第4話 バケモノちびっ子冒険者を追放したら死にかけた《アグレット》
アグレット視点です
ダンジョン第12階層にて。
棍棒を振り回すトロールから、俺は涙目になりながら全力で逃げていた。
トロールはその巨体に見合わないスピードで追いかけてくる。
やべぇ!
死ぬっ!!
殺される!!!
ほんの少し後ろを逃げ走るサニアが俺に叫んだ。
「バカッ! なんでいきなりトロールに斬りかかったりしたのよ!?」
「うっせーよ! クソっがっ!」
ちくしょう!
なんでこんなことになったんだ!
今日は、記念すべき俺の華麗なるB-Tuberデビュー日だったはずなのに!
こうなったのも、全部あのカイとかいうクソガキのせいだ!!
元々は俺とサニアの2人でダンジョン攻略配信動画を撮影する予定だった。
なけなしの金でマホメラを購入し、いざダンジョンへ! って時にあのクソガキがパーティに入れてほしいと言ってきやがったのだ。
もちろん、俺は即座に断ろうと考えた。
サニアと2人、視聴者もうらやむ好青年と美女コンビのダンジョン攻略動画を撮影するつもりだったのだから。
だが、俺が断る前にサニアが「いいわよ」と答えやがった。
もちろん、俺はサニアに反発した。
「何を考えているんだ」
「ちびっ子を導く好青年と美女の配信者っていうのもいいじゃない」
その提案に俺は「なるほど」と思ってしまった。
いくら俺が美青年戦士といっても、この数年ダンジョン配信系B-Tuberは増え続けている。
動画配信でバズるためには何か特徴があった方がいい。
ちびっ子冒険者を時に優しく、時に厳しく指導する美青年冒険者というのはおもしろいかもしれない。
ガキなんて足手まといだろうが、いざとなったら囮か盾代わりにくらいできるだろうしな。
なんなら、そのあと追悼動画でも作ればさらにバズるかもしれない。
そんな皮算用を元に、カイをパーティに入れてやった。
ところがだ。
クソガキは何を勘違いしたのか俺が手出しする間もなくどんどんモンスターを倒してしまった。
これじゃあ視聴者が期待しているであろう俺の華麗なる活躍が全く撮影できないではないか!
カイがトロールの首を一刀両断したところで、ついに俺の堪忍袋の緒が切れた。
パーティから追放してやった時のクソガキの顔は見物だったぜ。
悔しそうにしながら、その場から消えやがった。
どこに消えたのかは知らないが、【瞬間移動】とかのスキルで逃げ出したのだろうか。
まさか上級魔法の【脱出】をつかえるわけもないし。
そのあと、俺はサニアと2人で動画撮影を再開した。
今度こそ、俺の活躍を見せてやるするのだ!!
運がいいことに、すぐに眠っているトロールを発見した。
俺は迷わずヤツに斬りかかったね。
トロールはかなりの強敵などと聞くが、しょせんあのクソガキが楽勝で倒した相手だ。
眠っているところを不意打ちすればこの俺様にも倒せるだろうさ。
(さあ、マホメラよ、俺様の華麗なる戦いを撮影しろ!)
そう思ったのだが、俺のロングソードはトロールの皮膚に傷1つつけられなかった。
それどころか、トロールの脂肪だか筋肉だかにはじかれた俺は、そのまま背後の壁に激突した。
「いててて」
……などと言っている場合ではなかった。
トロールは目を覚まし、怒りにあふれた表情で俺を見下ろしていた。
その瞬間、俺の本能が悟ってしまった。
だ、ダメだ。
とても勝てない。
そして、俺とサニアは悲鳴をあげて逃げ出したのだった。
「なんでだよ、なんでだよ、なんでこうなるんだよー!!」
この世の不条理を恨みながら、俺は必死にトロールから逃げた。
そんな俺の情けない逃亡を、自動追尾モードのマホメラが撮影し続けているのが余計腹が立つ。
「くそっ、カイには斬れて、なんで俺には斬れないんだ」
ひょっとして、この剣のせいか?
大枚をはたいて買ったロングソードだが、武器屋の親父にだまされたのか?
「た、たすけてくれー! サニア、魔法でなんとかしろよ!」
「無茶言わないでよ! トロールなんてバケモノ、あたしの魔法じゃどうにもならないわっ!」
「ちっ、使えねぇヤツだな!」
「なんですってぇ!?」
こうなったら、サニアを囮して逃げるか?
