第3話 プリラおねーさんとの契約
プリラおねーさんの経営する宿――ふくふく亭の食堂で、ぼくはお夕飯をごちそうになりながらこれまでの経緯を説明した。
「それで、アグレットたちにパーティから追放されたんだ。ロングソードや魔法まで向けられて、散々だったよ」
プリラおねーさんは「なるほどね」とうなずいてから、吐き捨てるように言った。
「アグレットとサニアか。あのクソコンビが。カイくんもひどい目にあったわね」
「でしょ? たしかにぼくが張り切りすぎたのもあるけどさぁ」
「ま、あのクズどもならやりかねないけどね」
プリラおねーさんは2人のことを知っているらしい。
この辺りでは有名なクズ冒険者達だという。
やっぱり、あの2人と組んだのは失敗だったみたいだ。
早めに縁を切れて良かったのかも。
「アグレットたちと出会う前はどんな暮らしをしていたの?」
「ずっとダンジョンとその周りの森で暮らしていたよ」
プリラおねーさんはびっくりした表情になった。
「ずっとダンジョンや森って……まさか1人で?」
「ちがうよ。お父さんやお母さんといっしょに」
「でも、ご飯はどうしていたのよ?」
「食べ物はダンジョン近くの森で果物を探したり、動物を捕まえたりしたよ。あと、お母さんだけで町に出かけて買い物していたみたい」
「夜はどうしていたの? まさかダンジョンで寝ていたんじゃないでしょう?」
「夜はダンジョンの外の森で寝てたよ」
プリラおねーさんはあきれ顔になった。
「どんだけストイックな生活よ」
ぼくは「てへへへへ」と笑った。
プリラおねーさんは軽くため息をついた。
「なんとなくカイくんって世間知らずっぽいなぁとは感じていたけど、そんな育ち方をしたなら無理もないか」
たしかにぼくは世間知らずだ。
だから、アグレットみたいなヤツを信頼しちゃったんだろう。
「それで独り立ちを許されたから、昔からの夢だったB-Tuberになりたくて、ギルドに来たんだけどさ。なかなか仲間が見つからなくて……」
「ようやく仲間に入れてくれたのが、アグレットとサニアのクソコンビと」
ぼくはうなずいた。
「うん、そういうこと。しょうがないからソロでやっていくしかないかなぁって」
プリラおねーさんはちょっぴり眉をしかめた。
「お父さんとお母さんは今どこにいるのよ?」
「さぁ……? 独り立ちしたんだからこれからは自分の力で生きなさいって言って、どっかに旅立っちゃった」
「さすがにひどいでしょ、それは」
声を上げるプリラおねーさんに僕も「だよねー」と同意した。
プリラおねーさんはぼくを心配そうに見た。
「カイくん、本当にソロでやっていけるの?」
「うーん、ぼくはそんなに強くもないしなぁ」
「いやいやいや、それはないから! トロールを倒せる時点で強いから!」
うーん?
プリラおねーさんは冒険者じゃないから分からないのかな?
「トロールなんてザコだよ。お父さんなら武器がなくても一瞬でやっつけられるよ」
「武器なしって……カイくんのお父さんは武闘家か魔法使いなのかしら?」
「お父さんは魔法も使えるけど、トロールなんて一睨みするだけで爆散させられるよ」
それを聞いて、プリラおねーさんが立ち上がって叫んだ。
「させられないわよ!! なにそれ、一睨みでトロールを爆散!? どんなスキルなの!?」
「さぁ、お父さんはスキルでも魔法でもないって言っていたけど。ぼくは弱いから、ショートソードがないとトロールを倒すのはむずかしいかなぁ」
「そ、そーなの」
「あ、でも、トロールなら殴り飛ばしても倒せるかも、あ、でもでも武器があった方が楽なのは本当で……って、プリラおねーさん、机に突っ伏してどうかした?」
プリラおねーさんはヨイショってかんじで顔を上げた。
「……いや、ちょっと目眩がして」
「え、大丈夫? 回復魔法を使おうか?」
「カイくんってあれだけ強い戦士なのに、回復魔法も使えるの?」
「うん。お母さんほど強い効果はないけどね。死んじゃった人を生き返らせたりはできないし」
プリラおねーさんはまたしても叫んだ。
「当たり前よ! 魔法で死者蘇生なんてできるわけないでしょ!」
「えー、でもお母さんなら……」
「やめてっ! それ以上は聞きたくない」
そっかぁ、聞きたくないなら両親のことは無理に話さなくてもいいかな。
プリラおねーさんはまだまだ心配そうだ。
「たしかにトロールを倒せるって言うならソロで冒険者もできるかもだけど、カイくん動画編集とか配信の方法は分かってる?」
「冒険者ギルドで教えてくれないかなぁって思ってるんだけど」
「たしか講習会があったと思うけど。それなりのお値段がしたはずよ」
やっぱりそうかぁ。
一応、両親からお金は少しもらっているんだけど、そんなに余裕があるわけでもない。
「そもそもマホメラやマホレットも持ってないみたいだけど?」
「えーっと、アグレットたちはお店で買えるって言っていたけど……」
お店で買えるならなんとかなるかなって思ったんだけど、プリラおねーさんいわく甘いとのことだ。
「それはそうだけどカイくん、1人でお買い物できる? マホメラやマホレットとなると、値段も高いし値引き交渉必須よ?」
「ねびきこーしょー……???」
「その顔は言葉の意味も理解していないわね」
うう。図星。
「でも、諦めたくないんだ。世界一のB-Tuberになるのが僕の夢だし、お父さんやお母さんのことを見返したいもん。それにアグレットとサニアにも負けたくないもん」
「なるほどね……」
プリラおねーさんはそこで「ふぅ」とため息をついた。
「……いいわ、私が一肌脱ぎましょう!」
どういうことだろう?
僕が首をかしげていると、プリラおねーさんが言った。
「動画の編集はウチの宿のスタッフにやらせるわ。マホメラやマホレットの購入も付き合ってあげる。ついでに宿にカイくん専用のお部屋も用意するわ。その代わり、冒険で得た魔石や配信で得た収入の一部……そうね、1割くらいをもらう。そういう契約でどうかしら?」
「けーやく?」
「お約束って意味よ」
ぼくはプリラおねーさんの提案について考えた。
1割っていうのは、たとえば銅貨が10枚手に入ったら1枚を渡すってことらしい。
そのくらいならいいかな。
どのみち、ぼく1人でやるのはやっぱり難しそうだし、宿代こみならありがたい申し出かも。
「わかった、それでお願い!」
「よし、契約完了ね!」
ぼくらはしっかり握手した。
プリラおねーさんの右手はとっても暖かくて柔らかい。
お母さんの手を思い出しそうになった。
ああよかった。プリラおねーさんと出会ってなかったらお先真っ暗だったもん。
ちょっぴり安心すると、アグレットたちにあらためてムカムカしてきた。
「それにしても、アグレットとセニアのことはゆるせないよ」
「気持ちは分かるけど、あんまりこだわらない方がいいわよ。いまのカイくんは未来を向くべきだと思うわ」
「もちろんそうだけどさぁ」
「なにより、あの2人はとっくにひどい目にあっていると思うわよ」
「え、どうして?」
「だって、あの2人が第12階層をまともに攻略できるとは思えないもの。下手したらとっくに……ね」
プリラおねーさんはクスリと笑った。
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