最終章 真堂守哉と神掛ゆんと奮闘記(前編)その5
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「うわあっ。こんなにたくさんのウエハース見たの初めてだよう!」
ゆんはテーブルの上に出された菓子を眺めて、思わず感動の声を上げる。
「はっはっは。いつも世話になってるからな。今日はそのお礼だよ。はっはっは」
その隣では、守哉が英国紳士を想像させる笑顔を浮かべて立っていた。
彼らが今いるのはゆんの部屋である。最初ここに入るときは「どういうもんなんだろ、ゆんの部屋……」とドキドキしながら期待を膨らませていた守哉だったが、意外と普通の女子高生っぽかったその内装を見て、今は少し心が沈んでいたりする。
だがそれ以上に、彼女を利用している、という酷い罪悪感が、彼の笑顔を崩そうとする。
「なるほどー。そうだよね、いつも、ゆんがかみやの面倒見てるもんね。お礼ぐらいもらってもおかしくないか」
「はっはっは。はっはっはー。日本語間違えてない? はっはっは」
逆な気がするなー、とこめかみを引きつらせながらも、守哉は笑顔を絶やさない。
そんな守哉の努力など見ず知らず。節操の欠片もなく、ゆんはその一つをとってかじりつく。守哉の後ろにいる明歌が拳を握り締める音が守哉の耳に入るが、今はそれを注意しているところではない、ということを分かってくれているようで、彼女がゆんにマナーを叩き込み始めることはなかった。
ゆんの幸せそうな顔を見て、守哉は小さく微笑むと、きびすを返してドアに手を掛ける。
「じゃあ、俺が戻ってくるまで部屋でおとなしく食べてるんだぞ」
「もふっ。まか、分かりましたっ!」
ドアを開けて部屋を出て行く際に、守哉は明歌にひそひそと告げた。
「……じゃあ、ゆんをお願いします。明歌さん」
「え? 守哉君、どこへ行くの?」
守哉は「ちょっと用があって」と寂しげに笑い、ゆんの部屋を後にした。
守哉が階段を歩いていると、「守哉殿」と後ろから声が掛かった。振り返ると、爺やが何かの書類を持って走ってきていた。
「これ、頼まれていた書類です」
「ありがとうございます。ウエハースチョコも用意して頂いて、いろいろすみません」
「いえいえ。それにしても、『別邸の見取り図』なんて何に使われるのですか?」
「犯人を捕まえるための、作戦です」
守哉の言葉に、爺やは目を見開く。
「もしかして、もう相手の居場所が分かったのですか!?」
守哉は微笑し、「順を追って説明します」と切り出した。
「……俺の推理でいけば、敵はゆんの強運を知っています。最初の襲撃は、それがどれほどのものかを計ったんだと思います。
ならば、あいつを殺す手段は限られてくる。二十択問題の答え……五パーセントの可能性をも引き当てる強運に左右されない、確率を無視した殺し方……」
実は守哉には、一つの確信があった。
十数分前、守哉は自分の部屋にいた。
あの銃撃から逃げてから、この部屋には誰も入っていない。だから、辺りには銃弾が散乱している。……ちなみに、それと同じくらいプラスチック弾も散らばっている。
守哉は四つん這いになって、その中を漁っていた。
探しているのは、その中の一発だ。
「……くそっ、大量に撃ち込みやがって……。捕まえた暁には、なんだかんだ言いくるめて一流家具一式を弁償させてやる……!」
実際、跳弾などによって一部の家具は損傷しているものの、どれも使用人用、近所のホームセンターで揃えられるような価値のものばかりだ。だが、ついでで命を狙われた挙句、神掛家にしては珍しいのどかな休日を奪われた守哉君の怒りは、その家具たちの価値を一回り底上げするぐらいにまで急上昇中なのである。
それに、こんな赤白ボーダーのオヤジを探せ! 的な作業をさせられては尚更だ。