だが、この女ルックスだけはいいからな。
動画配信でバズるためにも、できれば失いたくはない。
くそっ!!
カイのやろう、楽勝な顔で第12階層まで連れてきやがって!
あげく、俺たちをこんな危険な場所に放置するなんて!!
ひでー野郎だ!
ダンジョンを逃げ惑い、通路の角を曲がったときだった。
目の前にレッドゴブリンが現れた。
「どきやがれ!」
叫んで俺はロングソードを振るった。
が、レッドゴブリンの棍棒にはじかれ俺の剣はあっさりへし折れた。
しかも、レッドゴブリンの後ろからは、レインボースライムまでいやがる!
冗談じゃねーぞ!!
カイはレッドゴブリンなんて一瞬でたおしていたじゃないかっ。
もはや俺も認めざるを得なかった。
トロールをあっさり一瞬で倒したあのクソガキ。
カイのヤローは異常だったのだ。
アイツはバケモノだった。
第12階層はまともな人間が立ち入っていい場所じゃなかった。
クソガキがあっさりトロールを倒したことで、俺でも簡単に攻略できるって錯覚しちまったんだ。
カイを追放したのは間違いだった。
いや、そもそもあんなクソガキのバケモノを、パーティに入れてやったのが間違いだったんだ!
レッドゴブリンたちに足止めをされた間に、トロールに追いつかれてしまった。
トロールは巨大な棍棒を振り下ろした。
直撃こそしなかったが、その衝撃だけで俺とサニア、さらにはレッドゴブリンとレインボースライムまで吹き飛ばされ、壁に激突した。
「ぐ、ふぁっ」
なんとか意識は保ったが、全身が激痛まみれで立ち上がることもできない。
手足や肋の骨が何本か折れているかもしれない。
ゴブリンやレインボースライムはトロールに恐れをなして逃げ出したようだが、それどころじゃない。
と、サニアの杖が青く光る。
あれは回復魔法か。
よしっ。
サニアの魔法は弱いが、それでもこの痛みから少しは解放されるだろう。
そうしたら、サニアを囮にして逃げることもできるかもしれない。
そう思ったのだが……
サニアが回復魔法をかけたのは、自分自身にだった。
あの女、パーティーリーダーの俺よりも自分の怪我を優先して治しやがったのだ!!
「ざけんなサニア!! 俺を先に回復させろっ!!」
「知るもんですかっ! アンタがカイを追放したあげく、調子に乗って寝ているトロールを怒らせたんでしょうがっ!! せめてあたしの囮になって死ねっ!!」
くそがぁぁっ!
カイといい、サニアといい、ふざけんじゃねーぞ!!
今日は俺の輝かしいB-Tuberデビューの日だろうが!
なんでこんな目に遭わなくちゃならねーんだ!!
サニアは本当に俺を見捨てて逃げ出しやがった。
だが、トロールにとって、傷が完全に癒えたわけでもない魔法使いの逃走など意味がなかったらしい。
トロールは馬鹿でかい棍棒で再びサニアを吹っ飛ばした。
サニアは壁に激突して、身動き1つできなくなる。
けっ、ざま―みやがれ。
ああ、でもどうせこうなるなら一度くらいアイツと夜のベッドでヨロシクしてやってもよかったかな。
それ以上考えている余裕はもちろんなく。
トロールは右足に全体重をかけて俺を踏み潰しやがった。
体中の骨がボキボキと折れるいやな感触。
口からどす黒い血液があふれ出し、息すらできなくなる。
ダメだ、これは本当に死ぬ!!
い、いやだ……
助けてくれ……
誰か……
こんなところで死にたくない!
俺はB-Tuberとして成り上がるんだ。
サニアなんて目にもならないくらいの美少女B-Tuberたちとコラボして……
それで、世界中の男をひれ伏させて、女を我が手に収めるのだ。
クソ、クソ、クソっ!!
なんで、サニアなんて使えねぇ女と組んだんだ。
なんで、カイみたいなバケモノのガキと関わっちまったんだ。
なんで、カイを追放しちまったんだ。
なんで、俺がこんな理不尽な目にあわなくちゃいけないんだ!!
俺が一体何をしたっていうんだよ!?
そして、激痛に苦しめられながら俺の意識は闇の中へと消えたのだった。
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