第三章 学園と親友と救済記 その6
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「……ほーい。じゃ、終わり~。寄り道してもいいけど先生が責任を取らないといけなくなる事態は避けて帰れよ~」
脳木の文字通り無責任な言葉と共に、ホームルーム終了のチャイムが鳴る。
クラスメイトがぞろぞろと帰り支度を済ませ、教室から出て行く中で、守哉一人だけが席に座ったままで、窓から見える夕暮れの空を眺めていた。
常人の知能指数などゆうに凌駕するその頭脳は、先ほどからあることばかり考えている。
『だから、えっと。特別とか普通とか関係なくて、ただゆんと仲良くしたい、て気持ちさえあれば、何もあいつと接することに引け目なんて感じることはねえんだよ』
今日、彼はこんなことを言った。一見すればただのクサいセリフ……。だが、彼がこんなことを言うのは、彼の人間性を知る者から見れば至極ありえないことだった。
彼は普通ではない。育った環境も、その能力も全て、そこらに転がる凡人とは比べ物にならないほどの「異常」を持つ彼は、いつでもそれを嫌悪しながら生きてきた。そして、「異常」な自分と、「普通」な周囲、それらは絶対に相容れないものだと考えていたのだ。
そんな彼が「特別とか普通とか関係ない」と言った。「接することに引け目なんて感じなくていい」と言った。
なんであのような台詞を吐いたのか、彼は今でも理解できない。自分の中で、何かが変わろうとしているのか。全く分からない。だが、実際にそうだとしたら、その原因は――。
「かみやーっ! 一緒に帰ろ!」
支度を済ませたゆんが、彼の元に走ってきた。彼女は落ち着きのない足踏みをしながら、
「ほら、早くっ。校門でつばちゃんとさっちゃんが待ってるんだよう!」
「あーはいはい。とっとと支度すっから、おら、そこジャマ」
守哉は立ち上がり、机の横に掛けた鞄を持って出口へ向かった。
「あーっ。かみや歩くの早いー」
「うっせ。お前のトコトコ歩調に合わせてたら蝉羽に殴られちまうだろーが」
後方から小走りでゆんがついてくる。
「ううー。疲れてきたよう」
守哉のペースに合わせて、足の悲鳴を感じ取ったゆんは嘆きの声を上げる。
うだった表情の彼女を見て、守哉はため息をつくと、その歩みを少し緩めた。
「えへへ。ありがと」
守哉に並んだゆんが、彼に天使のような笑顔を向ける。
それに目を奪われながら、守哉の頭にある言葉が浮かんだ。
『上でも下でも、飛び出たヤツははじき出される』
ゆんと再会したあの日、ひったくり犯の青年が言った言葉だ。……正直、守哉はこの考えには賛成している。なぜなら、自分も大体こういう価値観の元、生活していたからだ。
なぜ今になってこんなことを思い出したのかは分からない。だが、
「ようし! 校門までかけっこだよ、かみや! よいどん!」
「掛け声早ッ! つかお前が疲れたって言ったから珍しく気ィかけてやったってのに……。ふっ。いいだろう、この真堂守哉サマに競走を申し込んだことを後悔させてやるぜ小娘!」
守哉は勢い良く駆け出した。前を走るゆんに追いつくように。
自分は、変わっていくのだろうか。
この少女の隣にいることで。




