最終章 真堂守哉と神掛ゆんと奮闘記(後編)その1
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「……なんか今日のかみや、変だったよね」
ウエハースチョコを頬張りながら、ふいにゆんがそんなことを口にした。
その言葉に、ドアにもたれて座っている明歌が「そうねえ」と考え込む。
「確かに、妙によそよそしかったというか、それこそ「変」だったわよね。今日の守哉君」
「うん……。いつも変だけど、今日はいつも以上に変だった」
本人が居合わせたら狂喜乱舞する一言である。
「何か隠しているとか……?」
明歌の何気ない一言に、ゆんの動きがピタッと止まる。
「そ、それはないよう! かみやがゆんに隠し事するはず、ないもん!」
「うふふ。冗談よ、ゆんちゃん。確かに、守哉君は誠実な人だから、人を欺くようなことなんてできそうにないもんね」
本人が居合わせていたら、きまずくなる一言である。
「そだよう。きっと、お昼の「銃撃どっきり」の後片付けしてるんだよ」
「え? なにそれ?」
明歌が反射的に尋ねる。その反応が意外だったのか、ゆんも呆気に取られたような顔をする。
「あれ? ヤギちゃん、知らないの? お昼、守哉の部屋が銃で撃たれたの」
「――……え?」
初耳だった。確かに、つい数十分前に守哉の部屋で銃を撃つような音はしていたが、それはゆんのモデルガンの音だと後から爺やから聞かされたし、ゆんも抽象的なことしか説明しなかったので、てっきりそれだろうと明歌は思い込んでいたのだ。
(意図的に隠されていた……? でも一体なぜ?)
刹那、明歌の脳裏に守哉のあの寂しげな笑顔がよぎった。
(――……ッ! ま、まさか守哉君!)
咄嗟に明歌は立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。
「わあっ! ど、どうしたの、ヤギちゃん?」
「ゆんちゃんはここにいて!」
明歌は走り出し、あっという間に部屋から出て行ってしまった。
「ええ! どうしたのヤギちゃーん……って、むむ?」
気づくと、床に放り出されたゆんの携帯が鳴っていた。表示には「真堂」と出ている。
『もしもーし。ゆんかー?』
「そだよ。どうしたの?」
『突然だけど、どうしてもさ、これだけは言っておかなきゃならないことがあるんだ』
「むむ? どうしたの、かみや。そんなに改まって」
『……そうだよな。こういう時こそ、普段通りに喋らないといけないよな』
「? さっきからナニ言いたいのか全然分からないよう」
『あのな、ゆん。俺とお前が出会った日、覚えてるか?』
「うん、ちゃんと覚えてるよ。おいしいパフェをかみやにおごちそうさまさせてもらった」
『う……、不況パフェについては触れないでくれ、心が痛む』
「え、あ、うん。それで?」
『あの日、俺はすごくいい買い物をしたんだ』
「買い物? やっぱり不況パフ」
『それには本気で触れないでえええ! 違う違う! ファミレスのことじゃない!』
「むむむ……。分からないよう」
『まあ、端から分かるとは思ってなかったけどさ。その買い物ってのはな、お前と会えたことなんだ』
「え……っ」
その瞬間、ゆんの顔がぼふう! と赤く染まった。
『具体的に言えば、お前と出会えたことで人生的な希望と言うか、楽しみと言うか、そういうモンを教えてもらったってことだけど……って、聞いてます? もしもーし?』
「あう、あ、うん。ええと、き、聞いてるよー。不況パフェのことだっけ」
『そこから!? つうかさっきから俺の心の傷口弄りまくってるよね、君!』
「あ、あの、そんなの……。そんなの、かみやが悪いんだよう!」
『責任転嫁!? 俺は自業自得!?』
「うう……。まあ、いいよ。それで?」
『いいんだ……。と、とにかくだ。あの日、俺の中で何か変わったんだ。お前に出会えたことで、俺は変わったんだ』
「? よく分かんないけど、変わったんだ」
『そう。変わったんだ。それで、それについてお前に言わなきゃいけないことがある』
「ん、なに?」
『ゆん。俺さ、普通で平凡な人間になりたいと思ってた』
「……かみや?」
そこで、やっとゆんは違和感を覚えた。なぜ彼は突然こんなことを言い出すのだろう。
『嫌だった、嫌だったんだ。自分が周りと違うことが。「特別」だなんて呼ばれることが』
「かみや……」
『上でも下でも飛び出した奴は弾かれる。中間地点に立つ、普通の人間が基準であり、絶対。この世界は、そんな暗黙の了解事項があると思い込んでた』
「そんなこと……」
ゆんが否定文を紡ぐ前に「そうだ」と言って守哉は続ける。
『だから自分が嫌だった。嫌いだった。社会のつまはじき者だと思ってた。蔑まされても、何をされてもいいと思ってた』
「……っ」
思わず、ゆんは俯いてしまった。この少年が、そんな闇を抱えていたなんて。こんなに苦しんでいたなんて。それに気づいてあげられなかったことより、ただ純粋に、彼の痛みが強く心を叩く、突き刺さる。
気づけば、涙が頬を伝っていた。
その時、守哉が、でも、と告げた。
『でも、お前に会えて、このままでいいと思えたんだ』
「……え?」
ゆんは知らない、もしもの場合伝えておくように爺やに残した言葉を、守哉は告げた。
『ありがとうな。――そして、さようなら』




