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第三章 学園と親友と救済記 その4



            5



「あーっ! かみやだ!」


「げっ。ゆんと一緒のクラスかよ」


 それはそれは毎日が賑やかなことでしょう、守哉は一瞬にして蝉羽学園一年A組の日常を悟った。すごい転校生である。


「げっ!? 今、げっ、って言ったかみや!?」


 ゆんの後に続いて、クラス中からブーイングの連打。なるほど。クイズ大会同様、ここにゆんを仇名する者は一人もいない。A組は全員彼女の虜である。普通の転校生なら、ここでこれからの希望に満ちた学校生活は幕を閉じる。


 だが、守哉はそれらをさらっと受け流した。


「あー。言葉のアヤ的な? 内心では嬉しいけど素直になれない青少年の言動じゃない?」


「そ、そうなんだっ。じゃ、じゃあいいよ」


 立ち上がっていたゆんがおどおどと席に着いた。納得するんだ! と口をあんぐりさせるA組一同の反響も、でも、ゆんちゃんがそれでいいなら……と、しだいに収まっていく。


「……えーと。もういいか?」


 彼を教室に入れた時点から、クラスの主導権をゆんと守哉に握られた担任男教師は、引きつった笑みを浮かべている。


「あ、すんません。どぞどぞ」


 守哉にエスコートされて、担任は一つ咳払いをして教壇の机を叩いた。


「神掛のおかげで名前は知れ渡ったけど、転校生の真堂守哉君だ。ほい。拍手」


 ぱ、ち、ぱち……。


「いえー! かみやと一緒のクラスだー! ぱちぱちー!」


 ぱちぱちぱちぱ――ッ!!


「……お前ら、神掛にまじ点数稼ぎしてんな……。ま、とにかくそういうことだから。じゃあとりあえず真堂は窓際の一番後ろの席な」


 教師は面倒臭そうに席を指差す。脳木ほどではないが、なかなかいい加減な教師である。


「えー。かみやはゆんの隣が良かったのにぃー」


 ちょうど教室の中心辺りの席にいるゆんが批判の声を上げる。いや、そんなことは微塵も思ってなかったけど? と守哉は胸の内で呟いた。


「神掛、しょうがないだろ。お前の周りの席は「席替え」という名のジャンケン戦争で勝利を勝ち取った者だけが座ることを許される聖域なんだぞ。それを侵害するということはつまり、真堂は真夜中、寝室に火炎瓶を投げ入れられる覚悟ができたってことだ」


 ゆんは苦々しく「むむー」と唸り、しぶしぶ引き下がる。


 とりあえず焼死体の末路は逃れた守哉だが、彼が席に辿り着くまでに、異様なほどの殺気が背中に張り付いていたのは気のせいとは思えない。


 席について教室を見回してみる。……なるほど、このクラスで個性的なのはゆんだけではないらしい。ヘビメタのボーカルっすと言わんばかりの化粧男、膨れ上がった髪の所為で六頭身の体が三頭身になっているガングロ女、まだ一年生なのに何を目指しているのか「合格!」と書かれたハチマキを頭に巻きつけて勉強に打ち込むメガネ君、新撰組の半被を羽織った女の子は日本刀の刀身に見惚れている。


 守哉は息を呑んだ。なんだこの教室は、なんだこの学園は。特に最後は濃すぎるぞ。彼は噂でこう聞いていた。「蝉羽学園は特に目立ったところがない、中途半端な学校だ」と。


 逆だ。全てにおいて逆だ。有名の割には量産的な人間しか揃っていない茜音学園と、学業とスポーツに関しては映える実績のない、だがそこにいる生徒一人ひとりが極端すぎるほど個性的な蝉羽学園――。自分は今日からここで学校生活を送る、そう思えば思うほど、彼の額に伝う汗は量を増す。