「あ~。だるう。捕まえた暁には蝉羽にゆんを殺そうとしたことを教えて、学園内を裸で引きずり回してやる……! っと。お、あった」
思わず犯人を逃がしてあげたくなるような発言の後、守哉は一発の銃弾を持って立ち上がった。
「へへ。これだよ、これ」
彼が手にしている銃弾は、そこらに散らばっているものより明らかに大きい。
「四十ミリ口径か……。七ミリちょいの銃弾で隠すにあまりにも物足りないぜ、犯人さん」
守哉は穴だらけのテーブルの上に、その銃弾を丁寧な手つきで置く。彼は知っている。これが、ただの鉛弾ではないことを。
手榴弾をそのまま銃弾にしたような代物、グレネード弾である。着弾時には爆発し、周囲に爆風と破片を撒き散らす。近距離で生身の人間がこれの餌食となれば、五体は吹き飛び、骨は潰れ、肉がはじけ飛ぶ。死は当たり前で、原型を留めて死ぬことも難しい。
守哉の推理によれば、これが、最初の一発だった。
こんなものがこの部屋に着弾すれば、その場の人間は一人残らず爆死する。犯人はそのつもりで、この弾をここに撃ち込んだのだ。
だが、そこで予想外のアクシデントが発生した。
ゆんの強運が働いたのか、グレネード弾がまさかの不発だったのだ。
犯人は慌てた。グレネード弾を打ち込んだのがバレれば、一目散に逃げられてしまう。グレネード弾の射程距離は短い。それでは確実に標的を仕留めることができなくなる。
そう思った犯人は、小銃による銃撃で、守哉たちを部屋から追い出し、大量の銃弾でグレネード弾を隠蔽しようと考えたのだ。
「……」
守哉はその銃撃に違和感を覚えていた。理由はあの跳弾の嵐だ。
普通、一方向から標的を狙った銃撃なら、あんなたくさんの方向に弾が跳ね返ることはない。ほとんど同じ方向に跳弾するはずなのだ。つまり、あれは標的を狙って撃っていたわけではない。あの場所を「危険」と認識させるためのものだったということになる。
「そして……。わざわざグレネード弾を隠すようなことをしたということは……」
犯人は、再びグレネード弾を使って、ゆんを殺す気なのだ。
「……なるほど」
守哉の説明に、爺やは感心したように呟く。いや、本当に感心しているのだ。
「守哉殿の推理は合っていると思います。……ですが、それが分かったからといって、犯人が今、どこからお嬢様を狙っているのかは分からないのでは……?」
そうだ。守哉はただ「相手がどうやって標的を殺そうとしているか」の手段を推測しただけだ。だからと言って、犯人がどこに息を潜めているのかなんて分かるはずもない。
守哉は人差し指を突き立てて、
「心配は要りませんよ。さっき言ったとおり、グレネード弾の射程距離は短いんです。ならば、今ゆんが居る場所から逆算して割り出せる。もう、その大体の場所も掴めています」
ゆんをあの部屋に移動させたのは、犯人をその場所におびき出すための作戦だったのだ。
爺やは再び目を見開く。
「……そして、その場所が別邸というわけですか。なるほど、それでその見取り図を……」
守哉は「ええ」と相槌を打つ。
「とにもかくも、俺は今からそこに向かいます」
「そうですか。ならば私も……」
「いえ、爺やはゆんの部屋にいてください」
「……! 守哉殿、それは、どういう……」
「ここまで推理させるのも奴の作戦かもしれない、ということです。仮に俺と爺やが向かったとして、犯人がそこにいない可能性だってあります。
「ターゲットの周りの戦力を削いでから、近接で楽に殺そう」なんてことも考えているかもしれません」
「な、なるほど」
「だからこそ、爺やはゆんの傍にいてあげてください」
守哉はきびすを返して、歩き始めた。
「ですが、守哉殿……!」
少し歩いたところで立ち止まり、守哉は振り返って爺やを見た。
