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第三章 学園と親友と救済記 その2



            2



 私立茜音学園と言えば、全ての高等学校の夢「文武両道」を完璧に実現した有名校である。そこに足を踏み入れて許されるのは、学業とスポーツを極めた者だけだ。真堂守哉という例外を除いては、そのどちらかが優れていても門前払いになる結末が待っている。


 改めて言う。茜音学園とは、勉強も運動もできる完璧人間だけが入ることを許されるエリート校である。そこで唯一の「特例」待遇真堂守哉は、いつものようにその真面目な校風を無視した格好で廊下を歩いていた。


 ただひとつ、彼の袖を引っ張りながらついてくる少女を例外として。


「かーみーやー。まだ「とくれい」クラスには着かないのー?」


 守哉の後ろで、少女はとても可愛らしい声を出して彼に話しかける。


 守哉は思う。心なしか、すれ違う敵意ある視線がいつもより格段倍増している気がする。


「おい、あれ」「うっわ、不良の真堂があんな可愛い子連れてるよ」「いやいや、可愛いってもんじゃないよあれは」「上手いこと真堂に騙されてんじゃねえ?」「アイキュー高いことをいいことに、って感じ」「……にしてもちくしょう、うらやまし……恨めしいぜ……!」


 ムラムラした、やけに暑苦しいオーラが守哉を襲う。その原因は全て後ろの少女にある。


 きゅっ、と被っているキャップ程度では隠しようのない可愛らしい顔。小野小町とクレオパトラと楊貴妃を足して、子供にしたらこうなるんだろうな、というとにかく世界三大美女の四人目に登録できそうなぐらいの魅力を持つ女の子、神掛ゆん。しかも最近はお金持ちのお嬢様というステータスまで追加された神の力作。それを、守哉が独り占めしているのだ。学園中の男が彼を呪っても、法律は許すかもしれない。


 守哉は歩調を速めて、学園で唯一冷房が効いていないクラスを目指した。


「かみやー。置いていかないでよう」


 ゆんが小走りで守哉についていく。殺気が、一層増した気がした。






「おらあッ! 超絶冷え性及び暖房依存症引きこもり童顔教師ィッ! いるかァ!」


「ひゃあっ! な、なんだ真堂~! あたしはそんな不良少年に育てた覚えないぞ~!?」


 突然大きな音を立てて開かれたドアに、ベッドで寝ていた女教師は飛び上がる。


「うっせんだよ! だいたいこのクラス靴箱から遠すぎだろ! どうにかしろやっ!」


「ひえ~。一教師のあたしにそんな権力はないぞ~」


 よく言う。表向きはそうだとしても、裏の顔はその手で書かれたレポート一つで脳医学界を仰天させるほどの名声を持つ権威のくせに。童顔だけど。


 怖~い、と毛布に包まって怯えるフリをしながら、脳木はやっとある存在に気づく。


「……あ、あれ? 真堂? そちらの可愛い子ちゃんは?」


 脳木は守哉の袖を引っ張っているゆんを指差す。守哉はどう答えればよいのか分からず、言葉に詰まった。


「えっと、な。うーん。あの」


「もっ、もしかして真堂の彼女か~!? よくお前みたいなのに落とせたな~。はっ! も、もしかして、あたしの未完成レポート『脳医学的な観点からの催眠術の可能性』を……」


「うわあ! この学園に俺がゆんを自力で落とした、と思ってくれるやついねえ! つうか、あんたの研究テーマ危なくない!?」


「……ノーベルの二の舞にならないように気をつける」


「怖え!」


 脳木とぎゃあぎゃあ漫才を続ける守哉の袖がくいっ、と引っ張られた。見ると、ゆんが蚊帳の外に追い出されて困った顔をしている。


「かみや、この人は?」


「ああ、ごめんごめん。えっとな、こいつは俺の担任、童顔教師」


「ひえ~。可愛い教え子にこいつ呼ばわりされた~」


 可愛い教え子なら、もっと真面目な授業しろよ、とうだった視線を向ける守哉を横目に、脳木は「と、とにか~く」と咳払いをした。


「真堂が説明したとおり、あたしがこいつの担任、脳木遙だあ。よろしくな~」


 脳木はベッドから降りて、なぜか警戒して守哉の後ろに隠れるゆんに握手を求めた。


「あう、えっと。神掛ゆんだよ。よろしくね」


 笑って、ゆんは脳木の手を握る。なんでだろう。こう見ると、普通に女子高生同士が友達の証として握手しているようにしか見えない。錯覚だろうか。


 握手をし終えた二人は、笑顔で顔を見合わせている。どうやら打ち解けたらしい。やはり同年代の女の子はすぐに仲良くなるものらし――。


「あたしは二十二歳だあっ!」


 守哉に再び『断熱性抜群! 冷え性おさらば毛布クン!』の猛威が襲い掛かった。


「ぎゃああっ! あっ、熱いぃいい!!」


「か、かみやっ!? ……お、面白そうだね!」


「ちくしょー! 安全を保障されたスリル味わってるワケじゃねえんだぞお!」


 守哉は本気で苦しんでいるのに、ゆんは全く助ける気がないらしい。むしろキラキラと目を輝かせて彼を見ている。


「まったく……。……で、真堂? なんでこの子を連れてきたんだ~? 制服から見て、蝉羽学園の生徒のようだけど。この教室はデートスポットには向いてないぞ~?」


 やっとのことで毛布を剥ぎ取った守哉は、ああ、と軽く答えた。




「俺、蝉羽学園に転校するからさ」




 長い沈黙。


「……え? し、真堂、今なんて?」


「だからさ、蝉羽学園に転校するから、手続きしてくんね?」


「かっ……」


 脳木は一瞬めまいがしてくらっ、とベッドに倒れた。


「お、おい。大丈夫かよ」


「なずきん、大丈夫?」


 ニックネームがついていた。だが今の脳木にはそんなこと関係ないらしく、放心状態でぶつぶつと何かをぼやいていた。「あたしの研究材料が~、奪われた~」など。守哉はモノ扱いだった。

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