「あ、あの……。大丈夫ですか?」


 守哉の頭がパンクする寸前で、隣の席から彼に声が掛かった。


 そこには普通の女子高生がいた。


 セミロングの茶髪、小動物のようにつぶらな黒い瞳、一般的な肌色の皮膚、そこそこ整った顔立ち……。特に個性的な部分はない、どこにでもいるような女の子がそこにはいた。


「その……、汗がすごいから……って、な、なんですか? なんで私をそんなにキラキラした目で見つめているんですか……?」


 気づけば、守哉は涙を拭っていた。


「うっ……。よかった、普通な子がいてくれて……。ひっく。そうだよなあ、そんなにアイデアの無駄遣いしてたらネタ切れしちまうもんなあ……」


「え……あの、誰に話しているんですか?」


 心配そうに顔を覗き込んでくる彼女に、守哉は「あ、気にしないで」と手を振った。


 普通な女の子は不思議そうにしながら頭を引っ込めた。


 教壇では、いつもと変わらない……のだろうなと思われるホームルームが始まっていた。


 守哉がふとゆんの方を見てみると、いきなり目が合った。どうやら、ずっと見つめられていたようである。


 もどかしい感情がこみ上げ戸惑う守哉に、ゆんは天使のような笑顔を浮かべると、隣の女の子から話しかけられ、視線を彼から離した。


「……なんだかなあ」


 守哉は頭をぽりぽりと掻く。光栄、なことなのだろう。これは。






「……あ。ここの担任の木島先生、ほら俺より先に結婚した挙句、新婚旅行に出かけて副担任の俺に代理を押し付けたあの女。妊娠したっぽいんで、本日を持って辞任だとさ」


 ホームルームの終わり辺り、すごく軽い感じで話された報告に、クラスの皆はずっこける。その中には守哉も含まれていた。


 え、なに? そんなさらっと言っていいモンなの? つうか前担任も挨拶ぐらい来いよ! といった感じである。


 痛んだ腰をさすりながら席に戻っていく生徒たちを無視して、男教師は続ける。


「ということで、学長がさっき他校からクビにされた教師を連れてきた。俺も詳しいことは聞かされてないんだが、まあ、問題を起こしてクビになってしまってても、教員免許さえ持ってりゃいいみたいな?」


 しらっ、とした空気が教室を満たした。


 無責任な発言により、クラス中から冷たい視線を受けた男教師は、ごほん! と咳払い。


「そ、それでもだな! 確かアメリカのすごい大学の出らしくて、日本に呼ばれて教師になったらしいぞ」


 そんでもってクビになったのか! 一体どんな問題教師だ! 生徒たちの不安は一層その色を増す。


 男教師は「ま、まあ、大丈夫だろ」と苦笑いを浮かべながら教室を出て行った。野郎、尻尾巻いて逃げやがったか。


 そして、直後、教室の扉がゆっくりと開けられた。


「――……っ!」


 一瞬にしての沈黙。波打つ心臓、集まる期待。


 一定のスピードを保って開いていく扉の先には、一体どんな人間がいるのだろう。


 アメリカの有名大学を出て、どこへ行くのか極東の国で教職者の道へ。一度道を踏み外そうとも、その頭脳は行き止まりを知らなかったはず。それでもなお、拾い上げてもらうように再び教壇に立つこととなった一人の教師。今、その存在が蝉羽学園一年A組一同に邂逅されようとしている。


 さあ、いま扉が開けられて――。




「こんにちは~。新しくこのクラスの担任になった脳木遙だあ。皆、よろしくな~」


 サイズ違いな白衣を肩に掛けた女の子が入ってきた。




 沈黙が続き、生徒たちの間では秘密会議(こそこそ話し)が始まる。


「……え? 何アレ」「担任、とか言ってっけど」「いや、どうみても俺らとタメじゃん」「……よく斬れそう」「ドッキリ?」「転校生とか?」「にしても可愛いー。ゆんちゃんほどじゃないけど」「転校生二人かよー。うひょー」「つか朝だよな、今」「脳木遙ちゃんかー。天然そうでタイプかも」「じゃあ木島先生ホントは妊娠してないの?」「まぢー? 赤ちゃん見たかったんですけどみたいなー」


 あちこちで想像が膨らんでいく中、ある二人の生徒だけは周りとは違うリアクションをしていた。


「な、なずきん!?」


「おま、童顔教師! なんでいるんだっつの!」


「……ん? おお、誰かと思えば真堂と可愛い子ちゃんじゃないか~。ごぶさたっ」


 がばあ! と立ち上がった守哉とゆんに、脳木はユルい反応を返す。


「いやっ、ごぶさたっ、じゃねえし! だからなんでお前がここにいんだよ!」


「ああ、それか~」


 急に脳木は明後日を見ているような顔になった。


「あの後な~、お前がいないから学園にいる意味はないしでクビになって、大学に戻ろうとして連絡を入れたら「ストーカーしてでも真堂守哉を研究するのがお前の仕事だろうが。十分な結果が出るまで帰国はさせない」とか言われて、途方に暮れていたところを蝉羽学園の学長さまさまが救ってくださったんだ~」