「もし、もし俺の身になんかあったら、そん時は……。あいつに伝えて欲しいことがあるんです」
決して声にはせずに、彼は口の動きだけでそれを爺やに伝えた。
「それが、お前の答えなのか。真堂」
ゆんの部屋を後にした守哉が、廊下の角を曲がると、とっくに帰ったはずの脳木がいた。
脳木は、普段の彼女からは考えられないほど、極めて真剣な眼差しを守哉に向けていた。とても冗談で押し切れる雰囲気ではない。
だから、だからこそ、守哉は彼女に笑顔を向けた。
「なんだよ。週末の課題のことか? 確かに一問だけすげえ難解な問題あったよな。あれは学年ナンバーツーの蝉羽でも解けないぜ」
「……真堂」
「それとも答えが全然分からないゆんを甘やかして答えをズラーっと教えちゃったことか? いや、あれは不可抗力だって。あいつの困った顔を見て助ける以外の選択肢を選べる人間なんていな……」
「真堂! ふざけるな!」
「っ……」
広い廊下に、静寂が流れる。それを最初に打ち切ったのは守哉だった。
「な、なんだよ! 俺の何がふざけているってんだよ!」
「お前、自分でも分かっているだろう! あたしが言っているのはそんなことじゃない!」
「ああ分かってる! 分かってるよ! だからって何でてめえに話さなきゃなんねえ!」
「違う! 話すべきなのはあたしじゃない! あの子だろう!」
「……!」
守哉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。だが、それは悔しさとか怒りとか、そういう感情から来るものではない。ただ単に、崩れ落ちる一歩手前、その最後の砦というべき抵抗が、その顔なのだ。
その様子を見て、険しかった脳木の顔が、緩んだ。
「お前、変わったな」
「……なに?」
「変わった、って言ったんだよ、真堂」
「はあ? 俺が?」
「白を切るな。お前は、彼女に会って考え方が変わった」
守哉は何も答えない。脳木は続けた。
「お前は、茜音学園で「特例」扱いを受け、その代償として他生徒からの反感を買った。陰湿で非道な攻撃の数々――だが、お前は不満や愚痴を何一つ溢すことなく、生活を続けた。あたしは、その時から気づいてた。お前は、自分がそうされることが当たり前のように感じている、と」
「……」
「だけど、彼女に出会い、蝉羽学園に転校してからのお前は、違った。向き合ったんだ。立ち向かったんだ。この考えは、もしかして間違っているんじゃないかと。
そしてお前、桐野に言ったよな。「普通とか特別とか関係ない」って。きっと自分自身でも驚いたはずだ。なんたって、今までのお前の考え方は、その真逆を行っていたんだから」
「……そう、だな」
守哉は呟くように答える。彼はとても寂しそうに微笑んでいた。
脳木は彼の肩に手を置いた。そして、苦しそうな表情で彼の目を見る。
「だから、頼む。死なないでくれ……っ!」
「……脳木」
「お前は、ここで死ぬべきじゃない。もっと、彼女と過ごすんだ。もっと、ふさわしい幸せを手にするんだ」
守哉と爺やの話をどこまで聞いていたのかは分からないが、脳木は知っている。
守哉が、最初から死ぬつもりだということを。
実は、守哉は爺やに嘘をついていた。グレネード弾に執着している犯人が、近接格闘でゆんを殺そうとするはずがない。つまり、ゆんの部屋に犯人が出向くことは、まずない。
だから、守哉と爺やで行動しても良かったのだ。
だが、そうなると爺やの命が危険になってくる。なぜなら、守哉は犯人と刺し違い――犯人の持つグレネード弾をその場で爆破させる気なのだから。
死んだって構わない。人殺しになったって構わない。
守哉はどうやってでも、神掛ゆんを、そして彼女を取り巻く人たちを守りたいのだから。




