「俺は、俺の家族達を、そして神掛ゆんを、絶対に悲しませない。……だから。だから、俺は、傷一つ付かないであんたを倒す!」


 男に向かって走り出した。


「はっ! 言うじゃないか! いいだろう。掛かって来い!」



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