 脳木は涙ぐむ。守哉が彼女の元を去ってから、彼女は彼女で感動的ストーリーを展開していたようである。


 その全ての原因はというと、「へえ。なずきんにもいろいろあるんだねっ」とさも他人事のように頭をこくこく振っていた。いや、他人事ですけどね。


 守哉達がこういったやり取りをしている間にも、クラスメイト会議は進められていく。


「ええ、ゆんちゃんの知り合い!?」「大学とか言ってるぞ」「もしかして、本当に先生!?」「……より斬れそう」「真堂君を研究とか言ってる……」「なにげ真堂君となずきん何者!?」「童顔教師かー。……いいねえ。じゅるっ」「じゃあ木島先生の妊娠はホントなんだー」「まぢー? 赤ちゃん見れるんですけどみたいなー」


 もはやひそひそでもないお喋りを続ける生徒たちに、脳木は「静まれ~」と言いながら手をぱちぱちと叩く。


「ともあれ、あたしが今日からここの担任だあ。ここに来るまでの経緯は長いから省く」


 いや、さっき短く簡潔に説明してたじゃん。


 生徒たちの無言のツッコミを完璧に無視して、脳木は教壇の机を勢い良く叩いた。


「それで、あたしが担任になるに連れて、一つだけ皆に了承してもらっておくことがある」


 なんか要求してきた。キャラに似合わずあまりに真面目な顔をしているものだから、相当すごい内容なのだろうか、と思わず生徒達は息を呑んだ。




「あたし、冷え性気味だから、明日からこの教室に暖房いれるからな~」




 どがあ! と皆が一斉に椅子から落ちた。だがその中で守哉だけがすぐさま立ち上がる。


「んなもんダメに決まってんだろうが! 俺らは学校に修行しに来てるんじゃねえ! あとお前よく冷え性『気味』って言えたなあ! このイグアナ女が!」


「うぐっ! し、真堂に拒否権はない~!」


「なんで!?」


「転校生だからだ~!」


「理不尽!?」


 異論を却下された守哉に代わって、次にゆんが立ち上がる。


「な、なずきん! さすがにそれはないよ!」


「ぬぬっ! 可愛い子ちゃんまで真堂に寝返ったか~! あたしは一人見知らぬ場所で生きていかなければならないのか~。悲しいぞ~、うえ~ん」


 泣いているフリをする脳木。だが人を泣かせたことなんて無いのであろう神掛ゆんちゃんは、それにあっさりと騙された。


「え、あの、な、泣いちゃダメだよう……。えと、ゆ、ゆんはなずきんの味方だから……」


「ほ、ホントか~?」


 脳木が顔をあげてゆんを見る。やはり、その顔に涙を流したような痕跡は無い。そんなことにも気づかず、ゆんはただ「う、うんっ。うんっ」と笑顔で頷く。


「そうか~、ありがとうな~」


 脳木はケロリと笑顔になる。一瞬だけ零れた凶悪な笑みを、守哉は見逃さなかった。


 脳医学界の権威。心理学もかじるその頭脳を駆使すれば手玉に取れない人間はいないということか……! 唯一それに耐性のある守哉も、なぜか手も足も出せない状況。


 絶望的、という言葉がベェルリィーマッチュィ! と言えるほどの事態だ。このままでは、今度は守哉だけでなく、ゆんを含むA組のクラスメイトが「脳木がお送りする生き地獄エブリデイ!」の餌食となってしまう。だが、守哉に為すべき手立ては皆無。ゆんが脳木側に入った以上、他の生徒は同意をせざるを得ない。


 終わった。脳木とゆんを除くクラスの誰もがそう思ったとき、教室の扉は開かれた。




「先生! もうホームルームは終わっています! 終わり次第、職員会議に集合と聞いていませんでしたか!?」




 颯爽と現れた人物はなんと生徒だった。すらっとした細身には強弱のあるラインがくっきりとしている、モデルのようなスタイルの持ち主である。顔の方もアイドルよりは女優と比喩したほうが似合う美しい顔立ちで、漆黒の長髪と瞳による日本人の魅力がそれを一層引き立てている。少しつりあがった目がトゲのありそうなイメージを与える、全体的に凛とした女性だった。正直、脳木より遥かに大人っぽい。ちなみに守哉のすっごいタイプである。


 彼女は教室にずかずかと踏み込むと、脳木の背中を押し、教室から出してしまった。


「ま、待て~! あたしはまだ生徒たちと語り明かさないといけないことがあ~!」


「ほら、新任なんですから、他の教員との付き合いに努力する必要もあるんですよっ!」


 黒髪の少女は完膚なきまでに抵抗する脳木を言葉でねじ伏せ、彼女をしぶしぶ職員会議に連れて行った。いや、視点によっては拉致と言ったほうが適しているかもしれない。


 クラス全体が唖然とする中、何か勝手に危機は去った。


 してクラスに日常が戻る。生徒達は各々お喋りを始め、次の授業の準備に取り掛かった。


 ちなみにその中で、守哉はというと。


「まさかお前が脳木につくとは思わなかったぜ」


「かみやー。怒んないでよう」


「あのな、あと少しでこのクラスから大量の不登校児を出すところだったんだぞ」


「むー。なずきんてそんなに危ないんだ」


「使い方間違えたらヤバいな。まあ、とにかく、今後は童顔教師のペースに呑まれないように気いつけろよ」


「ほいほいっ。りょーかい!」


 ゆんは可愛らしく敬礼の真似をした。それを偶然見ていた男子や女子が悶絶して倒れていく。しぐさの一つ一つが、恐ろしい破壊力である。


 が、そんな彼女を狙うもの一名。


「ゆっんちゃーんっ! 週末はゆんちゃんに会えなくて、投獄された気分だったわー!」


 ゆんの後方から伸びてきた両の手が、そのまま彼女を抱きしめた。


「きゃうっ。つ、つばちゃん!」


 小動物のように体を震わせたゆんは、自分をがっちりホールドする人物の名を口にする。


「あへえん。やっぱゆんちゃん可愛過ぎー! もう今すぐにでも押し倒したい気分だわ!」


 と言ってゆんの背中から顔を出したのは、なんとさっきの黒髪の少女だった。だが、先ほどまでの突き刺すような雰囲気は今の彼女になく、ただ何かにうっとりしたような表情がそこにはあった。


 つばちゃん、と呼ばれたその少女は、ゆんに膝カックンを極め、バランスを失った彼女の体を机の上にそっと置く。なかなか男子には刺激的な危ない構図となっております。


「ゆ、ゆんちゃん……!」


「つ、つつつばちゃんっ!?」


 壮絶な顔を浮かべる黒髪の少女は息が荒く、すごく興奮しているようである。そして、その手がゆっくりとゆんの制服のボタンへ伸びていって――。


「ちょっと待ったァ――ッ!」


 守哉はその手を掴み、ゆんの体を自分のほうへ引き寄せた。


「さすがにそれは行き過ぎ! 一応これ中高生向けに作ってあるから!……ておい! 待て! ゾンビみたいな姿勢で近づいてくんな! 殿、お気を確かに!」


 ゆんを庇うように前へ出た守哉を見て、黒髪の少女はやっと理性を取り戻した。


「はっ。わ、私は何を……!?」


「ボケてんじゃねえ。この犯罪予備軍が」


「ああ? あんた誰よ。つか、さっきからゆんちゃんの傍にずっといるけど、何モンよ」


「逆ギレされた! しかもすげー口調と態度が変わってる!」


 黒髪の少女は最初の冷たいイメージを纏って守哉に突っかかる。


「まさかこの蝉羽椿の許可も得ずにゆんちゃんに近づく者がいたとはね。どういうことになるか、分かってんでしょうね?」


「何でこいつに近づくのにテメーの許可取らねえといけねえんだ。何様のつもりだ、あ?」


 身長も大体同じぐらいの二人は、もうキスしてしまいそうなぐらい顔を近づけてガンを飛ばしあっている。きっとこの視線の間にタバコを入れたら火をつけることが可能だろう。


 今すぐにでもバトル勃発しますぜ、というオーラを放つ二人の間に「もうっ。ケンカはダメなんだよう!」とゆんが割り込む。


「つばちゃん、この人はかみや。ゆんと一緒に住んでるんだよ。そしてかみや、この子はつばちゃん。B組で、がくちょおじいちゃんのお孫さんなんだよ」


 ふうん、と守哉は鼻を鳴らす。対して蝉羽椿はなぜか間の抜けたような顔をしていた。


「え? ゆんちゃん、イマナンテ?」


 カタコトになっていた。


「だからね、つばちゃん。ゆんとかみやは一緒に住んでるの」


 突然、椿の体はまるで時間が止まったかのように静止する。


「………………。あー…………。……ッ!? ど、どどい、ど、同棲ッ!? ゆんちゃんとこのチャラヒョロ男が同棲!?」


「チャラヒョロ男っ!?」


「がはっ」


 守哉のリアクションも聞かないまま、椿はその場で気絶した。


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